九話『ちょっと、ダンジョン行ってくるぜ』
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「ユウリさん、起きてくださいユウリさん!」
「はっ!」
「やっと起きましたか」
「……いま、とても恐ろしい夢を見てた。俺の作ったスープが殺人的に不味くて死にかける夢だった」
なんという恐ろしい夢だったんだろう。
「あ、それは夢じゃ……まぁいいや、それよりもはやく準備してください、ダンジョンに潜りますよ」
「そうだった! ダンジョンに行くんだった!」
夢が強烈すぎてすっかり忘れていたぜ。危ない危ない。
慌てて準備整える……といっても上着を羽織るだけなので一分もかからない。
準備を終えてテントを出ると、他のパーティーは既に装備を整えて入り口で待機していた。
皆防具で身を硬め、各々得物を背や腰に携えている。なんか、俺だけ服装がラフすぎる気がする。
帰ったら武器の一つでも買って持っといた方が良いかもしれない。防具は重くて動けなくなるだろうからいらん。
「全員揃ったな、早速だがダンジョンに突入する」
いつモンスター出るかわからないから気を引き締めて行けと忠告し、ダンジョンへ突入していくカイン。そしてそれを先頭に皆も続いてダンジョンへ突入していく。
「よし、俺達も行くか」
「そうですね」
ヘルクスを先頭に置いて、真ん中にアル後方に俺という順番でダンジョンに突入する。これなら前からの敵はヘルクスが守り、後ろからは俺が魔法で消し飛ばし、アルはサポートと司令塔に専念する。
現状のメンバーで、最も効果のある布陣だ。考えたのはアルだ。
「何も起きないな」
くらいダンジョン内を、松明の僅な灯りを便りに背後を警戒しながら先に進むが、特にモンスターが襲ってくる気配はない。
「入口のほうは基本的にモンスターは居ませんからね、もう少し先に進まないと多分戦闘は起こりませんよ」
「そうなのか……なんか拍子抜けだな」
もっとこう、いきなりドンパチが始まるかと思ってたんだけどな。
「襲ってこないとは限りませんから、警戒は怠らないでください」
「わかった」
アルはそう言うが、特に何もないまま、全パーティーがそれぞれで固まって歩いていると、やがて広い空間に出る。
「四つに道が別れてるな」
部屋からは、四方向にそれぞれ道が続いていた。
「丁度いい、ここで別れるとしよう」
カインの提案に皆頷き、それぞれ別の通路に進む。俺達は右から二番目の通路だ。
周囲を注意深く見ながら進んでいくが、やはり何も起こる気配はない。
「なぁ、どうなってんだこのダンジョン、宝箱どころか、モンスターの一匹もいねえでやんの」
さっきの分かれ道以外はずっと一本道な上に、部屋のような広い空間もない。モンスターの姿も、宝箱のたの字も見えない。
「そうですね、それにさっきからずっと一本道ですし」
「ダンジョンってのは、こう退屈なもんなのか?」
俺の期待してたのは、いつどこからモンスターが襲ってくるかわからない緊張感や、宝箱に化けたトラップ、歩けばダメージを喰らう床、歩けば麻痺する床、歩けば勝手に進む床、歩けば毒に侵される床、それらを掻い潜った末にボスと戦い、そして死闘の末にようやく倒して伝説級のアイテムを手に入れた達成感。
そのどれも見当たらねぇんだけど。
「いや、普通はもっと血なまぐさい感じなんですけどね」
血なまぐさいのはそれで嫌だけど。
少しくらいはモンスターとか襲ってきてくれないと退屈だ。
「む、何かの気配がします、少し止まってください」
先頭を歩くヘルクスが、右手を伸ばして立ち止まるように指示する。
ようやくモンスターのお出ましかと、いつでも魔法を放てるように心構えを整える。
「む、お前達は」
だが、暗闇から姿を現したのはモンスターではなく、ゴールドランク冒険者のカインだった。
「なんでこっち居んの? さっきそこで別れたのに」
「どうやら、道が繋がっているようだ」
「ということは、他のパーティーもですか?」
「いや、他は知らない……だが、このダンジョンはどこか妙だ、モンスターの気配が微塵もない」
「そうだね、私の防御力がどれほど高いか試せると思ったんだが……少し期待外れだよ」
「それ不毛ですよね」
確かに、もう十分凄いのは知ってるからな。
カインと合流して進んでいくと、また別れ道に着いた。
「む、また別れ道のようだな」
「今度は二手か」
「俺は右に行くから君達は左に行くといい」
「待ってください、このダンジョンはどこか妙です、一人で行くのは流石に危険すぎますから二人組に別れませんか?」
右の道に進もうとするカインを引き止め、そう提案するアル。
「俺は一人でも構わないが、確かに今はそうしておくのがいいか」
「じゃあ、僕とヘルクスさんで左、ユウリさんとカインさんで右でどうですか?」
「ん、俺はあんたとか」
「心配するな、俺は男にしか興味がないので襲ったりはしない」
「いや、別にそんな心配はしてなかったんだけど……」
今はそっちの心配しかねぇわ。
お前ホモなのかよ。
「行くぞ」
「あ、ちょ、待てよ」
松明を片手に、俺を置いて先へと進もうとするカインを慌てて追いかける。
