美少女、ゲームセンターで遊ぶ
第九話 美少女、ゲームセンターで遊ぶ
駅前のゲームセンターに到着する。
僕は、良治の自転車の荷台の上で大いに反省していた。
ここ三日間で何度も思うことがあったけど、今の僕は体こそ女の子してるが、中身は男の子なのだ。
では、ここで想像してみよう。男の子が荷台に座って、男の子の体に抱きついている様を。
僕は迂闊にも自転車の後ろでしがみついていた時に、この映像を思い浮かべてしまったのだ。やらかしたなあと感じてしまった。はっきり言って気持ち悪い。
良治は特に何とも思ってないようだし、黙っておこうか……。知らぬが仏っていうしね。あ、でも様子が変だったのは、ひょっとして僕が抱きついていたせいか?
謝るべきか。いや、良治が何も言わないんだ。このまま忘れよう。
僕が荷台から降りるのを確認して、良治はゲームセンター前の駐輪場に自転車を停めた。
荷台に座るのって、もっと楽かと思ったよ。なんだかんだで力が入っちゃって、疲れた。
良治はというと、全然疲れた様子もなく、むしろ何かをやり遂げたような目をしていた。
二人乗りをしてきたせいか、歩道を歩く人の注目を集めてしまっていて、なんだか気まずい。
「良治、ぼーっとしてないで早く入ろう」
「あ、ああ、そうだな。でも動くと、この背中に残る感触を忘れてしまいそうでな。」
その背中に残る感触は、むしろ忘れるべきだろ。
帰りは歩いて帰るべきか……。
僕らはゲームセンターの中に入る。
朝っぱらからゲームセンターに来るようなお客さんは、そんなにいない。
中はガラガラだった。
「おーすいてるすいてる。歩、どれやる?」
「うーん。レースゲームでもやろうかな」
「おー、いいね。負けたらジュース一本な」
「えー! 僕じゃ勝てないよ! あんまり得意じゃないし」
ゲームセンターにはよく来るけど、はっきり言って僕が得意なゲームというのは存在しなかった。
格闘ゲームに至ってはコンボを覚えることすらできない。
練習をしようと百円を入れたら、すぐさまニューチャレンジャーが現れて、カモられた。それ以来やっていない。
クレーンゲームについては、プライズ景品を取らせる気がないという結論に達して終了した。
メダルゲームは、何故かお年寄りがいることが多かったので、近寄れなかった。
などなど、一通りやろうとしてどれもダメだった。
でも何故かゲームセンターは好きだ。雰囲気とか。良治とくるとはしゃげるのも好きかな。
「まあ、まあ。歩がジュース奢るのいやだったら、抱き着いてくれるだけでもいいぞ?」
「え? そんなんでいいの?」
「マジでやってくれるの? 俺、今日このゲーセンの神となれそう!」
今日の良治は、自転車で世界記録出せそうだったり、神となれそうだったり、人類を超越しているな。
冷静に考えれば、ジュース一本買ってやったほうが楽じゃん。そもそも男の僕が抱きつくって、気持ち悪いだけだし。
なんか盛り上がってるところ悪いけど、負けたらジュース奢ってあげよう。
奇跡というのは起きるものだ。
初めは一進一退を繰り広げ、一位と二位を争っていた僕と良治。
だけど僕は、コーナリングをミスって良治はおろか、コンピュータにも抜かれてしまう。
本来ならそのままぶっちぎりで勝てるはずの良治は、普段ならミスをしないような場所でコースアウトし、車を大破させてしまった。ゲームオーバーだ。
結果コンピュータにに抜かれたままでも、無事完走した四位の僕が勝ってしまった。
「おおー! 良治に勝てた! やったあ」
「くっそー! 抱き着いてもらう約束がぁ!」
「あんなところでミスるなんて良治らしくないね」
「だって、歩の太ももが! 太ももがそんな露わになってるのを見ちゃったら集中なんてできないだろ! いやそりゃもうガン見ですよ!」
つまり、よそ見運転をしてて事故ったと。
良治には免許を取らすべきではないな。将来は頼むよ自動車学校! 何とか免許を取らせないように頑張ってくれ!
