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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

片羽の天使

作者: 紅葉

こんにちは、紅桜です。

以前長編として投稿した「マリーゴールドの天使」を読み返しましたところ、いろいろと思うところがありまして、書き直し、さらに題名も変えさせていただきました。がらりと変わりすぎて書き直し、と言うべきではないかもしれませんが…。

お楽しみ頂ければ何よりです。

プロローグ


やわらかく風が吹き花びらが舞う、広く美しい天上の花園に2人の天使が立っていた。

「ここ、いつ来ても綺麗だよね、キルク。」

目を細めそういう少女にキルクと呼ばれた青年は微笑んだ。

「あぁ、そうだね。ラルア」

彼はそっと少女の顎に指をかけ、軽く上を向かせた

「目、閉じて?」

その言葉に従い、彼女はそっと目を閉じる。


少女はその時、やわらかく優しく吹いていた風が、不意に冷たくなったように感じた。

「・・・っ!?」

少女を襲った突然の激痛。目を開けた彼女の見たものは、彼の手にある血に濡れた彼女の右羽と真っ黒に変貌した彼の羽。そして彼が浮かべている少し困ったような、どこか泣きそうな微笑。しかし、彼女の目にそれらが映った次の瞬間には、彼女の意識は闇に飲み込まれていった。

「 」

彼が呟いた言葉は、意識を失っていく彼女に届くことはなく、風に溶けていった。


第一章


「…ルア、ラルア!お願いだから起きて、ラルア!!」

必死に私の名前を呼ぶ誰かの声。それを認識した途端、私の意識は急激に浮上した。

瞼を上げ、まず目に入ったのは泣きじゃくる親友、ロゼ。

「何で泣いてるの、ロゼ…?」

起き上がる事もしないままそう問いかけるとロゼはうつむかせていた顔を弾かれたように上げ、私と目が合った途端に私に抱きついた。

「ラルア、ラルアっ…、良かった、生きてた…。」

涙を拭おうともせず縋り付くように抱きしめてくるロゼにどうしたらいいのか分からなくてただひたすらに落ち着けるように背中をトントンと叩き続ける。

しばらくそんな状態が続いた後、やっとロゼが落ち着き始めたのを確認し、そっと声をかける。

「ロゼ、いつまでもそうしてるのはちょっと重いから、起きて?」

「あ…!ご、ごめんね!」

慌てて起き上がったロゼに合わせて、私も起き上がる。背中に感じる激しい痛みをロゼに気取られないように、笑顔を作り、ひどく心配そうなロゼの顔を覗き込んだ。

「大丈夫?ロゼ。」

「わ、私よりラルアの方が…!」

驚いた顔でそう言ったロゼに、とぼけ顏で返す。

「私がどうしたの?」

「っ…!」

ロゼは言葉に詰まり、目を泳がせる。…片羽を失っているのにまるで何も分かっていないかのような私に、なんと説明すればいいのか分からないのだろう。それを見てから私は、気を抜けば痛みに引きつってしまいそうな笑顔を必死で自然に見えるように保ちながら言った。

「悪いんだけど、出来るだけ人目を避けて家まで連れて行ってくれる?」

ロゼは息を呑んで私を見つめた。それは、この言葉の中にあからさまに表れた、私が羽を失ったことを分かっている、ということへの驚きだった。分かっているのに、けろりとしている私に困惑しているのだろう。

「お願い、ロゼ。」

言葉を付け足すとロゼは困惑の表情のまま、頷いた。


「あの、ラルア。本当に1人で大丈夫?」

玄関まででいいと言われたにもかかわらず丁寧に私をベッドまで運び、ロゼはそう聞いた。

「大丈夫。」

せめて少しでも安心させられるように、俯いているロゼの顔を覗きこみ微笑んで、しっかりと答えると、ロゼの瞳の奥に微かに安堵の色がちらついた。そして、無理しないでね、と言い残し、帰っていった。


一人になると、まるで枯れてしまっているかの様だった涙が突然、嘘のように流れだした。羽を失った背中が痛くて、でもそんなことよりも、裏切られた愛が苦しくて、悲しくて。いっそ無意識レベルで、ロゼを心配させまいと堰き止めていた涙が、彼女がいなくなったことで溢れ出した。