「……えーと、カインは槍を使うんだよな?」
「ああ」
カインの後ろに着いていきながら、そう話しかける。
「どんな感じで戦うんだ?」
「刺し穿ち、突き穿つ」
「要するにぶっ刺すってことか?」
「ああ」
「……」
「……」
話が長続きしねぇ。物静かなのはあまり好きじゃないんだけどな。
「……えーっと」
なに話せばいいんだろ。うちのパーティーだとどっちが好みかとか……いや、それは知りたくない。
「む、これは……」
俺が会話の種に頭を悩ませていると、松明の灯りで照らされた床の異変気付いたカインが、その場に立ち止まってしゃがむ。
「何か見つけたか?」
お宝でも落ちていたのかと、期待しながらカインの後ろから覗きこむ。
だが、そこにあったのは宝などではなくもっと別のものだった……。
「血だ」
カインがそう言って素手で触っている部分は広範囲に渡って赤い液体で染まっていた。
「これ、人の?」
「だろうな、だが周囲に人はない……おそらく何処かに移動したのだろう」
そうカインは言うが、血痕は両手を広げたくらいの広さの範囲に及んでいる。
それだけの広さを作るほどの出血。
それも一つだけではない、それほどの規模の血痕は四つある。
「どうみても死ぬレベルの量やん」
自力で移動できるとは思えない。血痕の量からいっても、パーティーは全滅してる筈だが死体は見当たらない。
個人的には死体が転がっていない方が良かったけど。生首とか転がってたらSAN値ごっそり持ってかれてるところだ。
「移動したというのは語弊があるな、正確には移動させられたと言うべきだろう」
「移動させられた?」
「ああ、恐らくはこれをやった奴に死体を持って行かれたと考えるべきだ」
「なんの為にそんな事を」
死体処理とかする必要ないだろうし、血痕残してる時点で死体処理にしてもザルすぎるし。
「それはわからないな」
「だよな」
まぁ、グロいものを見なくて済んだから、別になんの目的で死体を運び出したのかとかはどうでもいいか。
どうせ、こういったあからさまなフラグは後でネタバレするんだから。
「ただ……ここに来るまでに戦闘音も悲鳴も聞こえてこなかった、敵の数は恐らく一か二、それも相当の手練れだという事はわかる」
「……なるほど、そういう感じか」
つまり、雑魚モンスターは居ない代わりに馬鹿みたいに強いボスだけが居るってパターンのダンジョンって事だな。
んでもって、そいつを倒さない限りお宝は手には入らないというわけか。
「おーけー、ちょいとばっかしやるき出てきたぞ」
ちょっとだけ、ダンジョンっぽくなってきたじゃないか。
「思ったより、肝が据わっているな……てっきり悲鳴でも上げるかと思ったが」
「死体があったら流石に驚くけど、血痕位じゃ別にな」
ガキの時に事故って頭から血がダラダラ流れた時の方がよっぽどビビった。
「そうか、平気なら先を急ぐぞ」
「おう」
松明を持ち直して先を急ぐカイン。俺は後ろに着いて歩く。
「あ」
「おろ」
少し進むと、また別れ道があり左から歩いて来たアルとへルクスばったりと遭遇する。
「また道が繋がってたのか」
一本道にしろよめんどくせぇな。
「みたいですね」
「それよりアル、そっちはお宝あった?」
アル達と合流し、先を進みながらそう聞く。
「いえ、代わりに数人分の血痕がありました」
「そっちもか」
「ということは、ユウリさんの方にも?」
「ああ」
アルの方にもあったということは、他のパーティーは全滅確定か。
お宝根こそぎ手に入れて、他の連中の悔しい顔でも見ようと思ってたんだがな。
「む、待て」
へルクスと先頭を歩いていたカインが立ち止まってそう呟く。
「ん、扉?」
進む先には石製の扉がそびえ立っていた。
ダンジョンの奥にある扉。これは、あれだな……ボス戦だな。
「人工物のダンジョンならともかく、このような洞窟に存在するダンジョンに扉だと?」
「カインさん、やっぱりここは一度退いて体勢を整えるなり、増援を呼ぶなりした方がいいのでは?」
「そうだな……しかし、増援を呼ぶとなると、俺達はクエスト失敗ということになる」
「経歴に傷がつくのは僕も嫌ですけど、命を落としては元も子もありません」
「ボスを倒せばお宝が手に入る」
「この先に強敵の香りがする」
「「よし!」」
扉を勢いよく開けて中に入る俺とヘルクス。
「ってお二方ぁ!? 何開けちゃってるんですか!?」
「ボス倒さないと宝が手には入らないだろ?」
「意味わかりませんから! 今一度退こうって話をしてたのに、バカなんですか!? ユウリさんは仕方ないとしても、なんでヘルクスさんまで一緒になってるんですか」
おい待て、俺は仕方ないってなんだよ、まるで俺がバカって言ってるように聞こえるぞ。
「私の防御力を試してくるのさ」
「だから不毛ですよっ!」
「ようこそ、我がダンジョンへ!」
扉を開けて中に入ると、先程までの薄暗い洞窟とは一転、昼間のように明るい部屋に綺麗に整備されたの床や壁が広がっており、その中央にピエロの仮面を被りタキシードのような服を身に纏った一人の男が立っていた。
「はじめましてお客人。私、魔王軍幹部ピエロ紳士と申します」