十一話『決着ゥゥーーー!』
「相談は終わったようで……そろそろトドメをさしてあげましょう」
律儀に待っててくれたのか、敵キャラの鏡だな。
「そいつはどうだろう?」
「ほう?」
「奥の手を持っているのは君だけじゃない、見せてやろう、我が究極奥義! 防御力の極致! キャストオフ!」
鎧を一瞬で脱ぎ、イチゴ柄のトランクスとヘルムのみの状態になる。おい待て、どっかで見たことあるぞあのトランクス。
「鎧を脱いだからなんだという!?」
「それは、自分で体験するといい」
一瞬にして、その場から消えピエロ紳士の背後へと回り込むへルクス。
「速い……しかし、私のこのモードから逃れるのは不可能!」
ピエロ紳士は腕を振り払い、背後にマワッタへルクスに裏拳をお見舞いする。音速を越えその衝撃波だけでも凄まじい威力を持つ拳。
すでに攻撃体勢に入っていたへルクスは、それを避けきれず直撃を喰らう。
「それは残像だ」
そう思ったのも束の間、裏拳を喰らった筈のへルクスの姿が靄が払われるように消え去り、再びピエロ紳士の背後に現れる。
「ばっ……バカな!」
二度も背後を取られたからか、自分の拳をあっさりと避けられたからか、信じられないといった様子でそう叫ぶピエロ紳士。
「身体の動きも重さによって鈍くなる。 だがそれを脱ぎ去った今、私の速さは通常の三倍まで速くなる! 体感で!」
実際のところはそこまで速くなってないということか。
「ちょろちょろとすばしっこい人間だ……だが久しぶりだ、この感覚!」
ピエロ紳士は楽しそうに口許を緩める。
「それは此方も同じさ! キャストオフした私の防御力に付いてこられる相手は初めてだからね!」
兜ごしでも、ヘルクスが笑っているのがわかる。
笑いながら戦うとか、端から見れば異常な光景だよ。
まるで親におもちゃを買ってもらう子供のようなはしゃぎようだ。強い相手を前にして、ワクワクせずにはいられないってか? サ○ヤ人かよお前ら。
「次は特別なパンチをお見舞いしてやろう。はたして避けられるかな?」
ピエロ紳士が拳を強く握った瞬間、後頭部に一閃の雷撃が走る。
「こっちも忘れないでもらえますか?」
放ったのはアルだ。ダメージはないが、それでもピエロ紳士の動きを止めることには成功した。
「私は今、強者との戦いに酔いしれている、坊主のような弱者が邪魔立てをすると無性に腹が立つ」
少しの間、動きが止まっていたピエロ紳士だが、ゆっくりとアルの方に目を向けると冷淡な声色でそう言う。
これが殺気というやつだろうか……自分に向かって発せられた言葉ではないのに、肌をナイフで突き刺すような威圧感が襲ってくる。
「っ……」
それをもろに受けているアルは苦悶の表情を浮かべ、後退りしようとする足を無理矢理押さえつけて口を開く。
「弱者ですか……確かに、あの二人に比べると弱いですけど、それがなんだと言うんですか?」
「弱いということは恥ずべきことであって、間違っても誇れるものではない」
「え、別に誇ってはないですけど? というか、強さ云々でいうなら貴方の方こそユウリさんに良いようにやられて、あまり強そうに見えないんですけど、もしかして僕よりも弱いんじゃないかなーとさえ思います」
アルさん煽る煽る。
アルは相手をバカにするように嘲笑混じりに、矢継ぎ早に煽り文句を並べていく。
「小僧……口の聞き方に気を付けたまえ、あの女が異常なだけで貴様のような小僧など指一本で事足りる」
そう言ってピエロ紳士は左手の人差し指を立てる。
「貴方が指一本なら……じゃあ、僕はそれすらも使わずに勝ちますよ」
いやいや、流石にそれは無理あるって。そんな見えすいたなハッタリを真に受けるような奴なんて居るわけないじゃん。
「ほぉ、面白い、やってみせるがいい」
そう言いながら、ゆっくりとアルの方に足を向けて一歩一歩近づいていくピエロ紳士。
居たよ、見え見えなハッタリを真に受ける奴居たよ。
「あ、言い忘れてましたけど……僕、性格悪いですから、相手の嫌がる事するの好きなんですよね」
