星の川の向こう側から
今すぐに君に会いに行きたいよ。
こんなところは抜け出して、今すぐに。
わかっている。
それはどんなに願ったところで、叶ったりはしない願い。
叶わぬ願いであること、わかっていても。
叶わぬ願いに僕がしてしまったことを、わかっていても。
「神様、本当にごめんなさい」
毎日毎日、僕は神様の方向へ頭を下げる。
少しでも神様に反省をわかって欲しい。
少しでも神様が許してくれないかと。怒りが和らがないかと。
僕は必死に謝り続ける。
引き離されても仕方がないのだろう。
神様が悪いだとか、そんなことは言わない。
悪かったのは僕と君で、神様は正しい行動を取った。
そうは自分でも思っている。
心から反省はしているのだけれど。
それでも、やっぱり会えないなんて……。
会っちゃいけないなんて、あまりにも悲し過ぎるよ。
離れ離れなんて、辛いよ悲しいよ。
謝る相手は神様だけじゃないね。
君にもちゃんと謝らないといけないと思う。
君が僕のことを想ってくれているのならば、本気で謝罪したいと思う。
自分の罪を償いたいけれど、結局あの幸せは戻って来ない。
素直に罪を償う気持ちも薄れて行って、自分の醜さが見て取れて。
怠けることなく、きちんと僕が働いていれば。
幸せに包まれることは罪ではない。仕事を疎かにしたことが罪なのだ。
僕が遊び呆けていたから、神様は怒ってしまった。
僕の、せいだよね……。
僕が働いていればよかったんだ。
働きながらでも、君を愛することは出来た筈。
僕が働いていれば、こうして会えなくなることもなかっただろうに。
僕たち二人は出会う。
そして、初めて幸せと言うものを知ったんだ。
知らない感情を知ったんだ。
それは美しいようで、醜い感情だった。
ただ、僕はとても嬉しかった。
楽しみと言えば、仕事くらいのものだったんだ。
だから見つけた幸せと言う感情を、大切にしたかった。
このような形に変えることなく、素直に幸せを感じていたかった。
今すぐ、今からすぐに……。
君へと会いに行きたいよ。
どんなに強く願ったって、もうそれは叶わぬ願い。
届く筈のない願いであることを。
届く筈のない願いにしてしまったことを、わかっていても。
この川の向こう側には君がいるんだよね。
そう思うと、今すぐこの川を渡ってしまいたいと思う。
そんな、更なる罪を重ねるようなことを考えてしまう。
どんなに泳いだって、反対側に辿り着くことはありえない。
繋がっているように見えるけれど、実際は繋がっていなんていないんだとか。
あの川には恐ろしい魔物が潜んでいる、だとか。
色々な噂がある。それに一つ確実なのは、絶対に神様に拒まれてしまうと言うこと。
その行動を受けて、君と更に遠ざかってしまうかもしれない。
それでも僕は泳いで渡ってしまいたい。それも叶わないんだと、わかっていても。
「神様、ありがとうございます」
僕は毎日、心から神様の方向へと頭を下げている。
働き続けた過去の僕に、神様は最高の褒美をくれた。最高の出会いをくれた。
確かに、今は会うことが出来ない。
今は君に触れることを許されない。
僕から大切なものを奪った、神様。
でも僕に大切なものをくれた、神様。感謝はするべきであろう。
今はまた一人だけど、君の隣にいられたのはとても幸せだった。
やっぱり僕は、会えたのがとっても嬉しいの。
一度与えておいてそれを奪うなんて、酷なことだと思うけどね。
僕に悲しみを与える為の行動、それにも薄々気付いてる。
それでも、出会わなければ良かったなんて思えないんだ。
神様だけではいけないね。
僕に幸せを教えてくれた、君にも本当にお礼をしないといけないと思う。
僕の隣で微笑んで、僕に沢山の感情を教えてくれた君にもね。
あっという間に過ぎ去ってしまった。
幸せな時間は、妙に流れが速いんだね。
すぐに終わってしまった短い時間だったけれど。
一瞬のうちに過ぎ去って行ってしまった。
本当に短い期間だったのだけれど。
それだけで十分だったんだ。
それ以上を欲するが故、君を失う結果となってしまったのだから。
今までの仕事量にはそれこそが相応しい休憩。
ただそんな時間の間で、君は僕のことを支えてくれていたよね。
僕と君、二人は触れ合った。
それにより、幸せと言うものを知ることが出来た。
溢れる幸せに浸ることが出来たんだ。
飼っている牛。それは僕にとって、何よりも可愛くて何よりも大切な存在。
