三話『ヤクでもキメてんのか?』
「よし、さっそく魔王討伐に行こう!」
銅製で出来た冒険者カードを受け取った俺は、さっそくアルにそう提案する。
「え、無理ですけど?」
真顔でそう言われた。
「え? 無理なの?」
「冒険者ランク、一番下のブロンズランクですよ?」
「冒険者ランクって?」
「一言でいうなら冒険者の実力を分かりやすくしたものです。下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、オリハル、アダマンの順番でランク分けされてます。魔王軍との戦いの前線に行くならホールドランク、魔王に挑もうっていうなら最低でもプラチナクラスにならないと無理です」
意外と面倒くさいのな。
「ちなみに、アルのランクはどれなの?」
「シルバーです」
懐から、銀色カードを取り出してそう言うアル。
なるほど、冒険者カードの色でランクがわかるようになっているのか。
「それに、冒険者ランク上げるだけじゃなくは仲間も他に集めないとですし、大体何人かでパーティーを組んで旅をするのがセオリーですし、アダマンランクでも一人じゃ魔王になんて太刀打できませんよ」
パーティーか、確かに俺一人じゃ魔王に勝てないもんな。
パーティーを組んで強敵に挑むのはRPGと戦隊ものの基本だし、心強い仲間はやっぱり必要か。
「まぁ、一人は既に確保してるからいいとして、あと二人くらいは欲しいな」
「へぇ、もう一人は見つけてたんですね」
「え?」
「え?」
どうして、キョトンとした顔をしているのかなアルバート君。
「君のことだよ?」
「一体いつから、僕がユウリさんの仲間だと錯覚していたんですか?」
「なん……だと……? いや、なんか仲間的な、これから一緒に旅していこう的な感じだったじゃないか」
「なってませんけど」
嘘だろ。仲間だと思っていたのは俺だけなのか?
自分は友達だと思っていたのに、そいつは全然友達と思ってくれていなかったみたいで悲しいじゃないか。
「それじゃあ、俺とパーティーを組んでくれ」
流れで押しきれないなら、改めてパーティーを組んでくれとお願いする。
「えっと……ユウリさんは確かに能力は凄いです、きっと頼りになると思います」
能力はってのが少し気になるが、これはプラス査定だよな。
「ただ、お互いに実力が不明瞭な方とパーティーを組むのは良くないと思います。肩書だけで、いざというとき何も出来ない人とかたまに居るので」
「じゃあ、実力を証明すればいいんだな?」
「そうですね、一緒にクエストにでも行けば相性の良し悪しもわかるでしょうし」
「オーケー、そうなったら話は早い。おねーさん、近場でなにかいいクエスト見繕ってもらえませんかー?」
「早速ですか、でしたら此方などは如何でしょうか?」
なになに、ジャンキーチキン五体の討伐、報酬は五万レンスか。場所はすぐ近くの山か。
レンスってのはお金の単位かな? 日帰りでできそうだし、ニワトリ五匹で五万は割りと良さそうだ。
「あ、それはやめといた方が……」
「じゃあ、これにしまーす」
「かしこまりました」
「あーあ……」
え? なんかアルが何とも言えない微妙な顔してるんだけど、なんでだ?
