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異世界は銀盆に転がる  作者: 地水火風
第一章 この世界に飛び込んで
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006 BM 銀盆の上で異世界を転がす

 ええ、みなさま初めまして?

 わたくしビオラ・ハイウィロウと名乗っておりますメイドでございます。お気付きかと思われますが、わたくし地球は日本という国から参りました。本名は高柳・菫と申します。まんまですね。

 いえ、言わないでくださいまし。咄嗟の時に気の利いた偽名なんて出てきません。

 さて、やっと情報が揃ってきましたので少し情報を整理してみようと思います。そうです。以前お嬢様に勧めたヤツです。

 しかし、どこから遡ったものでしょうか。色々関連するので、生まれから遡るべきでしょうか。とは言え、そんな壮大なドラマがあるわけではございませんが。


――――――――――――――――――――


 “私”が生まれたのは富士山の近くのそこそこ大きな街だ。小さなアパートの2階に母親と住んでいた。いわゆる母子家庭である。父はとっくに亡くなったと母は口癖のように言っていたが、実際にはどこかで生きていたようだ。

 母は色々な仕事を掛け持っていたようだが、かなり経済的には恵まれない家庭だったので、私は中学から新聞配達のアルバイトをしていた。

 母と口論になったのは、中学二年の時一度だけだ。私は中卒で働く気だったのに、母は大学には何としてでも入って欲しいと譲らず、結局は私が折れた。

 その時から私は勉強と家事とバイトで、ひたすら忙しい人生を歩むことになる。奨学金をもらうためには学力を維持しなくてはならず、経済的にバイトも減らせず、家事は私がやるしかないという、なかなかバードな生活が続くことになった。


 ここからが、異世界に連れ出された理由となるのだろう。

 まず、ハードな生活の息抜きにスマホでゲームでも…と思ったのがいけなかったのかもしれない。

 現在の日本では、VRゲームが全盛を誇っていて、より華麗に、よりリアルに進化していた。このため、格闘ゲームもシューティングゲームも、臨場感にあふれている。残念なことに、私の反射神経では一面クリアも難しく早々に断念したが。ゲーム機も買う余裕もないことだし。

 ロールプレイングゲームは時間を取られすぎるので、最初から手を出すのを諦めていた。恋愛どころか友達作りも放棄している身では恋愛系のゲームも虚しくてできない。

 そんなわけで消去法的に絶滅の危機にあるシュミレーションロールプレイングというジャンルにはまっていったのだった。リアルにすると遊びにくく、マップに凝り過ぎると一つのマップに時間がかかり過ぎて遊びにくい。ゲーム機が進歩しすぎて廃れていくジャンルだった。


 私がスマホでレトロゲームのリメイクを遊んでいてはまったこのジャンルにも、熱烈な支持者はいるもので、かなり簡素化された新システムでスマホの通信システムを最大限に使った国際大会が企画されたのは高校3年の秋のこと。

 そうです、この大会で私は世界チャンピオンになってしまったのだ。ネットでも一時、私の名前と共にチャンピオンとか“最強”とか、さんざん書かれたものだ。これが招喚魔法の“検索”に引っかかったのだろう。人生ままならないものだ…。


 さて、私がなぜメイドなのか。――答えは貧乏だからだった。

 高校に入るとアルバイトの幅が大きく広がった。嬉しいことだ。時給がよくて時間が短くて済むバイトを探したら、こんな地方都市にまで根強く残っていたメイドカフェが見つかったのだ。

 無愛想な私が務まるものかと心配だったが、仕事となれば意外と何とかなるものだ。


 さて大学に無事合格し奨学制度も受けられることが決まると、待ち構えていたように母は体調を崩し、たった一週間で眠るように息を引き取った。天涯孤独になった私は、ひどくぼんやりとしたままゲームの国際大会の決勝を戦い、あっさりと優勝してしまった。

 その三日後、お店の皆さんと常連さんがお祝いをしてくれたり励ましてくれた。やっと前向きに生きていこうと思えて、夕闇に沈みつつある薄暗いお店の非常階段を駆け下りていたところ、急に目の前に広がった闇の中に突っ込んでしまったのだ。

 今にして思えば、検索で特定された私の前にゲートを開き、事情を説明して連れて行こうとした、そのゲートに自分から飛び込んだのだろう。直後に襲われた激しい頭痛が「教育」というやつで、こっちの言語を強制インストールされたということらしい。


 その後私は空中に放り出された。ひどく長い落下だった。斜めに掛けていたカバンのベルトが背の高い木に引っ掛かり、小枝を折りつつ落下速度が殺されたために、私は奇跡的に大怪我を免れた。無数の擦り傷を負ったが。

 しかし、服はボロボロで樹液まみれ。素肌が半ば丸見えと言う状況では、洗濯のために持っていた制服…つまりメイド服を着るしか選択の余地はなかったのだ。


 謎の言語は理解できちゃうし、リアルモンスターはうろうろしてるし、いきなり紐なしバンジージャンプだし…と、この世界の最初の印象は最悪だった。会う人会う人が、自分を殺そうとしているのではないかと思えたものだ。

 それで、この世界にもともといましたよ?という顔をして、今まで過ごしてきたわけだ。

 どうせ家族も友人もいないので、この世界に引っ張り込まれたのはまぁいい。だけど、いきなり死にそうな目に会わされれば、少しは警戒するものでしょう?


 だけど、その思いが揺らいだのは、この小さなお嬢様だった。

 何とか人々を救おうとして血を吐くほどボロボロになっていた。しかも、侍女なんて何十人もいるのに私を初見とすぐに気が付いた。絶望に打ちのめされても何度でも立ち上がり、決して弱音を吐かずに歯を喰いしばって歩き続ける。

 私が一番弱いタイプの人だった。姿ではなく、生き様が母に似ているのだ。

 

 まぁ、仕方ない。力もないのに“英雄”として呼ばれてしまったのだ。招喚されたこと自体は事故のようなものだったが、勝手に呼んでくれた以上は私も好きに生きよう。決して表には出ず、この異世界を掌の上で転がすように。

 しかし私の手の上にはすでにメイド謹製のシルバートレイがある。だから、私はこの銀盆上で異世界の転がすのだ。

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