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異世界は銀盆に転がる  作者: 地水火風
第一章 この世界に飛び込んで
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004 GL 部隊運用―初級応用編?

 対策が決まってすぐに、王国の人々は動き出していた。あと5日で次の戦闘が始まると予想される以上、では明日からと呑気に構えている余裕はない。盾の数をそろえ、隊列を組んでの行軍練習を行い、治安維持や周辺警戒も手を抜けない。時間も人でも余裕のない状態だった。

 とはいえ今はその盾の確保で問題が起こっていた。矢がすり抜けないよう、ある程度そろえた大きさの大盾が必要なのだが数がそろわないのだ。


 部隊の運用方法や戦力の観点から、盾を持って行軍するのは4千名で、あと2千名が大弓でゴブリンの射程外から攻撃する手はずになっていた。前衛がいなければあっという間に射程内に近づかれて双方に大被害がでる弓隊だが、前進する部隊がいれば射程の長い側が圧倒的に有利だ。

 もっとも、大弓も2千はそろわないだろう。資源も物資も人手もギリギリと言うより不足しているのが現状なのだ。だが、最悪数が揃わなくても作戦は可能な弓と違って、大盾の不足は致命的だ。


 王宮の武器庫は調べつくたので、街の武器や道具を扱う店に頼み込みに行こうと、ファルティシアは軍の元帥である大男バウラマッシュと輜重隊で武具の管理を一任されている初老の女性であるアルサレルルラを連れ、王宮を出ようと城の通用扉から城壁の北門に向かって歩き出した。

 とその時、枯れ始めた草を束ねた大荷物を持ってふらふらしながら歩く侍女が目に入った。その黒髪の小柄な人影を認めた瞬間、ファルティシアは思わず走り寄ってしまった。


「夢ではなかったの…。」

「あらあら、お嬢様。ごきげんよう。」

「何をしておるのだ?」

 

 見ればわかることだが、なんとなく聞いてしまった気まずさに逸らした目が、やや警戒しつつ近づく二人の同行者を映した。突然侍女に駆け寄る女王の奇行にどう反応していいか分からないといった表情だった。

 言い訳でもしようかと考えていたファルティシアの耳に、ぎょっとするような言葉が飛び込んでくる。


「実はですね、この草束を処置するよう言いつかったのですが……焼却炉で燃やしてしまったら良いのでしょうか?」


 ファルティシアは小首をかしげる侍女の顔を呆然と見返してから、草の束に視線を戻す。それは確かに王城の端の空き地に意図的に放置されている“メルダシル草”と呼ばれる雑草だった。


「いやいやいや、そなた、その草は燃やしてはならぬぞ! そんなことをしたら大参事じゃ!」

「あらあら、そんなに危険なものだったのですか?」


 侍女ビオラはのほほんとした風情で、小首を傾げたまま聞いてくる。ファルティシアは何と言っていいか分からずに、口をパクパクとさせて混乱を表現していた。見かねたのか輜重隊のアルサレルルラがその草の特徴を年配女性らしい落ち着いた口調で説明する。

 その説明によれば、メルダシル草は成長の速い雑草で油を含むために良く燃える。だが、その煙はひどい悪臭がする上、吸い込むと四肢が麻痺したり呼吸困難になるらしい。「吸いすぎると息ができなくなって死ぬこともあるでな。」とやんわり窘めるように諭す。

 優しげなおばあちゃんといった感じのアルサレルルラだが、鎧の上に座っていた兵士に朝から晩まで剣を磨き続けるという懲罰を与えたという噂もあり、密かに怒らせると輜重隊で最も恐ろしいと評判である。


「まあまあ、そうとは知らず粗相をする所でございました。ご親切にありがとうございます。ではこれは採油機のある倉庫に運び込むことにいたしますわ。」


 ビオラはにっこりとほほ笑んでアルサレルルラに感謝を示すと、歩み去ると思っていた3人の意表を突くかのようにファルティシアに顔を寄せ、まじまじと顔を覗き込む。


「お嬢様、お顔の色が優れないようですが何かございましたか?」

「いや…あ~…えーと、その…実わの――」


 ファルティシアは弱みを見せない。それが庇護対象であればなおさらだ。だから「いや何でもない」と答えるつもりだった。だが考えてみればこの作戦の発案者はビオラである。当事者と言えなくもない。さらに、もしかしたら彼女であれば何か打開策を思いつくかもしれない。

