君が手に入るまで何もいらないと
「あの明るい太陽を見ろ。あれはな、僕のことを照らしているんだ。この僕のことだけを照らしてくれているんだ」
世の中の全ては僕の為。
洗脳かのように、僕は何度もそう刷り込まれた。
実際、僕が言えば皆なんでも聞いてくれる。なんでもしてくれる。
それは僕の為ではなく、己の為。
僕に気に入られたい。そう思っているだけ、そんなつまらない行動。
そしてその理由も、僕が権力を持っているからただそれだけのこと。
世の中にいるのはそんな奴らだけなのか。
僕は光に当たり、上に立ちながらもそんな不安でいっぱいだった。
僕を殺してでも、この席を奪いたいと思っている奴は多くいるだろう。
譲れるものなら譲ってやりたい、僕もそう思うけれどね。
あの太陽の輝きだって、僕は憎い。僕を明るく照らしているんだ。
そう。
それはまるで、僕を殺そうと企んでいるかのようにね。
その機会を窺っているようにも思える。もしかしたら、もう計画は始まっているって可能性もあるか。
そんな僕が、一人の女性に恋をした。
だから僕は君を欲しいと願い、その為に君に明かりを当てた。
それを嫌っていた僕だって、君を明るく照らしている。
様々なものを送り、君の機嫌を取ろうとした。周りの奴らが僕にする”それ”と同じように。
君はそんなものに全く興味がないようで、表情一つ変えはしなかった。
この僕が、美しいと思ったものなのだからそれくらい当然だ。この僕が、美しい君を照らしてあげているのだから。
そう簡単に敗れて貰っちゃ困る。
わかっているよ? それくらい。
今の僕が取っている行動は、奴らと同レベルなんだって。
それでも僕は君が欲しいんだよ。だから君を照らしているんだよ。
そう。
それはまるで、君を引き摺り下ろそうとしているかのようにね。
美しい君は遥か上空にいるようにも感じられたんだ。
全ては僕のもの、僕より上なんか存在しない。
それなのに君は僕の上にいるような気がしてならなくて、僕は君を僕の元へ誘った。
君を照らし続けた。
君を僕の元へ誘おうと企むかのように。
どんなに美しいものだとしても、存在価値がなくなってしまう悲しい物がある。
それは”僕の物にならないもの”だ。
僕の手に入らないのなら、それに存在している意味はない。
どれほどまでに美しいものだとしても、僕の物にならないものなど必要ないのさ。
それを誰かが我が儘と言うかもしれない。もしかしたら、陰では誰もが言っているかもしれないね。
ただ、そんな言葉は負け惜しみに過ぎないよ。
そいつらには我が儘を貫く力がない。だから、力を持つ僕を妬み批判の言葉を言うのだろうね。
正々堂々面と向かって言うことも出来ず、陰でヒソヒソとさ。
僕はそんなクズみたいな奴らに媚びを売るつもりなど全くない。
力を持つ僕は、自分の意見を貫くことが出来る。だから自分の信念を曲げることなく、なんと言われようとも貫き通して見せる。
それは強いことだ。僕は、そんなこともちょっぴり思うからさ。
僕に優しくする人は多くいる。企みが見え隠れする、汚い微笑みでね。
けれども、君は違ったんだ。
誰に対してでも君は優しくて、誰に対してでも君は微笑んでいて。
僕の物になれない、そう言った。
僕の方から女性に声を掛けるなんて、そんなこと滅多にない。初めてかもしれない。
それは多くの女性が求めている栄誉、僕に群がる女性が欲するもの。羨むほどのこと。
仮に嫌に思う人がいるかもしれない。
だとしても、恐怖に怯え従うしかないだろう。びくびくと断る、その強さを持つ人もいるだろうか。
それなのに君は、ずっとずっと強かった。
僕の誘いを断って見せたんだ。
恐れるような顔も見せず、はっきりと。
さすがに、そのときにまで微笑んでいたりはしなかった。
僕を否定したとき、君は切ないような表情をしていたね。
そしてその表情は、今まで見たこともないほど美しかったんだ。
世界一の美女や絶景、芸術をこの目にしてきた。その美しさに心射抜かれることもあった。
だけど君はその何よりも美しかった。
自分が美を感じて来たものが、それほどまでに低レベルか悟ったよ。自分がいかに低レベルだったかを悟ったよ。
気に入らない。そして、酷く気に入った。
君の美しさに、手に入らない美しさに僕は腹が立った。
でもやはり、美しい物を見ていつまでも腹立てているほど僕は美を感じられない愚か者じゃない。
結局、君の美しさに僕は勝てないんだね。
初めてのその想いは、僕の感情を駆り立てたんだ。
狂おしいほどに。高貴なるこの僕を、獣へと変化させてしまうほどに。
火照る自分の姿に気付いた。
それは、以前の僕にはある筈のないことだった。僕が変わっていると言う証拠だった。
驚愕し、僕はその場を去るしかなかった。
こんな姿を誰かに見られれば、それはいい笑いのネタだろうから。
そんなのは気に入らないから。
