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異世界は銀盆に転がる  作者: 地水火風
第一章 この世界に飛び込んで
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005 BM 眠れる魔女の物語

 シンとした静寂のなか薄暗い通路を一人の侍女が歩いていた。コツコツというその足音だけがこだまして一層周囲の静けさを際立たせていた。

 王宮の中でも奥にある王族の居住区は本来、国王とその家族が暮らすために沢山の部屋がある。第二、第三夫人までいれば、子供も二桁に上るものだ。これで妾用の離宮まであるのだから、一族繁栄がいかに大事か分かるというものである。

 ただし、現在王族は幼い女王が一人しかいないため、広大な敷地に20以上の部屋が無駄になっていた。ファルティシアは非常時であることを理由に、この空き部屋を英雄たちの居室に貸し出していた。

 それでも5つしか部屋は埋まっていないのだが、その英雄の居室の一つは取分け奥深くにあった。英雄“氷雷の魔女”アドルグルーサ、通称アドルの居室である。


 ノックの後間髪入れずに「失礼いたします」と断って、その居室に入り込んだのは、黒髪の小柄な侍女だった。別に暗殺とか狙っているわけではなく、部屋の主はもう2週間以上意識が戻っていないのだ。魔力の使い過ぎと魔法の暴発で精神に強い衝撃を受けたため、昏睡状態にあるらしい。

 栄養や生命維持に関しては、治癒魔法で何とかしているらしいが、生命維持はできていても、体を拭いたり定期的に姿勢を変えて床擦れを防いだりする必要があり、侍女たちが交代でこの部屋を訪れていた。


 訪れた侍女はビオラといったが、ファルティシアが見たら別人かと疑うほどに冷たい光をその瞳に湛えていた。その瞳に眠り続けるアドルが映っている。

 アドルはおよそ150歳と言われているが、見た目は20歳前後の派手な美人だった。色の濃い金髪は豪奢なウェーブがかかり、堀の深い目鼻立ちのくっきりとした顔は良く整っている。身長も女性にしては高めであり、しかもスタイルも良く、かけられた布団越しにも盛り上がる胸部が確認できた。


 数秒見つめていたビオラだが、小さくため息をつくと完全に感情を消して甲斐甲斐しく介護を始めた。髪を拭い体を拭いて清めると着替えをさせる。血行の偏った場所をマッサージし、さっきまでとは違う姿勢で寝かせて布団を戻す。

 淀みなく行われた介護は一時間ほどで終わり、あとは天蓋付きのベットの周りのカーテンを引くと部屋の掃除を始めた。使っていないので埃を払うだけだが、部屋が広いので意外と時間がかかる。

 ビオラが部屋に入って2時間ほどした時、ノックと入室の声がかかって一人の少女が入ってきた。9歳の利発そうな少女は女王ファルティシアだ。


「おや、掃除中だったかの。」

「あらあら。御機嫌よう、お嬢様。」


 王位を継いでから父親の口調を真似しているとかで、やや爺むさいしゃべり方でビオラに声をかける。ビオラもそっと腰を落として挨拶すると、ファルティシアに微笑みかけた。

 普通の侍女なら、そっと下がって頭を垂れ指示あるまで待機するのだろうが、この侍女にはそうした部分が全く見えなかった。貴族と平民、支配者と使用人といった垣根が全く感じさせず、それでいて自然体で完璧な礼儀作法を見せつけるのだ。

 貴族や王族など、今ではほとんど意味がないほどに人類は追い詰められていたが、それでも既存の権威に無意識で従う者も多く、従わせるのを当然と思う者も多い。

 「この娘なら平民の出でも妾にと望む貴族は多いだろうな」とか考えたついでに、たいして考えもせず疑問が口からこぼれ出た。


「そういえば、おぬし、歳はいくつになるのじゃ?」

「あと少しで19になりますわ。」


 15か16かと予想しつつ質問したファルティシアは、意外な回答に目を見開いた。小柄で華奢な体はともかく、整っているのにどこかゆるく見えるその輪郭は、女性特有の成熟した色気を感じさせず、どう見ても成人直後にしか見えない。この世界では15で成人なのだ。

 英雄達であれば秘術や奥義によって老化を止める者がいるらしいが、侍女がそこまで魔法を使えるとは到底思えない。「まぁ、童顔な女性も時折いるし、そこまで不思議でもないか」とファルティシアは自分を納得させた。