 そんな考えもあって、驚く連れの二人を横目に現状をビオラに話し始めていた。


 4千の盾持ち兵士と2千の弓兵、6千人なら予備兵に残す余裕も出る。だが、大盾が2800までしか集まらなかったのだ。急ピッチで製造に入っているが、残り五日では主に材料の確保の面で5百出来るかどうかだという。あと7百ほどをどうするか悩んでいたらしい。


「前列は盾を二枚持たせた重装歩兵が守り、百人が百列で行進する四つの部隊で攻めるのが危険を最も排除できる陣形だと決まったのだが、兵が三千では側面に回られかねないのじゃ。


 数が少なければ包囲も容易だ。正面が固くても包囲してしまえば側面から矢を通せるということらしい。ゴブリンにそこまでの知恵があるかどうか分からないが、毒矢作戦を考えた指揮官が何処かから指示を出しているとも限らない。

 ビオラは名案を考え出そうと悩んでいるというより、何と言っていいか決めあぐねているように思案していたが、すっと表情を消してファルティシアの瞳を覗き込んだ。


 ファルティシアはこの時初めて気が付いた。ビオラは誰にでもにこにこと対応するが、瞳の奥には底冷えするような光がチラついている。たぶん、自分と最初に会話していた時もそうだった。「彼女が無表情なときの方が、むしろ真摯で温かい眼光を感じる気がするの」と心の中で呟いた。


「お嬢様、先日お聞きしたところによりますと、数週間前に王都が攻めいられて大きな被害が出たとか。」

「む。確かに大きな被害だったの。じゃが、それがどうかしたのか。」


 自分の無能を責められた気がした。両親の死を思い出し心が震えた。そのため、思いのほか強い口調で返してしまったが、ビオラは出来の悪い生徒を観察する教師のように、じっと視線を合わせていた。


「半壊した数百の家屋が手つかずのままとか?」


 それは先日自分で説明した言葉の通りだった。「なぜ今それを…」と言いかけて、今ビオラが話題に上げてるには意味があることに気が付いた。連想ゲームのようにピースがつながっていく。

 そこでアルサレルルラも気が付いたように顔が跳ね上がった。


「そうかっ! 乾燥も済ませた板材が沢山あったじゃないか!」

「うむ、盲点だったの。しかし、材料があっても盾の出来上がりはギリギリじゃの。いや間に合わぬかもしれん。行軍も練習している暇がないの。」


 盾の確保ができそうで輝き始めた顔が、また萎れていく。実際、兵士が整列して行軍するだけでも、この世界では初めての試みだった。矢を防ぎながら整然と行軍できるかどうかは心配の種だったのだ。


「あらあら、お嬢様。せっかく4つも部隊があるのです。同じことをさせる必要もないのではありませんか?」


 「何を言ってるんだ」と3人の視線が集まっても、ビオラは涼しい顔で微笑むだけだった。それに最初に気が付いたのは元帥バウラマッシュだった。さすが部隊を預かる将軍である。警備隊時代の経験も生きているのだろう。


「………そうか…ローテーションを組めば。」


 その言葉で、あとの2人もビオラの言葉を理解した。活発に言葉が交わされる。二部隊が行軍練習、一部隊が休息、一部隊が警邏任務に当てればどうかという意見にまとまる直前に、再度ビオラが言葉をかけた。


「あらあら、兵隊さんはみなさん夜お休みなのですよねぇ。そう言えば、おうちを解体するなら細工師より力のある兵隊さんの方が適していそうですわよね?」


 三人ともしばらく声も出せずにビオラを見つめていたが、しばらくして意見を交換し始める。ビオラがちょくちょく一言はさむので、次第にプランは修正されていった。

 予備兵に警邏は任せて二部隊で行軍の練習をする。弓兵は先端を布で包んだ矢で行軍練習の仮想敵をこなし、残る二部隊の片方が家を解体して板や柱などの素材を取り出し、もう一部隊がそれを各工房へと適宜配達する。1日交替で4日、最終日で総合訓練をすることに決まった。

 この方法なら盾の製造は飛躍的に効率化し、出来上がりも早くなる。十分かどうかはともかく各隊3日の訓練時間も取れる。「これならいける!」と意気込んだ3人は微笑んで手を振るビオラと別れ、各所に指示を出すべく走っていくのであった。

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