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薔薇の香りを聞きながら

作者: 相野仁

 とある街のとある坂の途中にその洋館カフェはあった。

 桐子とうこは本日もそのカフェのドアを開ける。


「いらっしゃい」


 明るく華やかな声ではなく、しっとり落ち着いた女性にしては低めの声が今日も彼女を出迎えた。

 

「こんにちは、渚さん」


 桐子はその声の主、渚にあいさつをする。

 渚は執事が着るような黒い服を着て、赤の蝶ネクタイをしていた。

 

(あたしだったら似合わなくて滑稽なんだろうけどなぁ)


 中世的な美貌の持ち主である渚にはばっちり似合っていて、まるでどこぞの高貴な身分の美青年のようである。

 短く切りそろえられた黒髪も、キツネ目のような目も、澄んだ瞳もすべてが桐子の趣味だった。

 中に入ると薔薇の香りが彼女の鼻腔をくすぐる。

 だが、彼女の関心はほかの点にあった。

 

(美の女神が本気を出して創り上げたと言われても信じちゃうな)


 毎日のように見ているはずなのに、渚のことを今日もぼうっと見とれてしまう。


(美人は三日で飽きるって絶対ウソよ……)


 少なくとも自分が渚を見飽きる日は来ないと確信している。

 彼女の熱いまなざしに気づかないほど、このカフェの店主は鈍感ではないはずだが今のところとがめられたことはない。

 女に生まれてよかったと彼女はしみじみと思う。


(男だったらとっくにストーカー扱いされて、警察に通報されているでしょうね)


 渚本人はそうしなくても、周囲がやるだろう。

 この美貌の店主のファンは何も桐子ばかりではないのだから。

 彼女が席につくとすぐに水が出てきて、質問も飛ぶ。


「今日はどうする?」


「いつもの」


 彼女が即答すると、渚は唇と少しだけ動かす。

 そのようなしぐさも決まっているのだから、美人は反則だと感嘆する。

 店内には彼女以外の客の姿はない。

 ふたりきりの時間帯をすごしたいから、わざわざこの時間帯を選んでいるのだ。

 おそらく渚のほうもなんとなくは気づいているだろう。

 その店主は慣れた手つきでいつもの、つまりブレンドコーヒーを淹れてくれた。


「美味しい」


 桐子はひと口飲むといつものように感想を漏らす。

 これは本心だ。

 いくら一番の目的が渚を見ることだと言っても、不味いものを毎日飲み続ける義理はない。

 

「ありがと」


 渚は短く答え、うれしそうに目を細める。

 感情が豊かとは言いがたいものの、見慣れればけっこう変化に富んでいると桐子は思った。

 この店でバラの香りに包まれてコーヒーを飲むと、静かでおだやかな時間がゆっくりと流れるように感じられる。

 だから橙子はこの店ですごすひと時がいとおしいし、店名が「バラの香りを聞きながら」というのもうなずけた。


(香りを聞くという表現、最初はふしぎだったけど……)


 いまでは二番めに大きな楽しみである。

 一番は言うまでもない。


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