自然の掟
梅雨の季節である。
カエルたちの鳴き声が心地よいくらいによく響く。最近は昔のようにめったに見ることもなくなったカタツムリも、アジサイの下でのんびり角をのばしている。
この雨を喜んでいるのは、自然の生き物達だけではなかった。
卸したての傘や、長靴、レインコートを使うのを心待ちにしていた人、雨上がりの空が好きな人、水たまりに飛び込んで遊ぶ子ども。
そして照子も梅雨を待ち望んでいた人の一人であった。
雨は大嫌いだが、自然の掟に沿って毎年欠かさず降ってきてくれるというのは、雨女の照子にとっては願ってもないことである。照子の降らす不自然な雨を、きれいに掻き消してくれるからだ。
照子は丁寧に髪の手入れをしていた。
鏡越しに目を合わせてきた天照がにやつきながら話しかけてくる。
「鼻歌なんて歌っちゃって、そんなに楽しみ? 明日のデート」
「デートじゃないって言ってるでしょ」
冷静を装いながら言ったつもりだろうが、徐々に顔が赤くなっていく所がとても正直者である。それを見て、天照は声を押し殺して笑った。
そして温まったヘアアイロンを受け取ると、慣れた手つきで照子の髪の毛をのばし始める。
照子だが、明日は重造と出かける予定が入っていた。もちろん彼が好きなわけではないし、デートだなんだなんて思ってはいないが、年上の男性と出かけることに胸をときめかせないような年頃でもない。
表面に出るのを隠そうと努力をしてはいるが、梅雨と相乗して内心、嬉しいものだった。
「天照は、その……男の人とデートしたことある?」
もじもじしながら聞いた。それに対し、天照は少し口ごもってから面倒臭そうに答えた。
「男と二人で歩くことがデートだっていうなら何度もあるかもね」
ぶっきらぼうに言い放つ天照の手の動きが雑になった気がした。
照子は、思金が前に言っていた言葉を思い出して、そう言えば、とハッとした。
「ごめん」
「謝られると逆に腹立たしいわよ……」
遠くで雷鳴が轟く。