美少女、困惑する
第九十二話 美少女、困惑する
昇降口で東吾とも合流た。良治と東吾は、昨夜のテレビ番組の話をしながら廊下を進む。
そんな二人の様子を、僕は後ろから何とも言えない気持ちで眺めていた。
昇降口で、良治の下駄箱にラブレターが入っているという、まさかまさかの珍事件――こう言っては失礼なのは、わかっているんだけど――を目撃してしまったのが原因なのは、間違いなかった。
何なんだろう、この気持ちは。喪失感があるというか……。良治が彼女を作ったことで、それを理由に遊んでくれなくなるかもしれないから? 良治がそんな風になるっていうのは、あんまり想像できないんだけどなぁ。
じゃあ、なんで――?
「アユミちゃん、複雑な顔してるけど大丈夫?」
「ふゎっ!?」
桜子ちゃんの顔が、急に目の前に出てきたので思わず後ろに跳び下がる。どうやら、しかめっ面をしてる僕を気にしてくれたみたいだ。
「だ、大丈夫!」
変に心配させないように、僕は頭をぶんぶんふって誤魔化す。
そんな僕の様子を、ニコニコしながら見ている萌香ちゃん。そんなに僕って面白いかなぁ。
とにかくっ! 良治にラブレターなんて変な出来事があったせいなんだっ。そりゃ、ラブレターだってもらうよね、人間だもの! だから気にしないようにしよう!
良治のことは考えないようにして、桜子ちゃん達と教室へ向かう。
教室に着くと、自分の机に直行して鞄をおろし、席に座った。
……うん! 無理だっ! 何でかわからないけど、やっぱりもやもやする。
秋の爽やかな朝だというのに、胸の中はぐずぐずの曇天だよ。
そもそも、誰からラブレターを貰ったんだろう。そこ、大事だよ! これですっごい可愛い女の子からだったら……どうしよう。
いや、どうしようって、どうもしないんだけどさっ。
ひょっとして悔しいとか……? 男の子の時の意識が残ってるのかな。だけど、それもなんか違うような気がする。
「ねえねえ、良治君! 誰からラブレターきたの?」
頭の中でぐるぐる考えていると、萌香ちゃんがタイムリーな話題を振っているのが聞こえた。
ちらりとこちらを見てウィンクしている。萌香ちゃんはエスパーなのだろうか。
「んー。そういや中身見てないな」
「待って、待って! ひょっとして興味うすい!?」
「いや、心の中では前転倒立するくらいウキウキなんだけど、いきなりがっついて開封するのもどうなのかと思ってさ」
そんなに嬉しいのか……。いや、その前転倒立するくらいの喜びがどのレベルなのかがさっぱりわからないけど。
勝手に盗み聞きみたいな真似をしておいて、勝手にショックを受けてしまう僕。
「まあ、それに誰からかわからないのに、ここで開けるわけにもいかんでしょ」
このクラスの子が送った可能性もあるわけだし、これ見よがしにクラスの仲で開封、しかも萌香ちゃんと一緒に読むなんてのは、相手からしてみたら不運でしかない。
それに誰かと一緒にラブレターを読むなんて恥ずかしいしね。良治とは言え、いろいろ考えているわけだ。
萌香ちゃんが残念がっていると、良治は席から立ち上がった。
「というわけで、俺はトイレで開けてくる!」
そのまま全力で教室から出て行った。
そんな様子をぽかんとして見る萌香ちゃん。なんだよー良治、めちゃめちゃ嬉しそうじゃんっ。
ホームルームの開始のチャイムが鳴って、良治が再び全速力で席に戻ってきた。何かニコニコしてる。
彼の様子を見て複雑な気分になる僕。
どこの馬の骨ともわからない女の子に、僕の数少ない友達を取られてしまうかもってだけで、こんなにもやもやするものなのだろうか。っていうか、良治は僕の物ってわけでもないのに、勝手にあれこれ考えてるのは良くないんじゃないだろうか。
これじゃストーカーみたいだよ! どうしてこうなった……。
◆◇◆◇
