美少女、文化祭へ向けて動き出す①
第八十一話 美少女、文化祭へ向けて動き出す①
週明けの月曜日。朝からしとしとと雨が降り、いつもなら登校時間の時点で三十度を超えるかという勢いの気温も、今日に限っては控えめになっている。連日、天気予報で真夏日、猛暑日と叫ばれているけれども、今日は夏日くらいで済みそうかな。
雨が降ると自転車での通学は出来ないので、バスでの通学になる。僕のように普段はバスに乗らない人が、こぞってバスに乗るため、雨の日のバスはとても混んでいるし、遅れてもいる。
そんなわけで、僕が学校についたのは、あと一息で遅刻というような時間になった。
教室の扉を開けると、一斉に注目を浴びる。
いつもはホームルームが始まるまで騒がしいクラスなのに、みんなが着席した状態でこちらを見るので、ぎょっとしてしまう。
ま、まだ遅刻じゃないよねっ。
僕は慌てて教室の黒板の上にかかっている時計を見る。まだあと三分ある。
「アユミ、どうしたんだ? 早く入ってくれよ」
僕と一緒に登校している良治が後ろから僕をせかす。
ただごとではないクラスの雰囲気だけど、このまま入口にいるわけにもいかないので自席に向かう。
一挙手一投足が全てみられているような不思議な感覚。この感じ、入学したての頃みたいだ。いや、それ以上に強力な視線な気がする。
何かやってしまったのだろうか。
席についても変わらない雰囲気。冷や汗をかいてきた。
何でこんなに殺伐とした空気なのだろうか。変に緊張してしまって胃に悪いよ……。
ホームルームが始まり、山中先生が教室に入ってきて、ようやくその空気が少しだけ和らいだ。一体今日は何なんだろう。
昼休みになると、僕は一目散に部室に逃げ出した。いつもはみんなで仲良く一緒に行くんだけど、一刻も早く教室から逃げ出したい一心でダッシュしてきてしまった。
部室の鍵を開けて、いつもの定位置に座ると、肺の中の空気を一気に吐き出す。そしてそのまま長机に突っ伏した。
なんだか、凄い疲れた……。はぁ、何が何だかわからない。でもとりあえず、クラスが居心地のよくないところになってしまったのは確かだ。その原因はよくわからないけど、恐らく僕。あんな風にジロジロ見られるなんて、嫌われてしまったのだろうか。
はぁ……中学生の時は空気同然で、高校になったら仲のいい子が増えたと思ったら、今度は嫌われてしまうなんて、どうしてこうなってしまうのか。
ガチャリと音がして、部室の扉が開く。
僕は突っ伏したまま、顔だけ扉の方を向く。桜子ちゃん達四人が並んではいってきた。
「あ、いたいた。どうしたの? 凄い急いでたみたいだけど」
「桜子ちゃんー。どうしたもこうしたも、なんかクラスに居辛くて……」
桜子ちゃんは萌香ちゃんと顔を見合わせている。そして、何か合点がいったというように、二人してぽんと手を叩く。
「あぁ、なるほど。確かにアユミちゃんには居づらかったかも」
「私たちには結構面白かったけどねっ」
「面白くなんてないよー。僕が何かしたのかな……。心当たりはないんだけど」
二人ともくすくす笑っている。何だか僕だけ知らない風な感じだ。
まさか僕が遅れて登校する前に、みんなで何か話していたとか!? 噂話とか何かだろうか。それであの空気って殆どイジメに近い……。
「あれって、別にアユミちゃんが悪いことしたわけじゃないのよ?」
「え、そうなの?」
意外なことに桜子ちゃんは、僕のせいじゃないと言う。いや、意外も何も、僕は何もしていないのだから本来はそのはずなんだけど……。ではあのアウェーな感じは一体何なのだろう。
「あれはねー。誰が劇でアユミちゃんの相手をするかで男子が緊張してるんだよっ。ついでに女子もねっ」
劇の配役……? そうか、僕以外はまだ決まっていない状態だった。この土日で皆台本も読んだってことだろう。
となると当然今日の放課後に決めるってことかな。僕の相手をするかで、あんなに張りつめた空気になるなんて……。キスシーンとか挟むからだよっ。三田君は変な漫画とかに影響されたんじゃないの!?
