八話『いざ、ダンジョンへ向けて出発』
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服を購入した翌日、顔合わせがあるというので早朝から待ち合わせ場所である酒場まで足を運ぶ。
「ギルドの依頼でダンジョン攻略の顔合わせに来たんですけど、いますか?」
話は通っているらしく、アルがそう訪ねると、店の主人であろう中年男性が黙って店の片隅を指差す。
見れば、テーブルを複数占領している一団が見えた。
「待ちな、飲み者は何がいい? ウチに来たなら頼めよ」
そこに向かおうとする前に、酒場の店主がそう呼び止める。
「じゃあ、私はエールを頼もうかな」
「じゃあ、僕はワインで」
「ガキに酒はまだ早い、オレンジジュースで十分だ」
「なっ!?」
すると、向こうの集団から吹き出したような笑いが聞こえてくる。
「おいおい、酒も飲めねぇガキが冒険者になったのかよ」
そう言うのは、足を大きく広げて椅子にもたれかかる茶髪の男性。
「あ?」
バカにされたのが余程嫌だったらしく、額に青筋を浮かべて茶髪の男を睨み付けるアル。
「ユウリさん、あの人とてもムカつくんだけど……殴っていいですかね?」
「まぁまぁ、落ち着けアル、先にキレたら負けだぞ」
「姉ちゃんは何飲むよ」
「ああ、水でいいよ」
俺も酒は飲めねぇし、特に飲みたいものも思いつかなかったので無難に水を注文する。
「ブッハ! パーティーにガキが二人も居るなんてとんだお笑い草だな」
「テメェ、表でろや」
アルがガキなのは事実だから仕方ないが、俺までガキ扱いとは解せないな。
「ちょっと、キレたら負けなんですよね?」
おっと、そうだった。これくらいの事で一々キレてちゃ、大人らしくないな。
「……そこまでにしてもらおうか」
黒いコートに背中に長槍と短槍を背負った赤い長髪の男がそう言う。幾度となく死地を切り抜けてきたかのような強い眼差しに、凛々しさのある顔立ちをしている。
「話が進まない、少し黙っていろ」
茶髪の男を睨み付けながらそう言う長髪の男。
「ちっ、わかったよ」
長髪の男にそう言われただけで、あっさりと大人しくなる茶髪の男。
その様子から、長髪の方はこの街ではかなりの腕利きとして有名なのだろうということが伺える。
「同じクエストを受けた者同士で争うのは無意味だ。そちらも座ってくれ」
「……そうだな」
バカにされたことには腹が立つが、確かにこれから同じ仕事をしようって相手と関係を悪くするのは避けたい。
ここは大人しく多少の事には目を瞑ってやるとしよう。
大人の対応ってやつだ。
「では、全員揃ったところでパーティーの紹介だけでもしておこう、先ずは私からだ。私はパーティーは組んでいない。名前はカイン、カイン・ディアムルド、冒険者ランクはゴールドだ」
「グレン・ラングリーだ、ランクはシルバー」
さっきバカにしれくれた茶髪の男はグレンと言うらしい。名前と面はしっかりと覚えたぞ。
パーティーメンバーは武術家のような男が一人と、魔法使いのような格好をした女性が二人いる。多分、どちらかが回復役なのだろう。
「リーダーは私、名前はルインだ、ランクは全員シルバー」
そう名乗る男は重装備で身を固めており、他のパーティーメンバーは大剣、弓、ハンマーと言った殺傷力の高い武器を携えている事以外は特に防具を身に付けている様子はない。
リーダーが敵を引き付け、他は防具を着けずに機動力を活かして一撃離脱を繰り返すといった戦い方だろうか。
「えっと、パーティーのリーダーはこのユウリさんです」
アルが俺を指してそう紹介する。
俺個人としては、アルの方がまとめ役として適任だと思うから、リーダーはアルがやれば良いと思ってるんだが……。
それに、女がリーダーってのは舐められそうだし。
「女がリーダーで大丈夫かよ?」
舐められるのは予想していたが、実際にやられるとすげえ癪に触るな。なんなら、今すぐスーパーウルトラギャラクシーキャノンをぶっぱなしてもいいんだぞ。
「心配されずとも、仕事はちゃんとやります。これでもプロですから」
慣れているのか、特に相手にせず事務報告のように淡々とそう言うアル。
「ハッ、言うことは立派だがよ、本当に実力あんのか? ランクいくつだよ?」
「えーっと、ブロンズ? でいいんだっけ?」
確か一番低いランクがブロンズだったよなと思いながらそう言う。
「はぁ? ブロンズだぁ?」
あからさまに馬鹿にしたような声でそう言うグレン。
そろそろマジでぶっぱなしたい。
「何か問題でも?」
今にも魔法を撃とうとする右手を抑え、出来る限りの笑顔を浮かべてそう言う。
