表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

終わりを告げるかのように

 十二月三十一日、二十三時五十九分。そんな時間が示されいた。

 チッチッチ

 時計の音が鳴り響く。そしてカチッと少し大きな音を鳴らし、それにより僕はわかった。

 新しい年に突入したのだ。一月一日、零時零分。きっとそれが今の時刻。

 始まりを僕は祝いたい。

 新年を迎えたら、気持ちも切り替わると思った。それなのに気分は暗いままで、祝うことなんて。


 鐘の大きな音が聞こえてくる。それも嫌で、僕は必死に耳を塞いでいたんだ。

 なんだか、始まりを素直に喜んだりなんて出来ない。

 これから始まると言うことは、今までは終わったと言うこと。それを認めたくないんだ。

 そんなことに苦しみ、僕は耳を塞ぐ。始まりを告げてくれる鐘の音を聞きたくないと、耳を塞いでいたんだ。


 この世は平和になった。だから僕も、平和な世の中を生きていくことが出来るんだ。

 それは願い続けていたこと。ずっと願っていたことが叶ったんだから、もっと喜ぶべきだよね。

 一刻の休憩ではない、永い安らぎを手にすることが出来た。

 新しく、平和な世の中を生きていきたい筈。僕はそれを願い望み、追いかけ続けていた筈。

 それなのにどうしてなのだろう。理由はわからないけれど、僕の気分は暗いままだったんだ。


 今まで僕が生きて来た世界はもうここにない。争いばかりの世界ではなく、平和な素晴らしい世界にすることが出来た。

 そんな素敵な変化。

 それでも、変化する世界に僕は取り残されてしまったんだ。変わって行くことを恐れて、僕は立ち止まっていた。

 変化していく世界。僕の感情は、喜びよりも戸惑いでいっぱいになる。

 そしてその戸惑いを隠すことなんて出来なくて。結局僕は、顔を隠してしまっていた。

 平和な世界へ行くことが出来なかったんだ。


 去年のまま、立ち止まった僕の時は動いていない。そんな臆病者の僕のことも、君は待っていてくれた。

 この寒空の下、君は僕のことを待っていてくれた。

 凍えてしまいそうなほど寒い筈なのに、君はそれを表情にも出さない。

 僕を温かく迎えてくれる為、君は細い体を必死に温めてくれた。温かい微笑みを絶やさずに、僕のことを待っていてくれた。


 終わりなど訪れない。とまで言われた長い戦いが終わり、僕は君の隣に帰ってくることが出来た。

 こんな幸せなこと、他にはないだろう。こんな幸せを手に入れた人、他にはいないだろう。

 何にも代え難い最高の幸せを手に入れた。

 平和、そして君。繰り返し起こる戦い、戦場を駆け抜ける僕がずっと欲し続けていたもの。何よりも欲しいと願っていたものを、今の僕は持っている。

 何も不満なところなどない。僕は最高の幸せを手に入れた筈なのに。


 初夢を見た気がする。とてもとても縁起の良い初夢を、見たような気がしていた。

 そしてそれは、今や現実となっている。

 夢が現かもわからない、曖昧な幸せ。

 それを僕は堪能したかった。手に入れたかったけれど、手を伸ばすことを恐れてしまっていた。


 富士山を見ても鷹を見ても茄子を見ても、僕は喜んだりしなかっただろう。

 そんな僕が見た夢は、僕が最も見たいと思っていたもの。僕が最も手にしたいと思っていたもの。

 一般的に縁起がいいと言われているその三つではない。


 君だよ。

 幸せな空間で、僕は君を見たんだ。


 その夢の君は、現実の君とよく似ていた。見た目だけではなく、行動もね。

 ずっと温かい微笑みを浮かべ、僕のことを待っていてくれたんだ。

 だからこそ、僕は君の下へと行けなかった。手を伸ばすことが出来なかった、その程度の勇気すら持てなかった。


 ズルいよね。

 僕を待っていてくれる君は、いつもそう。腹を立てるでもなく、疲労を見せるでもない。

 今浮かべている表情と同じ。柔らかいその微笑みで待っていてくれるんだ。



 一月一日の朝、僕の胸の中を満たしていた感情。

 それは幸せや祝福ではない。不安、恐怖、そんな負の感情ばかりが溢れ出ていた。

 その感情が僕を満たす理由。僕はそれを知っていた。新年を迎えてではなく、その前から僕はそれに気付いていた。