「はぁ……。キスシーンなんて入れるからだよ。おかげでみんな嫌がってるじゃん……」
「へ?」「ん?」「え?」「おいおい」
僕がぼそりと呟くと、四人はいかにも何言ってるんだという顔をしている。
よくわかんないけど、また何か間違ったようだ。
「あ、いや。アユちゃんって本当に色々自覚ないんだなぁと思ってさ」
「うんうん。でもそのぽやっとしたところが、また可愛いよっ」
「相手の男の子には結構大変だろうと思うけどね」
「そうだな……」
口々に感想を言った上で、桜子ちゃんが一つ咳払いをする。
「こほん。つまり、みんなアユミちゃんの相手役になりたいのよっ! キスシーンが嫌とかそう言うのはゼロ!」
何だ、良かったあ。嫌われてのけ者にされたりしてるわけじゃないんだぁ。キスシーンが嫌で、ばい菌扱いとかだったら本当に立ち直れないくらい凹むところだったよ……。
「って、ええ!? なんで!? キスシーンとかいらないでしょ!? 振りでも皆嫌じゃないの? っていうか僕と一緒にってなると大変だよ、本当に自慢にならないけどっ!」
ひょっとすると僕と一緒に演技を練習するのは、赤ん坊を育てるくらい大変かもしれない。
僕にセンスがあって華麗にできちゃうのでは? 秘められた才能が……! なんて妄想したりもしたけど、所詮それはフィクションの中の主人公だけのこと。カラオケで歌える気すらない小心者の僕に完全に適用外。現実は非情だ……。
そんな僕と一緒というのはバツゲームになりそうだし……。それに、好きでもない女の子とキスの振りとか、それだけでも嫌そうだけど……。
「甘いなアユちゃん。一緒にやって、手取り足取り教えてあげるのを込々でご褒美なんだよ」
東吾がにやりと笑う。ご褒美って言われてもね……。
「アユミ、心配すんな。俺が相手役になってやるから」
「えっ、良治がなるの?」
それならちょっと安心かもしれない。まあキスシーンは、誰が相手でも嫌なものは嫌なんだけど、相手が良治だとそれ以外の面で気が楽だ。
「待てよ多川。まだくじ引きすらしてないだろ。当たる確率は二十分の一だぞ」
「いや、俺は二十分の一の確率に勝って見せるぜえ! 昨日ソーシャルゲームのガチャで一パーセントのレアを引いた俺に敵はない」
「良治君……それってもう運使い果たしてるんじゃ……」
なんだ、まだ良治と決まったわけではないのか。
クラスの男子はみんな優しいとは思うし、クラスメイト相手に緊張してどうするって思うんだけど、実際良治以外とやることになったら緊張するんだろうなあ。東吾相手でも緊張しそう……。
くじ引きか……。二十分の一って、クラスの男子全員だよねー。実際はもっと少ないだろうし、当たりやすいんじゃないかなぁ。なんにせよ良治には頑張ってもらいたいっ。
「なんにせよ、嫌われてなくてよかったあ。僕、皆に嫌われてたらどうしようかと思ったぁ」
「はぅ……。涙目になってるアユミちゃん、可愛いわっ。写真撮っちゃいたい」
スマートフォンのカメラを起動する桜子ちゃん。萌香ちゃんはそんな彼女を放っておいて、ハンカチで僕の目を拭ってくれた。
良かったぁ。みんなに嫌われてなくて。
これでお昼ご飯も美味しく食べられますっ。
午後も授業中や休み時間のギスギスした雰囲気は抜けなかったけど、理由がわかってしまえば多少は余裕が出るというもの。相変わらず緊張はしてしまうけど、少なくともビクビクすることはなくなった。
