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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
二学期の始まり、変化の始まり
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美少女、動揺する

第九十一話 美少女、動揺する





「アユミちゃん、――なさいっ」


 意識の向こうで、ママの声が聞こえる。

 心なしか、体も揺さぶられている。

 僕は一体どうしたのだろうか。えーっと……?


「アユミちゃん! 起きなさい、遅刻するわよっ」


 ようやくママが何を言っているのか理解した僕は、ベッドの上でがばっと体を起こす。そして枕元にある時計を見る。

 デジタル表示の数字は、色々とかなりギリギリな時間を示していた。


「もう、やっと起きた! 大丈夫なの? 具合悪いの?」


 ベッドの横に立っているママは心配そうに僕の顔を覗き込む。

 体を起こした僕は、自分の体を見回す。だるさや熱っぽさは全くない。僕は一言「大丈夫」とだけ答え、ベッドから立ち上がる。


「ごめんね。朝ごはん作れなくて」


「アユミちゃんがお寝坊なんて珍しいから焦っちゃったわ」


 そう言うとママは僕の頭を軽く撫で、部屋の入口へ向かう。そして、部屋から出る前にくるりと向き直った。


「こんな時間だけど、軽く何か食べていきなさいね。着替えたら降りてきなさい」

 

 ママが部屋から出て行ったのを見て、僕は慌ててパジャマを脱ぐ。

 自慢じゃないけど、遅刻をしたこともなかったし、寝坊したことなんて今までになかった。じゃあなんで? と言うと、昨日行った矢崎さんの高校の文化祭のせいかなと思う。

 本当は遊ぶだけだったはずなのに、何故かメイド服を着させられ、そしてそのまま矢崎さんのクラスのスタッフとして数えられ、後半になったら、どういうわけか撮影会まで始まった。

 矢崎さんのクラスは、文化祭の最優秀賞を獲得してしまった。めでたい話なんだけど、学外の部外者が混じってる出し物で最優秀賞というのは、フェアなんだろうかと疑問に思わなくもない。これで僕が有名人だったりしたら問題となったのだろうけど……。生憎と普通の高校生だったので何の問題もなく受賞したようだ。

 小さな女の子と写真を撮ったところまでは覚えてるんだけど、いざクラスに出てから文化祭が終わるまでは忙しすぎて何も覚えていない。ただひたすらに恥ずかしかったのだけは覚えてるんだけど……。

 そんなこんなで、帰ってすぐにベッドに直行、そして目が覚めたら今と言う状況になっていたわけだ。

 文化祭の空気って言うのはよくわかったけど、僕達の文化祭の時は気を付けないと倒れちゃうかもなあ。今から体力をつけるべきなんだろうか。

 姿見の前に立って腕を曲げる。力こぶなんて全くできないし、手でつまむとぷにぷにしている。太いわけじゃないんだけど、筋肉質でもない。

 こんなぷにぷにしてるから、力もないし体力もからっきしなんだよっ。全く僕ときたら……と一人鏡の前でため息を吐く。

 いつまでも鏡の前に下着姿で突っ立っているわけにもいかないので、手早く身支度を済ませ階下の居間に向かう。

 パンの焼ける香ばしい匂いがすきっ腹を刺激する。時間はギリギリだけど、お腹は減るのだ。仕方がない。

 あわただしく席に着くと、焼き立ての食パンにかぶりつく。

 そんな僕の様子を、既に朝食を食べ終わっていた父さんがちらりと伺う。


「アユミ、今日は遅いんだな」


 父さんは、読んでいる新聞を少し下げ、僕に声をかける。


「うん。寝坊しちゃって」


 急いで口の中のパンを飲み込んで、父さんに返事をする。父さんは「ムリをするなよ」と一言言うと、再び新聞に目を落とす。

 しかし合間合間にチラチラと僕の方を見ているのは、僕にはバレバレだったが、そんな視線には構わないで、僕は一気に朝食を胃袋の中に突っ込む。

 女の子らしく、上品にとはとても言えないが、時間が差し迫っているのでやむを得ない。朝食を超高速で済まし、歯磨きへ向かったところで、玄関のチャイムがなった。

 もう良治が来る時間になっちゃったのか……。ママが廊下をパタパタと駆けて、玄関へ向かう。僕が寝坊して、まだ準備ができてないと伝えるのだろう。

 待たせちゃって申し訳ないな……そう思いながら、僕は洗面所へ向かう。

 大急ぎで歯磨きを済ませると身だしなみをチェックして玄関へ。男の時は、もっと手を抜いていたのだけど、女の子になってからは、身だしなみに手を抜くとママがうるさい。まあ……僕としても頭ぼさぼさで学校へ行きたいとは思わないけど。

