美少女、台本を読む
第七十九話 美少女、台本を読む
九月二週目も終わりに近づいていた。三田君は殆ど料理同好会に馴染んでしまっていた。
来週には劇の台本をみんなに提示する必要があるのに、この和みっぷりは時大丈夫なのかなとも思ってしまう。ちょっぴりこのまま劇の台本ができなければいいのに、とか思っちゃったりもした。劇に出ようと決めたのは僕自身なのにだ。
配役もちゃんと決まってないし、劇の台本もないのでクラスでも話題にしようがなく、週の初めと比べると大分静かになってきている。昨日のテレビがどうだとか、いつも通りの話題がクラスを占めている。
そんな平常運転のクラスだったが、金曜日の今日、再び燃え上がることになる。
「劇の台本ができたぞっ」
帰りのホームルームの気だるい雰囲気の中、三田君が一冊の冊子を高々と上げる。
虚を突かれて一瞬何のことかわからなかったクラスメイト達。しかし、理解をした次の瞬間に一気に盛り上がりを見せる。
「うおおおお! 三田、大分早かったじゃないか!」
「創作意欲がわいてしまってね。思ったより筆の進みが早かったんだ」
クラスメイト達に称えられ、彼は少しだけ得意そうに笑う。
「じゃあ、もう佐倉さんと一緒の時間は終わりな」
「え……」
クラスメイト達の宣告に、彼は絶望の表情を浮かべる。
コロコロ表情が変わって面白いね。変なところまでついてきたのは、ちょっと嫌だったけど悪い人じゃなかったし、部室に遊びに来るくらいならいいと思うんだけど……。
「そんなことより、台本読ませてよっ」
萌香ちゃんが三田君が掲げている台本を取ろうとぴょんぴょん跳ねる。そんな様子がとても可愛い。
うん、まあ僕もぴょんぴょん跳ねないと取れない身長なんだけどねっ!
三田君は文系のくせに身長が百七十を超えていて、とても大きいのだ。
「皆瀬さん待ってくれ。まずはコピーしないとダメだ」
「そ、そっか……」
三田君に軽くたしなめられて、萌香ちゃんは飛び跳ねるのをやめる。
早速文化祭実行委員と三田君らはコピー機に走る。
教室に残った僕らは、劇の内容を想像したりしてわいわいと騒いでいる。
「アユちゃんはどんな役になってるんだろうね」
「うーん……。あんまり難しくなければいいんだけど……。あとセリフと出番も少ないといいんだけど」
「そりゃヒロインには無理な注文じゃないかな」
東吾は少し呆れ顔だ。
でも僕もそう思う。無理な注文でも、わずかな望みに賭けちゃうんだよっ。
「役はどう決めるんだろうな。主人公役はもちろん公募、くじびき、リアルファイトになるだろうが」
いやいやいや、待ってよ! 良治の言葉の終わりに物騒な言葉が混じってるよ!
「血で血を洗う戦いになるな……」
東吾も真剣な顔をしている。
ないからっ! そういう話にはならないからっ!
「女子は女子で、厳しい戦いになるわね」
桜子ちゃんも会話に混じってくる。しかし混じり方がおかしい。どうやっても戦いになることはないでしょ……。
みんな異常なくらいやる気だ。こんなにやる気があれば、出し物で最優秀賞もとれるかもっ。みんな劇をやりたくて仕方ないって感じなんだね。僕も頑張らないと。
「それにしても、男の子ってみんな主役やりたいんだね。驚いちゃった」
僕が呟いたのは何気ない一言だったはずなのに、良治や東吾、それに萌香ちゃんや桜子ちゃんまでが僕の顔を凝視する。
「ど、どうしたの?」
「アユミちゃんって全然自覚ないわね」
自覚? 僕は妙なことを言い始めた桜子ちゃんに向かい、首をかしげる。
「うっ……可愛い! じゃなくて、みんなアユミちゃんと一緒にやりたいのよ。前にも言ったと思うけど」
正直な話、その話は冗談だと思っていました。正直ミスコンの選出クラスの商品券とかが欲しいだけかなって。
そりゃ一学期にはラブレターも結構もらえたし、僕だって自分の見た目が全然ダメだなんて思ってはいない。でも別に特別視されるようなものでもないと思っている。それこそ桜子ちゃんだって凄く綺麗だし、生徒会長も見た目だけで言えば美人そのものだ。僕はそんな彼女たちと比べれば貧相だし、そもそも女の子としてまだまだ未熟な状態だ。できればもっと可愛くなりたいし、綺麗にだってなりたい。
