第3話
「起立。きょうつけ。礼」
百合亜はやる気なさげに号令を掛ける。一時間目、赤坂の数学。
それを思うだけで嫌なのだが、きょうは銀哉の持ってきたビッグニュースで考えがそっちに行ってしまっているせいもあって、さらに感情がこもってない声である。
だが、それに構わず赤坂は元気よく挨拶する。
「おはよう、3−Cの皆さん!今日も欠席はいませんね、週番?」
「はぃ」
こんな調子だから赤坂は苦手なのだ。
しかもそれが担任だとなると・・・・・・ちょっと吐き気がする。
まあ、この学校の先生はほとんど生徒達の好みではない。
全て勉強そっちのけで「遊んでいいぞ!」なんていう先生がいたら話は別だが。
「それで一時間目は代数だ・・・・・・二次関数の続きに入る前に、このクラスに転校生がいます!さぁ、入ってきて下さい!」
ぱちぱちぱちと赤坂は拍手する。生徒達はやる気なさげに拍手をした。というより、手を叩くという方が正しいか。
それはさておき、扉がガラガラと開いた。女子生徒達がキャーキャー言い始めた。男子生徒も、女子までとは言わないが、がやがやし始めた。
「皆さんお静かに!この人は、今日から皆さんと共にこの教室で暮らす夢宮静貴君です!」
「初めまして。夢宮静貴と申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
静貴が頭を下げる。女子が騒ぐのは、彼が上品なイケ面の顔立ちだったからが一つの理由だが、男子と共通して騒いだ理由はもう一つある。
彼の髪は長く淡い水色の髪なのだ。長いといっても、百合亜程ではないが、肩まである。女子でも長い方だ。
「静かに、静かに!えぇ、彼の髪は染ではないですよ?あくまで地です。だから皆さん、これをきっかけに染なんてやらないで下さいね」
・・・・・・先生の言う事なんて誰が聞くか。これをきっかけにか見初める奴急増するだろうなー・・・・・いっそ黒く染めてくれば目立つ事なかったのに。百合亜は頭の中でぶつぶつ呟いた。
「それじゃあ・・・・・・夢宮君はあの席に座って貰いましょうか」
「はい」
赤坂が指差したのは、銀哉の隣に空いている席。うわ、夢宮君の近く!?キャー、どうしよう、私!早くも近辺の席に座っている女子生徒たちは騒ぎ出す。あほくせえ、と男子生徒たちはもう熱が冷めたように近付いてくる静貴に目もくれようとしない。
銀哉の隣に腰掛けた静貴は隣の銀哉ににっこりと微笑んだ。
「初めまして、夢宮です。いろいろ迷惑かける事があるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ・・・・・・どうも」
もし彼が女子生徒のミニスカ制服着ていても別段違和感がないくらい、彼はおんなぽかった。
オトコオンナ、オカマ。百合亜の頭の中にそんな言葉が浮かんでは消えた。
女々しい、とどこかで男子生徒が呟く。百合亜はこくりと頷いた。正しい、その言葉。
「それじゃ、授業を始めますよ。えーと、前回はグラフの説明をした所で終わったんですね。では、今日は・・・・・・・」
赤坂が白いチョークを握り、黒板になにやら書き始めた。だがそれを板所に書き写すなんて面倒くさい事は誰もしない。
もうすでに眠りこけている阿呆がいる。銀哉だ。
だが、居眠りの常連に赤坂はちらりとそのぼさぼさ頭を見ただけで、チョークを投げつけも怒鳴りもしない。
そうしても無意味だと分かっているからだ。
賢いよ、先生。今日も心の中で赤坂を褒め称えながら、百合亜はちらりと阿呆の隣にいる静貴を見る。
第一印象と同じく、静貴はパッチリ目を開けて真剣に黒板を見つめてはシャープペンシルをノートの上に走らせていた。
あー、きっと成績トップになるだろうな。
頭の隅っこでそんな事を考えながら百合亜は頬杖をついて窓の外の青空を見上げた。




