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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
二学期の始まり、変化の始まり
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美少女、文化祭に向けて歩き出す④

第八十七話 美少女、文化祭に向けて歩き出す④




 劇の練習が少しずつ軌道に乗り始めた今週ももう終わる。

 金曜日の放課後の練習を終えた僕は、教室で鞄の中に教科書を詰め、帰りの準備をしていた。。

 須藤君はサッカー部ということもあり、毎日は練習に出られていない。練習時間が少ないながらも、彼の演技はなかなかのものだったので文句を言うものはいなかった。

 一方の僕はというと、台本をちゃんと読めるようにはなった。

 しかし、それだけだった。演技の方は相変わらずだ。感情がこもっていないセリフの読み方になってしまう。

 何も棒読みしようと思ってるしてるわけじゃないのに……。

 ちゃんと読むのに一生懸命になりすぎちゃって、感情を込めるとかそういうところに達してないのかな……。みんなはまだ何も言ってこないけど、来週もこのままだとまずい。

 焦ってはいけないとわかってるんだけど、人一倍遅れているのに呑気にも居られない。


「アユちゃん、これからどうすんの? もう帰る?」


 自席に座ってぼーっとしてしまっていたところに、東吾が僕の後ろから声をかけてきた。


「うん……。ちょっと部室に寄るけど、すぐ帰るよ」


「ふーん。そっかー。俺は先帰ろうかな」


 東吾はちょっと考えた様子だったけど、僕に軽く手を振ると、鞄を持ち教室から出て行った。

 僕は教室の中を見回す。

 衣装チームはあまり居残りで何かをするということはしていない。桜子ちゃんと萌香ちゃんも先に帰ってしまっているようだ。

 大道具のチームはまだ残っている。僕は軽く良治の姿を探してみる。

 あれ、いないや。サボりはしないと思うんだけどな。

 トイレにでも行ってるものと思うことにして、僕は鞄を手に持ち教室を出る。

 部室の鍵を借りるために職員室に寄ったけど、既に貸出されていた。

 誰が借りたんだろう。僕は職員室を出て考える。桜子ちゃんや萌香ちゃんだろうか。

 部室に向かう廊下でふと立ち止まり、窓からグラウンドを眺める。日が傾き、空は赤みを帯びている。まだ須藤君のサッカー部は練習を続けているようだ。大した体力だよね。あんなにずっと動き回っているなんて、僕には考えられない。その辺の根性とか、気概も劇に影響しているのかな。

 一つため息を吐くと、僕は再び歩を進める。

 部室の扉の前に立って、少し中の様子を伺う。物音がしていない。

 扉を開けると、中には良治がいた。


「あれ、珍しいね。一人でここにいるなんて」


「ああ。ちょっとだるくてな。他の係のには悪いけど、休ませてもらってるわ」


 そういうと、彼はけだるそうに机にうつぶせになる。


「もー、早く帰りなよ」


 そう言って僕は良治の向かい側に腰掛ける。

 彼はうつぶせのまま僕を目で追っていた。どうやら本当に体調は良くないようだ。


「そういうアユミは何で来たんだ? 練習終ったなら帰るんだろ? もしかして俺を探して!?」


「ないない。僕は部室で一人で練習しようかなと思って来ただけ」


 そもそも良治は帰ったとばかり思っていたし、まさか一人で部室にいるとは思ってもみなかったし。


「へー、熱心だな。じゃあ俺に演技を見せてくれよ」


「やだ」


 即答する僕。


「なんで」

 

 それに対し疑問を述べる良治。


「だって恥ずかしいし……」


「恥ずかしいも何も……客が俺一人か、沢山かの差だろ。そんなんだと本番辛いぞ」


 うう……。全くもってその通り。 良治の前ですら演技できないんじゃ、お客さんの前でなんて演技できるわけもない。

 知り合いの前でやるから恥ずかしいんだっっていうのも、勿論あるにはあるけど……。

 とは言え、ここで帰ったのでは何しに来たのかわからない。それに「人がいたから帰った」では、結局上達しないままになってしまう気がする。僕は人一倍ダメなんだから、人一倍練習しなければ、とてもじゃないけど上手くなれない。

 下手なことで、僕一人だけ困るのならそれでもいいかもしれない。でも劇はクラスでやるものだから、それじゃダメなんだよね。

 僕は一段と気合を入れると、鞄の中から台本を取り出す。

 すでに自分のセリフは大体覚えてしまったけど、まだ不安な部分もある。不安なところが一つもないくらいに覚えないと、本番で絶対忘れちゃうだろう。

 僕は台本を開き、一番初めのセリフを読む。

 

「声小さくないか?」


 すかさず良治が指摘をしてくる。

 僕はお腹に力を入れて、もう少し大きな声を出して読み直す。


「どうかな……」


「うーん、下手だな」


 遠慮もなしにズバッと言ってくる良治。

 自分でもわかってたけど、やはりストレートに下手と言われると心に来るものがある。


「そっかー……」


「読むのに一生懸命になりすぎてるんだよ。もう少し情景を想像して読めばいいんじゃないか」


 僕はもう一度セリフを読む。良治は体を起こして腕を組む。

 どうやらあまりお気に召さないようだ。

 

