六話『人生初逮捕』
「一つ教えてほしいんですけど、どこで魔法習ったんですか?」
クエストの帰り道、真剣な表情でそう尋ねてくるアル。
「どこでって聞かれてもな」
使えるようにしてもらっただけで、魔法自体は習ってはないから困ってるんだけどな。
というか、ちゃんと習ってたら、相手に強化魔法を掛けるような真似しなかったし。
かといって、筋肉の神様に使えるようにしてもらっただけだって答えてもごまかすなって怒られるか、かわいそうな人を見る目を向けられるだけだろうし。
「やっぱり、魔法が盛んなウェスタヴィーラじゃないかな?」
どう答えようか迷っていると、ヘルクスが思わぬ助け舟を出してくれる。
「ああ、そうだよ」
ここで便乗しない手はない。ヘルクスの出した船に勢いよく飛び乗らせてもら
う。
「やっぱりそうですか」
「アル君も多少は魔法を齧っているみたいだし、やっぱ興味あるのかい?」
「魔法を使いこなせるようになるには、一度は足を運んでみないとだダメだとは思ってます」
会話から察するに、そのうぇすたべーらは魔法が盛んみたいだし、俺もそこで魔法を習えば威力を自由に調整できるようになったりするのかな。
だとしたら、俺も一度足を運んでみたいものだ。
「私も魔法に興味があるね、防御魔法なんかは特にね!」
そう言うヘルクスだが……こいつ、防御魔法覚えても使うのかな?
防御魔法とか使わずに、普通に避けそうな気がするんだけどな。
「ところでアル君は独学で魔法を?」
「ええ、まぁそうですね、家に本は無駄にありましたから」
「いやはや、羨ましい」
「そんな良いものじゃないですよ」
その様な割りとどうでもいい会話を交えながらのクエストを終えて気の抜けた帰り道、特になにか起こるわけでもなく無事に街に戻り、ギルドでクエストの報酬を貰い、空いているテーブルに腰かけてその報酬を山分けする。
「クエストの報酬は三等分でいいかな?」
「はい、それで構いません」
「あいつですよ!」
報酬を山分けしていると突然そんな叫び声が聞こえてくる。
「なんの騒ぎだ?」
何事かと声のする方に目を向けると、ギルドの入り口で顔面蒼白になっている男と、軽鎧を纏った兵士が二人ほど立っていた。
「衛兵も連れてきて、なにかあったのかな?」
「あいつですよ、あの金髪の変な服着た女ですよ!」
俺を指差してそう言う男。
俺なんかしたか? けど、あの男には見覚えがないし、誰かに恨まれるようなことをした覚えはないんだけどな。
「ユウリさん、一体あの人に何したんですか?」
「いや、何もしてないって」
「けど、見た感じ何もしてないようには見えないんですけど」
本当に何かした覚えはないんだけど……。
「本当にあいつか?」
衛兵が指を指して顔面蒼白の男に尋ねる。
「ああ、そうだよ。俺は見たんだ、そこにいる小さいのと一緒に終焉級魔法を街に向かって放つところを!」
……あ。
「あの人、何言ってるんですかね」
「ほ、本当だなー、なに言ってるんだろうなー、あっはっは」
ヤバイ。マジヤバイ。とてもヤバイ。
なんか魔王の仕業になってるから大丈夫だと思ってたのに……まさか目撃者が居たとは。
「あの男はそう言っているが、本当か?」
衛兵が俺達の元に歩いて来て、アルにそう尋ねる。
「そんなわけないじゃないですか。終焉級魔法なんて人が使える代物じゃないですし」
ここは何としても誤魔化さなければ、最悪処刑とかされそう。
「第一、わざわざ街にむかって使う理由もありませんよ、ねえユウリさん」
「へっ? あ、うん、そう……だね、そうだとも」
いきなり俺に話振ってくるんじゃねーよ! 心臓止まるかと思っただろ!
「……あの、もしかして使ったんですか?」
「いや、使ってない」
なんでバレた!?