「馬鹿にしてんのか! ブロンズの奴がリーダーのパーティーに何が出来るってんだ!? あぁ!?」
逆にそれが怒りを買ったらしく、大声が怒号に変わる。
できるだけ関係を悪くしないようにと、笑顔を浮かべたつもりだったが……裏目に出てしまった。
「座れグレン、別にランクの制限はない、ブロンズだとしても受けるのには何も問題ない筈だ」
「いーや大有りだ、実力もねぇ雑魚に背なんか預けられっか!」
俺、こいつ嫌いだ。
「じゃあいいよ勝手にやるから、協力するなら俺ら抜きでやってくれ」
正直、他の連中がいたらおいそれと魔法が撃てないから邪魔になるだけだし、相性の悪い奴と協力しても良いことはなさそうなので、こっちはこっちで自由にやると言う。
「そうだな、私も一人の方がやりやすい、当日はそれぞれ別行動でいいか?」
カインも俺の出した意見に便乗し、一人でやるといい始める。
「足手まといがないほうが楽で良いぜ」
「決まりだな、俺と彼女のパーティーは後は各々好きに動かせてもらう」
その言葉に各パーティーのリーダーが賛同し、各々用意されている馬車に乗り込んで目的地に向かった。
「……しかし、相変わらず乗り心地悪いな」
時おり激しく揺れる馬車の上で座席に寝転がりながらそう呟く。
普通に客を乗せて走っているようなものではなく、荷車に馬が一頭接続されているだけのものなので尚更乗り心地が悪い。
「協力が得られないのは結構厳しいですね」
「別にいいだろ、ムカつく奴と協力なんやってられっか、第一そんな事したら宝を独り占めできないだろ」
「確かに、僕もあの人は嫌いですけど、ダンジョンは何が起こるかわかりませんよ」
「けど、信頼出来ない相手と協力するよりはずっと安全だろ」
「その通りだな、あれでは背中を預けるどころか、互いに背中にも気を付けなければならない、そうなると各自で行動するのが合理的だろう……それでも、背中に気を付けなければならない事には変わりないがな」
「ってか、なんで居るんだよあんた」
さも当然のようにアルの隣に座っているカインにそう言う。
「俺は一人だ、荷物もない。ならば別の班の馬車に相乗りさせてもらった方がいいだろう」
「いやダメだろ。今、自分で背中にも気を付けろとか言ってたじゃん」
言ってることと、やってる事が真逆だぞ。
「いいんじゃないかな、ユウリくん、馬車に乗る代わりにダンジョンで見つけた宝は全て譲ってくれるそうだし、そもそも彼はそう言う人ではないと、顔合わせの時にわかっているからね」
御者台に座り、馬の制御をしているヘルクスがそう言う。
今、宝は譲ってくれると言ったか?
つまり、四手に別れて散策すれば俺らのパーティーが一番多くのお宝をゲットする事ができるということか。
なにも出来ねぇ弱小パーティーと思ってた奴にお宝をごっそりと持って行かれたら、他の奴らはさぞ悔しそうな顔をするんだろうな。
あの癪にさわるグレンとかいう奴の悔しそうな顔か……悪くないな。
「俺は自分の腕を磨く為に旅をしている、宝などには興味がない」
腕を組んで目を瞑ったまま、呟くようにそう言うカイン。
「まぁ、お宝は譲っ……もとい、降りろと言っても今更無理だしな」
そう呟きながら、何となく他の馬車に目を向ける。
最も道中の旅というのは賑やかなものだと思っていたが、どの馬車も逆に物静かな様子だった。
全員が装備の点検や、持ち物の確認に集中しており、会話も必要最低限のものばかりだ。
あれほど煽って来ていたグレンのパーティーも、各々武器を研いだりしておりその表情も真剣なものだったのは少し意外だ。
てっきり酒飲みながらバカ笑いでもしてそうだと思ったんだが。
「……奴はプライドが高すぎることと、性格難があるという欠点はあるが、冒険者としては真面目な方だ」
ボーッとグレンの馬車の様子を眺めていると、突然カインがそう言う。
「いきなりなんだよ」
「お前のランクを聞いたとき、あれほど目くじらを立てていたのは、仲間の背中を実力が不明瞭な奴に預ける訳にはいかないという責任感もあったからだろう」
「どーだか」
普通に格下だからと舐められてるだけな気がするんだが。
だが、真剣に装備の点検をしているあたり、冒険者として真面目というのはあながち間違いではなさそうだ。
むしろ、特に何もせずにごろごろとしている俺達の方が冒険者としてダメな部類に入るのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺が揺れる荷馬車の振動と、延々と腰と尻に攻撃してくる木の硬さと格闘している間に、馬車は目的地に到着した。