君だって、僕を照らしてくれているよね。
いいや、僕のことも照らしてくれていると言うのか。
君が照らしているのは、僕一人ではなかった。僕は君の特別になんか、なれていなかった。
特別な存在なんかじゃない。僕もただの人間、そう言われているような気がしたよ。
現実を受け入れるときが来てしまったようだね。
それにしても、君は意地悪だなぁ。
遠くから僕を照らしているんだ。
そう。
それはまるで、僕から離れて行こうと企んでいるかのように。
近付こうとする僕を、遠ざけようとしているかのように。
何をしても、君は僕の物にならなかった。色々な手を駆使して、必死に努力したけれど君は尽く僕の誘いを断って来た。
なぜだろう。それでも、君のことを殺せなくて。
抑々な話、手にする為に努力をしたこと自体初めてだ。
いつも欲しいと言えば手に入った。手に入らなければ、そんなもの壊してしまった。
そうすると気が晴れて、別のものに目は行った。
皆に我が儘と言われ続けてきた僕。
陰でそう話しているのを、静かに聞き続けてきた僕。
何を言われても変わらなかった僕なのに、君と出会って変わってしまった。
我が儘な僕はいなくなってしまった。
僕は我が儘ではなくなったのだ。そうやって、錯覚したよ。
これも全部、君のせいだから。
あんなの、本当に始めてだったんだ。初めての感覚だった。
僕の物になれない。そう言われれば、今まで怒りしか覚えなかった。
怒鳴り散らすと、手に入らないのならと全て壊してしまう。
そしてすっきりして、怒りは収まるんだ。
悔しいとか悲しいとか、そんな感情は知らなかった。
喜怒哀楽なんて、怒りと楽しみくらいしか知らなかったと思う。
それは僕を否定している、そんな切ない表情。
それなのに、僕は美しいなどと感じてしまっていた。
「こりゃあ、本気で惚れたな」
自分で自分を嘲笑ってみたりもしたけれど、一向に恋が冷める気配はない。
僕は出来るだけ君を諦めようとしている。
殺せばきっと、僕が悲しむ。そう思って、なんとか諦めさせようと努力している。
それでも僕の心は、君を欲してしまうんだ。
鏡は、そんな僕を正直に映してくれた。
今まで見たこともないような、醜いものが映っていたよ。
つい鏡を壊してしまいそうになった。けれどそんなことをしても意味がない、それくらいはわかるから。
そんなことしても、もっと醜いものへとしてしまうだけだとわかるから。
しっかし、本当に驚いたよ。
涙を流す僕自身の顔。まさか、泣くほどに君を想っているなんて思っていなかったんだもの。
それを隠す術も知らず、僕はその場に崩れていった。
受け継いだ権力を駆使することにより、欲しいものは何でも手に入れて来た。
手に入らなくても、壊してしまえば僕が手に入れたようなもの。
必ずすぐに代わりの玩具を用意してくれるから、僕は満足だったんだ。
不満なんて、不満すら持ったことがなかった。
何をしても手に入らないものなんて、初めてだったんだ。
何をしてでも手に入れたいものなんて、初めてだったんだ。
壊したくないと拒むものなんて、初めてだったんだ。
壊れて欲しくないと守るものなんて、初めてだったんだ。
君は僕にとって、沢山の初めてだったんだ。
誰に対してでも君はいつも優しい。
それは僕に対しても、同じだったんだ。
僕の物になれない、と君は言ったよね。
その言葉が僕の為に発せられていたことくらい、もう気付いているよ。
でもね? それは余計な気遣いだよ。僕は全て覚悟して、それでも君と一緒にいたいと願っているのだから。
君はその言葉も信じてくれない。そして、僕に言うんだ。
特別にはなれないって。
恐れる顔など一切見せず、強くきっぱりと。
それはそれは切ない表情。
僕のことを、この僕のことを否定した表情。
それなのに、今までずっと見てきた何よりも美しかった。
今まで堪能してきた美よりも、美しかった。愛らしさも含み、儚く美しいものだった。
そしてそれは、僕の感情を駆り立てたんだ。
火照っている自分の姿。
それに驚愕し、僕はその場を去るしか出来なかった。
君にだけはこの姿を見られまいと、僕は隠れるしか出来なかった。
興味本位で欲しいと言ってみるけれど、手に入れるとすぐに捨ててしまう。
今までは欲しいと願ってもその程度だった。
ただ今回は、そんな欲とは違う。
本当に欲すると言う気持ちを、僕は知ってしまった。
醜いあいつらと同じ存在に、成り下がってしまったのだ。僕も人間となってしまったのだ。
こんな僕では、光が当たる場所に出ることなど出来ない。
そんなの単なる恥晒しだからね。
それから、僕は人前に出ることを拒むようになった。
光から逃れるようになってしまった。光の下に出ることすら恐れ、今まで持っていた自信を失って。
何を欲しいとも言わなくなった。
君が手に入るまで何もいらないと。