 

「お待たせ! ごめんね、待たせちゃって」


 玄関を出て良治に声をかける。彼は自転車に座ったまま、ハンドルにもたれかかって退屈そうにしていた。


「珍しいな。アユミが寝坊なんて」


「昨日はちょっとハードワークだったからね」


「それで、どうするか。今から全速力で行っても間に合うか微妙だぞ」


 時計を見ると、若干絶望的な時間であることはわかる。

 全速力でって言けば、確かに間に合うかもしれない。ただ、信号に捕まればアウトだし、そもそもスカートを履いた状態で、全力で自転車は漕げないんだよね……。その、ほら、見えちゃうし。

 この際良治だけ先に行ってもらって――待たせておいてなんだとは思うけど――僕はもう遅刻でもいいかなと思ったところで、真後ろの玄関のドアが開いた。

 急なことだったので、びくっとして振り向くと、父さんが顔を出した。

 

「アユミ、間に合わなそうか? 父さんが車で送っていってやろうか」


「ホント!? ありがとう!」


 渡りに船とはこのことだ! 車に乗せて行ってもらえれば、電車には十分間に合う。駅前の駐輪場に自転車を置いて、駅まで徒歩という道のりを短縮できるのが大きい。そのかわり、帰りは徒歩かバスになっちゃうけど、この際しょうがない。


「やはり娘はいい……。アユミよ、パパ、ちょっとテンション上がってきたぞ」


 僕のお礼を聞いて、父さんの厳つい顔もほころんでいる。というか、緩みすぎててだらしがない。

 良治と一緒に我が家の車の後部座席に乗り込んでも尚、父さんがにやけっぱなしなので、少し心配になってしまう。娘に頼られるのがそんなに嬉しいのか、わが父よ……。最近休日もバイトなりなんなりで、あんまり父さんとコミュニケーションを取っていないのもあってか、父さんは本当に嬉しそうだ。

 そんな親子の心温まる関係は大変良いことなんだけど、父さんときたら緩みすぎて腑抜けになっちゃってるみたいで、事故を起こしそうで怖い。


「あの……父さん大丈夫?」


 思わず聞いてしまった。

 父さんは車のエンジンをかけると、僕の方を振り向いた。

 

「大丈夫だ。電車には間に合う。パパの免許がゴールドじゃなくなるだろうがな」


「いやいやいや! 安全運転で行こうよ! 違反切符切られる前提なのやめようよ! っていうか捕まったら時間かかっちゃうでしょ!」

 

「む……そうか。それもそうだな」


 父さんはハッとしたような顔をする。一体どれだけ飛ばす気だったのだろうか。

 車庫から公道に出る。僕は何事もないように祈ることしかできない。

 



    ******

 

「着いたぞ」


 父さんが駅前ロータリーに停車し、後部座席の僕らに告げる。


 何とか無事についた……。スピードはそんなに出してなかったし、急停車や急発進もなかった。極めて安全運転だった。伊達にゴールド免許ではないってことか。

 ちょっとでも運転を不安に思ったことが申し訳なかった。

 実のところ、買い物などは、殆どママが車を運転してしまうので、父さんの運転した車に乗る機会は本当に少ない。ぶっちゃけた話、ママの運転より丁寧だから、今後は父さんに運転をお願いしたいところだ。


