美少女、劇の役に悩む
第七十七話 美少女、劇の役に悩む
週が明けて九月も二週目。放課後のホームルームでは、劇で何をやるかを話し合うことになった。
映画を題材にしたものやら、よくある童話など様々な案があげられる。しかし、映画は映画で知ってる人じゃないと内容がわからず、その映画を題材に劇をやりたいと言ってもなかなか理解は得られない。
かと言って童話は童話で、高校生にもなって童話の劇かという雰囲気がどうしても拭えず決めるに至らない。
僕は映画はほとんど見ないため、映画の話になると付いていけない。童話や名作になると知ってはいるものの、そこまでやりたいという情熱がない。自分で劇を提案しておきながらノープランというのは申し訳ない気持ちになるんだけど、ネタの引き出しがない以上黙っているしかなかった。
ああだこうだと活発に議論されている中、僕はぼんやりと教室の窓から見える空を見ていた。
お行儀がよくないと知りながら、肘をついて空を眺める。今日もいい天気だなー。
「だからー、白雪姫とかでいいじゃん」
「それって、お前がアユミちゃんとキスしたいだけだろー」
突然名前が呼ばれてびっくりした僕は、肘をついていたバランスを崩した。
なんで僕の名前がっ?
よく見ると、クラス全員が僕を注目している。何も発言していないのに、このやらかしてしまった感はなんなのだろう。みるみるうちに体温が上昇していくのを感じる。
「なるほど。確かに劇によっては濃厚なラブシーンがあるな」「その発想はなかったわ」「盲点だった」
うんうんと男女問わず頷くクラスメイト達。そしてじろりと僕を見る。男の子も女の子も何かを期待している眼差しだ。
そんな目で見られても、僕どうしていいかわからないんだけどっ。っていうか僕はそんなヒロイン格は無理だからっ。人前でしゃべるのも危ういのに、舞台上で演じるなんて尚の事できないよ。
「だけど、肝心の話が決まらないんじゃなあ」
「確かに……」
俯き考え込むクラスメイト達。教壇の前にいる文化祭実行委員も困った顔をしている。黒板に案を書き残していた桜子ちゃんは……暇そうな顔をしている。あ、アクビした。
「ならば、話から作ればいいんじゃないか?」
突如上がった声にざわめくクラス。
立ち上がった人物は、きりりとした面立ちをした黒縁メガネの男の子、名前は三田君。何の部活に入ってるかとかまではわからないけど、その線の細さやクラスで仲のいい男子の様子から見ると、文化系の部活なのだろうと推測していた。
彼は僕の方をちらりと見て、言葉を続ける。
「どうせ文化祭で劇をやるのなら一から作ってもいいと思う。まだ二か月あるのだから」
完全に創作かあ。僕にはお話を作ることなんてとてもできないけど、誰か書けるんだろうか。
クラスの雰囲気も、創作劇をやることには概ね賛成、歓迎ムードだけど、じゃあ誰が書くんだ? という内容で今度は揉めている。
そんな中、三田君は不敵な笑いを見せている。
「ふふふ、諸君。僕が書いて見せよう! 言いだしっぺだしな」
クラスの中はさらにざわつく。中には「お前書けるのかよ」等とヤジすら飛んでいる。
「慌てなさるな。僕は文芸部、台本の一つや二つ書いて見せよう」
クラスの中がどよめく。
文芸部だからって、舞台の台本が書けるってわけじゃないとは思うんだけど、不思議な説得力があった。それに、みんな「自分じゃ書けないから誰か他の人に書いてほしい」と思ってるわけで、立候補してくれるのであればそこに反対する気はなかった。
「佐倉さんをヒロインにして、その魅力が映えるような台本ならみんな納得なのだろう?」
三田君がクラスメイトに語りかける。頷くみんな。
って、ちょっと待って待って!