 知っていたからこそ、更にそんな感情ばかりが溢れ出て来て。

 だから知らないふりをしたくて、僕は問い掛けるんだ。

「どうしてだろう」

 しらばっくれた表情で、何度も。


 孤独の中戦ってきた僕。

 それでも今は、僕の隣に君がいる。

 君は僕にとっての全て。君さえいてくれるなら、僕は他に何もいらない。

 君だけを、と願い続けて来た僕。

 今は夢が叶った。全てを手にし、何よりも大切な時間を生きている僕。

 幸せの最高潮。幸せを噛み締め、何もかもを素晴らしく想えるような日々。

 僕が生きている今は、そんな幸せの筈なのに。


 初夢を見たせいであろうか。

 僕が一番避けたい事実、堪え切れない不安。

 夢か現かもわからない、曖昧な狭間で。

 それは悪戯好きな君の、可愛らしい悪戯だと思いたい。しかし現実の君とは比べ物にならないほど、その君は演技が上手い。

 悪戯、演技。それにしては、少し上手過ぎるんだ。


 そんなもの偽者だ。

 僕は惑わされない。そんなもの、偽物に決まっている。

 ただの夢、現実になんてならない。絶対、正夢となる日は訪れない。

 脳ではきちんと、それが贋物であることを理解している。

 それなのにどうして。どうして、こんなにも不安になるのだろうか。


 君だよ。

 悲しみの空間では、君が僕を見てくれない。


 当然さ。僕なんて見ないだろうな。

 だってその君の隣には、あいつがいたんだから。

 あの世界では、それも当然のことなのか。あいつの表情を見ていると、そう思えた。

 君とあいつは、何かを話していた気がする。

 何を言っていたのか。それは聞こえなかったのでわからない。声の聞こえる近距離、そこへいく勇気が僕にある筈もないし。


 それに、僕は近付いてはいけないように感じた。

 君の隣はあいつの場所、僕の場所ではない。君の傍に僕の居場所はないんだ。

 君の表情を見ていると、そう思えた。

 だって僕にしか見せない筈の表情をしていたのだから。柔らかいその微笑みで、君はあいつを見ていた。


 今でも思い出す。

「君は帰って来ない」

 そんな言葉を否定し、僕は孤独と戦った。

 孤独に押し潰されそうになった。でもそんなときには、君を想うと少し気が安らいだ。

 寒さに凍える冬の夜。一人でいると、寒さは増すような気がした。

 だから僕は、君を待ち続けていたんだ。

 決して、もう君を一人にしない為に。


 君を信じて、世界を信じて。幸せを信じて待っていると、神様はご褒美をくれたりするんだ。

 君と僕の運命を繋げてくれる。いつも、君のことを僕のところまで連れて来てくれる。

 それでも一つ、不安なところがある。

 幸せなのか、と言うことだ。僕は確実に幸せを感じているが、問題は君。

 疑問に思う。

 僕のところに来ることで、君は幸せを手に入れているのか。本当はもっと広い世界を見たいんじゃないかって。


 初夢を見たような気がする。

 幸せでいっぱいになれる、素晴らしい夢。僕の夢を写したような、素晴らしい夢だった。

 現実になって欲しい、強く願うもの。だからこそ、現実から遠いもの。

 この幸せを永遠にしたい。

 恐怖など捨てて、僕は縁起の良い初夢を抱く。掴み取りたいから、高く手を伸ばす。

 届くことなどない手を、高く高く……。


 一般的に初夢に見るといいと言われているもの。

 そんなもの、僕は全く求めはしない。僕が見た縁起の良い初夢と言うのは。

 誰が言い出したかもわからないもの、嬉しくない。

 僕にとっての、僕だけの為の初夢。


 君だよ。

 幸せな空間で、君と僕は見つめ合う。


 寒い中、君は僕を待っていてくれた。

 本当は寒いに決まっている。こんな寒空の下、たった一人で待っていたんだ。寒いに決まっている。

 それなのに、僕を気遣って寒そうな素振りも見せない。僕を温めてくれる為、冷たい体を温めてくれていたんだよ。

 気付かない筈、ないじゃないかッ。


 勇気を出そうにも、君が優し過ぎてしまう。

 あまりに優しいから、近付き辛いよ。君の優しさが遠くて、悲しくて。

 そんな僕を君は見ていたね。柔らかいその微笑みで。


 終わりを告げるかのように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