美少女、親友の誕生日を祝う
第九十三話 美少女、親友の誕生日を祝う
うーん……。
ベッドの上に広げた忌まわしき物 を眺めて、僕は唸る。
何でこんなのを残してしまっていたのか。5月の体育祭の障害物走で着せられて、そのまま持ち帰らされ、そして押入れにしまったまま今に至るわけだけど、後生大事に持っていなくてもいい服だよね……。
みんながくれたものだし、着たくはないと思ってたけど、無下に捨てることもできず……という僕の甘さが招いた災難だ。
そもそも、なんで着たくもないメイド服を引っ張り出したのかというと、今日が良治の誕生日だからだ。
今日、九月二十四日は良治の誕生日。前に誕生日プレゼントは何がいいかと聞いたところ、手料理を希望された。
僕の誕生日に、ぬいぐるみを貰ったりしてしまった手前、お返しも兼ねて何か贈り物をしようと思っていたんだけど、良治的には料理でいいらしい。お財布にも優しいし、良治がそれでいいなら僕としても不満はなかった。
……料理くらいなら、わざわざ誕生日にしなくても、いつでも作ってあげていいんだけど。。
そして追加で要求されたのはメイド服の着用だった。
良治的にも、料理を食べるだけだとイマイチ面白みに欠けるのだろう。だから、ネタ的な意味合いを込めてコスプレをさせてくるんだろう……。うん、まあ、いい迷惑だよっ!
とは言え、できる事ならやってあげると言ってしまったのと、さらにはメイド服着用にOKを出してしまった手前、今日になって「やっぱりやーめた」もできない。腹をくくるしかないのか。
それに、着てるところを見たいと熱望されれば、何となく悪い気はしないし。しょうがないなって気分にもなる。
そう言う気分にはなるんだけど、目の前の現実 を見ると、やっぱり躊躇いがあるんだよね。
「まあいいや、とりあえず良治が来たら考えよう」
僕は、誰に言うでもなく呟く。
まさかこれを着てお出迎えはしなくていいよねっ。
とりあえずメイド服の事は忘れて、身だしなみのチェックをする。良治とは言え、誕生日をお祝いするのだから、適当な恰好は良くない。鏡に向かい、髪を整え直し、スカートに皺がないかも確認する。
一通りのチェックが済んだところで、部屋のドアがノックされた。
「あゆねーちゃん、入るよー」
弟の要だ。ノックをすることをを覚えてくれたおかげで、僕も安心して対応できます。当たり前なんだけどね。
要にとっては、僕が兄だった時の癖だったのかもしれない。着替え中とかによく突入してきたので、狙ってた感もあるけど……。
僕が入るように促すと、要は中に入ってくる。
「おお! あゆねーちゃん、今日はいつもより気合入ってるね! それになんかご機嫌だし」
「え、そうかな」
「そうだよ! なんかすっごいニコニコしてるし、さっき鼻歌歌ってたじゃん」
「えっ!? 本当に?」
「なんだよ、気づいてなかったの?」
全く気付いてませんでしたっ。
鼻歌とか歌ってたんだ。しかも部屋の外に聞こえるくらいの音量で。しかもそれを聞かれていたなんて猶更恥ずかしい。
良治が家に遊びに来るってだけなのに浮かれちゃうなんて、どうかしてる。中学校の頃は、よく遊びに来てたし、今更特筆すべきことなどないくらい普通の出来事だ。
どうかしてると言えば、つい先日の良治のラブレターの件もだ。今考えると何であんなに鬱々としてしまったのか。
「ふーん。その様子じゃ良治さんが本命なの?」
ホンメイ? ほんめい。本命!?
「ないないないっ! そんなわけないからっ! 大体良治は男だしっ! いや違う、そこはもう問題じゃなくてっ。えーと、つまり」
「ムキになっちゃって、あゆねーちゃんホント可愛くなったよねー」
弟に良いように弄ばれている僕。
悔しいっ。小六なのに、この悟った感。そして高一なのに、そんな小六に遊ばれている僕。弟は社交的で、学校でも友達沢山らしい。この余裕は、そういった人間関係の中で培われたのだろうか。
「でも、あゆねーちゃんも悪女だよねー」
「へ?」
悪女とな。何がどうなって、いつの間に悪女認定されてしまったのだろうか。そんなに遊んでるように見えるのかな?
