美少女、自分を取り巻く人たちを振り返る
第八十三話 美少女、自分を取り巻く人たちを振り返る
体全体がぽかぽかしているお風呂あがり、僕はパジャマに着替えて洗面台の前に立っていた。ドライヤーで髪を乾かしながら、鏡に映る自分の姿を眺めてみる。
くりっとした大きな黒い瞳、小さな鼻と、小さな口。その小柄な顔は、お風呂上りで今はほんのり桜色になっている。今では見慣れてしまった顔だけど、ほんの半年くらい前までは違った顔だったんだよね。面影が全くないわけではないんだけど……。
思えば女の子になってからいろいろなことを経験した。男の子だった時は、殆どぼっち同然だったこともあって、アクティブさ、積極性からは遠い存在だっただけに何もかもが新鮮だった。友達も増えたし、いいことも多いかな。
まあ、女の子は女の子でいろいろ大変なんだけど……。オシャレとか、生理とか、男の子の時にはあまり気にしなかったこととか、経験しえないこともある。
それに好みの物も変わってきたかな。ぬいぐるみや可愛らしい小物、可愛い服は男の子の時には当然興味がなかったものだ。しかし今の僕の部屋には溢れている。女の子の友達に影響されたからかな、と思う。
甘いものも好きになった。もともと水羊羹が好きだったのは、控えめな甘さとつるっとした食感が好きだったからだ。今も好きだけど、それ以上にパフェとかクレープとかケーキも好きになってしまった。
一方で男の子の時に好きだったものが、完全に消えたわけでもない。男の子の時から買っている漫画はそのまま読んでるし、ゲームもやる。
ドライヤーで髪を乾かし終わった僕は、洗面所から廊下に出る。女の子になりたての頃は、ドアノブの位置も違和感があったなぁ。
もともと身長は高くはない方だったけど、女の子になって百五十一センチになってしまった。実に十センチくらい縮んだわけだ。ちびっこくて童顔だったせいで、桜子ちゃん達に初めて会った時は同い年に思われなかったっけ……。ああ、ついでに胸も大して大きくない。芳乃さんを見ると憧れてしまうよ……。
そんな変化を遂げてしまった僕だったけど、家族が受け入れてくれたおかげでやって来られたのもある。
うちのママ、佐倉楓が強引な勢いで引っ張ってくれたおかげで、何とか女の子として最低限の事は身につけられたと思う。ママは結構厳しく家事や料理をやらせてきたけど、おかげで今では何でも一通りはできるようになっている。料理だって上手になったと思う。
ちょっと暴走気味だったりすることもあるけど、基本的には優しい。僕が女の子として生きていくといった時も、それを認めてくれたし。元々女の子が欲しかったっていうのもあるのかもしれないけどね……。
ママは身長百六十五センチと、女性の中では高い方なので、ちんちくりんの僕にもまだチャンスがあると思っている。年はもうすぐ四十を迎えるものの、まだ若々しい……と思う。
ママとは違って、僕に超甘いというか、何だかよくわからないところでブレーキが壊れているのが父さん、佐倉重だ。
何か欲しいと言えば何でも買ってくれそうな勢いなので、逆に何も頼めない。そんな父さんは、とある都市銀行に勤めていて、それなりの立場にあるようだ。
そんなインテリ派のサラリーマンなのに、何故かガタイは凄く良く、普段寡黙な分威圧感も凄い。クマとでも戦ってたんじゃないかとすら思ってしまう。家族なのに。
最近は忙しいようで、僕が寝ている時間に帰ってくることもあるようだ。帰ってきた時に、僕がもう寝てしまっていると母さんに言われると、えらくしょんぼりしているらしい。
そして最後に問題の弟、佐倉要だ。小学五年。
一時期、本当にシスコンっぷりがひどかったけど、最近は落ち着きつつある。セクハラじみたことを僕にやろうとしたところを父さんに見つかり、教育的指導を受けたってのも大人しくなった要因だけど、単純に女の子の僕に慣れたっていうのもありそうだ。女の子になった僕が珍しかった……というのも当たり前だけど、何かされても僕が何も言わなかったから調子に乗ってしまっていたのがそもそもの原因だろう。半年も暮していれば珍しさも薄れるし、ちょっと寂しいけど女の子の僕の方が、要にとっての僕になってきたために、変なことをしなくなったのかもしれない。