 そういえば、この侍女には言わなくてはならないことがあったのだ。


「ビオラ。今回の助言には心から感謝する。先ほどゴブリンとの交戦の報告が来た。我が軍は死者2名で敵軍を潰走させると言う大勝を得た。」

「あらあら。それは喜ばしいことです。ですが、皆々様の努力と勇気が実を結んだのでしょう。わたくしの助言など一メイドのたわごとにすぎませんわ。」


 両軍合わせて1万5千もの兵がぶつかる戦場で、ゴブリンは1千ほどの被害を出したが人間側には乱戦になってから流れ矢を受けた死者2名で、重傷者も出てたが今までとは段ちがいに少なかったため、救急搬送によって魔法の治癒が間に合ったらしい。

 まだ何か言いたそうなファルティシアをやんわりと制して、ビオラは小さく小首を傾げながら話題を変えた。


「ここにおられるアドルグルーサ様は魔法使いの英雄であられるとお聞きしましたが、どうしてこのような大変な事になられたのでしょう? もしかしたら、もっと良いお世話ができるかも知れませんので、詳しい事情をお聞かせ願えませんか。」


 普通の侍女であれば、王宮付きの医師の指示にただ従えというだろうし、侍女たち自身も自分から看護方法を提案したりしないものだ。「だが、ビオラだしのぉ…」とファルティシアはしばし逡巡してからそのいきさつを詳しく話し始めた。

 それは異世界からの英雄招喚の魔法だった。



 

 この魔法は本来20人前後の魔道師が同時に行う魔法である。しかし、ある天才魔法使いが幾つかの術式をパーツに分け積層型の魔法陣で段階化することによって、強い魔力を持のものであれば5人でもで来るように改良した一度に必要な魔力を少なくし、何度かに分けて魔法を完成させるのだ。

 この魔法陣は門外不出とされ、魔法学園の宝物庫に厳重に保管していたが、この騒動で逃げる時に持ち出してきた教授がいた。この教授はロールテニア王国に辿り付くことはなかったが、彼の弟子が王城に持ち込んだのだ。

 円卓会議でこの使用の是非が話し合われたが、時間も余裕も人手でもない中、実行するのは物理的に不可能だという方向で会議が収まりそうな様子だった。その時アドルグルーサがこんなことを言い出した。


「英雄たちは暇なのよ? 私一人で招喚魔法陣起動させるなら、影響ないでしょ。」


 この後も色々もめたが、英雄たちに公然と衝突することもできず彼女一人で行うことに決まってしまった。アドルグルーサはその後すぐに城の塔の一つに登り、魔法陣を起動させたらしい。

 魔法陣の分化された魔法は5つに分かれていて、一つ目は「異世界との接続」二つ目が「その世界の言語解析」三つ目が「英雄の検索」四つ目に「英雄の教育」五つ目で「英雄の招喚」となるらしい。


「…接続と言語解析はわかるのですが…検索?」

「その世界の全ての言語の中から“最強”とかそれに類する言葉を抜き出して、現在現役でもっとも多くの“最強”が焦点を結んでいる人物を探し出す…らしい。わらわも聞いたが良く解らなんだわ。」

「…その…教育と言うのは?」

「そっちは簡単じゃ。こっちの世界の言葉を頭に叩き込むのじゃ。まぁ、その前に意思確認がされるらしいがの。」

「はぁ…乱暴な気もいたしますが…。それで最後にこっちの世界に引っ張ってくるのですわね。」


 様子を見にファルティシアが塔を登っていくと、びりびりと周囲が震えだしたらしい。慌てて部屋に飛び込むと、強い閃光が魔法陣を焼いていくのが見え、直後に爆発が起こった。

 入口にいたファルティシアは後ろにころころ転がるぐらいの爆風だったが、すぐそばにいたアドルグルーサは壁まで吹っ飛ばされた。駆け寄るとアドルグルーサはうわ言のように「招喚は成ったが最後の座標固定で魔力が尽きた」と悔しそうに呟いて意識を失ったのだ。


 王国では周辺をくまなく探して異常がないか探ったが、結局周囲で招喚された英雄は発見されなかった。完全にランダムに出るとしても、魔法の効果距離は使用魔力で大体決まるから、それほど遠くに出たとは考えられない。

 また、英雄ほどの力持つ存在が市井で埋没しているはずもない。つまり地中か山地の上空で招喚されたため、そのまま命を落とした可能性が強いと考えられ、捜索は打ち切られたのだった。


「………なるほど、そのようなことがあっのですか。」


 ビオラは唇に人差し指を当て、ややうつむいて思考に沈んでいだ。喜怒哀楽のいずれも映さぬその顔に、しかし深い感情を秘めているようにも見える。その黒瞳が底光りするの見たファルティシアは一瞬、背筋を這い登る得体のしれない恐怖を感じた。

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