五話『さあ、見せてあげましょう! 私の防御力を』
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そして翌日。ヘルクスとの約束通り、アルと朝早くからギルドに来ていた。
「早いね、待たせてしまいましたか?」
食事をするテーブルの所に座って来るのを待っていると、俺たちに声をかけてくるヘルクス。
「いえ、あまり待ってないです」
「それはよかった、ではクエストはこちらで構いませんか?」
そう言って、ヘルクスは右手に持っていたクエストの内容が書かれた用紙をテーブルの上に置く。
ゴブリン十五匹の討伐、最近になって近くの廃坑でゴブリンが巣を作って荷馬車を襲って困っています。何とかしてください……か。
成功報酬は八万か。二匹でだいたい一万、昨日のジャンキーチキンと比べると一体辺りの単価は少ないけどクエストの報酬は多いな。
「いいんじゃないか?」
「そうですね、ただ数が多いので気を付けてください」
特に反対意見が出ることもなかったので、その場ですぐに出発した。
街を出て街道沿いにある道を真っ直ぐ進めば、ゴブリンの巣があるという廃坑にはすぐに着いた。
「あー、結構居ますね」
薄暗い廃坑内を覗くと、緑の肌をもった子供程度の大きさの醜悪な外見のモンスターが多く彷徨いていた。
「さあ、見せてあげましょう! 私の防御力を」
ヘルクスは背中に背負った盾を構えると、ゴブリンの元へ飛び出して行く。
いきなり現れた侵入者に警戒したのか、少し距離をとって様子を伺うゴブリン。
「さあ来いゴブリン、貴様らの攻撃では私は傷ひとつ付かない!」
その声に応じたのか、数匹のゴブリンが腰や背中に下げていた武器を手に取る。
原始的だが武器を扱うだけあって、ゴブリンの知能は意外と高いらしく、三匹で取り囲むように広がり一斉に襲いかかった。
「ふっ!」
ゴブリンのこん棒を、体を右に反らせて回避する。
……ん? あれ? 防ぐんじゃないのか?
「ふんっ!」
ゴブリンの連携した攻撃を次々と回避していくヘルクス。
「如何なる攻撃といえど、私の防御力の前には全てが無力」
「いや、盾使えよ!」
たまらずアルのツッコミが飛ぶ。
「当たらなければどうということはない!」
華麗尚且つ変態的な動きでゴブリンの攻撃を掻い潜っていくヘルクス。
「いま当たらなければって言いましたけど!? もう防御じゃなくて回避ですよね!?」
アルのツッコミがキレッキレだ。
「防御力です」
「防御力って一体なんでしたっけ?」
「まだまだ、私の真骨頂はこれからです、ヘルクス流防御術の真髄、すなわち奥義をお見せしましょう」
そう言い、腰に下げた剣の柄に手を伸ばし、鈍い光を放つ刀身を抜く。
「防御力を力に変える! 防御力スマッシュ!」
ヘルクスが目にも留まらぬ速さで腕を振り、ゴブリンをまとめて吹き飛ばした。
剣を握り締めた拳で。
「剣は!?」
「私の剣技、とくとお見せしましょう!」
そう言ってゴブリンを蹴り飛ばすヘルクス。
「剣技なら、剣つかえよ!」
「よし、採用」
「何でですか!? まだ防御のぼの字も見せてませんけど? 大層な装備揃えてるのに、ひとつも活用してませんけど!?」
「いや、ほら……なんか面白そうだし」
「面白いかどうかで決めるんですか!? 魔王倒す気あります?」
「でもさ、冷静に考えたら強くない?」
防御力を攻撃力に変えることができるとか、攻防両方できるから頼りになりそうだし。
「確かに、それは認めます」
「じゃあ、決まりだな。これからよろしくなヘルクス!」
「ああ! よろしくお願いするよ!」
ガシッと熱い握手をする。ヘルクスとはいい友達になれそうだ。
「ちょっ……ああ、もうわかりましたよ。好きにしてください」
半ば強引に決められた事に抗議しようと声を上げるが、諦めたようにそれを飲み込み両手を上げるアル。
ヘルクスが仲間になった。ファンファーレでも聞こえてきそうだ。
「さてと、そんじゃ、俺の実力も見せておくかな」
「使うなら初級魔法にしてくださいよ」
「わかってるって」
そう何度も同じ轍は踏んだりしないぜ。
ステータスを開いて使える初級魔法を探す。
「とりあえず……これ使ってみるか、グラントストレンジ!」
適当に、目の付いた魔法をゴブリンに向けて初級魔法を放ってみる。
直後、赤いオーラに包まれみるみるうちに体が肥大化していくゴブリン。
あ、これ風船みたいに膨らんでパーンって破裂させる感じの魔法じゃね?