アルがクスリと笑った直後、半円の金属板が地面から姿を表しピエロ紳士脚を強く挟み込む。
「なんだこれは!」
ダメージは皆無だ。しかし予期せぬタイミングでの予期せぬ攻撃により、ピエロ紳士の意識は完全に脚を強く挟む半円の金属板に向けられた。
トラバサミ……だっけか? 動物を捕まえる為の罠だけど、まさかこういう状況でそれを使うなんてね。
予期せぬタイミングでの予期せぬ攻撃。どんな達人といえどそんな攻撃が来れば嫌でも反射的に全神経がそれに集中する。
「ほら、『僕は』指一本使ってない」
してやったり、そんな表情で呟くアル。
そういうの、他力本願って言うんだぜ。
だがまぁ、ナイス策略だ。そんじゃ、ご期待通りぶっぱなしてやるよ規格外の魔法を。
「ウルトラスーパーギャラクシーキャノン!」
全身全霊をもって、渾身の魔法を放つ。会心の一撃とかクリティカルとかそんな感じの手応えだ。
「ぐおおおおおあああああ」
俺の右手から放たれた魔法は、極光となりピエロ紳士を飲み込む。
「やったか!」
勝利を確信したカインが、横でそう言ってガッツポーズそ決める。
「あっ」
おい、その台詞は倒したと思ったけど倒せてないってフラグだぞ。
「……まだだ、この程度でまだ倒れませんよ」
ボロボロになりながらも、戦うには十分な余力の残ったピエロ紳士が立ち上がってくる。
ほらみろ。もー、余計なフラグ建てやがって。
「あの魔法でも倒しきれないのか……」
うん、君のフラグがなけりゃ倒してたと思う。
しかし、これで押しきれないとなると決め手が欠けるな。
あまり使いたくは……というか使っちゃダメだが、こうなったら仕方ない。アレを使うとしよう。馬車で半日も離れてれば流石に射程圏外だろうしな。
「なっ、この魔力の高まりはまさか!」
どうやら、ピエロ紳士はこの魔法を知っているらしい。街一つを簡単に潰すことのできる、名前のカッキィこの魔法をな。
「ミーティーア!」
声高らかにそう唱える。
「バカなっ、人間ごときが終焉級魔法を扱うなど……!」
「……」
「……」
「……あれ?」
おかしいな……また、なにも起きないんだけど?
「ふっ、ただのこけおどしか……しかし、恐るべき魔力量、人間にしておくには惜しいな……どうです? 魔族になりま」
ピエロ紳士が言い終わるか否かの内に、大きく大地が揺れ、天井が音を起てて崩壊を始め、瓦礫がピエロ紳士の図上に降り注ぐ。
「ちょ、ユウリさん! 今度は何をやったんですか!?」
「いや、俺は知らな……」
……あ、待てよ。確かこの呪文って空から隕石が降り注ぐ感じの魔法だったよな。
それを、アイツに向かって使った訳だから、当然上空からこのダンジョンめがけて隕石が降ってくる。そしてここはダンジョンの内部だ。
つまり、隕石がダンジョンに当たってダンジョンがその衝撃に耐えきれず崩れ始めたって事だ。
まーた、俺がやっちゃったパターンだ……てへっ。
「ユウリさん」
「はい、すいませんでした」
そんなジト目で俺を見ないで。
「謝るのは後でいいですから、はやく逃げますよ!」
「私が担いで行こう」
いつの間にか鎧を着たへルクスが三人を軽々と担ぎ、ダンジョンの出入口まで走る。
頭上から降り注ぐ瓦礫を全て回避……もとい防御しながら、ダンジョンの出入口が瓦礫で塞がる前に飛び出す。
それからすぐに、ダンジョンが音を起てて完全に崩壊する。
「ふぅ、ギリギリ間に合ったね」
「今度は、生き埋めにならずにすんでなによりです」
「その言い様だと、生き埋めになったことがあるように聞こえるが……」
木に体重を預けるようにして座り込み、体力を回復させながらそう言うカイン。
「ありますよ、何事もなく抜け出せましたけど」
「俺のおかげでな」
「生き埋めになったのもユウリさんのせいですけど」
そうだけど。
「お前たちは……一体何なんだ?」
「お前たちって……僕をこの二人と一緒にしないでもらえますか? 僕は一般的な冒険者ですから」