僕の家族は、みんな僕が元々男の子だったことを知っているけど、そんな僕が女の子として生きていくことも認めてくれている。僕にとって大きな心の支えになっていると思う。
部屋に戻り、ベッドに座ると、僕はベッドの上に転がっているぬいぐるみを手に取る。
このクマさんのぬいぐるみは、僕の初めての女の子の友達が、僕の誕生日にくれたものだ。
くれたのは相川桜子ちゃんと、そのお姉さんの相川芳乃さんだ。
桜子ちゃんの方は僕と同級生で、女の子になった春休みに初めてであった子だ。身長百六十四センチ、体重は……秘密ということで聞けてない。
スタイルも良いし、頭もいい、そんな彼女は我らが一年A組のクラス委員になっている。髪の毛は結構長く、後ろで縛ってポニーテールにしている。顔も美人だし、本当に羨ましい限りだよ。
彼女は僕に凄く良くしてくれて、一緒に料理同好会に入ってくれた。時々暴走して体を触ってきたりもするけど、それ以外はいい子だよねっ。夏休みには、もうセクハラしないって言ってくれたけど、最近ちょっと危ないですっ。
そんな桜子ちゃんのお姉さんの芳乃さんは、雑誌のモデルもやっている大学生。
身長も桜子ちゃんよりさらに高いし、スタイルも凄くいい。何といっても脚が長い。まさにパーフェクトな感じで、周りから見ても別格のオーラを感じる。
凄く優しいし、みんなが暴走しても守ってくれるし、色々よく気が付いてくれるしで、僕にもあんなお姉さんがいればなあといつも思っている。
お化粧の仕方も丁寧に教えてくれるし、僕も芳乃さんを見本にして頑張るのだっ。
最近は、僕も一緒に雑誌に載ったりもしたっ。やっぱり恥ずかしいから、次の機会はないと思うけど……でも芳乃さんは、時々お声がかかるかもしれないわよと言っていた。ちなみに、前に一緒に雑誌に載せてもらった時の編集者は芹沢佳代さん。
時々お声がかかるどころか、あの後すぐにもう一回写真撮らないかって聞かれたけど、芳乃さんなしで行くのが怖くて断ってしまった。お断りのメールをしたら、心底残念そうな顔文字が大量に羅列されたメールが来たので、次は断らないようにしようかなと思っている。
桜子ちゃん姉妹と仲が良い子が皆瀬萌香ちゃんと、皆瀬藍香ちゃんだ。
その二人もこれまた姉妹で、萌香ちゃんの方がお姉さん。僕の同級生で、桜子ちゃんの幼馴染だ。
出会ったのは桜子ちゃんと僕が会った時と同じタイミング。僕がクレープをもそもそと食べているところで偶然同席したことだ。
彼女は百五十四センチと僕よりちょっと高い身長。くりくりした感じをしていて、小動物っぽい愛らしさがある。時々みんなにいじられたりもしてるけど、いつもにこにこしていて本当に可愛らしい。
僕の女の子っぽさは彼女から影響を受けた部分が大きいかもしれない。ちなみに萌香ちゃんも胸はないので、その辺の辛さは共有できるのだ。
萌香ちゃんも僕によくしてくれるし、色々かばってくれたり助けてくれたりするから大好きだ。彼女も料理同好会に入ってくれて、毎日僕と一緒に部室に集まっている。
藍香ちゃんは萌香ちゃんの妹で、中学三年生。実は藍香ちゃんの方が萌香ちゃんよりも身長が高かったりする。
お裁縫が得意で、いろんなコスチュームを作ったりしているらしいけど、僕は彼女の技術を見たことがない。
ただ、水着を買いに行ったり服を買いに行ったりしたときに、並々ならぬこだわりを見せてきたので、何か衣服に対して強い思い入れがあるんだろうなとは感じていた。
年が一つしか違ないせいか、桜子ちゃんが芳乃さんに頭が上がらないのとは違って、お姉さんの萌香ちゃんに対して遠慮がない。
女の子の友達はこんな感じだ。
みんないい子で、友達になれてよかったなあとしみじみ感じている。一緒に海に行ったり山に行ったり、初めての事をいっぱい経験した。
