何よりも大切なとき
仕事が終わって、僕は縁側に座っていた。
疲れを紛らす為に酒を口に含む。
心地好いほろ酔い気分で、大きな大きな月を見上げていた。
僕の瞳には、それがなんだか妙に儚いものに映った。
今はこんなに大きく見えるけれど、遠く離れて行ってしまう。
そう考えると、とても儚いものに映った。
静かに上を見上げていると、いつしか僕の隣には君も座っていた。
二人で肩を寄せ合って、微笑み合った。
まるで昼間のように明るいのだけれど、太陽の明かりと月の明かりとは違う。
昼間のとは異なる明かりをくれる。
微かに影を思わせるような、実に美しい月を二人で眺めていた。
「今宵の月は綺麗ですね」
そんな僕の言葉に、君は小さく頷いてくれる。
その言葉に込めた真意を知ってか知らずか、君は微笑んでいる。
それは永遠に続かせたいと願うもの。
脆く崩れ去ってしまいそうにも思える。
何気ない幸せな生活だった。
こうして大きい月を眺めていると、思うところがある。
なんだかあの月の兎だって、手招きをしているように思えた。
本能的に、それを君に気付かせてはいけないと思った。
それに気付いてしまったときには、君はもう隣にいないんだって。
僕の隣を去ってしまうんだって思った。
あの美しい月へと、帰って行ってしまうんじゃないかって思った。
美しい月に雲が掛かり、明るさは少しぼやけている。
それは更なる儚さを醸し出すように思えた。
気付くと僕の瞳には、涙が溜まっていた。
僕が降らせるそんな悲しい雨雲で、君の美しさも隠されてしまったようだ。
それでも滲んでしまった君は、月よりも儚さを醸し出しているようで。
「次の満月も君と一緒に見たい」
それは僕の切なる願い。
君は静かに微笑んでいるだけだった。
”そうだね”
たった一言返して欲しかった。
それが無理だとしても、答えが欲しかった。
肯定も否定もしてくれない君。
ただただ微笑んでいる君に、なぜか急に不安が込み上げてきた。
「君は美しいから、心配だよ。実は竹から生まれていて、月に帰っちゃうんじゃないかって」
そんな僕の言葉に、君は可愛く微笑んでくれる。
ずっと傍にいると。
君は温もりを感じさせてくれるよう、僕の手を握ってくれた。
不思議と、それだけで込み上げてきた不安もどこかへ吹き飛んでしまう。
それは僕が永遠に続かせたいと願うもの。
当たり前のようで、当たり前じゃない。
何気ない、本当に幸せな生活だった。
何よりも大切なとき。