美少女、台本作りに協力(?)する
第七十八話 美少女、台本作りに協力(?)する
「一週間、佐倉さんと一緒に学校生活を送らせてほしい」
教室の中が一瞬しんと静まる。
それも束の間、一気に騒然となる。というか怒号すら飛んでるよ。プロ野球のヤジでもこんなことないよっ!
突拍子もないことを言い始めたのは、台本作りを担当することになっている三田君。
彼曰く、僕をヒロインに据えるのだから、人となりをよく知るべきとのことだ。尚、ほかの出演者については話を、作った後にクラス内で募集または文化祭実行委員と話し合ってスカウトするらしい。
人となりをよく知るべきっていうのは頷けなくもないけど、僕だけにマッチした劇でいいのだろうか。いや、良くないからこんなにクラスメイトから非難されてるんだよね。
うん、良くないっ。折角やるんだからみんなと一緒がいい。
「三田君。その……いい台本を作ろうとしてくれてるのは嬉しいけど、僕だけ特別扱いみたいなのはやだな」
やんわりと否定する僕に彼は少なからず衝撃を受けたようだ。
「いやいやいや、佐倉さん。君に合った作品を作るのがクラスの本望なのだよっ!」
「めちゃくちゃに非難されてるってっ。やめようよ」
ここまで避難轟轟の中まるで気にしていない三田君が凄い。
元々肝っ玉の小さい僕は、縮こまって逃げたいくらいだというのに。
「佐倉さん、こいつら嫉妬してるだけだから! 佐倉さんについて行きたいっていう僕が羨ましいだけだから」
「そうだぞ、三田! ずるいぞ!」
「こんな高度な仕掛けを作って佐倉さんと一緒にいる機会を増やすなんて、侮れない奴!」
どうやらクラスメイトの悪意は僕には向いていないようで、少しほっとしてしまった。
「ふふふ、僕が良い劇を作れるかは、この一週間にかかっていると言っても過言ではない! そのかわり、一週間後の配役で、美味しいポジションは用意すると約束しよう!」
ざわざわと揺れるクラスメイト。
あれほど一丸となっていたクラスメイトも迷ってしまうようだ。まあ、その一丸となっているのも僕にとっては災難に近い気もするけど……。
男子たちはと言うと……、
「おい、どうする……。主役級になれば美味しいが」「だけど、それで一週間あいつが美味しい思いをするんだぞ」「でも役を得ればあと二か月美味しいぞ」
美味しい美味しくないの話でもめていた。
主役になれば、ドヘタクソな僕の相手をさせられる機会が多いわけで……美味しいというか凄く不味いと思う。今のうちに謝っておきたいくらいだ。それを約二か月続けるんだし、ストレスもためてしまいそう……。
女子はと言うと……、
「主役にはなれなくても、友達役とかで可愛がれるかも」「そうね。継母役とかで虐めちゃうのも可愛いかも」「あんたドSね……」「ああ、可愛い衣装のアユミちゃんを可愛がりたい」
あんまり男子と変わらないようです……。
とりあえず、いじめないでほしいな。劇とは言え、クラスの子に怒鳴られたりしたら泣いてしまいそうだ。
そんな美味しい美味しくない議論がしばらく続く。
ホームルーム中なのに、担任の山中先生は既に退散している。
「わかった、三田。その代り本当に台本には期待しているぞ!」
クラスメイトからの了解を取り、きらりと光る白い歯を見せ僕にガッツポーズをする三田君。
あれ……僕の意見は特に聞かないんだ。なんだかなし崩しに一緒に行動するようになってしまった。まあ学校にいる間くらいだろうし、構わないかな。
******
翌日になって、甘かったと僕は自席でぐったりしていた。
三田君は黒子のように僕の後ろにくっついてくる。トイレの時もついてきそうだったので、何とか説得したくらいだ。
この執念は凄いと思う。
僕や萌香ちゃんが可愛している様子もじっと見てるし、時々混じってくる。いっそ普通に友達として会話に入ってくれればいいのに、観察されてるみたいになっているのが辛い。
「そう言えば、劇のヒロインやるって蒼井君には言ったの~?」
「ま、まだ……」
萌香ちゃんの言葉に、僕は少しどきっとしてしまう。蒼井君とは夏休み以降会っていない。メールのやり取りはそこそこの頻度でしているような気がするけど、まだ劇の報告はしていない。
報告したくないってわけじゃないし、言えばいいだけなんだけど、台本見るまでは危険かなーって。三田君が変な本書いてくるとは思いたくないけど、ひょっとするとすっごい恥ずかしい内容だったりするかもだし……。
「さ、佐倉さんっ! 蒼井っていう人はまさか彼氏!?」
三田君が大きな声を上げる。
その瞬間クラスがしんと静まる。
物音ひとつせず、クラスメイトの視線が僕に集まる。っていうか良治まで、そんな驚いた顔で僕を見ないでよっ。
何でこんな恥ずかしい目に合うんだろう……。物凄い勢いで体温が上昇していく僕。ゆでていないのに茹でたこになってしまいそうだ。
「ちっ、ちがうからっ!」
「そうかぁ。良かったあ」「脅かすよなあ全く」「びっくりしたわあ」
クラスの中はまた段々と騒がしくなっていく。
なんだったの一体……。
「もう、蒼井君の話はしないでよっ。付き合うとか今は考えてないからっ!」
「あはは、ごめんごめん」
萌香ちゃんはくすくす笑っている。ああ、この顔はからかってたんだなっ。
このままからかわれて終われない僕は、萌香ちゃんの両方のほっぺをつまんで横に引っ張ってやった。
「ひゃっ! いひゃひゃ」
萌香ちゃんが驚いた様子でもごもごと言う。
考えてみれば僕が反撃に出たことって今までなかった。だから萌香ちゃんもびっくりしたのだろう。っていうか僕もびっくりしていた。今まで自分から女の子の体に触れることは絶対しなかったのに、なんで今はこんなに自然にほっぺたを触れたんだろう。
……慣れ?
