一話『異世界転生とか何番煎じだよとか言うな』
オッスオラ来栖有利。
これからどんな冒険が待っているんだろう。オラワックワクしてきたぞ。
なんていってる場合じゃないんだよな。とりあえず、落ち着いて自分の状況を分析しよう。
視界に広がるのは曇ひとつない青空。
そして下には、慈愛に満ちたその両手で優しく受け止めようとしてくれるアスファルト。
「…………」
クソッどうしてこうなった。だってさっきまで学校の屋上のフェンスに寄りかかってただけなのに……。
なんでフェンス外れているんだよ!?
「てか、待って死ぬるぅ!」
視界一杯に広がるアスファルトの光景を最後に、俺の視界は真っ暗になった。
◇◆◇◆
「此処はどこだ?」
気が付くと、俺、来栖有利は見渡す限りなにもない真っ白い空間に一人で居た。
「やあ、目が覚めたようだね」
いきなり声をかけられ振り返ると、そこには頭に輪っか背中に翼のある筋骨隆々でテカテカ光ったシュワルツェネッガーみたいなタンクトップ姿のオッサンがいた。
イロイロと突っ込みたいが……。
「お巡りさーん! こっちです!」
「いや、ここお巡りさんとかいないから」
「マジかよ、じゃあ誰が治安維持するんだ?」
「私一人しかいないから、治安もなにもない」
こんな何もない所に一人で居るとか……頭がおかしくなりそうだな。
「まずは自己紹介といこう私は神、次に君がここにいる理由だが、私が君を手違いで殺してしまったから、代わりに異世界に転生させてやろうと思ったんだ」
変なポーズを決めながらそう言う筋肉ダルマ。
やべえ、既に頭がおかしくなっちゃってる感じの人だ。可哀想に、あとで精神科に予約入れといてあげよう。
「私の頭は正常だ」
「……心を読まれた……だと!?」
「神だから読心術くらい朝飯前なのさっ!」
そんな、上腕三頭筋を強調するようなポーズをしながら言われても……。
だが、神なのは本当っぽい。
ただ、本当だとするなら……俺、さっき死んだって言ってたよな? しかも手違いだとかなんだとか。
「言ったね!」
「手違いってどういう意味だ? 元々死ぬ予定じゃなかったとかそういう感じ?」
「そうだね。説明すると、あのー、あれだ。そこでスクワット一億回してたんだけど、そしたら汗がポタっと落ちて、それが命の火を消してしまったんだよ」
「待って、俺の死因って汗なの?」
しかも筋骨隆々のオッサンの?
「いやー、本当にごめん」
「ごめんじゃねーよ! なにしてくれちゃってんの!?」
「というわけで、転生させようと思ってるんだけど」
「いやいやいや、サラッと話を進めんなよ」
「まぁ、確かに僕が君の事を殺したのは間違いないよ。けれど、僕が殺さなくても三時間後には隕石にぶつかって死ぬ予定だったんだよ」
「マジかよ!?」
てか、隕石ってなんだ。それ被害者俺だけじゃないよな絶対。
「学校の奴ら無事なのか!?」
「ああ、うん、君が死ぬ数分前に皆教室から居なくなってるからね、隕石は学校を破壊しただけで後は無事さ」
そ、そうか……たしか俺のクラスだけ補講で先生も担任しか来てなかった筈だから、死人は出てないよな。
「てか、居なくなるって言い方が引っ掛かるんだが……」
「その辺はあまり気にせず、君は三時間の寿命を生け贄にささげ異世界転生を手に入れたと思ってくれればいいさ」
「そんな遊戯王みたいに言うけどよ……残った家族とか普通に心配だから」
「ああ、君の家族なら保険金で宝くじ買ったら、四十億円手に入れて、適当な株に全額ぶっこんだら総資産が四兆円に膨れ上がる予定さ。アフターケアに抜かりはないのさ」
背筋を強調するポーズでそう言う神様。
「見事なまでに何も心配することがない」
「というわけで、やろうぜ異世界転生。んでもって魔王倒してきて」
「……オーケー、その話乗った!」
「分かった。じゃあ早速と言いたい所だが今の状態で行ってもすぐに死ぬだけだろうから何か能力をあげよう。物理特化か魔法特化どっちがいい? もちろん物理特化だよね」
「魔法特化で」
物理特化にしたら、もれなく目の前の神様みたいに筋骨隆々にされそうな気がした。程よい筋肉があればいい。
「……魔法特化ね。じゃあ、これから送る異世界について軽く説明をするよっ」
「おう」
「剣と魔法のファンタジー……以上、後は自分で頑張りたまえ」
「説明ザッツいなおい!」
「いやほら、ゲームするときに事前に説明書とか読まないタイプだからー」
「いや、それと同列に考えるんじゃねぇよ! つーか俺は説明書は事前に」
そう言いかけた所俺の意識は途切れた。
「あ、彼のクラスも異世界に勇者として召喚されたって……言うの忘れてたな、まぁそのうち気づくよね!」
◇◆◇◆
「読む……タイプ……だ……あれ?」
視界に広がるのは、曇ひとつない青空と、それに手を伸ばす巨大な木々。 首筋に草が刺さってチクチクする。
本当に異世界に来たらしい。
あの筋肉、マジでろくな説明もなしに異世界に放り出しやがった。
「……というか、何処だよ此処は」
ん? 声が少し高い気がするが……風邪か? それともこの世界の大気にヘリウムでもあるのか。
「まぁいいか……しかし、何もないな」
右を向いても木、左を向いても木、前を向いても木、後ろを向いても狼……ん? 狼?