一方で男の子とも仲良くなったかな。
高校に入ってから仲良くなったのは、吉川東吾だ。
同じ委員会に入ったこともあって、話す機会が多かったのもある。僕と東吾は体育祭の実行委員だった。体育祭自体は五月に終わってしまったため、僕らが委員会活動をすることはもうない。彼の両親は共働きで、学校ではいつもコンビニのお弁当かパンを食べている。時々お弁当を上げたりすると、凄く喜んでくれるので、毎日作ろうかとも思ったけど、それは何故か良治が頑なに止めてきたのでなしになっている。
東吾は、僕が女の子と会話している時等は余り混じってこなかったり、一歩引いたところにいることが多い。ただ、良治とは仲がいいようで、二人で携帯ゲーム機で遊んでることもある。
僕は東吾には悩んでるところとかも見せてしまっている。その度に彼をおろおろさせてしまって、ちょっと申し訳ないなと思っている。そういえば、山では暗がりでうっかり抱き着いて……というか押し倒したことも……。
あー、だめだめっ! 思い出すとまた恥ずかしくなってくるよっ。
良く考えたら、男の子と二人でご飯食べたのって、東吾が最初かも。
蒼井直樹君も高校に入ってから仲良くなった男の子だ。高校に入ってからというよりは、夏休みからだけど。
美川高校に在籍している僕達料理同好会の面々とは違い、別の高校に通っている高校二年生。剣道部に所属している。剣道部に佐伯孝雄という親友がいて、彼とふざけ合ったりしているようだ。身長は百七十センチを超えていて、旅館の女将さんの息子だ。夏場は海の家もやっていて、おうちのお手伝いをしている。
女の子だけで海に行った時に初めて偶然出会ったことから仲良くなった。それまで良治や東吾しか知らなかった僕には、結構衝撃的な人だった。こんなに優しい人がいるんだって驚いてしまった。
部活の試合を見に行ったことから、二人でデートをすることになったりと、ドキドキすることの連発だった。彼は僕の事を凄く可愛がってくれるし、気も遣ってくれるし、多分男の子としては文句ないんだろうな、と思っている。
ただ、相手が明らかに好意を持ってくれているのに、このままずるずると行ってしまっていいのだろうかとも思う。僕は彼が好きなんだろうか?
まだよくわかんないな……。
僕はベッドにごろんと横になる。
良治がゲームセンターで取ってきた、イマイチ可愛くないぬいぐるみが目に映る。
多川良治は、僕の友達の中で一番付き合いが長い。
中学時代にひとりぼっちでいたところで、話しかけてくれて仲良くなったのが最初の出会い。つまるところ、男の子の時の僕を知っているのだ。男の子の時の痕跡が殆ど消えてしまった今の世界で、昔の僕を知っている彼は、それだけで色々特別だと思う。
悩みを相談したり、自転車に乗せてもらったりと色々迷惑もかけてるけど、友達でいてくれるのはとても嬉しい。
まあ、エッチなのが玉にきずなんだけど……。
身長は丁度百七十センチ程度、僕と違って社交的な性格をしているから、友達も多いようだ。ただ、高校に入ってからは僕や料理同好会と一緒の時間が長く、付き合いはさほど広くないみたい。
最近は、僕に気を遣ってくれたりして、意外と紳士なところもあるんだなって思っている。元々世話を焼いてくれることも多かったし、何だかんだで一緒にいると安心する。まあエッチなんだけど……。
ただ、行き過ぎて過保護な時があったり、時々凄く考え込んだりしているのがちょっと心配。
九月の終わりに良治の誕生日があるので、何かプレゼントを考えようかな。僕の誕生日の時は、要らないって言っているのにぬいぐるみをもらっちゃったし……。うん、でもあのぬいぐるみは凄い好きだよ。
そんな良治の知り合いで、僕のバイトの先輩なのが、矢崎理恵子さんだ。
さっぱりした性格の彼女はバイトのシフトも物凄く沢山入っている。高校二年生で、彼女も僕らとは違う高校に通っている。
良治とは幼馴染らしい。だから良治と仲がいい。
二人が話していると、あんまり入り込めないからちょっと寂しい。