「キルク…。」

泣いて泣いて泣いて、その中で絞り出した声は、ひどく掠れていた。


第二章

親友の


頭がぼーっとする。まだ湿っていた枕で、泣いていたことを思い出した。眠い。なのに、まだ消えていない、心臓を締め上げられるような苦しさが燻っていて、煩わしい。いっそ、このまどろみの中に永久に沈んでしまえればいいのに、と馬鹿な事を考えて、自嘲した。やがて、目覚めの刻の鐘が鳴り、ゆっくりと体を起こした。空腹は感じないけれど、とにかく何か入れた方がいいだろうと思い、台所へ向かった。簡単なスープを作り、リビングのテーブルに置いた。そして座ろうとし、椅子に手をかけたその時、突然部屋に入ってきた誰かに思いっきり抱きしめられた。誰か、というか、この家に入れる、つまり私が合鍵を渡しているのはただ一人。

「どうしたの、ロゼ…?」

「あのねっ…!」

キラキラと瞳を輝かせ、ピンク色に染まった頬で顔を上げたロゼは、一瞬固まってから、さっと顔色を変え、うるうると目に涙を溜めて、慌て始めた。恐らく私の羽の事なんてすっかり忘れるほどの嬉しい何かがあって、私に報告しに来たところ、私の事を見て、やっと思い出したのだろう。その様が随分可愛くて、あんまりロゼらしくて、つい、

「…ふふっ、はははっ!」

笑ってしまった。

「ラ、ラルア?」

私はぽかんとしたロゼの額を軽く弾き、にっこりと彼女に言った。

「嬉しい報告があったんでしょ?早く教えてよ。今、お茶いれるからさ。」


「…で、何があったの?」

私はロゼの前にハーブティーを入れたカップを置きながら言った。

「あ、うん、あの、あのねっ…!」

「…やっぱ、先にそれ飲んで落ち着こうか。」

「うん、そうする…。」

ロゼはそっとティーカップに口をつけ飲み込んだ後、一息ついてから、言った。

「あのね、私、彼氏が出来たの…。」

一瞬、ぽかんとしてしまってから、言葉の意味を理解した。ロゼに、彼氏が出来た。…すごく嬉しかった。いろいろ言いたくて、口を開いたり閉じたりして。でも結局、出てきたのは一言だけだった。

「…おめでとう。」

たった一言だけのそれに、ロゼは照れたように笑って、

「ありがとう。」

そう返した。そのまま見つめあっていたら、なんだかおかしくなってきて、二人して大笑いした。やっと笑いが治まったところで、私はロゼに聞いた。

「そういえば彼氏ってどんな人なの?優しい?」

「うん、すごく優しい。それにね、かっこいいんだよ。」

幸せそうに言うロゼを微笑ましく思いながら聞いていた私は彼女の次の一言で、一気に凍りついた。

「彼…、えっと、キルクって言うんだけどね、」

ひやり、と何か冷たいものが胸の奥を撫でた。

「…どうしたの、ラルア?」

やはり、表情にも表れていたらしく、ロゼが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「なんでもないよ、ちょっと一瞬知り合いかと思っただけ。聞き間違いだったみたい。ごめん。」

私は慌てて笑顔を作り、そう取り繕った。そうだった、ロゼは私に恋人がいることは知っていても、彼と会ったことはないし、名前も、恐らくうっかり忘れ続けているのだろうが、聞いて来ないから私も教えていない。…彼は、ロゼを愛したから私の羽を奪ったのか。それとも、ロゼにもそうするつもりなのか。知りたかった。