待って、俺そういうグロい感じの苦手なんだけど。
爆発する瞬間を見ないように顔を反らして、両手で視界を防ぐ。
「ちょっ! なんで敵に強化魔法使ってるんですか!?」
そうしていると、アルの怒鳴り声が聞こえてくる。
「へ? 強化魔法?」
なんの事かと思いゴブリンの方に視線を戻すと、少し目を反らしていた間に子供程度の大きさから、鍛え上げられたボクサーのような姿に変わっていた。
「……成長期かな?」
いやー、ゴブリンの成長期って凄いなー。
「ユウリさんがやったんですよ!」
「サーセン」
まさか、適当に使ったやつが強化魔法だったとは……。
「む、ゴブリンがよもやゴブリンリーダーにまで成長するとは」
「どうします? ゴブリンリーダーは相当手強いですよ。他のゴブリンも居ますし」
「……わ、わかったよ、自分のケツは自分で拭くって」
だから、そんな責めるような目で俺を見るなって。
「ギギ……ニンゲン……」
うわ、なんか喋っちょる。
「オマエ、ツヨイ……オレ、ヨワイヤツ、ヒトジチ、トル」
そう言いながら俺の方をじっと見つめてくるゴブリンリーダー。
あれれー? おかしーぞー?
どーしてそんなに俺の方を見てくるのかな?
「オレ、ステータスワカル、ヨロイ、マホウデキナイ、デモボウギョタカイ……チイサイノ、フツウ……」
「あいつ、俺に狙い定めてるよな確実に」
「まあ、自分の尻拭いは自分でするって言ってたし、丁度いいんじゃないですか?」
「私たちは周りのゴブリンを蹴散らしてくるから、心置きなく戦ってくれ!」
「「じゃ、そういうことで」」
そうい言って周囲のゴブリン達に向かって突っ込んでいく二人。
なんか、早々に見捨てられた感が残るんですけど。
「オンナ、コウゲキヒクイ、ボウギョヒクイ、アト、アタマワルイ」
「おぉい! 頭悪いってなんだよ!」
攻撃力も防御力も一だけども? 頭悪いってのはおかしくないですかね?
「くくっ……ゴブリンに頭悪いって言われてる」
「まぁ敵に強化魔法掛けちゃったからね、そう思われても仕方ないね」
「外野は黙っててもらえます!?」
「オマエ、ヒトジチニスル」
「上等だこのやろう、頭悪いって言ったこと後悔させたる! かかってこいやオラァッ!」
勢いよく啖呵を切って自分に気合を入れる。
それとほぼ同時に、こん棒を握り直したゴブリンが一気に距離を詰めて襲いかかってくる。
「あ! 思ったよりも早い!」
咄嗟によ避けようと後ろに跳ぼうと身を屈めるが、洞窟内で湿っていた岩盤に足を滑らせそのまま綺麗にスッ転ぶ。
だがしかし、それが幸いしてかゴブリンリーダーの攻撃は俺の頭上を通り過ぎ、バランスを崩したゴブリンリーダーがたまたま俺の膝に足を引っかけスッ転ぶ。
さらに地形も味方してくれたようで、硬い岩に顔面から突っ込んでいきカエルのつぶれたような声をあげて悶絶するゴブリンリーダー。
なんか、思わぬ偶然で先制攻撃を取ったけど……よし、狙ってやったってことにしとこう。
「はっはっは! どうだゴブリン、この完璧なカウンターは!」
つい今しがた馬鹿にされた恨みを晴らす為に、あざ笑うようにそう言ってやる。
「ナイスマグレ!」
「いいマグレだったね!」
おい、外野うるさいぞ!