「いや、お前の肝の座り具合も大したものだ……ぐうっ」
カインが突然苦痛の表情を浮かべ、脇腹を抑えて横たわる。
思っていたよりも深刻なダメージを受けてるらしい。はやく回復魔法を掛けてやった方がいいな。
そう思い、俺はカインに向かってゆっくりと手を伸ばす。
「ふっ、どうやらもうすぐ終わりが近いらしい……一つ、頼みを聞いてくれないか?」
カインはそう言って服の中から一つの首飾りを取り出して俺の手に握らせる。
違う、そうじゃない。形見を預かろうとか、そういう意味で手を出した訳じゃない。
「これを、妹に渡してほしい……俺が旅立つ時、妹が作ってくれたものだ……」
そんな、全てを悟ったような表情で遺言残されると、すげえ回復魔法かけにくい雰囲気になるんですけど。しかも、なんか回想入りしそうな雰囲気かもし出してるし。
「あれは、俺がまだ若かったころだ……」
アカン、本当に回想入りしだした。死亡フラグだからそれ!
「え~とだな、格好つけてるとこ悪いんだけど……ヒール」
気まずい雰囲気になるだろうけど、死ぬよりはマシだろ。
「……あれ? なんか完治した」
鳩が豆鉄砲でも喰らったような表情で、そう呟くカイン。
「すまん……俺、回復魔法もつかえるんだわ」
「いや待て、回復魔法って……ただのヒールでどうにかなるレベルの怪我ではなかったぞ」
流石に可笑しいと思ったのか、カインは驚いた様子でそう言ってくる。
「え? いやほら……魔法特化だし多少はね?」
「多少? 多少で済まされるレベルではないぞ、残りのHPは三しか残っていなかった、少なくとも内蔵は殆どダメになっていた筈だ、骨も折れて肺に突き刺さっていた、ヒール一つでどうにか出来る程度ではないぞ」
普通、ヒールというのは致命傷でない小さな怪我を治すのが精一杯でそれ以上の怪我となると、もっと上級の回復魔法が必要となってくるとカインは俺に説明した。
瀕死の重症ともなれば、上級か最上級の回復魔法でなければ完治させるのは不可能だが、それをヒールであっさりと治してしまったから驚いていると。
しかし、HPが三でそれなら最大でも十しかない俺は七回転んだら瀕死だな……最も、最大値で既に瀕死みたいなもんだけど。
「規格外にも程があるぞ……」
そう呟くと目を閉じて黙りこむカイン。
規格外と言われてもな。魔法特化なので初級魔法で上級並の威力が出るのは仕方ないじゃん。
逆に言えば最低でも上級並の威力が出るってことになるから、人に向かっておいそれと撃てないけど。
「あ……首飾り、返してもらってもいいだろうか?」
「あ、はい」
ようやく口を開いたと思ったら、俺……首飾り持ったままだった。
俺が首飾りを返すと、カイルはそれを首に掛けて服の中にしまう。
「とりあえず……帰ろうぜ」
「ああ……そうだな」
テントを片付けて停めてあった馬車に乗り込もうとした時、崩れたダンジョンからいくつもの瓦礫が、火山が噴火した時に放たれる噴石のように宙に舞う。
「ぐぅ、まさか……ダンジョンごと……攻撃するとは……驚き……ましたよ」
何事かと思いダンジョンの方に目を向けると、そこには一回りか二回りほど小さくなったピエロ紳士が、瓦礫の山から這い出てくる姿があった。
「しぶとい奴だな」
「この程度で終わるほど、私は柔ではない……が、どうやらもう終わりが近いようだ」
相当に弱っているらしい。あと一推しで決着だ。
「スーパーウルトラギャラクシーキャノン!」
「終わりが来るならこの体、捨てればよい!」
ピエロ紳士はそう言うと、避ける素振りも見せずにマショウメンカラ俺の放った魔法に突っ込んでくる
「ハハハハハハ! 私の能力が食らう事のみと思ったか!? 残念、他人の体を乗っ取る事もできるのだ! 触れたが最後、その者の体は私のものとなる!」
極光の中から黒い靄となり飛び出し、俺に向かって迫ってくる。
「うわっ、気持ち悪っ!」
反射的に掴みとる。霧みたいな形状だから掴みとれるとは思わなかった。
つーか、どうしよう素手で触っちまった! 気持ち悪い!