◇◆◇◆
「くっ、ニワトリごときと侮っていた……まさか、これほどとは」
俺達の受けたクエスト、ジャンキーチキンの討伐に来たはいいが、たかがニワトリと侮っていたのが失敗だった。
このジャンキーチキン。草食で基本的に大人しく無害であり、肉は大変美味で夜明けを知らせる習性がある、そしてこいつの産む卵はとても栄養価が高くたいそう喜ばれるらしく、大変人々の役に立っている生き物なのだが、家畜としての人気は皆無だそうだ。
理由は二つある。一つが、三メートル近くあるこの巨体。飼育するとなると相当な食費がかかるだろう。
そしてもう一つの理由が……。
「これほどまでに……」
繁殖期になると雄が雌に対して求愛行動を行うのだが、その方法はひたすらに鳴きまくるというものらしい。
「これほどまでに煩いとは思わなかった!」
『コッッケエエエエエエエエ!』
『コッケェェェエエエェ』
『コッコッココォォォォ!』
その鳴き声が煩いのなんのって。お前らヤクでもキメてんのかというくらいに煩い。煩すぎて近所から苦情が殺到するために、家畜としての人気は皆無というわけらしい。
一匹だけでも相当な音量なのに、それが今回は五匹もいる。うるさいなんてもんじゃない。
「だから、やめときましょうって言ったじゃないですか」
耳を塞ぎながら、不満そうな表情でそう言うアルだが、騒音のためなんと言ったか全く聞き取れない。
「なんてだって? 聞こえないんだけど?」
「さっさと片付けましょうって言ったんです! 僕は右の二体をやりますから、左の三体はお願いします!」
「そうか、わかった」
左の三体をぶっ倒せばいいんだな。
まともに魔法を使うのは初めてだから、ちゃんと使えるのか怪しいが今度は街をぶっ壊したりしないでくれよ。
そう願いながら右手をチキンに向ける。
「スーパーウルトラギャラクシーキャノン!」
掌から極太のレーザービームが出る。それは地面を削りながらチキン共を飲み込み跡形もなく消滅させ、山に穴を開けた。
名前は適当なのになんだこの威力。
「これ、本当に中級魔法か?」
もう必殺技じゃねーかよ。名前は小学生レベルなのに。
「あーあ、死体分も合わせたら報酬も十万レンスは越えてたのに勿体ない事しますね」
跡形もなく消え去ったニワトリの居た所に目を向けて、そう呟くアル。その足の下には、血で赤く染まり地面に横たわるチキンの死体が転がっていた。
「いや、中級魔法でああなると思わなくて」
中級だから精々、手榴弾程度の威力だろうなって思ってたんだ。まさか、戦艦の主砲並の威力だったとは思わなくて。
というか、アルの方も凄いな。あっという間に二匹倒してるし。思ったよりも強いんだな。
顔立ちからして、守られポジションだと思ってたけど。
「中級? あれが中級魔法ですか? どう見ても最上級魔法の威力じゃないですか!」
アルは驚いたような、怒ったようなそんな表情でそう言う。
「そうなのか」
中級魔法で最上級魔法の威力……魔法特化マジパネェ。
「中級魔法であの威力って、魔法に関しては本当に規格外で……なんか音しません?」
「確かに、なんかゴゴゴって感じの音がするな」
耳をすませば、どこからか地鳴りのような音が聞こえてくる。しかもその音は徐々に大きくなっており、こちらに近付いて来ているようだ。
「あ」
「小石」
ふと、足元を見れば俺とアルの間を小石がコロコロと転がっていく。
なんか、とても嫌な予感が……。
そう思いながら石の転がってきた方向に目を向ける。
なんと言うことでしょう、大量の土石が津波のように押し寄せて来ているではありませんか。
「嘘だろおい!」
「逃げますよ!」
俺もアルも一目散に駆け出し、山を走って降りる。
だが、土石流の速さはそれよりも速く、みるみる内に距離が詰まっていく。
「これどう考えても、ユウリさんのせいですよね!?」
「決め付け、イクナイ、ワタシ知らないネ」
「かたことになってますけど?」
「ごめんなさい、悪気はなかったんです」
「もしこれで死んだら呪い殺しますからね!」
「多分、俺の方が死亡率高いと思うんだ」
なぜなら、運が悪い事に俺のスタミナが切れたからな。
「もう無理走れん」
地面に倒れてそう呟く俺。
「って、まだ百メートルも走ってませんけど!?」
くっ、魔法特化の弊害が来んところにも出てくるとは……ん? 魔法特化?