色々と考えてる内に、あっという間に昼休みになってしまった。
午前中の授業はまったく聞いていなかった。あとで萌香ちゃん達にノート見せてもらわないと……。
部室には、いつもの面々が集まっている。
良治に、東吾、萌香ちゃんに桜子ちゃん、そして僕だ。良治は、いたって平然とお弁当を食べている。僕の気も知らないで呑気なものだと、僕は心の中で良治勝手に悪者扱いしてしまう。
僕が良治に対して、ちらちらと視線を送っているのに、萌香ちゃんが目ざとく気づく。
「あれー、アユミちゃんっ! 良治君の事が気になるのっ?」
「えっと、いや、その……」
そんなに直球で聞かれても、僕としてもどう答えていいのか迷う。
「あぁ。うろたえてるアユミちゃんも可愛いわ。困っておろおろしてるのが最高ねっ」
そう言って桜子ちゃんは僕の頭を撫でる。
「でさ、多川。結局誰からのラブレターだったんだ? マウンテンゴリラとか、マントヒヒとか、それ系の哺乳類か?」
「待ちたまえ、吉川。愛され男の俺でも、人外からは流石にないぜ。というか、ラブレター書くなんて、ずいぶん頭のいいゴリラどもだな」
誰からもらったのか、なかなか言わない良治を歯がゆく思う。もったいぶらなくてもいいじゃん!
僕が貰ったわけでもないのに、そわそわしてしまう。なんか緊張してきちゃったし、なんなのさ。
「で、誰からもらったんだ?」
「C組の木村唯って子だったな」
「ちょっと待ってくれ! なんでお前がそんな子からラブレターもらえるんだよ!」
驚く東吾。僕はというと、その木村さんという子のことは全く知らない。
何せクラスの子以外とは殆ど知り合う機会はないのだ。部活も、今いる四人とやっているだけだしね。
「木村さんって、吹奏楽部の子でしょ? あの子可愛いよねー!」
可愛い子なんだ……。見たことがないから、何とも言えないけど、また僕の中でのもやもやが増えた気がする。
可愛い子から好きだと言われて、嬉しくないわけないだろうし。良治もきっと……。
「大丈夫よ、アユミちゃん。私はアユミちゃんの方が絶対可愛いって思うわ!」
桜子ちゃん、僕の中のもやもやは、少なくとも、そういう張り合いからくるものじゃないと思うっ!
「そんな文系的な可愛い子が、多川にラブレターを出すってことは……いじめか?」
ナチュラルに酷いことを言い始める東吾。
「そうね、いじめによる罰ゲームかしら」
「あぁ~」
そして納得した様子の桜子ちゃんと萌香ちゃん。
「ちょっ! お前らの中での俺ってどういう存在なんだよ……」
良治に告白イコール罰ゲームという流れに、落ち込む良治。
実は、良治は中学時代にもラブレターをもらったことがある。黙っていれば、わりと格好よく見えるから、中学時代は案外もてたのだ。まあその時は結局断ってたけど。
そういう軌跡があるから、僕は猶更わからなくなっている。何で前にもあったようなラブレターというイベントで、こんなに悩んでしまうのか。あの時との違いは、僕が男の子だったか女の子だったかってだけだ。……「だけ」って言っても、そのレベルの差がある人生を歩んだ人なんていないと思うけど。
「でも良かったねー! 可愛い子からラブレターなんて」
「呼び出しされたんだろ? いつなんだ?」
「今日の放課後だな」
放課後か……。良治の事なのに、何でかドキドキしてしまう。もしかして、午後もずっとこんな感じなのかな。
「ねぇねぇ、それで告白にOKするの?」
萌香ちゃんの言葉に、みんなの視線が良治に集中する。
「あー……そうだな、うーん。どうしようかな」
良治が珍しく動揺している。何とも歯切れの悪い回答だ。
助け舟を出してほしいのか、僕の方をチラチラ見ている。だけど残念ながら、僕にもそんな余裕はない。
もうっ! 良治は男の子なんだからハッキリするべきだよ!