てか乗っ取られるじゃん!
「ユウリさん!」
アルの心配する声が聞こえてくる。
「ふはははは! 触れたな! これで貴様の体も乗っ取ってくれる!」
やべえ、乗っ取られる……どうしようもないが、反射的に身構える。
だが、まだ体が乗っ取られた気配はない。
どうやら、体を乗っ取るにはそれなりに時間がかかるものらしい。
乗っ取られた時はどうすればいいか、アニメや漫画で得た知識を元にシュミレーションを行う。だが生憎と、俺は死に戻り能力を持ち合わせていない。
よし、根性で耐えよう。
さあ来い、言っておくが根比べなら昔から誰にも負けたことないぞ。
心の準備は万端だ、いつ乗っ取られても取り返せるぞ。
だが、まだ体の制御は自分にあるようだ。
ここでふと思う。乗っ取るのに時間かかりすぎじゃね? と。
「……あ、あれ? なんで乗っ取れないの?」
ここで、間の抜けた声でそう呟くピエロ紳士。
「ん、なんか平気っぽい?」
なんでか知らんけど、どうやら俺の体は乗っ取れないらしい。
「えっと……ユウリさん、無事なんですか?」
「ああ、なんともない」
なんともないが、これどうしよう。離したら他の奴の体を乗っ取りそうだし、かといって気持ち悪いからずっと掴んどくのもイヤだ。
よし、このまま魔法で消すか。
「魔力だけでなく、魔法耐性までもずば抜けているということか……見事だ冒険者の諸君! 君達の勝ちだ、さあこのまま私を消滅させるがいい!」
本人からも了承を得たようなので。
「じゃあ遠慮なく、スーパーウルトラギャラクシーキャノン」
空に両手を上げ、魔法をぶっぱなす。ゼロ距離で、しかも無防備の状態での直撃だ。
「私を倒そうとも第二第三の幹部がお前達に迫りくるだろう! そして覚えておくが言い、私は魔王軍幹部の中でも最いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ!」
ありきたりな台詞を残しながら、極光の奔流の中で消滅していくピエロ紳士。
「これで完全に終ったな」
ピエロ紳士は跡形もなく消え去ったのを確認して、晴天となった空を眺めて言う。
「消滅する間際に、なんか凄い不穏な事言ってませんでした? 他の幹部が僕らに襲いかかってくる的なこと」
「ほう、私の防御力を試せる相手が他にも来るなんて……最高だね!」
「不毛だっつってんでしょうに……僕は嫌ですよ、あんな化物と立て続けに戦うなんて」
「大丈夫だ。あれはほら……お約束っつーか、様式美? みたいなもんだから」
第二、第三の幹部はそうそう現れたりしねーよ。
「何がどう大丈夫なのか、全く理解できないんですけど」
「そうそう幹部なんかには会わねーよ。さっさと帰ろうぜ」
そう言って馬車に乗り、乗り心地の悪さと格闘しながら街へと帰る。
ん? あれ? 何か忘れてるような……いや、気のせいだろう。