CHAPTER1-1【一変】
もふもふした犬に出会ったんですが、尻尾がふさふさしててもふもふしてました。
狼……ネコ目(食肉目)イヌ科イヌ属に属する哺乳動物として知られている。多くの童話にて、悪役と称されて最期には無惨に殺される、人類が意図的に嫌っているかのような動物と言う風に表現せざる終えないだろう。一般的に動物園などでしか見られないのが普通なのだが、そんな一般的を打ち破るかよように彼ーーー狗神瞬の場合は違った。
今日、この日も彼はいつも通りの通常を過ごしていた。朝早く起きて、学校に行って、部活をして……そして、帰宅をしていた。しかしながら、いつもと違ったのは普段通らない道を選択してしまった事くらいだったはずだった。しかしながら、この日の【違い】はこれだけで終わることを知らなかった。
橋の下の短いトンネルをすすむ彼の目の前に、1匹の狼が現れた。それも、通常の狼とは違い、人間に近いような狼……言わば、狼男だ。うまく声が出せない狗神瞬に対して、狼男は鋭い牙をちらつかせながら、その野太くて低い声を発する。
「お前……誰だ?」
瞬は「それはこっちの台詞だ!」と言いたいところだったが、恐怖でその言葉は発せられることはなかった。彼は無言のまま後退りをしていたが、次第に狼男は彼に近寄ってきた。ゆっくりと、静かに、確実に……獲物を捕獲するときの狼のように。
「お前は……誰だ?」
再び狼男の質問が瞬に投げ掛けられた。しかしながら、瞬は答えられない。というか、恐怖でガチガチの口元がうまく動かないのだ。必死に彼の頭の中は「助けて助けて」と、悲鳴に似た懇願が叫ばれていた。だが、その懇願は神にすら届かず、彼自身の心にしか響いていなかった。
次の瞬間、彼は鞄も荷物もなにもかも捨てて逃げようとした……しかし、狼男はすさまじいスピードで彼を捕らえた。深く爪が腕に刺さり、肩に鋭い牙を突き刺された。瞬は何が起こったのかすぐには理解できなかったが、激しい痛みが彼を襲ったとき悟った……「自分はここで殺されてしまうのだ」と。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、痛みに耐えかねた彼の口からは悲痛な叫びが発せられた。そして目からは涙が、地面に向かってこぼれ落ちていた。血が溢れ、彼のYシャツを赤く染めていく中、狼男は爪と牙を引っ込めた。
「すまん……やり過ぎた」
そういう狼男に向かって、瞬は自棄になり、怒りに等しい不満をぶつけた。
「なんなんだよ!お前こそなんなんだよ!さっきから同じ質問しやがって!お前の目的はなんなんだよ!人間の命を奪うことなのか!俺の命を奪うことなのか!それならいっそ楽に殺してくれよ!こんな痛みに襲われて苦しみながら死ぬなんて嫌だ!いっそ殺せ!楽に殺せよ!さあやれ!今すぐ殺せ!」
キョトンとして、唖然としている狼男は瞬をなだめようと再び彼を押さえつけるが、むしろ逆効果だった。瞬にとっては、押さえつけるというのは、恐怖であり、痛みの始まりなのだと先程文字通り身体に刻み込まれた現実なのだ。
「やめよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!いたぶるくらいなら殺せ!今すぐ殺せぇぇぇぇぇぇ!!」
「まあまあ、そう叫ぶものではない……今は冷静に」
「冷静に?よくそんなこと言えんな!」
と、一呼吸おいて再び瞬は怒声を狼男に浴びせる。
「痛いんだよ……どうすんだ?傷跡残ったら!これがきっかけで孤立して一生童貞とか、一生一匹狼になるとか、そういう人生は望んでねえんだよ!俺は周りにちやほやされて、甘やかされて、幸せになって、笑顔でこの世を去りたいんだよ!それなのに、こんな訳もわからない状況で、訳もわからないやつに襲われて、こんなに血だらけになって、無様で無惨に殺される……そんな危険な状況で冷静でいられるやつなんて、漫画や映画の世界にしか居ないんだよ!だいたいお前は……‼」
続けて話そうとした瞬の口は固まった。狼男に黙らされた訳ではなく、命が無くなったわけでもなく、喉が壊れた訳でもなく、あるものを目撃してしまったからだ。それは、狼男の背後にある壁から突然出てきた。それは、当然のように人間の形をしていた。そしてそれは、当然のようにこちらに向かってきた。
「チッ……もう見つかっちまったか」
狼男は、【それ】に気がつき、気がつけば俺を抱えて空を飛んでいた。飛んでいた……と言うよりかは、跳んでいた。強靭な足腰で跳躍していた。まるでここが地球ではなく、月面にいるかのように軽々と10階建てのマンションを越えていた。
「えっ、えっ、ええええええええええええええ!!!」
瞬は、あまりにも唐突すぎて現状を把握するのに時間がかかった。さすがにこの状況で「離せ」なんて単語は口に出来ないだろう。狼男ならまだしも、普通の人間である瞬がこの高さから落ちたら、まず命はない。世間的には自殺した学生として処理されてしまうだろう。それに、さっきの【それ】がまだ下にいる可能性もある。【それ】とは、果たしてなんなのか……。それを知るためには、現状瞬を抱えたまま跳躍している狼男に聞くしかないのだ。