それ以上に可愛いものを、初めて見付けたんだ。
だからと言って、今まで可愛がっていたあいつらを疎かにしたのは悪いと思っているけどさ。餌すら自分ではろくに与えなかったのだから。
飼うのは生計を立てる為とは言え、大切な僕の友達だったのに。
もう我慢なんて出来ないよ。
今すぐにでも、君に会いに行きたいと思う。
こんなに願っているのに、その想いは虚しく消えて行くだけ。
どれだけ願ったら、それが掴める未来になれるのだろうか。
空に想っても、ただ空は怒っているようで雨が吹き荒れていた。
ならば、もういっそのこと。
そう思い自らに刃を向けるけれど、僕には行動する勇気などない。
今すぐあの星になってしまいたい。
ああ、輝くあの星に。雲にも負けず顔を出す、強いあの星に。
どんなに遠くても、空の上からならば君を見守っていられる。
もう一度会うことを、自分から断念してしまうことになる。それでもずっと、君を見ていることは叶う。
天秤に掛け、僕はやはり君を見ていたいと思った。
ただ君を見ているだけで、一生気付いて貰えないのは寂しいと思って。
それに耐えられるほど、僕は強い存在じゃないから。
でも僕は信じているよ。
空の上からならば、いつも僕の想いは届くんだってことも。
君ならわかってくれるんじゃないかな、って。
出会ってから、僕たちは可笑しくなってしまった。
それでは出会いが悪いと言われることもやむを得ないだろう。
ただもう間違えないから、僕にもう一度チャンスを与えて欲しい。
「出会う前の、真面目な僕たちに戻ります。今度はきっと、間違えませんから」
空はそんな願いを跳ね返すように、強く風を吹き付けて来た。
そんなことでめげるほど、僕の想いも弱くはないけれど。
「だからお願いです。またもう一度、彼女と廻り会わせて下さい」
その為ならばなんでもする。
自分に嘘を吐くくらい、容易なことだった。やれと言われれば、なんだって出来るだろう。
それで君と一緒に暮らせるようになるならば、僕は何も怖くない。
今や僕は子供でない。
あの頃からは変わってしまったが、君への想いは変わらない。
今すぐ君に会いに行きたい。
この思いは変わらず、今でも思い続けている。
いつだって願っている。
それを夢見て、出会う前以上の必死さで仕事に没頭して。
仕事を頑張るのは、君のことを考えまいという思いも入っていた。
けれど占めていたのはやはり、君のことなんだよ。
今すぐ壊れてしまいそうな状態だったよ。
今すぐ壊れてしまったもいい、そうとすら思っていた。
君に会えないならば、いずれ僕が崩れてしまうのはわかっていたから。
君への愛しさで狂ってしまうのはわかっていたから。
その前に壊れてくれた方が良いとすら思っていた。
希望を失い掛けていた、そんなとき。
神様が遂に微笑んでくれたんだ。
優しい笑顔を、こんな僕に向けてくれたんだ。
今すぐにでも君に会いに行きたいよ。
君の下へ駆け出したいよ。
今までと同じように、普段は川の上で雨風が吹き荒れている。
とてもじゃないけど、船なんか出せる筈がない。
罪を犯してしまった僕たちなのだから、当然だろう。
今すぐと言う願いは届かないけれど。
七月七日の夜。
その日だけは、二人が会うことを許可して貰えたんだ。
一年間に、たった一度しかない大事な日。
その日を得る為に、僕は働くさ。
身を壊してしまいそうなほどに、必死に働いてみせるさ。
その頑張りが認められると、神様が許可をくれる。
認められないとその日も渡れないってんだから、神様も酷いや。
だからこそ、僕も死ぬほどに働くってもんだけどね。
雨が止んで川が静まる。
それはつまり、会うことを許されたと言う合図。
普段は荒れている川が、驚くほど穏やかになっているんだ。
そうなると、僕はすぐに船を出す。
大急ぎで君に会いに行くんだ。
君に会いに行けるんだ、折角神様が許してくれたのだから。
一秒でも長く共にいたいと、僕は君の下へと急ぐんだ。
今すぐ、今からすぐに君に会いに行きたいんだ。
怒りに燃える川を自力で渡り切り、死んでも君の場所へ。
どんなに願っても、叶わぬ願いであることをわかっていても。
それが君のことも僕のことも傷付けると、わかっていても。
会いたいと言う気持ちは募るばかりで、そう思ってしまうんだ。
いつでもどこにいても、君のことを見守っているから。
実際には見えなくても、僕の心は君と共にある。
ずっとずっと、君のことを想っているよ。
星の川の向こう側から。