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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
二学期の始まり、変化の始まり
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美少女、文化祭の話をする

第八十話 美少女、文化祭の話をする




 土曜のお昼時、僕のバイト先の「たまご銀座」は今日も賑わいを見せている。

 夏休みが終わってしまい、平日のバイトが厳しくなった僕は、週末だけシフトに入るようになっている。矢崎さんはほぼ毎日夕方からのシフトに入っているようだ。学校に通った後にバイトなんて、凄いタフだなあと感心してしまう。僕だったら体力が持たなくてダウンしちゃいそうだ。


「ふうむ。佐倉ちゃんが休日に入ってくれるおかげで休日も客が増えたなあ」


 店長は自分の髭を指でつまみながら満足そうにうなずく。


「その代わり、平日にお客さん減ったじゃないですかー」


 矢崎さんの一言で軽くへこむ店長。


「やっぱり佐倉ちゃんおらんとだめかぁ」


「そ、そんなことないですよっ。店長の作るご飯は美味しいですっ」


 厳めしい顔をしておいて、意外とお茶目な上にメンタルが弱い店長を一生懸命フォローする。

 ここのご飯はお世辞抜きに美味しいから、店員目当てのお客さんより、店長のご飯が目当てのお客さんの方が多いに違いない。


「そ、そうか。佐倉ちゃんに褒められるとやる気出るなあ」


「まーでも、平日の売り上げ下がったのは事実ですよねー」


 テーブルの上を拭いている矢崎さんがさらっと一言つぶやく。

 折角元気になったと思った店長はまたしょんぼりしてしまう。もー、矢崎さんはさらっと本音いうからっ!


「ぐう……。確かになぁ。やっぱり佐倉ちゃん写真撮らせてくれないかい? そうしたらお客さん増えると思うんだっ」


「えー……」


 店長の言葉にちょっとだけ迷う僕。正直な話インターネット上に写真をあげるのは嫌な感じがする。でも既に矢崎さんはお店のウェブページに載ってるわけで、特に問題ないのかもしれない。

 

「ごめんなさい。やっぱりダメ」


 僕は店長ににっこりほほ笑む。

 やっぱりダメだっ。前の雑誌でもクラスで色々と騒がれちゃったし、あんまり余計なことはしないようにしよう。

 それにここは女の子目当ての店じゃないからっ。


「そうかあ。残念だなあ。でもまあ、写真で無料で公開するのももったいないか」


「店長ってポジティブだよねー。変なところで」


「まあね。料理を食べに来てもらうには、ぱっと見た目で客寄せをしたい。でも佐倉ちゃんは独り占めしたい。そんな感じなのだよ」


 お昼時も終わり、のどかな時間が流れている。

 お客さんもいなくなり、ざっと掃除を済ました僕や、夕方への準備も済ませた店長らは暇を持て余して、そんな会話をしていた。

 折角だし店長とか矢崎さんにも文化祭の事を話そうかな。でもあの内容だとちょっと恥ずかしいかなっ。うーん、話自体はいいと思うんだけど、やっぱりキスシーンがなぁ。どう切り抜ければいいのかイマイチ見えてこないうちは少し怖い。

 知り合いの前で恥ずかしい恰好は見せたくないし、恥ずかしいシーンもできれば見せたくないからっ。


「ところで佐倉ちゃんとこって文化祭っていつなの?」


「ふぇっ」


 丁度言おうか迷っていたところで、向こうから話を振られたので、びっくりして変な声が出てしまう。なんで僕の周りの人は、僕の思ってることを読んでしまうのだろう。実はみんなエスパーなのだろうか。

 

「えっと十月の終わりかな」

 

 恥ずかしいのを笑って誤魔化して僕は答える。


「へー。何やるの? 喫茶店とか?」


「劇をやることになっちゃって」


 やることになったきっかけは僕の案だ。おまけにヒロイン役になってしまって……失敗したかもなぁ、なんてちょっと思ったりもしてるけど、決まってしまったからには仕方がない。