「ありがとうございます」


 良治が父さんにお礼を言っている。


「いや、いいよ。いつもアユミが世話になっているしね」


 父さんはにこやかに良治に答える。


「ただし――、」


 父さんは言葉を続ける。にこやかな顔が急にきっと引き締まる。突然の表情の変化に良治も怪訝な顔をしている。


「君に娘はやれんな」


「は?」


 僕も良治も二人して変な声を出してしまった。

 一体全体、何を言い始めちゃったの!? 佐倉重さくらしげる、四十二歳。


「ちょっと、父さん! 何言ってるの!?」


 父さんに詰め寄ると、変なことを言った張本人は少し困った顔をする。


「いやなに、父さんが人生の中で言ってみたかった台詞を言ってみただけだ」


「あのね……」


 全く困った人だ。

 普段はあんまり喋らない寡黙な人なのに、娘になった僕にはやたら甘くて、しかも変なところで茶目っ気がある。

 本当はもう少し咎めようかと思ったけど、そろそろホームに向かわないと、せっかく車で運んでもらったおかげで稼いだ時間もパーになってしまう。


「もう! ホント変なこと言わないでよね! 僕らはもう行くから、父さんも気を付けてね」


 僕は早口で父さんにそう言うと、良治に目で合図をして駅の改札に向かう。

 滑るように電車がホームへ舞い込む。父さんに車で送ってもらったおかげで、いつも乗っている電車に間に合った。駅構内に入り、速度を落とした列車は、扉位置を示す足元の表示から寸分のずれなく停車する。

 僕と良治は、車内に乗り込み奥の扉の前に陣取ると、足元に鞄を置いた。

 いつもの電車に間に合った安心感で、ふうとため息を吐いた。

 今日は朝からなんだかツイてないような気がする。いつもと違った朝のスタート、いつもと違う登校。少し寝坊して少し変わっただけなのに、違和感が大きい。

 こういう時って、何か変なことが起きたりしそうで嫌だな……。

 嫌な予感って妙に当たるから困るんだよね。今のところ、思い当たる嫌なことがないのが幸いだけど。

 

「どうしたんだ? 俯いちゃって」


「え……?」


 良治に話しかけられて、僕は顔をあげる。


「わっ……!? 良治、近いって!」


 顔を上げたすぐそこに良治の顔があって、思わず大きな声が出てしまった。

 しまった! ここは電車の中だった! 慌てて口をふさいであたりを見回すと、案の定周囲の乗客の注目を浴びていた。

 僕は良治をキッとひと睨みして、また視線を下げた。良治はキョトンとした顔をしている。

 そりゃそうだ。良治からしてみれば、目の前にいる子が何か考え事をしてたかと思えば、突然慌てはじめ、その挙句に何故か自分が逆恨みされているという、よくわからない状態になっているのだから。

 こんなに精神的な余裕がなくなっちゃうのも、全て朝寝坊したのが原因だろう。やっぱり朝は余裕をもって起きないとダメだなあ……。

 なんて思っていると、電車が駅の待避線に入るためのポイント切り替えで大きく揺れた。いつもは電車内で「この先大きく揺れますので――」云々というアナウンスを聞いて身構えていたから平気だったのに、今日はまるで聞いてなかった。

 しまった……! そう思った時点で、時すでに遅し。バランスを崩した僕は、前にいた良治に思いっきり突っ込む。


「うぐぉ……!」


 良治の口から呻き声が漏れる。


「ごめんっ! 大丈夫!?」


 僕は慌てて良治に謝る。

 僕と良治の身長差のせいで、僕の頭突きは思いのほかいい場所に当たってしまったようだ。


「俺の胸に飛び込んでくれるのは嬉しいが、もう少しソフトに頼むぞ」


「不可抗力だって! 僕から抱き着きに行くわけないでしょっ」


「いやいやいや、文字通り身をもって受け止めてやったんだから、もう少し感謝をしてくれ」


「それは……その……ありがと」


 面と向かってお礼を言うのは、さすがにちょっと照れくさい。

 良治の顔を見てられなくて、僕はそっぽを向く。


「おいおいおい、それ可愛すぎるだろ。朝から漲ってきちゃうよ!」


「あーもう! 頭をなでないでよー!」


 電車が下車駅に到着するまで、散々良治にからかわれて、ホームに降りた時には既に放課後なんじゃないかというくらい疲れていた。

 今日は朝から本当にろくなことがない。

 通学路を歩きながらも、あくびを一つ、二つ。やっぱり昨日の矢崎さんの高校の文化祭で変に張り切っちゃったのがよくなかったなあ……なんて昨日の僕に恨み節を言っても仕方がない。お祭りって妙にはしゃいじゃうんだよね。