「な、なんで僕がヒロインなの!? 僕、人前でしゃべるなんて無理だよっ」
「アユミちゃん、ミスコンでトップをとるには、出し物で目立つ必要があるよっ!」
萌香ちゃんが期待の眼差しを込めて僕をじっと見つめている。
そ、それはわからなくもないんだけど、だからと言って話のメインにしなくてもいいじゃないか……。いっそ背景の木とかガヤとかに使ってくれればいいよっ。
「そうよアユミちゃん。ミスコンの対抗馬に生徒会長が出てくるのは間違いないわ。性格はアレだけど、二年連続でミスコンなのよ」
「なっなんだってー」「やはりか。見た目だけなら凄いからな」「内面があれでも、外が良ければ惹かれてしまうのが男の性か……」
桜子ちゃんの言葉で危機感を募らせるクラスメイト。
一方で僕の方は、「久しぶりに聞いたなあ、生徒会長って」くらいにしか思っていなかった。
確かに性格はアレだけど、ルックスだけなら芳乃さんにも劣らない。生徒会長が出るんなら、元々勝ち目なんてないような気がする。
僕の諦めた感じの空気を察したのか、桜子ちゃんはさらに続ける。
「でも生徒会長はあんな性格で殆どレズ同然だから、女子の人気はあっても男子の人気は低いのよ。そこに付け入る隙があるわ!」
女子の人気があるだけで、ほぼ全校生徒の半分なんだけど……。どこに付け入れるんだろうか。
一方の僕はと言うと、生徒会長みたいに目立った活動はしていない。一学期は料理同好会でこじんまりとまとまってたし、何かをしたっていうのは体育祭くらいかな。でも体育祭ももう四か月前の話で記憶に新しいかと言うとそうでもない。
しかし、僕の考えをよそにクラスメイトはうんうんと頷いている。
仮にミスコンで戦うためだったとしても、ちゃんとした話し合いもなくいきなり役を取ってしまうのってどうなの? きっとみんなの中には、劇で役を演じてみたいって思ってる人もいるんじゃないかな。
「その……みんなだって役をやりたいんじゃないの? 僕なんかより、本当にやりたい人がやるべきだと思うんだけど……」
僕はクラスの女子の顔を見回す。
何ともいえない雰囲気が場を支配する。これは気まずい。でも間違ったことは言っていないはずだっ。
すると、一人の子が立ち上がった。
「佐倉さん。確かに劇で役はやってみたいわ。でも、それ以上に私たちは佐倉さんを愛でる方が大事なのよっ! 可愛い佐倉さんのヒロイン姿が見たいのよっ! ヒロインじゃなくても劇には出られるしねっ!」
そうよそうよと、周りの女子からも賛同の声が上がる。
毛嫌いされるよりはずっといいし、同性の子から可愛いって褒めてもらえるのは嬉しいよ。でも持ち上げすぎだよなあ。
「佐倉ちゃん、だから頑張ってヒロインやってくれない?」
女の子にもお願いされるとは思わなかった。僕みたいな主体性に欠ける人じゃなくて、もっと積極的な子がこのクラスにはたくさんいる。だからきっと他に立候補する子がいるものだと思っていた。
他にやりたい人がいるなら、その人に任せちゃおう作戦も最早これまでか……。
本当にこのまま決められてしまっていいのだろうか。
そりゃ僕だって、劇に参加したくないわけじゃないよ。でも、いきなりヒロインに抜擢は行き過ぎだよ。
僕が舞台上で演技ができるとは思えない。まともに喋れないのがヒロインなんて、劇自体が壊れてしまうよ。みんなと二か月間一緒にやって、結局台無しにしてしまったらと思うと、怖くて引き受けるのを躊躇ってしまう。
「ちょっと考えさせてほしいな……」
「アユミちゃん、私たちの事ばっかり押しつけちゃってごめんね。嫌なことを無理やりさせる気はないからっ」
萌香ちゃんが僕の事を気遣ってくれる。みんなもうんうんと頷いている。
無理を言ってまでやらせるというわけではないようだ。でもみんなが期待してくれているし、何も考えずにノーとは言えない。
そんなにみんな、ミスコン選出クラスの商品券が欲しいのかな……。
さっきの僕の回答で配役その他は今日のホームルームでは保留となった。