「本当に?」
「俺の目を見てくれ、嘘をついているように見えるか?」
「めっちゃ泳いでますけど」
あ、これ誤魔化すの無理だわ。
「……試し撃ちをしようと思っただけで、危害を加えるつもりはなかったんです申し訳ありませんでしたごめんなさい」
俺がそう白状すると、周囲で様子を見ていた冒険者達がどよめく。
それほど、終焉級魔法を使える事は凄い事らしい。けど、その上も使えるんだけどな。
「終焉級を使える事にも驚きですけど、なにやらかしてるんですか!」
「か、確保ー!」
驚きのあまり固まっていた衛兵が、ハッと我に帰り二人がかりで俺に飛びかかってくる。
当然、避けられる筈もなく簡単に押さえつけられてしまう。
「ちょ、痛い痛い! ダメージ入ってるから! 体力削られてるからちょっと待って!」
体力が三ほど削られた辺りで、押さえつける力が弱まる。
あぶない、もう少しで死ぬところだった。
「一先ず、身柄を拘束させてもらいます」
手首に妙な重さがのし掛かる。見れば俺の両手に鉄の輪っかがかかっていた。
わーお、人生初逮捕だー。
……やべぇ、どうしよう。
◇◆◇◆
「申し訳ありませんが、ここに入っていてください」
やたら丁寧にそう言う衛兵に、牢屋の中に案内される。
罪人っつーか、容疑者に大して随分と温かい対応だな。いや、容疑者だからか?
「まぁ、牢屋は冷たいけど」
藁で編まれた御座にボロボロの布切れが一枚。そして薄暗い室内に冷たく湿った床。
もてなそうという気心が欠片も感じられない。
「牢屋だから当たり前か」
せっかく異世界にやって来たのに、ここで死んでバッドエンドとか洒落にならない。
「やっぱ、処刑以外の方法でどうにか許して貰うしかないよな」
やっぱり、魔王を倒して情状酌量というか、恩情の余地を――って、魔王倒しに行こうにも、第一ここから出られないじゃん。
「いっそのこと、脱獄しようかな」
といっても、魔法でぶっ壊して出る訳にはいかないからな。騒ぎを起こせば直ぐに衛兵が駆けつけてくるだろうし、第一、魔法の威力が強すぎて死人でるかもしれない。
「むぅ、大分ピンチだな」
「ユウリさんユウリさん」
牢屋の窓から聞き覚えのある声がすると思い目を向けると、アルが鉄格子から牢屋の中を覗きこんでいた。
「アル? 何してんの?」
「助けに来たんですよ。魔王を倒して英雄にでもなればこれくらいの事なら許してくれると思いますから、さっさと出てきてもらえますか?」
「そう簡単に言うけど、どうやって出ればいいんだよ、牢屋ごと吹っ飛ばすわけにはいかないだろ?」
「転移魔法で出てくればいいじゃないですか、終焉級が使えるなら最上級も余裕で使えますよね?」
……その手があったか!
「とりあえず、出てきたらさっさと街を出て他の国に逃げましょう、それなら指名手配されたとしても暫くは大丈夫でしょう。待ち合わせは例の廃坑で」
そう言って立ち去ろうとするアル。
「なぁ、アル」
俺はアルがどこかに行く前に呼び止めた。
「なんですか? 時間がないんでできれば後にしてほしいんですけど」
「なんで、危険を冒してまで助けに来てくれたんだ?」
仲間といっても昨日今日会ったばかりで、互いをよく知る仲でもないはずだ。助けるのはリスクしかない筈なのに、なぜわざわざ助けに来たんだろうかと、少し気になった。
「ここで助けに来ないような、そんな薄情者に見えますか?」
ゴメン、割りとそう見えてた。
「今、失礼なこと考えてますよね?」
「いやいや、考えてないって」
「ここで見捨てるのは寝覚めが悪いですし、パーティーの主砲が居なくなるのは困るじゃないですか……まぁ、相当なトラブルメーカーですけど」
「アル……男のツンデレはあまり需要ないぞ?」
「助けるのやめようかな」
割りと本気のトーンでそう言うアル。
「じょ、冗談だって、ありがとうな」
本当に見捨てそうな気がしたので慌てて謝る。
「お礼はいいですよ……そろそろ見張りが戻ってくるので行きます」
そう言って、足早に立ち去っていくアル。
たしか、転移魔法は最上級魔法だって言ってたな。
アルを見送った俺は、取得魔法一覧の最上級魔法からそれらしき魔法を探していく。
「名前的にこれだよな」
流石にこれで攻撃魔法とか強化魔法じゃないだろうと思いながらも、もしもということがある。
何が起こっても大丈夫なように、警戒しながら魔法を唱えた。
「テレポート」
ジェットコースターが下り始めるときのような、なんとも言えない浮遊感の後に視界が切り替わる。
「よかった、ちゃんと成功した……ってあれ?」
無事に転移に成功したと安堵したのもつかの間、ふと違和感を覚える。
「おかしいな、空がやけに近くに感じる。そして転移が終わったのに浮遊感が収まらない」
恐る恐る下を見ると、本来足のすぐ下にあるはずの地面は遥か彼方にあった。
「あはは、地面が遠いなぁ」
ヤバイ……これ落ちるやつや。
「うわぁぁぁあああぁぁぁああ!」
なんでこんな上空に転移してきてんの? バカなの? 死ぬの? 死ぬよ!