それにいくら良治とはいえ、じろじろと脚を見ないでほしい。減るもんじゃないけど恥ずかしいでしょ。
っていうか今も見てるし! 僕、は上着の長そでシャツの裾を引っ張って隠す。
その僕の仕草を見て、何故か集まってきてた他のお客さんまで「可愛い」とか言い始める始末。
良治はというと、鼻血を垂らしながら、固まっていた。
これ以上変に注目を浴びたくないので、慌てて良治を連れてその場を離れた。
「ほらよ、ジュース」
「ひゃん」
首筋に冷たいジュースを当てられて、変な声が出てしまった。
僕は慌てて口元を抑えて、良治から眼をそらす。
「歩さん? それって狙ってやってないよね」
「狙うって何を?」
「うんうん、歩はそのままでいてくれ。そうすると俺の心が温まる気がする」
なんか釈然としないが、僕はジュースを受け取る。
良治は「俺が負けたんだし、俺が歩に抱き着くってことでいいよね」とか言い始めたので、速攻で「ダメ」と答えた。
僕に抱きついてどうすんだよ。本当に今日の良治は変だ。
結局ジュースをおごってもらうことになったのだが……僕は良治が渡してきたジュースを見る。
「抹茶ビタンA」ってなんだよ。見るからに不味そうだ。
「これなに?」
「隅に置いてある八十円自販機にあった。見たことないジュースって、なんかときめかないか」
「わからなくはないけどさ、僕勝ったんだよね? なんで希望も聞かないで買っちゃうかな」
「ジュースは買うといったが、何を買うかまでは言ってないだろ?」
うわー。屁理屈だー。どうせ買うなら、美味しそうなやつにしてほしいわ。
まあとりあえず文句は飲んでからだね。
僕はペットボトルのふたをひねる。あかない。
僕はペットボトルのふたをひねる。二回目。あかない。
僕はペットボトルの……。
「開けられないの? かわいいな」
「う、うるさいな! 家のウーロン茶のペットボトルは開けられたよ!」
貸せというので、良治にペットボトルを渡す。
「うわ、確かに結構硬いな!」
しかし、ミチミチっと音がして、良治は何とか蓋を開けた。
なんでこんな得体のしれないジュースに苦労しないといけないのか。
僕はジュースを受け取る。既に匂いがやばい。
一口飲んだ。
「まずい……」
僕はそのまま良治にペットボトルを突き返した。
抹茶の苦みがやたら強いのに、かき氷のレモンシロップみたいな甘味がつけてあり、さらに栄養ドリンクの薬っぽい味が混じっていて、その三つの味が全く協力する気がない。
一言で言えば「まずい」。ふた言で言えば「すごくまずい」。
歯磨き粉を飲んだほうがましだ。しかも炭酸でもないから、勢いでも飲めない。
「勝者の権利は放棄するから、これ飲んでくれ」
「えっ、マジ? 間接キスじゃん! ありがとうございます!」
「気色悪いこと言うなよ! 男同士だろ」
「見た目超可愛い美少女じゃん。かまへんかまへん! もうね、余すところなくペロペロしちゃうぞ!」
「待って待って! なんか異常な言葉が聞こえてきたんだけど! もう返して」
「いや、放棄したものは返却できん!」
ペットボトルを取り返そうとするが、持っている手を上にあげられてしまったので、全く届かない。
僕はその場でジャンプして取り返そうとするものの、やはり全然取れなかった。
しかも頭まで撫でてくるという余裕っぷりだ。
もう僕にはこの捨て台詞を言うしかなかった」
「もういいや。今日はこれくらいで勘弁してやる……」
ジュース休憩も終わり、僕らはまた店内をぶらつく。
「次、太鼓でもやらないか?」
太鼓というのは「太鼓の偉人」というゲームで、二本のバチで、リズムに合わせて太鼓をたたくゲームだ。
そのお手軽さから、男女問わず人気がある。
「僕さ、太鼓ってやったことないんだけど、どうすればいいの?」
「赤い丸のときは太鼓の内側、青い丸のときは外側を叩けばいいよ」
お金を入れて曲選択、良治はメジャーなアイドルの曲を選択した。
難易度は…、「やさしい」だとなんか負けた気分になるから、「普通」にするか。
良治はというと、「ミラクル」とかいう意味の分からない難易度にしていた。
「良治、それマジでやるの?」
「ああ、俺は太鼓をやらせたらプロだぜ」
曲が始まる。
上下の段でプレイヤーの譜面が違うようになっているのだけど、良治の方は最早どこで休むのかわからないレベルで過密になっている。
僕の方はというと、良治と比べれば大したことなさそうだ。
しかし、実際やってみると難しい。
バチも重いし、ちょっとやるだけで手が疲れてくる。
しかも一回ミスをしてから全然うまく叩けない。
「あれ!? わっ。上手くできない!」
僕は思わず声を上げてしまう。
ポコポコ叩いてはいるけど、全然合ってない。
良治の方はめちゃめちゃうまい。あの過密な譜面をどうやって叩いてるのかわからないくらいの勢いで消化している。
良治が凄いせいか、なんかやたらギャラリーも集まってきた。
僕はというと、めちゃめちゃにヘタクソで、人に見られてるとなるとものすごく恥ずかしい。
恥ずかしいせいか、さらにめちゃめちゃになる。
結果、当然僕はクリア失敗になった。
うー、恥ずかしいやら残念やら。
がっくりしてると、ギャラリーから「どんまーい」とか聞こえてきた。優しさが身に沁みます。
これで終わりかと思って、バチをもとあった場所に戻そうとすると、良治がそれを止めてきた。
「歩、大丈夫だって。俺がクリアしたから、もう一回遊べるぞ」
「ほんと? やったあ」
思いがけずもう一回遊べるのがうれしくて、僕は思わず声を大きくしてしまった。
何故かギャラリーから「よかったねー」とか「かわいー」とか声をかけられた。
フレンドリーなお客さんが多いな。
「良治はすごいよね。あんなにギャラリー集めちゃって」
曲選択中に僕は良治に話しかける。
「うーん、人を集めたのは確かに俺だけど、今集まってる人が見てるのは歩だと思うぞ」
「ないない。こんなヘタクソなの見てもしょうがないでしょ」
「このニブさ、天然か!」
何がニブいというのか。動きか。確かに動きはニブいから、ぐうの音も出ない。
別のアイドルの曲を選択し、また難易度選択画面に移る。
よし、汚名返上のチャンス到来!
