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第1話

ある日の真夜中の事だった。

新宿に建つ洋風の豪邸は月光に照らされ、大きな黒い影を地面に落としていた。眠りにひっそり静まりかえる館。

だが、全て締め切っている筈の窓は、一つだけ開いていた。二階の、一番左側の部屋。

その窓から部屋へ差し込む月光は、其処にくっきりと一つの人影を映し出していた。

ガチャリ

人影は金庫のダイヤルを回した。ロックされたのを確認すると、すっと立ち上がった。その手には、紺の宝石箱のような物が握られている。


「リーフ邸の情熱の宝石、確かに頂いた」


声からしておそらく女性。彼女は口元に小さな笑みを浮かべて、窓に右足を掛けた。

そして足に重心を掛け、外へ身を飛ばした。

月明かりの中で彼女は宙に浮いた。白いタキシード、白いマント、白いブーツ。全てを白く包んだ彼女は地面に軽く足を着いた。

彼女が去った後の部屋。其処には床に散らばった白い百合の花びら、そして金庫の扉の隙間に差し込まれた一枚のカード。


「二つの百合が散る夜に、一輪の薔薇が咲く。

               情熱の宝石は確かに頂戴した」


彼女の姿はもう、豪邸の前にはない。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * *


「おはよう、百合亜」


「おはよう、香」


いつもどおりの朝。校門で挨拶を交わした二人の女子中学生は下駄箱から上履きを取り出した。


「はあーっ、今日で静物画、完成させなくちゃならないんだよね〜」


「あ、香は美術苦手だったね」


「もう最低。私まだ林檎も塗り終わってないよー」


「ま、てきとうにばばーっとやっちゃえばいいよ。美術の成績なんて進学に関係ないよ?芸大にでも行かない限り」


「嫌そうなんだけどさぁ・・・・・てきとうにやれないわ、私。それやっちゃうと評価が最低値になるから」


「あー・・・・・・」


香の一言で百合亜は言葉を失った。

ちょうど教室に着いたので、百合亜は溜息をつきながら自分の机の上に重い学生鞄をどさりと置く。


「花崎先輩!」


その声で百合亜の体は凍りついた。あの声、ああ、あの声は。


「櫻木さん・・・・・・今日は何のご用件?」


「いつも通りです!」


遠慮なく窓際にある百合亜の机まで教室に入り込んできた彼女の後輩、櫻木悠里。

ちなみにいつも通りというのは、百合亜の髪の事である。


「先輩、今日も忍結びですねっ!」


忍結び、それは勝手に彼女がつけた百合亜の髪型の事である。

百合亜の髪は腰を越して足の膝頭まで届いていた。それゆえ、赤いリボン状のような木綿の布で首元から腰までの髪の部分をぐるぐる巻いている。

それがまるで忍者みたいだから忍結びらしい。最も、忍者はこんな髪型はしてないと思うのだが。


「では、失礼致しました〜っ」


来たときと同じく、悠里はガラガラと扉を開け、ガラガラと扉を閉めて自分の教室に帰っていった。

また待ち伏せしてたのか。今日は随分タイミングがよい。

百合亜は二度目の溜息をついた。そして鞄から机の中へ教科書を詰め込んでいく。


「あ・・・・・・・弁当」


そこで百合亜は弁当がない事に気付いた。仕方ない、購買部で買おう。

彼女は一人で教室を出た。スキップで購買部の方に行く。重い鞄を背負って歩いていた直後は随分身が軽く感じられるのだ。

彼女は購買部でアンパンとメロンパンを注文した後、またスキップで帰っていった。

其処までは、いつもと同じ筈だった。中学に入学してから同じ、日常の日々。

それは、彼女が自分の教室の扉を開いたその瞬間から変わった。


「ビッグニュース!ビッグニュース!」


彼女の後ろから校則違反で廊下を走ってきた少年が教室に駆け込もうとして、百合亜の背中に激突した。

二人は同時に反対方向に倒れた。

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