「とりあえず、会ってみないことには、答えられないんじゃない?」
桜子ちゃんの一言で、萌香ちゃんも「それもそっかー」と納得して引き下がった。
良治も木村さんの事は良く知らないようだし、この場では決められないみたいだ。もっとも、この場で決めたところで、僕らにそれを言う義務なんてものはないんだけど。
この話題はここで終了し、僕達は再びランチタイムに戻る。今日も結構頑張ってお弁当を作ってきたはずなのに、何の味もしなかった。
◆◇◆◇
午後の授業も全く身に入らなかった僕は、六時間目の体育のバレーボールで顔面レシーブをしてしまい、鼻血を出して保健室へ直行という醜態をさらしてしまった。元々運動ができないのに、さらに集中もしてないからこうなる。
自業自得とは言え、今日の授業の最後である六時間目に保健室に行くなんてついてない。さっきホームルームのチャイムが鳴ったから、もう下校時間だ。それなのに、僕の鼻血はまだ止まらない。
今日も文化祭の劇の練習を行うはずだ。最近は多少上達の傾向がみられるとは言え、みんなと比べると上達のスピードが芳しくない僕は、練習には必ず参加したい。しかし、僕の心の中は、今頃告白されているであろう良治と、木村さんの事で頭がいっぱいだった。
良治は、どんな返事をしているのだろうか。
気づいたら、鼻血は止まっていた。
保健室の先生にお礼を言い、僕は保健室を後にする。下校時間を過ぎた廊下は人気もなく、どこか寂しい。
保健室や家庭科室などが配置されている特別教室棟から出て、教室棟への渡り廊下へと足を向ける。
僕の通っている、この美川高校は、教室棟と特別教室棟があり、東西に渡り廊下が造られている。渡り廊下の内側は、芝生が植えられており、昼休みには、お弁当を食べに来る生徒でにぎわっている。
今は放課後で、中庭も人はほとんどいない。
僕は何だかハッキリしない心境で、中庭の向こうの傾いた太陽をぼんやりと眺めていた。
「あれ、アユミじゃん。どうしたんだ、こんなとこで」
「えっ!? りょ、良治!? なんでここに」
渡り廊下に立ったままでいると、後ろから良治に声をかけられた。
放課後に、ラブレターの主――木村さんと何処かで待ち合わせをしていたはず。なんでこんなところに……ってひょっとして、ここが待ち合わせ場所だった!?
「いや、まあ。色々用があったんだよ」
良治は、少し気まずそうに目を逸らす。
用が「あった」ということは、既に終わったのだろう。
「アユミは、どうしてここにいたんだ?」
良治の問いに、僕は体育のバレーボールで、顔にボールが当たってしまったせいで、今まで保健室にいたことを話す。
「大丈夫か?」
「え? ああ、うん。もう鼻血も止まったし」
「そうか」
言葉が続かない僕と良治。
僕は僕で、頭の中がぐるぐるしていて、何を話せばいいのかわからない。良治はというと、良治は良治で何か落ち着かない様子だ
お互い黙ったまま、しばらく、二人でぼんやりと夕日を眺めていた。
ええいっ。このままじゃ埒が明かない! 理由はわからないけど、結局のところ「どうなったのか」を聞かない限り、僕のもやもやが消えることなんてないんだろう。
頑張れ僕! 僕はやればできる子!