そして運命の放課後……。ホームルームを始めた先生は、ただならぬ空気を感じたのか伝えたいことだけさっさと伝えると、職員室に引っ込んでしまった。あ、これはいつものことか。
「さて、それじゃあまずは、皆さんお待ちかねの、主人公の幼馴染役を決めますか」
文化祭実行委員が前に立ち、音頭を取る。彼は実行委員故に当日の作業があるため、役には就けないので気楽だったりもする。
「幼馴染役を立候補する人ー」
まるで鉄砲水のように凄まじい勢いで手が挙がる。
みんな、僕の相手をするという苦労もしらないで。なんて思いつつも、こんなにみんなが手を挙げてくれるのはちょっと嬉しかった。
男役のはずなのに、女子まで手を挙げているのはどういうことなんだろう。
「あの、これ男子の役なんだけど……」
文化祭実行委員の子も戸惑い気味だ。ちなみに教壇に立ってる彼は高木君という。
「女の子でもいいじゃないっ。アユミちゃんと一緒にやりたいのよっ!」
困り顔の高木君。それを助けたのは劇の台本を書いた三田君だった。
「ふむ。確かに女子でもいいかもしれないが、それだとやはり特殊な層にしか受けないのだよ。そもそも生徒会長と同じ土俵で戦ったら、票を分けるだけであまり効果がない」
三田君が説明すると、女子も少しクールダウンしたようだ。生徒会長と同じっていうのが効いたようだ。
このクラスでは入学早々生徒会長がやらかしたおかげで、あの人と同じっていうキーワードが結構効く。確かに、女の子同士でキスシーンっていうのは、生徒会長が好きそうな話ではある。
これもどうかとは思っているけど、ミスコンで生徒会長と違う層の支持を得て票を取るのなら、似たような趣向を持って戦うのはダメだろう。
僕はどっちがいいのかっていうと、実はどっちもどっちだったりする。女の子とキスシーンっていうのは、僕の中じゃ男の子とやるのとあんまり変わらないってことだ。まだまだ未完成な女の子の僕だと、どちらも異性? っていう感じの意識が抜けていない。
挙手をしていた女子たちは、三田君や高木君がなだめて、辞退したようだ。
しかし女子が手を下したところで、男子が十八名ほど手を挙げている状況。ちなみに十八名は高木君と三田君を除いた全数となっており……。
「まあ、男子はくじ引きかなあ」
高木君は面倒くさそうにしている。一方で三田君は台本を作る際に、こういう人にやってほしいというイメージ像があるようで、くじ引きはやめたい様子だ。しかし、我らが一年A組は、くじ引きはやめようとやめたくても言い出せない状況にある。そもそもやりたいから手を挙げているわけで、そこでいきなり除外されたら誰でも怒りそうだ。それがわかっているから、三田君も何も言わない。
高木君は文化祭実行委員の相方の女子――ちなみに相方の子は椎名さんという――とくじを作成し始めている。
教室の男の子は天に祈ったり、深呼吸したりしている。
あの……ただの劇の配役なんだよ? 確かに重要な役回りだと思うけど、そんなに全身全霊かけてくじに挑まなくてもいいような……。
そんな僕の思いをよそに、くじ引きの作成は進む。
良治の方をちらっと見ると、彼は彼で何かに祈りをささげていた。
そんなに僕の相方をしたいのかな……、それとも目立ちたいのかな。
良治が何を考えているのかはわからないけど、くじは僕の力でも良治の力でもどうにもならないので、あとは天命を待つだけだ。
運命の配役はどうなるのか……。できれば、やりやすい人がいいなぁ。
書けるときは書いて投稿します。
……が、厳しい時は厳しいので、毎日はないかもしれません><