「言い方は悪いけど、もっと大げさにやってみたら? 日常生活とは違うんだし、文字通り芝居がかった感じで」


「そ、そうだねっ」


 と、頷いてみたものの、大げさにやるのがまた恥ずかしい。

 それにちょっと他の事に意識を回してしまうと、セリフを噛んじゃったりしそうで……。いつまでたっても棒読みのままかも……。

 もう一度、今度はもう少し落ち着いてゆっくりと、できるだけ大げさに読もう。

 読み終わって良治の座っている場所を見ると、良治はいつの間にかいなくなっていた。


「体が硬い」


「ひゃっ」


 良治が脇をつついてきたので、変な声を出してしまった。


「な、なにするの!」


「いや、悪い。なんかもう見ててすぐわかるくらいガチガチだったから。俺が後ろに回っても気づかないし」


 確かにそうだ。セリフを読むのに一生懸命になりすぎて、目の前で良治が立ち上がったことにすら気づいていなかった。

 自分では落ち着いていたつもりだったのに、全くリラックスできてなかったみたいだ。

 

「でも、それとこれとは別っ! つついたりしないでね」


 良治は「悪い悪い」と言って謝ったが、全く悪いと思っていないことはすぐわかった。なぜなら、それ以降も読むたびにつつかれたからだ。

 しかし、おかげで力んでいたのは何となく解消された気もする。

 周りを見るだけの余裕は出来た。……・いや、実際にはいつ良治に突かれるのかわかったもんじゃなかったから、周りを警戒するようになっただけかもしれない。


「アユミって、もう全部台本覚えてるんだろ?」


 良治が僕に問いかける。どういう意図があって聞いてきたのかはわからないけど、僕は「大体は」と答えた。


「じゃあ、台本見るのやめようぜ。目が本に行っちゃってるから周りも見えないし、意識が文字を追う方に向かってる」


 なるほど、と思った僕は台本を部室の中机の上に置く。

 今まで台本に集中していたため、手ぶらになった今はどこを見ればいいのかわからなくなってしまう。視線をどこに合わせてセリフを読めばいいんだろう。

 

「おろおろしてるの可愛いな」


 良治がにやにやしている。こっちがどんな思いかわかってて言ってるなっ。


「あとは、やっぱ自分のセリフだけじゃ、上手く役に乗りきれないみたいだな。。俺が他の人物分読んでやるよ」


 そう言って良治は自分の鞄から台本を取り出す。

 

「いやいや、いいよ! 具合悪いんでしょ?」


「アユミががんばってる姿を見たら、良くなった」


「僕と良治の体調は全然関係ないからっ! 具合よくなったって、それ気のせいだからっ!」


「まあまあ、気にすんなって」


 納得はできないものの、一度良治と一緒にやってみたら、案外やりやすかったのでそのまま練習をすることにした。

 まあ……他の女の子の役も全部良治がやったので、笑ってしまってそれどころじゃない部分もあったけど。

 台本を見なくなったおかげで、周りを見ることができるようになった。でも恥ずかしかったり、失敗が怖くて、また声が小さくなってしまって良治には何度も怒られた。

 そもそも一週間のアドバンテージがあるはずなのに、練習していたはずの僕より良治の方がマシっていうあたりが本当にへこむ。僕ってどれだけセンスがないんだろ……。


「まあまあ良くなったんじゃないの?」


「そうかなっ」


 今日の練習で初めて褒められて、思わず嬉しくなって顔がにやけてしまう。今まで散々だったし、多少なりともマシになったのなら、練習をやった甲斐があったというもの。

 みんなでの練習が終わった後に、毎日一人で練習しようと思ってたけど、一人でやってただけだったら何時までも変わってなかったかもしれない。台本をすらすら読めるだけになって、自己満足して終わってたかも……。

 そう思うと、今日たまたま良治がいたのはありがたかった。

 

「ねえ良治。もしよかったら、時々練習に付き合ってくれない?」


「よおおおおおし! いいぞ! どんと来いだ! なんならキスシーンも実演つきで」


 やっぱりやめようかな。良治と練習っていうのは、なんか間違った選択をした気がする。

 ただ……桜子ちゃんや萌香ちゃんに練習を見てもらったとして、上手くいく想像がつかないんだよね……。なんかすぐ横道にそれそうで。色んな人に練習を見てもらう必要があるとは思うので、いつかは付き合ってもらいたいけど。


「兎に角、練習したくなったらメールか電話、もしくはメッセでも投げてくれ。いつでもどこでも行くぞ」


「いやいや、大道具作るの忘れないでよ?」


 意外なほどに乗り気な良治に頼もしさを感じる反面、少し心配になってしまう。まあ良治の事だから、自分の係は係できちんとこなすんだろうなあ。

 僕と違って器用な良治。僕は少しそれが羨ましい。

 部室の窓から外を見ると、もう真っ暗だ。スマートフォンで時間を確認する。もうすぐ夜の八時。


「そろそろ帰ろっか。良治は具合大丈夫なの?」


「そうだな。具合はもう良くなったよ」


 そうして、僕ら二人は帰路につく。

 土日も暇があったら練習しよう。週明けには、みんなを驚かせられるくらいになっていたいところだ。

 今週はずっと下手くそな自分に悩まされていたけど、今日で少しだけ光が見えた。そのきっかけをくれた良治には本当に感謝している。毎度毎度僕が助けられてばっかりなのが申し訳ないくらいだ。

 そう言えばもうすぐ良治の誕生日。僕の誕生日にはプレゼントしてくれたし、何かお礼も含めてお返ししたいなあ。

 良治と電車の中で会話をしながら、そんなことを考えていた。

現実生活の繁忙さがいつまで続くのか……。

もう少しで終わってくれると信じたいです。

しかし、現実はどんどん家に帰れない方向へ……。

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