そんな僕があんなに祭り上げられるなんて、何かの間違いだろうと勝手に納得していた。だからてっきり商品券狙いかなーって。
もし、みんなが僕と一緒に劇をやりたいって思ってくれているなら、僕は本当に恵まれていると思う。ますます頑張らないといけないと気合が入る。
しばらくして大量の印刷物が教室に運ばれてきた。
人数分の印刷はかなりの枚数になる。初めに戻ってきた文化祭実行委員がヘルプを出したので、さらに何人かが印刷室へ走った。
次々と運ばれてくる台本の欠片。それらを丁寧に折っていき、最終的にホチキスで留められていく。製本作業が完了した台本は順々にクラスメイトに配布される。
僕の手元にも台本がやってきた。思ったより分厚い。中をぱらぱらめくると、登場人物の紹介があり、セリフや動作が細かく指定されている。
三田君は凄い丁寧に台本を作っていたんだなあ。お話自体はまだ読んでいないものの、作りがとても丁寧なのは見てわかる。部室で良治達と駄弁っているだけだったようにも見えたのに、仕事はしっかりしてたんだね。ちょっと見なおしてしまった。
「その、僕の前では読まないでくれっ! マジで恥ずかしいから、家で読んで週明けに感想と指摘をしてくれっ! そして配役を決めよう」
そう言うと三田君は、さっき印刷室から帰ってきたばかりだというのに、鞄を持って脱兎のごとく教室から出て行った。
あまりの速さに教室のみんなはぽかんとしていたが、やがて文化祭実行委員が今日は解散する旨と告げ、今日はお開きになった。
もともと週明けに台本が完成すると見込んでいたため、配役まで無理に今日決めなくてもいいし、折角土日を挟むのだからゆっくり読んで決めたほうがいいという趣旨のようだ。
台本を手に取った僕は、中をゆっくり読んでみたくて仕方がなかった。
ほかの子は配役が決まっていないけど、僕はもう確定みたいだし、猶更読みたい。
部室に行って読んじゃおうかなっ。
そんな風に思っていると、桜子ちゃんから同様の提案があった。
「部室行って読んでみようよ」
僕が頷くと、結局いつもの五人で部室に向かうことになった。
早速いつもの席に陣取ると、鞄にしまっていた台本をいそいそと取り出す。
一ページ目には登場人物がまとめてある。
既に僕の名前が名指しで入っている登場人物を発見。その人物の人となりを知るために、紹介文を読んでみる。
どれどれ……。
『辺境の街で生まれた少女レティシアは、一目見ただけで恋に落ちてしまいそうなほど美しい少女。しかし、その美しさに奢ることなく、慎ましく謙虚な性格をしている。
両親を亡くした彼女は、小さな町で幼馴染の少年の家族と一緒に過ごしている。家庭的な彼女は幼馴染の少年の家庭でもとても愛されて過ごした。
意思が弱く、周りの空気に流されてしまいがちな。ひょんなことから、高貴な身分の青年と知り合い、物語の渦にのまれていく』
物語の中の人物とは言え、そこまで美しい少女の役なんて無理なんじゃないか。この人物紹介が劇の紹介とかに載っちゃったら恥ずかしいなあ。
そして周りに流されやすいっていうの、これが僕を観察してた結果なのだろうか。
うう、わかってるよっ。僕だってわかってるんだけど、こうやってバッチリ書かれると少し凹む。
「アユミちゃん、演じなくても素のままで行けちゃったりねっ」
萌香ちゃんはからかい混じりに僕のほっぺをつんつんする。
「そんな簡単じゃないよう」
登場人物は他に、幼馴染の青年や、高貴な身分の青年がいる。さらに同い年くらいの女性が何人かいて、あとはわき役がちらほらか。案外出演者数は絞られそうだ。
僕は中をゆっくり読んでみることにする。
******
ふう……。
凄く集中して一気に読み終わった僕は深いため息を吐く。
同学年の男の子が書いたとは思えないくらい良くできてたと思う。
初めは幼馴染の少年と仲睦まじく微笑ましい形で物語は進む。しかしその穏やかな日常も長くは続かない。