だから、私は、

「ねぇロゼ、彼とは次いつ会うの?」

「明後日!ラルアも一緒に行く?」

「私はいいや、二人での時間を邪魔する気はないもの。楽しんで来て、さらに可愛くなったロゼを見せてくれればそれでいいよ。」

「可愛くって…。もー、お世辞って分かってても照れちゃうよ〜。」

親友を、欺いた。


第三章


ロゼがキルクと会うと言っていた日、私は一人、彼女の後をつけた。いつもより少しオシャレをして、いつもより少し楽しそうなロゼが、嬉しそうに笑顔を浮かべ、誰かへと手を振った場所、そこは、あの花園だった。私は入り口に立つ木に登り、二人を眺めた。ロゼの幸せそうな顔、そして、優しい目で彼女を見るキルク。彼の表情に微かに感じる違和感はきっと、私に向けていたそれが偽物だったから。そう思うとやっぱり、切なかった。でも、例え騙されていたのだとしても、それでも私は、キルクが好き。今、彼を見てそう感じる。そして、ロゼのことも、大好き。だから、涙が零れた。好きで、好きで、苦しくて。でも、大好きで。心の端で微かに嫉妬している私は、すぐに消え去ってしまうだろう、そんな予感がした。…それなのに。夕陽が差し込む頃、二人が互いに別れを告げてロゼがキルクに背を向けたその瞬間、キルクは、浮かべていた表情の全てを、消し去った。どきりとした。彼のそんな表情かおは、今まで一度だって見た事がなかった。私に向けていた偽物と、ロゼに向けている愛が別物だからだ、と思いかけた。けれど、違う。すぐに、そう思い直す。そうだ、違う、違う。これは、こんな表情は、愛する人に向ける物じゃない。…彼は、ロゼを愛していない?それならば何故、彼女に近づく?…それはきっと、あの子を、傷つけるため。私は鞄の中に手を差し込み、短剣を握りしめた。それは天使達が護衛用として常に持ち歩くもの。守るための刃で、私は何をしようとしているのだろう。一瞬浮かんだ考えはすぐに否定した。これは、あの子を守るための刃だ、間違いなんて、何もない。木を降りて、花園を後にしようとするキルクを待つ。そして私は、彼の背後から刃を振りかざした。次の瞬間、花園に響き渡ったのは、刃と刃がぶつかり合う音。振り返りざまかろうじて刃を受け止めた彼は私を見て、目を見開いた。私は彼のその瞳に違和感を感じた。ただただ純粋な驚きだけしか、彼の瞳からは読み取れなくて。

「ラルア…。お前、なんで…。」

「キルクは、私をさ、甘く見過ぎなんだよ…。」

私は一言ずつ、絞り出すようにつぶやいた。

「大切な親友が傷つくのを黙って見てるほど、私は非情じゃない。弱くもない。片羽だって、天使は戦えるんだよ。」

ギリギリと刃を押し付ける。けれど、キルクの持つそれは僅かも動かない。男と女の力の差ということか、けれど彼は、それ以上押しもしない。ただ、同じ位置で防ぐだけ。…そして彼は、困ったような笑みを浮かべた。私と一緒にいた時に、よく浮かべていた表情だ。そしてあの時、私の意識が途切れる直前に浮かべていたものでもあった。彼はそんな表情を浮かべたまま、言った。

「彼女がラルアの大事な人とは知らなかった、ごめん。」

驚いた。彼の言っていることの意味が分からなくて。彼はどうして、謝ったのだろう。だって今更、私の機嫌を取る必要なんてない。なら、どうして。

「…どうして?」

思わず短剣を落とし、零れ出たその一言に彼は二、三秒固まった。

「彼女と会ったことがなかったから…かな?」

「そうじゃないよ、そうじゃなくて。」

そこで私は一旦区切り、短剣を取り落としてからは花に向けていた視線を彼へと向けた。

「どうして私に、今更謝ったりなんてするの…?」

ずっと彼が浮かべ続けているその微笑が、懐かしくって優しくって、泣きそうになりながら、私は彼にそう問いかけた。けれど、彼はその問いに、きょとん、とした。そのまま十秒ほど固まった後に、今度は、はっと、何か重要な事を思い出した、とでも言いたそうな表情をした。そして、焦りを浮かべた表情で、呟いた。

「そういえば俺、ラルアに何も言ってないんだった…。言わない方がいいと思ってたけど、こんなことになっちゃう、かぁ…。」

彼は少しだけ目を伏せた後、いつもの笑みに少しだけ諦めに似た色を含ませて、こう言った。

「全部話すよ、ラルア。」


第四章

命と愛


「俺は、確かに悪魔なんだけど、両親とも天使に擬態して天界にいたから、生まれは、天界なんだよね。だから、生まれた時からずっと天使に擬態し続けて過ごしてたんだ。」

ラルアはキルクのその言葉に目を見開いた。

「天界生まれの悪魔…。長老達は何も言わないの?」

「天界には俺みたいな悪魔はかなりいるし、長老達も知ってる上で、気づかないふりしてるんだ。互いに本来生きるべき場所が違うだけで別に仲が悪いわけじゃないからね。だから俺も、不自由は別になかったよ。天使に擬態するのも、慣れすぎて疲れもしなかったし。」

