美少女、文化祭へ向けて歩き出す②
第八十五話 美少女、文化祭へ向けて歩き出す②
振り返った先にいたのは、クラスの女の子ではなく、良治だった。
ほっと胸をなでおろす僕。良治は良治で、僕が階段下の掃除用具置き場にいることに、大分驚いたようだ。
「アユミ? なんでこんなところにいるんだ?」
「えっと、その……」
採寸から逃げ出してきたとは言いにくかった。
いや、一応採寸自体は終わってて、さっきのあれはオプションみたいなものだとすれば、逃げ出したというよりは撤収したという感じなのかな。
オプションで脱がされちゃたまらないんだけどね。
どう答えたものかと答えに詰まってしまう。そう言えば良治は何でここに来たんだろう。僕は良治の顔に視線を合わせる。すると良治が僕をじっと見つめているのがわかった。しかし、彼の視線は僕の顔に向いているわけではなかった。
質問しといて考えここに非ずっていうのは、ちょっとひどいんじゃないのかな。
「どうしたの?」
ちょっとだけ、むっとした感じで良治に尋ねる。
彼は僕の声でハッと我に返り、少しばつが悪そうにしている。そしてちらちらと僕の方を伺っている。
どこを見ているんだろう。あれは……胸元? 僕は自分の体を確認する。そしてすぐに良治が見ていたものに気付く。ブラウスのボタンが外れ、胸元が大きく開いてしまっていて下着が少し見えてしまっている。
良治が何を見ていたのか、それがわかった時、僕の体温は急上昇する。
ああもう、なんでこんなことになるのっ!
すぐさま後ろを向いてボタンを留める。保健室で桜子ちゃんに外されたブラウスのボタンは二つ目までだったような気がしたのに、いつの間にか三つ目まで外れてしまっているなんて。
ボタンをとめて衣服の乱れを直すと、僕は良治をきっと睨む。
それを見て彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「もうっ! 教えてくれてもいいじゃん! チラチラ見るなんてひどいよっ!」
「待てアユミ。チラチラは見ていない。注視していた!」
「なお悪いよっ!」
「そうは言うがな……。男から女子に向かって「下着見えてるぞ」とは言えないだろ……」
感情的には納得はしないけど、言いにくいのは大いに理解はできる。
僕が男の子だった時に、女の子のスカートがめくれて下着が見えていた時に、「パンツ見えてますよ」とは流石に言えない。今回は上の方だけど同じようなものだ。
「それで、良治はどうしてここに来たの?」
「俺? 俺はゴミ袋の予備を取りに来ただけだ。大道具はゴミが沢山出るからな」
一呼吸置いて、彼はさらに言葉を続ける。
「で、アユミはどうしたんだ? その様子じゃ、相川辺りが暴走して逃げてきたって感じか?」
「あはは、よくわかったね」
彼は僕の横を抜けて、掃除用具置き場から十枚入りのゴミ袋を取り出した。
「俺はもう教室に帰るけど、アユミはどうする?」
良治の言葉を聞いて、どうしようか迷う。
このままここにいてもしょうがないし、僕も一緒に帰ろうかな……。多分みんなの熱も冷めている……と信じたい。
「良治と一緒に教室に戻ることにする」
僕の返答に、彼は少しだけ嬉しそうな顔を見せた。
ただ、僕はちょっと考える。このままクラスに戻って、もしみんなに何か言われたらって思うと、ちょっと怖い。あの場合逃げたのは仕方ないとは思うんだけど、クラスの女の子があれだけ集まったところから逃げちゃったわけだし……。
「良治っ! お願いがあるんだけど」
先に歩きはじめていた良治は、首をかしげて振り返る。
「珍しいな。アユミがお願いするって」
そうかな。確かにそんな気もする。というより、男の子の時はお願いする相手がいないという寂しい状態だったんだけどね。
「それで、どうしたんだ?」
「その……もし教室で、クラスの女の子がまだ僕をいじろうとしたら、かばってくれる……?」
しょうもないことをお願いしている認識はある。
クラスの女の子に悪気がないのもわかる。むしろさっきの感じだと怖いくらいに愛されている……と思う。みんなに可愛がってもらえるのは嬉しくないわけではない。
とは言え、いいように玩具にされるのも困る。
ただ良治から見れば完全に他人事なので、余計な面倒事に巻き込むなと言われればそれまでの話だ。
「う……」
良治が言葉になっていないようなうめき声をあげたので、僕は首をかしげた。一体どうしたんだろう。
「うおおおおおおおお! やっぱいいなぁ! 頼りにされるのって」
呻いたかと思えば、突然叫び出したので、思わず後ろに引いてしまった。
頼りにしたと言えばそうなんだけど、内容は至ってくだらないと思う。それで良いのかな。
「アユミ、お前は女の子なんだから、もっと人に頼ってもいいと思うぞ」
「そうかなぁ?」
叫んだかと思えば、今度は急に真面目な顔になった良治の言葉に、僕は曖昧な返事をする。
「そう! 俺は頼られたいし、どんどん頼ってくれ!」
「ありがとう」
気を遣ってくれてるのがわかるので、僕は素直にお礼を言った。
「なあに、相川のセクハラは、セクハラ大明神の俺が軽く諭してやるさ。もっと優しくしろってなっ」
「あの……、それあんまり変わらないからっ」
くだらない話をしつつ、教室へ戻ってきた僕ら二人。
後ろの扉を開けると、クラスメイト達の視線が集中する。僕は良治の後ろに隠れる形になっていたので、中からは見えていないはずだ。
扉を開けたのが良治だとわかると、クラスメイトは各々の作業に戻った。
「相川達戻ってきてるな」
良治が小声で後ろの僕に囁く。
顔を合わせづらいけど、いつまでも教室に入らないわけにもいかない。しかし、なかなか踏ん切りがつかないので、こっそり中の様子を伺うことにした。
良治の横から教室の中を覗きこむ。
桜子ちゃんも萌香ちゃんもみんなも戻ってきてるようだ。どうしようか考えるために、顔を引っ込めようとしたその時、偶然こちらを振り向いた萌香ちゃんの目が合ってしまった。
「あっ! アユミちゃんっ」
それまで桜子ちゃん達と話していたクラスの女の子の視線も、桜子ちゃんの視線も一気に僕に集中する。
見つかっちゃった。萌香ちゃんって目ざといなっ!
