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異世界は銀盆に転がる  作者: 地水火風
第一章 この世界に飛び込んで
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001 GL 沈黙の円卓会議

 広い会議室に大きな円卓が置かれていた。円卓には28の椅子が置かれ25人が座っている。

 だが、会議とは言い難かった。老若男女取り揃え、タイプも服装や装備もまちまちな者達だが、一様に沈黙を貫いていた。

 ある者は頭を抱えて円卓に肘をつき、ある者は天井を見上げるように椅子にもたれ掛っている。

 重苦しい雰囲気だが、驚くべきことにこの一時間以上の間誰一人発言していないのだ。


 もっとも上座の豪奢な椅子に座るのは、幼い少女だった。

 略式のティアラをかぶり、白地に金と黒の刺繍が美しいドレスを纏っている。

 だが、本来なら輝くように愛らしい顔は、どす黒く沈んだ顔色が台無しにし、太陽のように輝いていた金の髪はくすんで萎れた藁のようにみすぼらしくなっていた。

 この国の王にして、“最後の女王”と呼ばれるようになった少女で、名をファルティシア・フォン・ロールテニアという。


 円卓の上座から見て右手上座側には比較的若い4人の男女が座っていて、その合間合間に3つの空席があった。“英雄”と呼ばれる者達で、現状王国の(と言うより人類の)切り札とされる者達だ。

 他の者たちに比べればまだ覇気を残していたが、現状を憂いて顔色は悪い。


 逆の左手上座側には8人の年配の男性たちが座っている。この国の大臣たちであり、本来なら高い地位と豊富な財力によって陰謀やら政争やら企む立場なのだが、戦力にならない彼らを今や誰も相手にしない。

 もはや他国もなく、安全もなく、資源も乏しく、将来への見通しも立たないので、顔色はひどく悪い。

 

 上座から遠い場所には12人の男女が座っていた。いずれも戦いを生業にするものらしく、よく引き締まった堂々とした体躯の持ち主たちで、戦時であるために武装のまま臨席している。この世界最後の王国に集った戦士たちで組織した軍の上層部の者たちだ。

 本来なら快活豪放な者達だが、手負いの獣のように歯を喰いしばり、無力感に打ちひしがれていてやはり顔色はひどく悪かった。


 幼い女王が長く重い溜息を吐いたのは、4時に近いころだった。この世界では日の出を0時とし、日の入りまでを10分割して時刻を当てるので、4時は地球なら午前12時頃だろう。

 ファルティシア女王は円卓を見渡してから、再度小さくため息を吐いて、その息に載せるかのように疲れたようなしわがれ声を発した。


「皆の者、5の時の鐘が鳴るまで休憩とする。頭を冷やし、食事と休息を取ってからもう一度考えようではないか。」


 その言葉に、軍人たちが一斉に立ち上がって一礼し、会議室を後にする。大臣たちも重そうに体を持ち上げてその後に続いた。

 英雄たちはしばらくファルティシアに声をかけようか、しかし何と言っていいかと悩んだ後で、やはり一礼して去っていく。


 誰もいなくなった会議室で、ファルティシアは椅子に体を沈めてぼんやりとしていた。が、突如咳き込むと、口に当てた掌が真っ赤に染まった。吐血である。

 ハンカチで手を拭い、口元も拭きながら少女は小さく嗚咽を漏らした。涙が一滴零れ落ちる。

 ここ一週間以上、胃のあたりがズキズキと痛む。吐血も何度かあり、目が回ったり吐き戻したりもしていて、自分の体がまともな状態でないのはわかっていた。

 人類の存亡など9歳の少女が背負うには重すぎるのだろう。


「人類滅亡を見るのが幸せか。あるいは先に命尽きるのが幸せか…。」


 それでも最後の瞬間まで弱ったところは見せまいと、ファルティシアは袖で涙を払う。ちょうどその時、コトリと円卓に湯気の立ったカップが置かれた。

 侍女の一人が飲み物を持ってきたようだが、どうせ吐き戻してしまうので先に食事も飲み物もいらないと告げてあったはずだ。しかも、その侍女には見覚えがなかった。

 あわてて真っ赤に染まったハンカチを足元のゴミ箱に放り入れ背筋を伸ばす。

 だが、すぐにカップの中身に意識が引き寄せられた。


「これは…」

「申し訳ありません、お嬢様。ルール違反なのは聞いていますが、お嬢様には必要と思いまして。」


 そのカップの中身はホットミルク(砂糖入り)のようだ。

 食料備蓄にも不安があるため、牛の乳は全てチーズにして保存するように厳命されていた。それは王族であっても同様だったのだが、無理行ってカップに一杯だけ貰ってきたのだという。