「だってさー、蒼井さんだっけ? その人とも遊んでて、今度は良治さんを家にお招きでしょ?」
「あれ、それって問題ある?」
僕が小首をかしげていると、弟はヤレヤレといったようなジェスチャーをした。このジェスチャー、実際にやられると結構むかっとくるね。
蒼井君と遊んだりしてるけど、付き合ってはいない。
まさか二人でどこかに行くだけでも、既成事実として成り立ってしまっているのだろうか。悪い人じゃないし、凄くいい人だということもわかる。それに僕の周りにいる人の中では、芳乃さんと並んでまともな人だ。
でもだからと言って、恋人になるビジョンが想像できるかというと、できない。これは、僕が元々男の子だったからなのだろうか。それとも単純に好きになっていないからなのだろうか。
では良治は? 良治と恋人……。うーん、なんかやたら恥ずかしいっ。良治は友達だし、そう言うのはないと思うんだけどっ。
普段一緒にいる時間が長いせいで、変なことを考えると気恥ずかしくなってしまうのかな。
良治は男の子の時の僕を知っている。そもそも、元々男の子だったような女の子を、良治が好きになることはないと思う。付き合うっていうのはどだい無理な話なのだ。
要は、二人への距離感が中途半端ってことを言いたいのかな。僕から何かしろと? うーん……。
「ところで、要は何か用があったんじゃないの?」
「あ、そうだったそうだった。実は、良治さん、もう来てるよ」
「ええぇ!? それ早く言ってよ! まさかさっきの聞かれてないよねっ!」
「リビングで待っててもらってるから、大丈夫じゃない?」
「わかった、すぐ行くから待っててもらってね」
要を部屋から追い出す。もう、くだらないこと言ってないで早く要件言ってくれればよかったのに。
折角来てくれたのに、待たせちゃ悪いじゃん。っていうか、来るの早くない?
時計を見たら、まだ午前十時を少し回ったところだった。休日のこの時間に来るなんてっ。
念のため、再度身だしなみを確認した後、僕は部屋を出て居間に向かった。
良治は、ソファに座ってスマートフォンをいじっていた。
「おはよう、早いんだね」
後ろから声をかけると、良治は勢いよく振り返る。
「おっす。おはよう。いやー、待ちきれなくってな! もうワクワクしちゃって、今日は四時に起きちゃったよ」
「ただうちに来てご飯食べるだけでしょ。そんなに嬉しそうにされても」
「いやいや。自分の誕生日に女の子が料理をふるまってくれると言うのは夢というか、最早ロマンだよっ! 漫画やアニメでしかなさそうな事が今起きようとしていると思うと、もう興奮して興奮して、思わず部屋の中で倒立前転しちゃうくらいだったよ」
朝四時から部屋でドタバタと倒立前転なんかされちゃ、良治の家の人はさぞかし迷惑だったろう。
「でも、料理ふるまってくれるのが、僕じゃイマイチでしょ」
「またまた。アユミは女の子だろ? 何の問題もない!」
良治に女の子だって言われて、少し嬉しくなる。夏休み前だったら考えられないことだけど、自分は女の子として生きていくと決めたから。
よし、気合入れて料理を作ってあげよう。
「ところで、アユミ。俺から、もう一つお願いしていたと思うんだけどなっ! ほらメイド服っ! 料理もいいけど、服もおねがいします! あと出来れば『ご主人様』呼称で!」
「言わないからっ!」
やっぱり気合い入れるのはやめようかな……。
ちなみに今日は父さんもママも朝から留守なのだ。朝から町内の清掃に出るとのことで、休日だと言うのに朝早くから二人とも出て行った。帰りは帰りで、町内会で一杯やってから帰るから、かなり遅いと聞いている。
「まだお昼の準備にも早いから、別に着替えてなくてもいいでしょ」
「Oh……。まあ、それもそうだが。『おかえりなさいませ、ご主人様』って言うのが欲しかったかなって!」
「それはもう、どこかのお店にでも行ってよ」
良治をあしらうと、彼はなんだか少しがっかりした様子だった。
そんなしょんぼりされると、僕も少し……いやいやいや、その手には乗りませんっ。そもそもしょんぼりの原因が、メイドさんってだけで、しょうもないよっ。
