僕はいつか龍になる
僕は男だ。
逃げたりしない。だって、僕は男なのだから。
どんな敵を相手にしようとも、僕は戦う。強敵にも怯まず、男は戦う。
それが我が父の教えだった。
自分よりも強い奴と戦え。
それが強き男と言う訳なのだから。
僕は男として、漢である為に戦い続ける。
絶対に君を傷付けたくないから。
僕にとって、君は何よりも大切な存在。僕の全て。
大切な人を守る為に戦うのが真の男だ、とも言ってたっけ。
だから僕は、大切な君を守る為に戦い続ける。
そんな僕の姿を見て、君はいつでも優しく微笑んでくれるよね。
訓練のときも、いっつも僕を見ていてくれた。いっつも隣で応援してくれた。
そして戦うんだってなると、餅や兜を差し出してくれた。
本当に気が利いて、素敵な人なんだ。
僕が戦いに出るときには、君は絶対に見送ってくれる。
いつか僕に、着いて行きたいと言ったよね。本当に心配そうな面持ちをしていた。
でも君は悲しそうな顔をすると、優しく微笑んで去って行ってしまった。
見送ってはくれるけれど、それきりそんなことは言わなくなった。
いつだって、気を付けてって優しく声を掛けてくれる。だから僕は悲しそうな顔のことも忘れちゃってた。
まだ今の僕は未熟。
なんの力も持たなくて、酷く軟弱な存在。
あの池で飼われている、鯉程度の存在なのかもしれない。
ただ、そのまま鯉なんかではいたくない。
僕は一人前になりたい。
鯉ではなく、天へと昇っていつか龍になりたいんだ。
何よりも強くなりたいんだ。皆に認めて貰いたいんだ。
僕は決意をした。
そんな僕を見て、池の鯉が首を傾げているような気がした。
「ごめんよ」
鯉だって立派に生きているんだ。半人前のような言い方をしては悪いか。
一言そう謝ると、僕は訓練に励んだ。
僕の決意なんて知らず、空のこいのぼりは風に靡いていた。
あれが僕の理想なのかな。
ああやって、空を優雅に泳ぐ。そしていざと言うときには、誰よりも強い力を発揮するんだ。
風に吹かれているだけなのだが、なんだか自分の意思を持って泳いでいるように見えた。
僕の目には、その姿がとても格好よく見えた。
もっと、もっと上に行きたいんだ。
天下を僕の手で掴み取って見せたい。
そう思い、僕は高い高い空に腕を伸ばす。
今の僕はちっぽけで、空は酷く遠く感じられた。
けれど、いつかは届かせて見せる。
君は柔らかく微笑んで、その姿を見ていてくれる。
多分、応援してくれてるんだと思う。
優しい君の長い髪が、春の風に靡いていた。
僕と君は手を取り合った。そうしたら、何だか二人が繋がったような錯覚に陥ったんだ。
そして、一つになれるなんて本気で信じてしまう。
そんな筈ないのにね。
いつだって君は僕の隣で微笑んでいてくれるね。
その優しさに、僕は甘え切っていたんだろう。
君と手を取り合い、僕は羽ばたこうとしているんだ。
それが強さになるんだと勘違いし、君を苦しめながら。
今の僕が抱いている感情。
それはただの恋でしかないのかもしれない。
力を持たないだけではなく、精神的にもまだ未熟な僕だから。
ただ、このまま恋しているだけなんて嫌なんだ。
強くなりたい。君に釣り合うくらい、立派な漢になりたい。
空のように大きくなり、君を抱き締める。
いつか、いつかは君と愛し合いたいんだ。
どんなときも、君は僕を支えていてくれるね。
何も言わずに、ただただ笑顔で。
泣きたいときもあるだろうに、君はいつも笑顔を浮かべていてくれた。
それはきっと、弱い僕に気を遣ってくれていただけ。
あの大きな空を夢見た。
これは僕の夢。そして君の夢。
今も二人、信じている。
大きな空に、大きな夢を見続けている。
その夢を叶えるには、僕はあまりにも小さ過ぎる。
小さな僕の力では、大きな大きな夢に手が届いたりはしないんだって。
ここまでくれば、僕も薄々気付いてはいる。
あの頃は無邪気に信じていたけど、それが叶う筈のない夢だと知っている。
君は僕よりもずっと前から気付いているんだろう? もしかしたら、夢を語り合ったあの頃から。
不可能さを気付きながらも、君は夢を嘲笑ったりはしなかった。共に夢見てくれた。
二人で見た夢と言うのは、嘘じゃないんだね。
どうしたら、何をしたら滝を登ることが出来るんだろう。
父の言葉では、滝を昇り龍となってこそ一人前とのこと。
でも鯉が龍に昇る方法を、誰も教えてくれない。
僕にそんなことが出来るんだろうか。わからないけれど、僕は一人前になりたいから。
夢は叶わない、不可能だ。そんな厳しい現実を見る。
それでも僕は夢を見るの。
池の中ではなく、あの空を泳いでみたいと。
いつまでも人の下にいるのは嫌だから。
夢を叶えたい、いつか。
馬鹿みたいな夢だよな。それくらい自分でもわかっているよ。
そんな決意を人に話せば、哀れに思われてしまうかもしれない。恐らく誰も本気にはせず、面白い夢だと笑う程度だろう。
でも僕は決意をした。笑われても良いのさ。
いつまでも鯉のままで満足しているなんて、いつまでも半人前のままで満足しているなんて。
僕にとってはそちらの方が哀れだと思う。そんな奴らよりは上だって思うから。
僕が欲しいのは、諦める賢さなんかじゃない。そんな弱い心、僕にはいらない。
挑戦する強さの方が、僕は欲しいから。
まるで優雅に空を泳いでいるかのように、こいのぼりは揺れている。
気持ち良さそうだな。
空を泳ぐとは、どのような気分なのだろうか。泳ぎは得意でないのだが、大丈夫だろうか。
しかしあれだけ気持ち良さそうにしているを見ると、相当素晴らしい気分なのだろう。
風に靡くこいのぼりに僕はそう思った。
そこへ行きたいと願う。
本気で願っているから、僕は空へと腕を伸ばしているんだ。
全てを僕のものとしたい、あの空を手に入れたい。
そう願って、届かない空を掴もうとするんだ。
強く立派な大人になれば、きっとあの空にも届くから。
それを、君は優しく見守ってくれる。
君だけは、僕の夢を信じてくれている。一緒に夢見てくれている。
ああ、君の長い髪が風に靡いている。
それは君の美貌を際立たせていた。
僕の夢は、小さくて大きな夢。
とても弱いけれど、強い夢。
簡単に風で吹き消えてしまうような夢。
だけど僕は諦めない。何度でも何度でも願う。
僕の決意は弱いものじゃないから。僕は強くなりたいから。
僕はいつか龍になる。