こうなってしまっては観念するしかないので、良治の後ろに続いて教室内に入る。
「どこ行ってたの? 心配したわよ」
「あー。掃除用具置き場あたりに隠れてたぞ」
桜子ちゃんの言葉に対し、僕の代わりに良治が答えた。
「あんまりアユミを困らせないでやってくれ。押しに弱いんだから」
「う……まさか多川君に正論を言われる日がくるとは……」
僕も同じことを思ったけど、大分失礼な話ではある。
「アユミちゃん、ごめんねっ。桜子ちゃんを止められなくて」
萌香ちゃんも謝ってくる。
なんとしても止めてほしかったんだけど、クラスの女の子一同が揃って桜子ちゃんを支持している異常な空間では、それを覆すのは難しかったと思う。
「いいよ、萌香ちゃんは」
だから僕は萌香ちゃんには微笑んであげた。
一方で桜子ちゃんには、しかめっ面を作る。
「う……。アユミちゃんゴメンナサイ……。またしても周りが見えなくなっちゃって」
「もー! 毎回暴走して、その後謝ればいいってわけじゃないよう」
僕は桜子ちゃんのおでこをコツンと叩いた。
「でも、謝ってくれたから許してあげる。僕も逃げ出しちゃってごめんね」
「うう、なんていい子なのかしら」
桜子ちゃんは今にも抱き着いてきそうな勢いだ。
またしても変なスイッチを入れてしまったのか。でもそうやって毎度毎度暴走されては、僕も対処に困る。というか、今まで一度も対処できていない。
「今日のことは、芳乃さんに言っておくからねっ」
咄嗟に芳乃さんを思い出し、僕はスマートフォンを手に取り、桜子ちゃんに見せる。
そしてそのまま彼女に向かってにこりと笑いかけて見せた。
「えっ、お姉に!? それは勘弁してほしいかなっ」
それは思いのほか効果があった。
桜子ちゃんはみるみる狼狽していく。一体あの優しい芳乃さんの何がそんなに怖いのだろうか。
「だめー。今日はちゃんと怒ってもらうからね」
僕がやめる気がないのを見ると、桜子ちゃんは絶望のままに机に突っ伏してしまった。
うーん、何だか気の毒に見えるけど……。
萌香ちゃんの方を見ると、親指を上に立てていた。口の動きを読むと、どうやら「グッジョブ」と言っているようだ。
桜子ちゃんがやられたのを見て、クラスの女の子も徐々に平静を取り戻していく。熱狂的な信者のような状態だった彼女たちも謝ってくれた。
これで一件落着。僕は良治の方を向いて「ありがとう」と言う。良治は少し照れくさそうにしながら教室の後ろ、大道具チームの輪の中に戻っていった。
「佐倉さん、話は終わった? そろそろ台本の読み合わせするけど」
僕らの話が終わった頃合いを見計らって、三田君が声をかけてきた。
考えてみれば、出演者チームの男の子はずいぶん待たせてしまっている。
「ごめん、待たせちゃって。もう大丈夫」
僕はそう返事をすると、出演者チームの輪の中へと向かう。
いよいよ劇の練習が始まる。
ようやく練習が始まります。
どうやって話進めようか迷っているので、こんなに牛歩な進みだったりもします('A`)
とりあえず、アユミの高校の文化祭の練習を書きつつ、他校の文化祭の話も書きつつ、デートもはさみつつ、大きな山を迎えられればいいかなと……そんな漠然とした状態です(笑)。
2日に1回のペースに落ちてしまったのが自分としても残念なのですが、生活のリズムがかわってしまったので、仕方ないかなと思って書いています。