「空飛べる魔法あるんじゃね?」
ステータスを開いて取得魔法一覧を開く。
「……いや、この中から探すの無理じゃん」
全部で千三百種類くらいあるんですけど。無理だよ、どう考えても千種類以上ある魔法の中から空飛魔法探してたら間に合わないわ。
「こうなったら、どんな攻撃も防ぐバリア」
俺とアルを覆うように、ドーム状の透明なバリアが展開される。
その直後だった。土石が俺達を飲み込んだのは。
「いやー、俺が居て助かったな」
魔法で明かりを灯すアルにそう言う。
危うく生き埋めになるところだったぜ。バリアで俺とアルを覆って土石流から身を守る。咄嗟に思い付いたが無事に上手くいって良かった。
「そうですね、こうなった原因もユウリさんにありますけどね。それにまだ助かってませんし、結局出られないじゃないですか、ふざけてると本当に怒りますよ」
膝を抱えるようにして座り、俺に批難の眼差しを向けながら、節々にトのある言葉をぶつけてくる。
「……はい、ごめんなさい」
「冗談ですよ、別にそれほど怒ってませんし」
「なっ……」
俺が素直に謝ると、クスクスと笑いながらそう言うアル。
一つ気づいたが、アルって割りとS入ってるよな。最初会ったときから結構グサグサくるし。
「起こってしまったことは仕方ないですから……それよりも、これからどうするかですね」
アルの言うとおり、生き埋めにはならなかったがバリアが丸々土に埋もれてしまったので、ここから動くことができない。
……それってつまり生き埋めじゃね?
「魔法得意なら、この状況を打破できる魔法とかないんですか?」
「探してみる」
魔法一覧を開いて使えそうな魔法を探す。
「なあ、なんでアルは冒険者になったんだ?」
探している間静かになるのが嫌だったので、BGM代わりにでもならないかなと思いながらアルにそう聞いてみる。
「おもしろくないですよ」
「別にかまわねーよ」
「……大した理由はないんですけど、僕って結構といい所の出なんですよ」
「お、親が金持ち自慢か?」
「聞く気がないなら話しませんけど」
「あぁっ、冗談だって、ちゃんと聞くから」
「特に不自由なく育って、学校にも行って……まぁ、だから目をつけられたんでしょうね」
「誰に?」
「盗賊です。学校から帰ってきたら一家全員死んでましたよ」
「……」
言葉に詰まった。静かだと寂しいからBGM代わりにでもと考えていたのが、とても悪いと思った。
「割りとよくある話です。金持ちの家に盗賊が入り込んでくるなんていうのは」
「その……ごめん……」
「別にいいですよ、作り話ですし」
「けど……ん?」
今なんつった?
「だから、今の話は作り話ですって」
「なっ……嘘かよ!」
おいおい、趣味が悪いぞ。こいつ、本当にSだな。
「そんなことよりどうですか? いい感じに出られそうな魔法ありました?」
「いや、さっぱり」
量が多い上にそもそも魔法の名前しか載っていないから、どの魔法がどんな効果なのかサッパリわからない。
効果がわからないまま使って、さらに酷いことになるのは避けたい。
使える魔法でどうにかするしかないが、そうなるとスーパーウルトラギャラクシーキャノンしか使える魔法がない。
うん、もう邪魔な土を一掃するしかないな。
「スーパーウルトラギャラクシーキャノン!」
周囲を覆っているバリアを解除すると同時に、上空に向かって魔法を放つ。地面削り、山崩れを起こす程の威力がある魔法だ、覆い被さっている土石など跡形もなく消し飛ばす。
それに、今度はちゃんと上に向けてぶっぱなしたから、山崩れの心配はないはずだ……多分。
「これで出れるな」
土石をよじ登って外には出て、よく見えるようになった青空を仰ぎ見ながらそう言う。
「……危うくさっきの魔法で死ぬかと思いましたよ」
俺の後から出てきたアルが、ほっとしたようにそう呟く。
「出れたからいいじゃねーか……あっ」
山崩れにより見晴らしの良くなった山から、街の外壁が土石流により破壊されているのが見えた。
「あー」
「あのー、アル君、言っておくけど山崩れは俺のせいとは限らないからな?」
多分、今回の山崩れは自然現象だ。そうに違いない。きっとそうだ。だから、あの外壁は俺のせいじゃない。
……流石に無理があるかな。
「そうですね、山崩れが偶然起こった可能性は捨てきれませんね、一厘くらいは」
「俺が原因かそうじゃないかの二択だから、五割くらいあってももいいんじゃね?」
「それは流石に無理がありますよ」
「お金の使い道だけど……どうしようかしら?」
「お墓買おう」
「そうね、でも一番いいもの買っても大分余るわよ」
「半分くらい株に使ってみる?」
「それ、おもしろそうね」
「私の~お墓の~ま~えで~、腕立てしないでください~」