「劇! 凄いねっ! 佐倉ちゃんも出るの?」


 僕は矢崎さんに向かって頷く。


「ほおお。そりゃ絶対見に行かなきゃだめだねー。店長、その日私休むから」


 そんな急に店長に言っても店長も困るんじゃないかな。そもそもまだ二か月近く先なんだし。


「大丈夫だ。その日は店も休みにする。そして見に行く」


 勝手に休業日にしていいの!? って店長だからいいのか。いやいやいや、ただの高校の文化祭でお店を休みにさせちゃうのはちょっと気が引ける。


「その……お店に迷惑をかけるわけには……」


「気にしないでも平気だ。一か月以上先に休みをいれるくらいなら問題ない」


 でもなあ……。お店を一日休むとそれだけ売り上げとかにも響くし、大丈夫なのかな。それに他のアルバイトの人とかもいるわけだし……。

 

「それとも佐倉ちゃんは、俺に見に来てほしくない?」


「へっ? いえ、そんなこと……ないですよ?」


 店長が寂しそうな目で僕を見るので、慌てて否定する僕。

 ……否定したかったけど、どうしてもキスシーンが頭をよぎってしまい、微妙な否定の仕方になってしまう。


「佐倉ちゃん、疑問形だよそれー」


 そしてそれを矢崎さんに突っ込まれ僕は苦笑いするしかなかった。

 でも、劇をやるって言って、みんなが見に来てくれるって言ってくれたのは凄く嬉しかった。色々懸念することはあるけど、それでも頑張ろうと思う。

 

「おっ、客が来たみたいだ。仕事に戻るぞ」


 店長が扉に映る人影を察知し、僕らに伝える。

 慌ててお冷の準備をする僕と、入り口に立ってお客さんを待つ矢崎さん。今日の雑談は終わり、通常のバイト業務に戻るのだった。

 

 

 

    ******


 日付が変わって日曜日。

 僕は少しだけオシャレをして、電車に乗っていた。電車は美川市の中央に向かって進んでいく。

 「美味しいスイーツのお店を見つけたから一緒に行ってみない?」 という蒼井君のお誘いなのだ。

 バイトが終わって疲れていたところに甘い物の話を持ってこられては、抗えるわけもない。

 スイーツにつられてしまって、ほいほいと二人きりのデートを許してしまうのもどうなのかなぁ。電車に揺られながら今更にそう感じてしまう僕。僕って尻軽なのかなぁ……。

 蒼井君と遊ぶのは楽しい。前に二人で遊びに行ったときも楽しかったし。

 でも良治とだって二人で遊んだりもするし、僕の方はそれとあんまり変わんない気もするんだけど、意味が違ってくるのかなあ。

 僕の方は、とりあえず楽しめればそれでいいかなと思ってこうしてお誘いに乗っている。

 相手が好意を持ってくれているのはわかっているものの、僕の方が遊ぶつもりなだけなのは少し申し訳ない。でも付き合うとかそういうのってよくわかんないから……。

 車窓に薄く映る僕の顔を見る。うーん、なんで僕なんかがいいのかな。

 女の子になろうと頑張ってはいるものの、まだ本物には遠い気がする。そんな僕が好かれる要素ってなんなんだろう。

 それに他にも引っかかることがある。

 それが何かわからないんだけど、こうして蒼井君と二人で遊ぶことに対して、何かもやっとしているものがある。勿論デートをしているっていうのも引っかからないわけでもないんだけど、それとはまた違う何かが気になっているんだよね。

 電車から見える外の景色を眺める。整然と立ち並ぶビル群がどんどん流れていく。

 車内のアナウンスを聞けば、もう間もなく待ち合わせの駅に着くことがわかる。

 今わからないことは悩んでも仕方ないよね。あんまり悩んでて、蒼井君を無暗に不安にさせるわけにもいかないし、しっかりしないとっ。

 下車する駅に到着し、改札を出ると蒼井君は既に待っていた。

 僕も結構早く着いたのに、もう待っているなんて、どれくらい早く出てきたのだろうか。

 前回、僕が変な人に絡まれてしまったから、気を遣って早くに出てきてくれたのかもしれない。気を遣わせてしまって悪いと思うと同時に、少しだけ嬉しかった。


「ごめん、待った?」


「いや、今来たところだけど」


 そんなやり取りに少し吹き出してしまう。こんな定番のやり取りを自分がすることになるなんてね。


「今日のところは食べ放題ではないんだけど、美味しいらしいよ」

 