彼はそこで一旦言葉を区切り、苦しげな顔をして言った。

「ただしそれは、ラルアと会う前の話だ。」

「…天界に悪魔が沢山いるっていうのは確かに初めて聞いたけど、でも、私はっ…!」

「別に打ち明けるのが怖かった訳じゃないよ。ラルアなら受け入れてくれるだろうと思ってたし、ね。」

「じゃあ、なんで…?」

「だって…俺が悪魔でラルアが天使じゃ、絶対に結ばれ得ない、だろ?タイミングが見つからなかったんだ。」

「結ばれ得ない…。確かに悪魔と天使の間には子は生まれない、けど。」

「結ばれることも本来なら禁忌なんだ。変な話だよ。共にあることは日常なのに、結ばれるのは禁忌なんて。」

彼は彼女に悲しげに歪んだ笑顔を向けた。

「…禁忌を破って子を成すために取れる方法は、一般的にはたった一つだと言われる。」

「…堕天。」

「その通りだよ、ラルア。でもね、本当はもう一つだけ、あるんだ。」

彼女は困惑した表情で彼を見つめる。

「俺は、ラルアに堕天なんてさせたくない。羽が黒く染まり、擬態も出来ないから天界ここには帰って来られない。生まれ故郷に帰って来られないなんて、そんなことにはしたくない。だから、そのもう一つを取ることにしたんだ。」

「その、もう一つって…?」

呟くように問いかけた彼女に彼は苦く笑って答えた。

「悪魔が、天使へと変わるんだ。…愛しい人の羽を奪い、自分のことを愛する天使の命を一つ消し去ることで、ね。」

ドクリ、と彼女の心臓が大きく跳ねた。彼女が気づかなければ、大切な親友の命は失われていた。愛する人によって。それも、最悪の形で。

「そんな…!」

「羽は、返ってくるよ。天使へと生まれ変わる儀式の終わりと共に。」

「そういうことじゃないっ!違うよ。…命を、奪うなんて、それも、自分のことを心から愛してくれる人の…。」

「自分と自分の愛する人の為だ。…けど、知らなかったとはいえラルアの大切な人を狙ったのは、悪かった。」

その言葉にラルアは呆然としながら思い出した。天使が抱くのは博愛、そして悪魔が抱くのは偏愛。価値観が違うのだと。そして、気づく。天使が堕天するのも、悪魔が天使へと生まれ変わる方法も、それぞれ、その、究極だということに。全てを捨て、それでも誰も傷つけず愛し抜く為に中途半端な存在へと堕ちる堕天、そして自らを心の底から愛してくれる人の命を奪い、愛する人の羽すら一度は手折る過激さを持って悪魔は天使へと生まれ変わる。

彼女はそっと唇を噛み締め、一つだけ、と彼に問いかけた。

「どうして、言ってくれなかったの…?」

彼はその問いに顔を強張らせ、ふらふらと目を泳がせた後、諦めたように答えた。

「儀式をおこなう時の衝撃が、大きすぎてね。心が壊れる可能性があるんだよ。五分五分だけど…止められると思ったから。」

「当たり前っ…!」

「だから、言わなかった。」

「…。」

しばらく、二人とも何も言わないまま、静寂が続いた。やがて、彼女がそっと口を開いた。

「…私、堕天する。」

彼はその言葉に驚きを浮かべた後、困ったような顔で告げた。

「それは駄目だよ、儀式をしなくちゃ、羽が戻って来ないから。」

「それなら片羽のまま、堕ちるよ。誰かの想いを裏切って、命を奪って、なんてやっぱり駄目。…それに、キルクの心が壊れるかもしれないなんて、私には耐えられないよ。もし、本当にそうなったりなんてしたら私、きっと死んじゃう。」

「そんなに、思ってくれるのは嬉しいよ。でも、片羽のまま堕ちるなんて、どれほど苦労するか。ラルアだって想像は、つくだろう?」

心配そうに言った彼に、彼女は小さく頷いて、しかし、悪戯に微笑み彼を見つめた。

「でもさ、どんなに大変だったとしても、キルクが側にいてくれるんでしょう?…だから、大丈夫だよ。」

彼はその言葉にぽかんと口を開け、彼女を見つめた。そしてやがてゆっくりとその表情を笑顔へと変え、彼女を抱きしめて、言葉を絞り出した。

「ありがとう。何も言わずに、勝手に決めようとして、ごめん。それから…愛してる。心の底から。ずっと俺が支えるから、側にいて欲しい。」

彼女もそっと彼の背中にまわした手に力をこめて、二人はしばらく、ぎゅっと、抱きしめあっていた。

お読みくださりありがとうございました。

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