「……それで、付き合うことにしゅたの?」
緊張して、舌が上手く回らなかった。
なんで、なんで、良治と会話するだけなのに、こんなに緊張してしまうのだろう。しかも、自分と直接関係ない女の子との話だというのに。それなのに、僕の心臓は口から飛び出るんじゃないかと思うくらいバクバクと脈打ち、胃は緊張できりきりと痛む。
緊張と恥ずかしさで、耳がカッと熱くなるのを感じる。たったこれだけの内容を聞くだけなのに、顔も真っ赤になっちゃってそうだ。でも、夕日の紅さがきっと、誤魔化してくれているはず。
そんな僕のいっぱいいっぱいな様子を見て、良治はニヤリと笑う。
「なんだ、アユミ。気になるのか?」
「ふぇ!? そ、そうだね。うん、気になる……かも?」
「疑問形なのが残念だわ。そこは『良治を見知らぬ女に渡したくない』くらい言ってくれると、俺はご飯三杯くらいいけるんだけど」
「なっ! 何言ってんの!? 親友の良治が、誰かと付き合うんだから、気にならないわけないじゃん! それだけだよ」
良治は、きょとんとした顔をした。
僕の顔を黙って、じっと見ている。僕は慌てて顔を逸らす。
そんなに真顔で見られると、恥ずかしいじゃないかっ。
「あれ。俺は別に、木村さんとは付き合わないけど?」
「へ?」
良治は今なんて言った? 付き合わない? 本当に?
「付き合わないの?」
「ああ」
「なんで?」
「いや、なんでって……。初対面の女の子と、いきなり付き合えないだろ……」
……そうなんだ。
心の中から、何かがすっと引いていくのを感じた。
良治は、木村さんとは付き合わない。この事実だけで、なんだか凄いすっきりした。良治や木村さんには悪いけど、嬉しいと思ってしまった。
「それに、俺のような熱いパトスを持つ男を受け入れられるのは、アユミくらいだしなっ」
きらりと歯を光らせて微笑む良治。
「いや、そういう冗談はいいから」
それをバッサリ切り捨てた。
「あ……はい」
良治は、何だか面白くなさそうな顔をして、そっぽを向いた。
そっか。良治に彼女はできなかったんだ。
「ふふっ♪」
僕は思わず笑ってしまう。
良治とのいつもの下らない会話が妙に嬉しかった。
「なんだ急に。人の顔見て笑うなんてひどいっ」
「ごめんごめん。良治の顔を見て笑ったんじゃないよっ」
そう言って、僕は良治に笑いかける。
「それじゃ、僕は劇の練習があるから、教室に戻るね」
「ああ。俺も教室戻るから、一緒に行こうぜ」
「一緒に?」
何だか妙にハイテンションになってきたし、変に意識してしまっているから、どうしたものかと迷う僕。
でも結局は、良治と一緒に教室へ戻る選択を取った。まあ、あそこで「嫌」と言えるかというと、それは無理だし。
今日初めて、良治とまともに話せた気がする。
◆◇◆◇
お風呂の中、僕は湯船につかって、ぼんやりと今日の出来事を考えていた。
結局今日は、良治へのラブレターという珍事件に振り回されてしまった。
友達を取られちゃうかもって思うだけで、こんなに鬱々としてしまうのかと、我ながら驚きもした。良治だって男の子なんだし、いつまでも彼女なしってわけでもないだろう。
今回は、そうはならなかったけど、次があったら……? 今日感じた気持ちは、本当に友達としてだけの思いだったのだろうか。
僕は何をそんなに悩んだのだろうか。
良治との距離感? 関係?
今日の僕の気持ちは、女の子になる前の僕は感じたことがなかった。
一体何だったのだろうか。
……色々考えすぎちゃって、すっかりのぼせてしまった。
リアルが色々と大変です><
エタらせたくはないので、ちまちまと書いてます。。。
読んでくださってる方には申し訳ないですが、今後もちまちま進みます_(:3 」∠)_
感想くださってる方、本当にありがとうございます。返信ができておらず、申し訳ありません。
また、せっかく誤字等のご指摘を頂いているのに、反映できておらず申し訳ありません。