不思議な恐怖
「波……男1人……女1人……付いて来ています……」
「やっぱり。パパラッチ? 追っかけ?」
波は歩く速度を上げ、車椅子の女性と、周りに聞こえないような小声で会話をした。
「高天原の……清き気配……」
「は? なに言ってんのよ」
波は女性の言葉の続きを聞き届けることなく、行き交う人々の中をスイスイと車椅子を押して駆け抜けていった。
照子たちは女の子が、走り出す前にこちらを一瞬振り返ったのを見逃さなかった。
「つけてるのばれた?! 」
「見失う、急ごう!」
重造は2人の後を駆け足で追いかけた。
照子も重造の後を追い掛けたのだが、人々の間を走りながらではうまく抜けられず、なんと走り出して30秒としないうちに重造すら見失ってしまった。
何より、照子は運動音痴で、とにかく足が遅い。その後も彼女なりに頑張ったのだが、すぐに息が上がってしまい、白旗を振った。
「よし。私は、私に出来ることをしよう……」
そう自分を励まし携帯を取り出すと、自宅にある自分のパソコンへメールを送った。
『起きてたらすぐにオモイノカネさん連れて桃岩市まで来て。アマテラスの仲間見つけたかもしれない』
重造もついに、角を曲がった辺りで2人を完全に見失ってしまった。
この地域一帯は別段入り組んだ構造はしていない。周りには、外からも店内の様子が覗けるガラス張りの店ばかりである。
偶然にも、目指していた図書館もこの通りにあったのだが、ここから500mは離れているし、坂の上だ。逃げ込むには少し遠い。
ならば、そうでなくとも見つけやすさはある車椅子の人を、どうしたら見失ってしまうであろうか。そもそもなぜ彼女らは走り出したのか……疑問が残る。
いろいろと考えながら、息を整えていたところで、ようやく照子が居ないことにも気がついた。重造は照子に電話をし、慌てて来た道を戻って照子を迎えにいった。
「ごめん、置いていっちゃってたの気が付かなかったよ……あの2人も見失ったし……」
「いえ!私が足遅いのがいけないんです……とりあえずアマテラスには連絡入れておきました。メール見たらすぐにオモイノカネさん連れて飛んで来ると思います」
「そっか、ありがとう! 気を取り直して……図書館へ行こう」
重造の笑顔はいつも困っている。きっと苦労人なんだろうなぁ、等と思いながら照子は重造に良いことがあるといいですね、と心の中で他人事のように呼びかけた。
ぼちぼちと歩き、15分程で照子と重造は図書館に辿り着いた。そして館内に入ってすぐに2人はまた先ほどと同じ不思議な感覚に襲われた。キーンと、一瞬だけ耳鳴りがするのだ。
「重造さん、さっきの人たち、ここにいそうな気がしない……?」
重造は静かに頷くと、迷わず古典文学のコーナーへ足を進めた。そのあとを着いて行く照子の心臓はまた嫌に鼓動を速めていた。
他の客に不審に思われないよう、まるで歩きながら本を探しているかのようにゆっくりとあたりを見回す。
見回しながら、足は一直線に、無意識のうちに一番奥の棚に向かっていた。
最後のレーンの裏側に辿り着いた時、照子と重造の心臓はドクンと大きな衝撃を受けた。
先ほどの車椅子の女性が、こちらを凝視していたのだ。大きな帽子の下から覗く大きな目が瞬きもせず、間違いなく、ばっちりとこちらを捉えている。
その場に女の子は居なかった。
恐怖のあまり一度引き返そうとした2人だったが、何故か後ずさりすることが出来なかった。何かに手足を強く引っ張られる。照子は軽くパニックを起こしていた。
重造は荒くなる呼吸を落ち着かせながら自分の手首を調べた。よく見ると長い髪の毛がぐるぐると手首に巻きついていた。
その髪の毛は車椅子の女性の方から伸びている。
ーー呼ばれている……?
重造は意を決してその女性の方へ近寄った。
頑としてその女性へと近寄るのを拒む照子は、重造を呼び止めたが、その声は届いていないようだった。
車椅子の女性と重造の距離が2メートル程になった所で重造は足を止め、女性に話しかけた。
「はじめまして。俺は金野重造と言います。常世思金神の、神憑きとなった人間です……貴女は、誰ですか?」
「イザナミ、何してんの?!」
重造の問いかけに女性が口を開きかけた瞬間、あの少女が現れた。そしてイザナミの応答は待たず、重造の方を大きな黒縁眼鏡の奥からキッと睨みつける。
「アンタ達もつけてきたりして、何が目的? それ以上近付いたら大声出すから」