「楽しみだね」


 どんなものがあるんだろう。今回はお店の情報を全然調べていないので、メニューも何も知らないままだ。蒼井君の紹介ならきっと美味しいものがあるはずっ。楽しみだな。

 ただ……甘い物は好きなんだけど、あんまり頻繁に行くと太りそうでやだなぁ。

 

 今回のお店は、前とは違いだいぶ落ち着いた雰囲気のお店だった。前のお店もそう言う雰囲気だったけど、キャンペーン中ということもあって人でごった返していたから、そんなに雰囲気は楽しめなかった。

 二人並んでお店に入る。

 可愛らしい鈴の音がなり、店員さんに席に案内される。

 窓際の席に案内された僕ら二人。僕らの席は店の外の通りからバッチリ見えてしまう席で、ちょっと恥ずかしい。

 蒼井君がメニューを取って、テーブルの上に広げる。

 色とりどりのパフェやケーキが写真付きで載っている。どれも美味しそうでなかなか決められそうにない。

 暫く考えて、チョコレートケーキのセットを頼むことにする。パフェもいいけど、食べきれないかもしれないし、ここはシンプルに行こうと思う。

 

「決まった?」


 僕の顔を伺い、蒼井君が尋ねてくる。

 僕が頷くと、彼はにっこり笑った。余りにも爽やかな笑顔だったので、自分もつられて笑ってしまう。二回目とは言え、二人きりでちょっぴり緊張してしまっていた僕も、笑うことで少しだけその緊張がほぐれた。


「チョコケーキのセットにしたのかな?」


「へっ!? どうしてわかるの?」


 僕の選んだメニューをぴたりと当てられたので、思わず聞いてしまった。

 僕ってそんなにわかりやすいかな。まさかエスパーではっ。

 

「何となくかな。前行ったお店でもチョコレートケーキ好きそうだったし」


 前のお店のチョコレートケーキは確かに美味しかった。

 生クリームとは違った濃厚でとろけるような甘さのチョコは本当に大好きだ。勿論生クリームも好きだし、あんこも好きなんだけどっ。要は甘いものに対して節操がないわけで、チョコだけが特段好きなわけではないんだよね。

 言ってみれば今回チョコケーキを選んだのは、本当にたまたまだったわけで、それを言い当ててしまう彼は凄い。多分、僕がメニューで件のチョコケーキをじっと見つめてたりする様子から察したんだろうけど、よく見てるものだ。