やがてヒロインの国が隣国と戦争を始めてしまう。ヒロインの街は国境付近にあったため、瞬く間に戦火にのまれ、ヒロインも囚われの身となる。奴隷として売られようとしていたところで、隣国の高貴な身分の青年の目に留まり救い出される。
初めは心を閉ざしていたヒロインだが、優しくされるうちに徐々に心を開いていく。
異国の王宮での華やかな生活を送るヒロイン。ヒロインは自分が青年に愛されていることを知る。嬉しく思う気持ちもあるが、彼がヒロインの街を滅ぼした敵国の人間であるため、彼女には受け入れられなかった。
ヒロインは幼馴染の少年のことを思い出す。
会えなくなって初めて幼馴染の少年を愛していたことに気づくヒロイン。しかし、戦時中に戦争相手の国へ戻れるわけもない。
そんな中スパイとして幼馴染の青年が王宮へ潜入し、ヒロインを救出する。
ヒロインと幼馴染の少年は再び祖国へ戻り、再び幼馴染の少年と過ごす毎日が戻ってくると思うヒロインだったが、スパイとなった少年は軍に所属しており、すぐにでも戦地へ赴かなければならない。
赴任先は最も苛烈な戦場と言われる場所だった。数多の兵が死に泥沼と化した戦場。生きて帰ってこられる保証はない。それでも幼馴染の少年は、国のために戦地へ赴く決意をした。
行かないでと引き留めるも、少年の決意は変わらない。
ヒロインは少年に「愛してる」と言い、必ず帰ってきてほしいと伝える。
話はこんな感じだった。
よくある恋愛ものだと言われてしまえばそうなのかもしれない。でも僕はこの物語を読んで、少なからず感動したし、ヒロインの子に好感も持てた。
セリフもいっぱいあるし、感情を出す場面も凄く多い。果たして僕がこれを演じきれるかはわからないけど、頑張りたいとは思った。
唯一の欠点は、そう……後半にキスシーンがあることだよっ! おかしいでしょっ! キスだよキス! そりゃ映画のラブロマンスだとキスくらいぽんぽんあるけど、高校生の劇だよっ!?
白雪姫とか提案した人がいるから入っちゃったんじゃないの、このキスシーン!
「思ったよりいい話だったわね」
「うんうん。これはアユミちゃんの演技が楽しみだよっ」
「あはは……キスシーンだけなければね」
僕はみんなの期待の眼差しにひきつった笑顔で答える。
そう。この物語の最後の最後。ヒロインが告白するところには、キスのおまけがついているのだ。台本にしれっと「ここでキス」と無上の一言が添えられているのだ。
「そんなに恥ずかしい?」
「は、恥ずかしいよっ!」
演技とは言え、キスだよ!? 僕一度もしたことないのに……。劇ですることになるなんてっ。
流石に無理だよなぁ……やっぱり。他の部分は頑張りたいけど……。そもそもキスってそこまで必要な要素じゃないだろうし、なんとか消してもらえないかなあ。
「待って! 待って! アユミちゃん。キスなんて別に本当にしなくてもいいんだよ?」
「そうなの?」
「そうそう。まさか本当にしろなんて言わないでしょっ。そんなのただのアユミちゃんへの嫌がらせになっちゃうし。女の子にキス強要はないよっ! たぶんだけど!」
多分っていうのが凄い怖いけど、うちのクラスの良識に期待しようっ。それもなんか凄い怖いのは何でだろう……。
ふと視線を感じた僕は、良治や東吾の方に顔を向ける。良治がじっと僕を見ていた。
「どうしたの?」
「ああ、いや……。なんでもない」
僕の問いかけに、良治は少しきまり悪そうに答える。
何だろう。ちょっと変な良治の様子が気になった。
週明けには配役も決まるし、色々相手は気になるな……。振りだけと言ってもキスの振りってことは、その……すごい接近しなきゃいけないわけで、やっぱり恥ずかしいから相手は本当に気になる。想像しただけでも顔が真っ赤になってしまいそうだ。
うう……やっぱりやってみてダメそうだったら、キスシーンだけは何とかお願いしてなしにしてもらいたいな。
劇中劇ってなかなか難しいですね……。
行き当たりばったりで書いているのが仇となって、なかなか思いつきませんでした。
劇中劇すべてをネタバレしてしまってもつまらないように思ったので、あらすじは途中までになっています。
思った以上に話を作るのが大変なので、毎日の更新は難しいかもしれません。