「これがダンジョンか、一目でわかるな」
パッと見た感じ、他の洞窟とは大差ないように思えるが、規模は桁違いに大きかった。細く曲がりくねった洞窟と違い、ここは二車線程の道幅がある。
そしてなにより、入口の上にダンジョンという文字が掘られている。一体、誰が掘ったのやら。
「馬車の長旅で疲れもあるし、時期に日も暮れる。ダンジョンに潜るのはここで一日夜営した後だ」
そう言うと、カインは俺達の馬車から一人用の小さなテントを持ち出し、慣れた手付きでテントを張ると、すぐに夕飯の準備に取りかかった。
「俺らも飯食おうぜー、アルさんアルさん今日のご飯はなんですか?」
「今から作りますから、テント建ててください、ヘルクスさんは近くに川があったので水を汲んできてもらえますか?」
馬車から街で買ってきた食材と、キャンプ用の調理器具を馬車から降ろしながらそう指示するアル。
「了解」
俺は言われた通り馬車の荷台から、テントを取り出して組み立てる。
支柱を立てて布をかぶせ、風で飛ばないように紐を張って杭を打つだけなので、誰にでも簡単に出来る作業……の筈だが。
「この棒はどこに繋げるんだ? こうか? いや、違うな……こう? それともこっち?」
キャンプをよくするだとか、自然教室的なものに参加した事があるならまだしも、現代の科学が発展した世界でぬくぬくと生きてきた現代っ子にとって、テントを張るというのはどんなクエストよりも難解なものだった。
「テントは私が張っておくから、アル君の方を手伝ってあげてくれるかな?」
組み立て方を模索して頭を悩ませていると、それを見かねたヘルクスがそう申し出てくれる。
「悪い、じゃあ頼むわ」
このまま悩んでいると、日が暮れてもテントが張れなさそうなので素直に変わってもらい、ヘルクスが汲んできた水を持って夕飯を作っているアルの所に向かう。
「アルー、手伝いに来たぜ」
「あれ? テントは?」
食材をナイフで切りながら、視線だけ此方に向けてそう聞いてくるアル。
「ヘルクスがやってくれるって」
「一人じゃ張れなかったんですね」
「……うん」
努力はしたんだ。努力は。だからそのジト目はやめてくれ。
「魔法は凄いですけど、それ以外は本当にダメダメですね」
「面目ない。何か手伝う事はあるか?」
「とりあえず、汲んできた水をそこに置いといてもらえます?」
「ほい、次はなにすればいい?」
「じゃあ、地面に横になって」
言われた通り、草むらに寝転がる。
「目をつぶって」
目を閉じると、風が草木を鳴らす心地のいい音がよく聞こえてくる。
「そのまま夢の世界にでも行っててください」
はい、おやすみな……ってちがーう!
「俺も何か手伝いたいんだよ!」
「その気持ちだけで十分ですよ」
「遠回しにいらない子って言われた」
「わかりました、じゃあスープの方をお願いします」
「おーよ、任された!」
アルに火を起こしてもらい、お湯を沸かす。そしてアルの用意していた食材を適当にぶちこむ。
「スープの素はどうしよう」
日本だとポタージュスープやら、トマトスープやら色々とスープの素みたいなのがあるんだが、こっちの人はどうやって作ってるんだろうか。
「お、なんかこれトマトっぽいな」
何かないかと食材を漁っていると、トマトっぽいものがあったので、いくつか取り出して鍋に放り込み丁寧に潰していく。
野菜の出汁でほんのりと色のついたスープが赤く染まっていく。同時にいい香りも広がってくる。
我ながら中々の出来じゃないか。
「できた」
「おー、魔法だけじゃなく料理も結構上手いですね」
鍋を覗き込みながらそう言うアル。
適当に材料ぶちこんだだけなんだが……もしかして、俺って料理のセンスあるのかもな。
だとしたら、異世界で飯作って超強力な魔獣なんかの胃袋鷲掴みにしたり、店開いて大儲けする路線で行くのもいいな。
「ちょっと味見させてもらいますよ」
そう言いながらスプーンでスープをすくい、口に運ぶアル。だが次の瞬間、血へどを吐いてぶっ倒れた。
「アル! どうした? 大丈夫か?」
「うぅ……ま……まずい……」
最後の力を振り絞り、そう言い残してガクリと意識を失うアル。
なんて威力なんだ……俺の料理は化け物か。
「……」
とりあえず、俺も味見をしてみよう。
「これはヒドイ!」
口にいれた瞬間、辛味なのか酸味なのか甘味なのか、もう言葉では言い表せないような風味が広がり、雷にでも打たれたような衝撃が走り、容易く意識を持っていく。
なんという不味さだろうか、コレが本当の飯テロ……上手い事言った。料理は不味いけど。
薄れ行く意識の中で俺はそう思った
おやすみなさい。