【それ】から逃れることができた瞬だったが、未だに【狼男】からは逃れられていない。どこかわからない廃墟の地下へと彼は連れ去られた。そこには、水の入ったペットボトルが1つ置いてあり、昔ながらの童話に出てきそうなランプが1つだけ置いてあるだけの場所だった。
「とりあえず、怪我させたから治療させて貰うぞ」と、狼男は瞬の上着を脱がせて、包帯で彼を手際よく巻いていった。しかしながら、治療といっても包帯でぐるぐる巻いただけなので、当然ながら痛みは治まるわけではない……が、そこはぐっと瞬は堪えることにした。
「ありがとう……ございます……」
「いや、あれについては俺が完全に悪かった……なんにも説明せずに、なんにも話さずに、そして唐突に襲ってしまって申し訳なかった……」
「……狼男さん……結局のところ、あなたは何者なんですか?そして、さっき現れた【なにか】は何だったんですか?一つ一つ、ちゃんと教えて貰いたいのですが……」
「ああ……いいだろう……。というか、話すためにお前に声をかけたんだがな……瞬……」
「え?何で俺の名前を?」
瞬は驚いた表情を狼男にしていたが、狼男はそんな瞬の表情を見てふふっと笑っていた。
「そりゃあ、知ってるさ……だって、俺はお前のクラスメートだぜ?」
「クラスメート!?」
狼男が発した【クラスメート】という言葉に、瞬は急いで自身の居るクラスメートを思い浮かべて該当する者が居ないか模索した。青木?佐奈川?皆越?立木?……鮫川?志々見?誰だ?誰なんだろう?……っと、瞬は考えていた。
「え?えっと……名前教えてもらえるか?」
「む?ああ、いいよ。俺の名前は、大神だ」
「大神!?え!あの?あの大神!?」
大神……この名前で瞬が思い浮かんだ人物は一人しかいなかった。大神牙。学校一危険な不良……それが大神牙だった。数多くの武勇伝がある。例えば、100人相手に無傷で勝ったり、金属バットを人差し指で折り曲げたり……などなど。とにかく格闘技や暴力関係には強い大神だが、勉学面は極端に弱く、入学当初は未だに1+1が出来ないほどであった。だが、大神は当時のクラスの学級委員長であった瞬に助けられた。
「大神君、良かったら俺と勉強しない?」
そう言って瞬は大神に話しかけた。大神からしてみれば「いきなりなんだよこいつ」という感じだったが、狗神瞬という男の器量は予想以上だった。
瞬が教えると、教師が言ってる内容ですらちゃんと理解できるようになっていった。勉学が嫌いだった男が、勉学が得意になった瞬間だった。大神牙にとって、狗神瞬というのは勉学における師匠であり救世主なのだ。だが、瞬にとっては「委員長としての責務」と、気にも止めていなかった。だが、一匹狼の大神にとって初めて自分を嫌がらない人物だったことに対して、好感と信頼を寄せていたのだったーーー。
「大神君……君って狼男だったの?」
「うん、そうだよ。幼少期に両親が気味悪がって棄てられて、そこから孤児院で頑張って隠して生きてきたんだよね~ははっ」
重いことを平気で笑顔で言えるのが大神のすごいところ……瞬はそう思って彼を見ていた。自分は甘い考えでぬくぬくと知らぬ間に幸せに生きてきたのに、不幸で無様に必死に生きてきた大神牙という男の偉大さに、彼は自分が情けなくなっていた。所詮口先だけの男なのだと……。
「あー、そうだった。そういえば、さっきの【あれ】について説明しなきゃな……」
「ん?あー、そうだった。それで、【あれ】はなんなんだ?」
「【あれ】……正式名称は【呪人】。他者を呪い殺したいと思う気持ちから生まれる負の存在……怨念とか邪念が産み出した魔物だ」
「そんなやつが、なんで大神を?」
「いや……あいつらの狙いは俺じゃなくてお前だ」
「へっ?」
きょとんと、何事だとも思えずに唖然とした表情を浮かべた瞬だったが、すぐに我に帰った。
「え?え?なんで俺が狙われてんの?っていうか、なんで大神はそんなことに詳しいんだ?」
「……俺は普通の狼男じゃない……対魔師の狼男……俗に言う陰陽師ってやつだ」
「陰陽師?」
「俺の居た孤児院ってのが、実は俺と似たような境遇の持ち主ばかり集められる孤児院で、そこの委員長が安倍晴明の子孫の分家の人間らしくてな?」
「あ、本家ではないのね」
「それで、俺たちに陰陽師としての技法を教えてもらったんだ。まあ、最初はなにバカなことをって思ったんだけど……こんなところで役に立つとはな……」
人生何が起こるかわからないぜ、と大神は笑った。色々突っ込みたいところはあるが、今はその【呪人】がなぜ俺を狙うのか……と瞬は考えていた。
「なぜ俺を狙ったんだ?」
「んん?それは、お前が【特異体質】を持ってるからって訳でもなく、【主人公だから】って補正でもなく、単純にお前は誰かに呪われてるんだよ……殺してやりたいと思われるほどにな……」
大神のその発言に、再び背筋が硬直するような寒気に教われた瞬は、その場で崩れ落ちたのだった。
新連載にあたるんですけど、果たして続きを書くかはその日の気分次第←