飛○石的なアイテムとか、なんか空飛ぶ呪文とかねーのかよ!
「飛べ! ジャンプ! ル○ラ! ○行石! フライアウェーイ! フライ! 天ぷら! エビフライ!」
徐々に落下の速度が遅くなっていき、やがて空中でピタリと止まる。
「ナイス、俺の引き!」
適当に唱えてたら、本当に空を飛ぶ魔法を引き当てるとは……はっ! そうか、ゴブリン相手に強化魔法ばっかだったのは、このときのための乱数調整だったんだな。
上空から地面にむかってゆっくりと下降していきながらそんな事を考える。
「あ、おーい」
廃坑の入り口付近にヘルクスとアルの姿が見えたので、二人に呼び掛ける。
「ヘルクスさーん、空からユウリさんが来ましたよー」
荷物を持ったアルが、俺に気づいてヘルクスにそう言う。
「おお! 空から登場とは面白いね!」
「でも、なんで空から?」
「なんか転移したらすっげえ上空に居てさ」
無事に地面に降りた俺は、不思議そうな顔をしているアルにそう説明する。
「あー、転移したい場所を明確に想像しないとそうなるって話は聞いたことあります。どこか見知らぬ所に転移されなかっただけ良かったじゃないですか」
見知らぬ所に飛ばされる可能性もあるのか。割りと危ないんだな転移魔法って。
「とりあえず、ウェスタヴェーラへ行きましょうか、そこで暫く大人しくして、警備が手薄になったタイミングで国を出ましょう」
荷物を背負ってそう言うアル。
「それって、どれくらいでつく?」
「馬車で一週間程度ですかね、歩きだとその五倍以上はかかります」
「うへー、割りと遠いなー」
「途中他の街にもよりますし、そこまで遠くないですよ」
いや、それ込みでも移動に一週間かかるのは相当遠いと思うんだけどな。
日本なら一日あれば反対側まで行けるのに、馬車ってそんなに速くないのかな。自転車と同じくらいか?
◇◆◇◆
「終焉級魔法を使いこなすという者に逃げられただと?」
執務室で初老の男性が椅子に深く腰かけ、書類にサインしていた手がピタリ止まる。
「はい、見張りが少し目を離した隙に、跡形もなく居なくなっていたとの報告が上がっております」
秘書らしき女性が、男性そう報告する。
「あれほど魔法対策をしておけと補助金までだしたというのに、なぜされてない!」
激怒した様子で声を荒げて立ち上がる男性。
「補助金は飲み代に使われたようです」
「職員はバカなのか!?」
「くっ、魔王を倒した後の覇権争いを考えると、終焉級魔法を扱える者がいれば、それだけで他国に多大な影響を与える。なんとしても、探しだすのだ」
再び椅子に腰を下ろし、頭を抱えてそう呟く。
「かしこまりました。国王陛下のご期待に沿えるよう尽力いたします」
「これで二人目の終焉級魔法を扱える者を引き込むことができれば、異世界より召喚した三十名の勇者達との戦力も鑑みれば容易に覇権が取れる……なんとしても、わが陣営に引き入れなければ」
◇◆◇◆