「オッフ」
俺の後ろには腹を空かせた、体長二メートルはある狼がいた。
狼でけえな……これあれだ、赤ずきんちゃんみたいに丸呑みするタイプの狼だ。どうにかしないと食われる。
「どうにかすると言っても、どうすりゃいいんだろう……言葉とか通じるかな」
ものは試しだ。とりあえず、話しかけてみるか。
「オッス、オラ有利、おめぇ誰だ?」
狼から返事は返ってこず、代わりに牙を剥いて襲いかかってくる狼。
やべぇ、避けきれねえ!
「オーマイガーッ!」
喉元にまで迫ってくる狼の牙、反射的に目を瞑る。しかし痛みはいつまでたっても襲ってこない。
「あれ?」
うっすらと目を開けると、狼の牙が見えない壁によって防がれているのが目に入った。
「はっ、これが魔法か!」
狼は一度離れ地面に着地すると、向きを変えて再び襲いかかってくる。
「フッ、バカめ。俺の魔法でおすわりさせてやらぁ!」
俺の魔法で……魔法で……魔法……ってどうやって使うんだ?
「ええい、片っ端からそれっぽい呪文を詠唱してやる!」
「メ○」
出ねぇ。
「ヒ○ド」
出ねぇ。
「ブリ○ラ、ザ○ル、メラ○ーマ!」
……うん、出ねぇな。
グダグダしてるせいで、狼がもう目の前に来ていた。
「ちょ、タイム! 魔法覚えるまででいいから、スパイダーネットが手首から出てくるまででいいから!」
「サンダーショット」
どこからともなく、一閃の稲妻が狼の首筋に命中する。
地面に伏せてピクピクと小刻みに痙攣して気絶する狼。
死んではいないみたいだが、しばらく動けなさそうだ。
「大丈夫ですか?」
光の飛んできた方向から、ローブを纏った少年が歩いてくる。
「ああ、ありがとう。助かったよ」
「えっと、この辺は街にも近いですし割りと安善なんですけど、たまに群から追い出された狼が彷徨いてることがあるので、女性の一人歩きはやめた方がいいと思います」
被っているフードを脱ぎながらそう言う少年。
栗色の瞳に同じ色の髪、どことなく少女っぽさのある中性的な顔立ちの少年だ。
「ああ、そうだな。女性の一人歩きは……ん?」
今、何て言った? 女性の一人歩きはやめた方がいいと思いますとかなんとか聞こえた気がするんだが……はっはっは、まるで俺が女みたいな物言いだな。笑える冗談だ。
どこをどう見たら女性に見えるって言うんだよ、オッパイでもついてる訳じゃあるまいし。
そう思いながら自分の胸に手を当てると、そこには柔らかい感触があった。
気のせいだろうか、自分の体を見下ろすとそこには胸の谷間があった。
胸の谷間があった。
いやー、声高いのはてっきり風邪声かと思ってたぜ。あっはっはー。
あっはっは……はは……。
「ウソだろぉぉぉぉ!」
俺の叫ぶ声が、森に響いた。
「あれ? この宝くじ当たってない?」
「お兄ちゃんが死んだ後なのに、そんなつまらない冗談はやめ……ホンマや!」
「しかも、キャリーオーバー総取りで四十億」
「……これ、どうしよう?」