そんなことを考えていると、萌香ちゃんが少し涙目になっていることに気付く。慌ててほっぺたを離すと、萌香ちゃんは引っ張られた場所を両手で押さえる。
「ごめん。痛かった?」
「はぁ……。アユミちゃんに触られちゃったっ。なんか今までこういうのなかったし、凄い新鮮な気分っ。はあ、もっとつねって欲しい」
恍惚とした表情で僕を見る萌香ちゃん。何故だか冷や汗をかく僕。
「ごっごめん。それは遠慮しとくよっ」
なんだかよくわからないけど、萌香ちゃんが変な方向に向かってしまいそうだったので、僕は慌てて彼女から目を逸らす。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
そして何かを納得した感じで頷く三田君。どこに「なるほど」の要素があったっていうのだろう。
******
お昼休みになり、僕ら料理同好会は部室に向かう。
当然三田君もついてくる。
人見知りの激しい僕は、いつもと違うというだけでちょっと緊張してしまっている。一方で良治や東吾は普通に三田君と会話して笑ったりしている。これがコミュニケーション能力の差なのね……。劇の役は僕より良治とかのほうが向いてるよね、絶対。惜しいかな、良治達が男の子であるということが。
部室の鍵を開けると、僕らはみんな定位置に座る。この約五か月で、みんな座る場所が固定になっているのだ。
僕の両隣には萌香ちゃんと桜子ちゃん、向かいには良治と東吾が座っている。
今日はその良治の隣に三田君が座っている。彼もお弁当箱を持参のようだ。
きりっとした顔に似合わないと言ったら酷いかもしれないけど、あんまり似合わない
「佐倉さんってお弁当は自分で作ってるんだっけ?」
「うん、そうだよ」
「ふむふむ、なるほど」
彼は一人で頷き、僕がお弁当箱を開ける様子をじっと眺めている。
一学期からずっと部室でお弁当を食べているのに、こんなに緊張したのは初めてだ。ふたを開けると、三田君は僕のお弁当の中身を眺める。
「これは凄いなぁ。うちの母さんより上手いんじゃないかな。一口食べてみたいな」
「うん、いいよ。何食べる?」
僕がお弁当を差し出すと、彼は少し考え込む。
「おいおい、アユミ。俺がくれって言ってもくれないじゃないか」
「良治は一口と言っていっぱい食べるからだよっ」
「いいじゃないか、アユミはあんまり食べないんだから」
「いやいや、おかしいからっ。食べきれる分しか持って来てないから!」
「佐倉さん、卵焼きもらってもいいかな」
「あ、うん。いいよ」
僕は彼のお弁当箱に卵焼きを取ってあげた。それを妙な顔で見る良治。お箸はまだ使ってないから綺麗なんだよっ。
「おおお、美味しいなあ。佐倉さん料理上手なんだね。流石料理同好会って感じかな」
「待って! 待って! アユミちゃんは入学したころから上手だったよっ。最近はそれに磨きがかかってる感じだよね」
「そうだなあ。入学したての頃にアユちゃんのお弁当もらったけど、既に美味しかったな」
みんなが口々に料理を褒めてくれるので、僕はちょっとだけ恥ずかしくなって、自分のお弁当に視線を落とす。
やっぱり褒めてもらえるのは嬉しい。特に料理はママからしごかれてる分、その実力が認められたときの嬉しさは一入だ。
「ふむふむ、なるほど」
そんな僕の様子を見て、さらに頷く三田君。一体今の流れで何が「なるほど」なのかはわからないけど、彼にしかわからない何かがあったのだろうか。
こんな感じで三田君の密着取材は放課後まで続いた。
初めにトイレまでついてこようとしたりして、ちょっと変な人かと思ってだけど、案外普通に話せる人なのが救いだった。ただ、こうして一日中僕の活動を見せたところで、僕自体は何も変わったことはしていない。
一週間密着するとは言っているけど、何の参考になるんだろうと、僕は一人疑問に思っている。
まあでも、何かの参考になったのかどうかは一週間後にはわかるよね。台本は来週には出来上がると言っているのだから。