「チョコは好き?」


「うん、好きだよ。チョコ以外も好きだけどっ」


 僕は胸を張って答える。そんな僕を見て、彼は少し微笑む。

 何かおかしいことを言ったのだろうか。

 彼は店員を呼ぶと、オーダーを頼む。どうやら蒼井君は季節のゼリーを食べるようだ。ゼリーも美味しいよね。

 一回家でも作ってみたいなあ。毎日の料理やお弁当作りに追われ、お菓子までは作れていないのが残念だ。女の子ならご飯の支度よりもお菓子作りに精を出したいところ。


「佐倉さんはクレープとかも好き?」


「うん。好きだよっ」


「うちの文化祭で、剣道部でクレープ屋を出すんだけど、良かったら食べに来ない?」


 思わぬところで文化祭の話が出てきた。

 うちの学校でも運動部は文化祭だと焼き鳥とか焼きそばとか屋台を出すことが多い。蒼井君の学校でもそれはぶれないようで、彼の剣道部はクレープ屋を出すみたいだ。

 それにしても……話の持って行き方で一本取られてしまった感がある。この流れだとちょっと断りづらい。

 別に断りたいわけでもないんだけど、一人で他校の文化祭に出向くのはちょっと緊張するっていうか、心情的に難易度が高い気がするんだよね。


「来てくれたら何枚でも奢るからさっ」


「あはは、何枚も食べたら太っちゃうよ」


 もともと食べる量が少ないとはいえ、女の子の体は太りやすいとも聞くし、気を付けないと大変だ。ただでさえちっちゃいのに、縦じゃなくて横にのびたら目も当てられない。

 ダイエットしないとダメなのかなあ。今のところは、四月の身体測定時から増えてないからよさそうなんだけど……。


「それで、どうかな。来てくれるかな」


 体重を気にしている僕に、さらに聞いてくる蒼井君。

 どうしようか。文化祭と言ったら、当然彼の高校で行われるわけで、そこには彼の友達もいるわけだ。部活の練習試合の時は、彼の部活の友達くらいしかいなかったけど、今度は彼の高校の全員がいる。

 知らない人がいっぱいいるところで一人なのは辛い。そして友達が、友達の友達と話しているところを傍観するのも正直辛い。友達の友達って言っても、僕にとっては赤の他人なわけだしね……。


「前みたいに友達と行ってもいいかな……。まだ行けるかはわからないんだけど」


「うん、それでいいよ。佐倉さんの友達みんなの分を奢っちゃうから」


 彼はニコニコしながら言った。

 本当にいい人なんだなあと思う。蒼井君と一緒にいる時間は穏やかで心地がいい。とても優しいし、言い方は悪いけど甘やかしてくれるのが嬉しい。

 その心地よさに浸ってしまっていいのか、僕は少し揺蕩う。ここまで優しくしてもらっておいて、何とも面倒な女だと自分でも思う。


「佐倉さんのところは文化祭っていつ? 何かやるの?」


 僕は彼に劇をやることを告げる。

 そしたら案の定、何の劇をやるのか、何の役をやるのかに話が広がっていく。

 文化祭の日程や創作劇をやることまでは伝えたけど、役については内緒にすることにした。だって恥ずかしいし……。話の内容も秘密のままだ。


「役は教えてくれないのかぁ。佐倉さんがどんな人物で出演するかは凄く興味があるよ」


 役については秘密っていうってことは、出演するんだろうなって想像はついたんだと思う。彼はまだ聞きたそうだった。

 でもなぁ……ヒロイン役ですっなんて、今の僕じゃ胸を張って言えないよ。まだまともに演じられるかもわからないし、自信もないんだから。


「ごめんねっ。秘密っ」


 僕は口に人差し指を当てて、軽くウィンクした。

 我ながらあざといと思ったけど、彼はそれ以上追及してくることはなかった。蒼井君は暫く僕をじっと見たまま固まっていた。

 そんなにじっと見られると、照れちゃうよっ。

 彼がなにも反応しない物だから、やらかしたかもって感じがどんどんしてくる。あんな漫画みたいなことを現実に平気でやっちゃうのってどうなの……。

 やった時は何とも思わなかったのに、この後から湧いてくる後悔と恥ずかしさは……。


「あの……」


 気まずくなってしまい、僕は彼に声をかける。耳たぶまで凄い熱くなっている。顔まで真っ赤になってそうだ。


「あっ、ごめん。あんまり可愛かったから、ついつい見惚れちゃって」


 彼の言葉を聞いて僕の顔はさらに熱くなるのだった。このままだと熱暴走してしまいそう。

 その後も会話は続いたけど、僕はよくわからない答えを繰り返していた。蒼井君に変な女だと思われてしまったかもしれない。

 オーバーヒートしていた僕の下へ、チョコケーキのセットがやってくる。苦いコーヒーを飲んでようやく自分を取り戻せた。

 その後はとりとめのない話をする平常運転に戻った。

 こんなに簡単に緊張したりしちゃうんじゃ、劇も大変だよ……。

 蒼井君も文化祭には来てくれるって言ってくれているし、なんだかんだで僕の知り合いみんなが来てくれるようだ。これは本当に頑張らないと!


しばらくは2日に1回の投稿になるかもしれません('A`)

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