テルコ
「ねえ、あなたの名前は?」
と天照に訊ねられ、そう言えば聞くだけ聞いておいてこちらは名乗っていなかった事を思い出した。いや、こちらが名乗るのもおかしい状況であるのだが。
「あ、私は雨天照子って言います…」
「ヒナシ? ……それは、太陽が無いって言うこと?」
「え? まあ、意味的には……。雨天って書くし……。って、そんなのどうでもいいんです」
あまり自分の苗字に触れられたくなかったし、本当に名前なんて今はどうでもよかったから照子は話しを戻した。
「何故アマテラスさんはここにいるんですか? あなた、何者なんですか? もしかして泥棒? それとも……まさか私を誘拐しにきたなんて事じゃ……!」
「……泥棒? 誘拐?」
突然臨戦態勢に入った照子に対して、天照は目を点にしてきょとんとした。そして少しの間があってぷぷっと吹き出した。
「まさか! 違う違う! わたしは高天原の神であって、太陽の化身よ。葦原中津国で盗みを働いたり、人の子を攫って何になるっていうの?」
なにやらサラッとよく分からない事を言ってのけたが、天照の、あははと可笑しそうに笑う姿は正に、同年代の子がテレビのお笑い番組を見てる時と同じである。
「……は……えっと、」
「あのね、よく聞いてショウコ。わたし、千三百年に渡ってずっと眠ってたの。で、それがあんまりにも長かったからっていうことで、わたしたち神々の今までの発言や行動が時効を迎えたの! そしたらある人に、人間界にて記紀にはない新たな生活を送っても良いということを、どこかで告げられたの。だから、人間界に降臨したと言うわけ! そこで、わたしはあなたにお願いがあって来たの。是非とも強力して欲しくて!」
「……あの、」
「なあに?」
「あの、えっと、なんだか訳わかんないんです、分かんないんですけどとりあえず言わせて。私……みんなからテル子って呼ばれてるので、テル子って呼んで下さい。家族以外に本名で呼ばれると違和感があって……」
我ながらツッコミを入れるところが的外れだと思うが、天照の話の一切が照子にとって何も分からなかった今、何よりもまず言うべきと思ったところが名前の事であった。
しょうもないことかと思われるかもしれないが、意外にもこれが彼女にとっては結構重要な所なのだ。