 久々に飲む甘くて温かいミルクは体にしみこむようで、胃の痛みも薄らぐようだった。

 意識して高貴に振舞っていた大人面が剥がれたようで、両手でカップをもってゆっくりと飲む姿は、年相応の子供のものであった。

 飲み終わると、ほっと一息ついたようで心がゆったりとした気がした。それで、冷静になって、先ほどから感じていた違和感に向き合った。

 先ほどの侍女は、飲み終わるまですぐ傍で控えていたのだ。本来の使用人であれば。用事を終えれば壁際で背景と同化するか、次の仕事に足早に向かうだろう。今まで見てきた侍女とはそういうものだった。


「おぬし、見ない顔だが?」

「ああ、申し訳ありません。ご挨拶が後になりました。」


 侍女はにっこりと笑いかけてから居住まいを正し、片足を引いて膝を沈める。スカートをわずかにつまみ、頭を下げる。堂に行った礼儀作法だった。


「わたくし、ビオラ・ハイウィロウと申します。先日森でこちらの方に保護していただき、身を寄せるここと成りました。お嬢様、どうぞよろしくお願いいたします。」


 ああ…とファルティシアは思い当たって頷いた。

 大陸中から唯一残ったこのロールテニア王国に難民が集っていた。ここ一月はなかったが、昨日10名ほどの一団が森で魔物に追われているのを、巡視していた軍の一隊が保護していた。

 その中には自分が“勇者”だという大男がいて、一瞬期待に王都か沸いたものだ。もっとも、すぐにただの木こりが避難先での高待遇を狙った大嘘だと判明して余計に雰囲気が暗くなったのだった。

 その一団の中に一人の侍女もリストアップされていた。東部から逃げてきたようで、礼儀作法も家事仕事も完璧だが、言葉遣いから貴族ではなく大商家のご令嬢に仕えていた者だろうと記載されていたのをファルティシアは覚えていた。

 黒髪、黒瞳の小柄な女性で、おそらくは10代半ばと思われた。この年で仕事はともかく礼儀作法を叩き込まれているのは、よほど代々続いていた家臣の出なのかもしれない。普通は10歳前後で仕え始めると、まず下働きの仕事を数年間はびっちり覚えさせられるものなのだ。


「お嬢様。お顔の色が優れませんが、どうかなさいましたか?」


 普通の貴族仕えの侍女は、何か命じられるまでは待機しているものだ。部屋付きの侍女で仲良くなってくるとそうでもないのだが、初対面で侍女から話しかけてくるとは思ってもみなかったため、ファルティシアは面食らったように落ち着いた雰囲気の侍女ビオラの顔を見つめてしまった。

 地味な感じだが、よく見れば整った顔立ちで、切れ長の瞳には強い知性の輝きがあった。

 その瞳に絶望も焦燥もないのが不思議で、ファルティシアはまじまじと見つめるが、ビオラは気にも留めず、あまり感情の出ない顔のまま、言葉をつづけた。


「悩み事も誰かに話して説明すると、自分の中で整理が付きます。今まで気が付かなかったことも思いつくかもしれません。一介のメイドごときではございますが、お話をお聞きすることぐらいならできますよ。」


 なるほど、とファルティシアは思った。誰かに説明するには、その事象を理解し、分析し、納得していなくてはならない。混沌とした現状を、一度時系列に並べて分析し理解するのは現状打破に必要なことかもしれない。そもそも打つ手がないのだから、できることを試すのは悪くない。


「いいだろう。そなたも知っていることがほとんどだろうが、現状を一から見直してみるのも一興じゃ。」


 ファルティシアはそう言うと、一見ビオラに向かい、しかし実際には自分の思考の中に没入し、現状に至る混沌とした世界と、現代の問題となっている状況を語りだしたのだった。

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