前に一回何でそんなにバイトしているのかって聞いたら、大学で一人暮らしするためだって言ってた。僕なんかと違って将来のために頑張っているのが凄いと思う。僕も仕事面だけじゃなくて、そういうところも学ばないとだめかな……。
バイト先の店長も彼女には絶大な信頼を置いてるし、僕も負けないように頑張っている。お客さんもみんな優しいし、いいバイト先だと思ってるよ。
寝転がりながら時計を見る。もうすぐ夜の十一時になる。
明日も学校があるし、もうちょっとしたら寝ないといけない。
勿論明日の準備は怠らないようにしないとね。良い女は朝も優雅に過ごすものなのだっ。と、ママは言っていた。
ハンガーにかかっている制服を見つめる。結局なんで女物の制服がドンぴしゃでやってきたのかはよくわからない。おかげで助かったと言えばそうなんだけど……。
高校でもいろいろあったなぁ。
まず、入学式。
いきなり生徒会長に抱き着かれたり、その後スカートの中を覗かれたりした。今思えば散々なセクハラだよっ。
生徒会長の三井響子さんは、美川高校三年生。芳乃さんに勝るとも劣らない、麗しい見た目に抜群のスタイルと、どう穿った見方をしても美人さんなのだ。
おまけに成績は全国模試で一位のレベルで、スポーツも万能。これだけなら本当に主人公って感じなんだけど、残念なことに女の子が大好きで、しかもセクハラもしてくるという……。
ああ、どうしてああなっちゃったんだろう。今回の文化祭のミスコンにも確実に出てくるので、僕なんかじゃ相手にならないと思う。
文化祭が終わった後に生徒会の選挙が予定されているので、もうすぐ生徒会長も引退だ。
担任の山中先生は数学教師。いつも面倒くさそうにホームルームをやって、本当に面倒くさくなったら職員室に引っ込むというオジサンだ。自由にやらせてくれるというか、先生本人が自由すぎるため、生徒が多少行き過ぎても大目に見てくれる。
部活動のオリエンテーションでは、最上先生と出会った。
料理同好会の顧問でフルネームだと最上絵美という。ちなみに山中先生のフルネームは覚えてなかったりする。
最上先生は二年生の古文の担当の先生なので、普段の授業で会うことはない。とても穏やかな先生で、殆ど怒ったことがない。
料理同好会には思い入れがあるみたいで、三年生がみんな卒業して、所属人数がゼロ人になった料理同好会へ新入生を勧誘していた。それに僕ら五人が乗っかった形で、今の料理同好会がある。
活動時間中は監督として見に来てくれるし、面倒見がいい。
文化祭で劇をやるにあたって、三田君夫君とも話すようになった。
文芸部に所属している彼は、将来物書きになりたいようだ。話を考えることに情熱を持っていて、今回の劇の台本も彼が作った。
黒縁メガネの奥に凛々しい目をしている。小柄な身長で、男の子だった時の僕と同じくらいなんじゃないかな。多分百六十センチくらい。
文化祭実行委員の高木悟君と一緒に劇の監督もするみたいなので、これからも色々と関わる機会が多そうだ。
文化祭でヒロインをやることになった僕の相手を務めるのは須藤翔君だ。
サッカー部に入っていて、男女問わず好かれているクラスの人気者。僕はあまり話したことがないけど、これから一緒に頑張っていくのだから人見知りせずに向き合っていかなければならない。
彼の身長は百八十センチ近くあって凄く大きい。運動部らしく日焼けしているし、ちょっと怖いっていうのは内緒だ。
今まであまり関わらなかったクラスの子とも仲良くなれるチャンスだし、劇の練習は頑張ろう。
姿見の前で僕は拳を握りしめそう思う。
確かに劇でヒロインっていうのは荷が重いけど、みんなに期待もされてるし、引っ込み思案な自分を変えるチャンスでもある。女は度胸だっ!
鏡の前で、明日からの練習に向けて気合を入れ直す僕だった。
人物の整理回です。
登場人物紹介だけ別枠でとろうかと思ったんですが、先に登場人物だけ見られてしまうと面白くないかなと思い、中途半端ながら歩の独白のみの回として入れてみました。