「ギギ、ナカナカヤル……デモ、オマエモタイリョクヘッタ」
「転んだだけなのにダメージなんて喰らうわけないじゃん……ってホンマや!」
ステータスを確認すると、ゴブリンリーダーの言う通り体力の数値が一減っていた。
転んだだけでもダメージ喰らうって、もうそれ日常生活に支障が出るレベルじゃん。
「ナガビケバ……オレガ、ユウリ」
勝ち誇ったようにそう言うゴブリンリーダー。
くそっ、あのドヤ顔腹立つな!
「だったら速攻で片を付けるまでよ! 唸れ! スーパーウルトラギャラクシー」
「ここでそんなのぶっぱなしたら確実に生き埋めですよー」
「うぐっ……」
確かに、山崩れを引き起こす程の魔法を廃坑内でぶっぱなせば生き埋め必至。
どんなバリアでも切り裂くカッターも同じ中級魔法なら同等の威力があるだろうから無闇やたらに使えないからアウト。
それ以外の攻撃魔法は知らないし、適当に使ってまた強化魔法とか掛けちゃったらマジで笑えない。ツーアウト。
最終手段は終焉級魔法で洞窟事ぶっ飛ばすやり方だが、使えばどうなるかわからない。主に街が。はい、スリーアウトチェンジ。
「打つ手がないんだけど、どうしよう!?」
あれ? これ割りと詰んでね?
「オマエ、ヤッパリアタマワルイ」
「こんのゴブリンめ、言わせておけば頭が悪いと好き放題言いやがって」
「僕、ゴブリンと同じレベルで争う人初めて見ましたよ」
「いやはや、彼女は実にユニークな人だね」
外野うるさいぞ。
「くそっ、こうなったら、一番安全そうな策でいくしかねぇ!」
片っ端から初級魔法使ってやる!
そうそう強化魔法なんて引き当てねぇだろ。
「リライトディフェンド」
ゴブリンの体が鋼鉄のように硬くなった。
「だから強化魔法掛けてどうするんですか? わざとですか?」
「ち、ちがわい!」
くっ、まさか二回連続で強化魔法を引き当てるとは……だが、三度目の正直って奴だ、次こそ攻撃魔法をぶち当ててやる。
ステータスに視線を落とし、取得魔法一覧のリライトディフェンドの下にある魔法を唱える。
「ヒール……あっ」
名前で分かる。これ回復魔法や。
「ギギ……イタミ……キエタ……」
ゴブリンの傷を全回復させてしまったらしい。
「ユウリさん、もしかしてふざけてます?」
「至って真面目に戦ってます」
くそ、なんでさっきから攻撃魔法を引き当てれないんだ俺。
取得魔法一覧を操作しながらそれっぽい魔法を探す。
ブレイズエンチャント……なんかこれも強化魔法の感じがする。エンチャントとかついてるし。
あー、なんかどれも強化魔法に見えてきた。
もっとこう、いかにも攻撃魔法ですって感じのやつはないのか?
……いや待てよ、そういえばアルと最初に会った時なんか魔法っぽいの使ってたような。
何て言ったっけ? サンダーなんとか。あれなら威力も低めだし、洞窟内で使っても問題ないはずだ。
「名前はたしか……そう、サンダーショットだ!」
手のひらから一閃の光が放たれる。
目にも止まらぬ早さで駆けるそれは、轟音とともにゴブリンの上半身を消しとばし洞窟の岩壁をもいとも簡単に打ち砕く。
あれ? おかしいな、アルが使った時は普通の魔法だったのに。
「それ、サンダーショットですよね?」
驚いている様子のアルが、若干引き気味にそう話しかけてくる。
「そうだけど」
「上級魔法じゃなきゃ、そんな威力出ないんですけど」
「まぁ、魔法特化だし、多少はね? 威力が上がっててもね?」
「多少どころじゃないんですけど……雷系の魔法は自信あったのに、ものの見事に打ち砕かれた感じですよ」
なんか、ゴメン。悪気があったわけじゃないんだけどな。
チーズバーガーのチーズ抜き頼む奴は何がしたいなんじゃ。