僕らの会話が一旦落ち着いたところで、要が居間に入ってきた。どこかで見ていたかのようなタイミングだ。見てたんだろうなあ。
「ねえねえ、良治さん、お昼まで少し時間あるんでしょ? ちょっとドラハン手伝ってくれないですか!?」
要の手には携帯ゲーム機。
ドラハンというのは、ドラゴンハンターの略で、中高生に人気のゲームだ。ゲーム性もさることながら、一番の魅力は協力プレイ。携帯ゲーム機を持ち寄って、みんなでワイワイ楽しめるので人気のようだ。そのおかげで、ハンバーガーのチェーン店やファミリーレストランに中高生が溜っちゃって問題になったこともある。良治も東吾と一緒に昼休みにやってたと思う。
僕も一回要のを借りてやってみたことはある。あっという間にコンティニュー回数を使い切ってミッション失敗になったので、僕には難しすぎるゲームとして、やるのを諦めた。
良治は鞄から携帯ゲーム機を取り出すと、おもむろに電源を入れた。
ちょっとの間をおいて、二人はミッションに旅立ったようだ。ワイワイと盛り上がっている。
僕は良治の隣に座ったが、はっきり言って蚊帳の外である。下手くそだけど、こうやって盛り上がっているのを見るとやってみたくもなる。まあ、ソフトがないんだけどっ!
折角うちに来たのに放置プレイされるのもなんだかなー。良治も要も楽しそうだからいいんだけどさ。
「流石良治さん! やっぱクラスメイトより上手いっすね!」
「年季が違うからなっ」
なんて、良治がデキる年上をアピールしている。良治は、大体のゲーム上手いからね。何かセンスが違うんだろうね。僕は、大体のゲームがヘタクソなので、別ベクトルでセンスが違うんだと思うよ。
……はっきり言って暇。
友達が来ているのに、隣に座っているだけなのは居心地が悪いよ。それに、そんなに楽しそうにゲームしてたら、気になるじゃん。
なので、僕は良治の画面を覗き込むことにした。今の座っている位置からだと、光が反射して良く見えない。見える位置まで移動しよう。
ソファーの上を細かく移動する僕。
……もうちょっとかな。あ、ここからなら見える。大きな翼竜相手に大剣を振り回している良治が見える。
「わっ。凄いね! あんなの僕じゃかわせないよ!」
流石良治。敵のブレスを難なくかわして、翼竜の足もとに潜り込み尻尾を切り落とす。
敵の攻撃を読んでるようで、攻撃が来る前に回避できるように準備している。上手な人のプレイを見てると面白い。見てるだけの僕もついつい盛り上がってしまう。
すると、良治が回復薬を飲もうとして、間違って肉を食べてドラゴンに轢かれて死んでしまった。さっきまで、熟練した動きを見せていたのに、突然初歩的なミスをし始めた。
あ、また死んだ。
「どうしちゃったの?」
「い、いや……。アユミが近くて」
「近い? あ、やりにくかった?」
近くに寄ったせいで、操作しにくくしてしまったのかもしれない。そうだとすると、申し訳ないな。
「うおおおおおおお! やりにくいと言えばそうだけど、操作がやりにくいんじゃねええ! 視界に映る太ももが気になって仕方ないんだよおおおお。ゲームやるってレベルじゃねえぞ!」
「良治さん。そう言うのは言わなきゃ見放題なのに……」
「しまったぁあ!」
心底どうでもいい理由でした。紳士的にそれとなく相手に気付かせて、やめさせるというような対応はできないのだろうか。
僕は一つため息を吐くと、ソファから立ち上がる。
それを見た良治は、少し不安げな様子で僕に問いかける。
「あ、アユミ、怒った?」
「ううん。呆れはしたけど……。もうお昼ご飯の準備しなきゃいけなくなったから。もうメイド服には着替えなくてもいいかな?」
最後の一言を聞いた良治は、目を見開いたまま固まってしまった。あ、また死んだ。ミッション失敗である。
僕はさらにため息を吐くと、着替えるために自分の部屋に戻るのだった。
前・後編にしようか迷い中です(´∀`∩
何か面白そうなイベントを思い付けば後半戦と言う形にします。思いつかなかったら、別の話を進めます_(:3 」∠)_