 昇降口に到着し、下駄箱から上履きを出す。

 最近は流石にラブレターは入っていない。呼び出しからも逃げまわり、ラブレターは断りまくりを繰り返した結果、厄介の種は訪れなくなったのだ。

 下駄箱から上履きを取り出し、下足と履き替える。ふと良治の方を見てみると、彼は何故か下駄箱を開けたままの姿勢で固まっていた。

 

「何やってるの?」


 そう言っても相変わらず固まっている良治。僕は彼の手元を覗き込む。

 そこには一枚の手紙が握られていた。

 

「あ……アユミ……! 俺にもラブレターがき――」


「それってカミソリでも入ってるんじゃない?」


「あ、相川ぁ! いきなり出てきて割とトンデモナイことを言うな」


 僕の後ろから桜子ちゃんがサラリと言う。

 良治は憤慨するものの、手紙をひらひらさせて、中が紙だけなのかを確認している。


「へー! それじゃあ多川君、ラブレターもらったんだ!」


 さらに桜子ちゃんの後ろから萌香ちゃんが現れる。

 そうかぁ。良治もラブレターを貰ったのか……。

 あれ……。なんか少しもやっとする。良治は友達だし、その友達に彼女ができて幸せになるなら、それは良いことだと思うんだけど。なまじ仲が良いだけに、友人を取られちゃう気がして嫌なのだろうか。

 良治と違って僕の交友関係は狭いし、良治が離れてしまうのは寂しいかな……。いやいや、でもそこは僕が我がまま言っても仕方ないところなわけで……。

 

「どうした、アユミ。まさか、このラブレター、アユミが!?」


「そんなわけないでしょっ! もう、行こ! 萌香ちゃん、桜子ちゃん!」


 僕は未だに上履きに履き替えていない良治を昇降口に置いて、桜子ちゃんと萌香ちゃんと一緒に教室へ向かう。


「ねぇねぇ、良かったの?」


 僕の隣を歩く萌香ちゃんが尋ねてくる。

 何が「良かったの?」なのか意図が掴めない僕は首をかしげる。


「だって、多川君取られちゃうかもよー?」


「そうよねー。黙ってれば、そこそこにかっこいいし。黙ってればだけど。うん、本当に黙っていればね……」


 萌香ちゃんの後に続く桜子ちゃん。そこまで言わなくても……。余程口を開くとダメなようだ。


「取られるって言っても、良治は僕の物ってわけじゃないし……」


「ふむふむっ! それじゃあ、多川君に彼女出来ちゃってもいいんだぁ」


 萌香ちゃんはクスクスと笑う。本当に楽しそうに笑っているいつもとは違い、どこか含みを持った笑いに感じた。いや、僕の中のもやっとしている何かが、そういう穿った見方をさせているのかもしれないけど。

 良治に彼女……か。他人事なのに、何故か僕がドキドキしてしまう。やっぱり取られるのは嫌なのだろうか。遊んでくれる機会が減りそうだし、一緒に登校とかもできなくなりそうなのは嫌なのかな。先に見える喪失が不安なのだろうか。

 でも、僕だって蒼井君とかと遊んだりもしてたし、友人が他の子と遊ぶくらいで嫌だとか、器が小さすぎやしないかな。

 うん。だから、このことには口を出さない方がいい。きっとそうだろう。

 

「うん。良治に彼女ができたら……それはいいことなんだろうね」


 僕は二人に向かってにっこりと笑いかける。

 しかしその表情とは裏腹に、内面では何かよくわからない感情がぐるぐると渦巻いていた。

 

気胸はとっくに完治していたのですが、12月は本当に忙しくて手付かずでした。

1月も相変わらず忙しいのですが、ゆっくりと少しずつ更新はしていきたいですね(´∀`∩

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