……僕は「やさしい」にした。いや、もう負けでいいですよ! 僕だってクリアしたいんだよ。
良治はというと、相変わらず「ミラクル」だ。この親友の男は、どの曲でも最高難易度で行けるのか。
曲が始まる。
僕の方は、一曲目よりもさらに簡単になっていた。
一発ずつ叩くような譜面しかないので、簡単。これならクリアできそうだ。
上手く叩けてると気分がいいね。あれ? 僕ってうまいんじゃね? なんて錯覚しちゃいそうだ。まあ、隣で猛烈な勢いで叩いている親友の姿を見て、すぐ目が覚めるんだけど。
今回は比較的にミスが少ないまま曲の終盤に差し掛かり、そしてそのまま曲が終わる。
「クリア成功! やったあ」
今回は僕も無事にクリアできた! 難易度最低だけど、地味にうれしい。自然と笑みがこぼれた。
ギャラリーからは「おめでとー」とか聞こえてきて、どこからともなく拍手が始まり、みんなが拍手し始めた。
「おめでとう」は嬉しいんだけど、僕一番簡単なやつしかやってないんだけど……。
僕は、軽く微笑んでギャラリーにお辞儀をすると、良治を引っ張ってそこから逃げ出すことにした。
っておい、写真撮るな!
一通りゲームセンター内を回ると、ちょうどお昼くらいの時間になっていた。
「そろそろ昼飯だし帰るか」
卒業したとはいえ、所詮は中学生。ご飯を外で食べてしまうとお小遣いが厳しいのだ。
良治の提案に、僕は頷いた。
「ねえ良治、帰りは歩いて帰ろうか」
「えっ、なんで!? 俺は歩を乗せても全然かまわないよ!」
「だって恥ずかしいし、しかも僕男じゃん」
「そんな細かいこと気にすんなよ! むしろ抱き着いてよ!」
抱き着いてほしいとか、良治も本当わかんない奴だ。
中身男の僕に抱き着かれてどうするというのか。
「俺は、ここで土下座してでも、歩を荷台に乗せるぞ!」
この覚悟と、勢いはなんなのか。
まあ、そこまで言うなら乗るのもやぶさかではない。歩いて帰るのも面倒といえば面倒だし。
良治が自転車を引っ張り出して跨る。僕は荷台の上に座る。
二人乗りの自転車で後ろに乗った人がよくやってるように、後ろで立てないかなと検討してみたけど、どうやって立つのかわからなかったので断念した。
荷台に跨ると、僕はサドルの裏側に手を引っかけて掴まった。
良く考えれば良治に掴まらなくても、別に掴まるところあるじゃん。これなら大丈夫だ。
何かを待っているように、自転車にまたがって動かなかった良治が、僕のほうに体をひねって口を開いた。
「へい、歩さん? 腕をこう回してくれないですかね?」
良治は腕で円形を作るようなジェスチャーをする。
「いや、ほかに掴まる場所があったから、それでいいよ?」
「俺に掴まってくれなきゃ振り落とすぜ?」
「じゃあ歩くけど……」
「ちくしょおおおおおおおおおおおお」
良治は悔しそうに雄たけびを上げると、自転車をこぎ始めるのだった。
だってね、抱き着くのはやっぱり恥ずかしいし。良治とは言え男に抱き着くのは、僕的にはNGなんだよ。
ごめんねっ。
ゲームセンター回です。
次回は、良治視点でのゲームセンター回をやるかもしれません。
8/27 投稿したてですが、文面などを見直して一部修正しました。
いつもは最低限、見直してはいるんですが(あまり上手くいってないかもですが)、今回は甘かったようで、結構気になる部分があったので直しました。