台本作りから始めるのであれば、二か月なんて時間はあっという間だ。むしろ足りないかもしれない。僕の回答もいつまでも先送りにはできないし、頑張って考えて明日にでも決めてみんなに告げないとだめだ。
本当は台本を作ってから、その話に合う配役を考えてほしかったなあ。もう話がこうなってしまった以上、今更言っても後の祭りなんだけど。
ホームルームの終了後、僕はいつものように部室へ向かう。
いつものメンバーも僕といっしょに部室へ向かう。
「ねえ、萌香ちゃん、桜子ちゃん。僕なんかに演技できるかな」
僕は部室への道すがら、二人に尋ねてみる。
正直なところ、劇に出たくないわけじゃない。木の役でもいいから舞台の空気を吸ってみたい。……まあ不器用だから裏方の仕事ができそうもないっていう消極的な理由も含まれているのが情けないところだけど。
生まれ変わりたいとか、違う自分になりたいっていうのは、誰もが持っている感情だと思う。奇しくも本当に生まれ変わってしまった僕ではあるけど、まだ違う自分を見つけたいっていう気持ちはある。
ただ、怖いんだ。失敗するのが怖いし、今までの自分の経験にない大舞台に立つのが怖い。
「アユミちゃんならできると思うけどなぁ」
桜子ちゃんの言葉に頷く萌香ちゃん。
「何を根拠に言ってるの? 僕なんていつも人に言われて動いてるだけで主体性もないし、引っ込み思案だし、すぐ緊張するし……上手くいくとは思えないよ」
「アユミちゃん、アユミちゃん。大丈夫だよっ。私たちも手伝うし! それに今のアユミちゃんなら、きっとうまくできると思うよ」
「今の……?」
「うんっ。入学したての頃と全然違うもん。確かにすぐ赤くなって可愛いけど、前より自分を出せてると思うよ」
「そうなのかなぁ……」
今までの自分を少しだけ振り返ってみるも、自分ではよくわからない。でもいつも一緒にいた萌香ちゃん達が言うなら多分そうなのかもしれない。
「それに上手くやることだけを考えるんじゃないだろ? 楽しめればそれでいいと思うけどな」
後ろを歩いていた良治が会話に混じる。
楽しむかぁ……。確かに上手くやれないかもっていう不安だけが先行してしまって、劇を演じることの楽しさについては何も考えていなかったのかもしれない。
「それにアユちゃんが引っ込み思案だっていうなら、それを何とかするチャンスかもよ?」
東吾も良治の後に続く。
確かに劇を思いっきり演じきれれば、僕の弱いところも少しは克服できるのかもしれない。
でもやっぱり怖いなあ……。
「アユミ、練習にもちゃんと付き合ってやるし、不安があったら愚痴でもなんでも聞いてやるから。舞台に立てるなんてなかなかないんだぞ。折角のチャンスがもったいないし、やってみたらどうだ?」
「良治……」
良治の言うとおり、こんなチャンスはまたとないかもしれない。一生の内、一回も舞台の上で劇をやった経験がない人の方が多いかもしれない。この学祭だって、僕のクラスの中でも役を貰って出演する子は限られてしまう。
そんな中、みんなが是非にと言ってヒロイン役をくれているんだ。それが少し申し訳ない……。けどっ、そこまでしてくれる皆の期待には答えたいし、良治の言うとおりチャンスなのかもしれない。
「よし……僕、やってみようかな」
「ほんとっ!?」
驚く桜子ちゃんに、僕は頷く。
「やったわ! クラスのみんなにメールしておかなきゃ」
え、ちょっと行動早いよっ。うわっもう送信している。これが女子高生の入力速度だよっ。
「やったぁ! 藍香にメールしよっ。アユミちゃんの衣装は藍香と一緒に超気合入れて作っちゃおう!」
あれ、そんな話になってたっけ? おかしいな、僕の記憶には衣装の話は全くないんだけど。
というか藍香ちゃんって本当に衣装づくりとかできるの!? 萌香ちゃんの家に行ったときに脱がされかけた思い出しかないよ!
「なあ、多川。ちょっと体鍛えるから、付き合わないか?」
「そうだな……、明日は恐らくヒロインとタメを張れる主役級を争うことになるだろう。血が流れることになるだろうしな」
いやいやいや、東吾も良治もなんかおかしいでしょっ。っていうか明日のために今から体鍛えても間に合わないからっ。
やっぱり劇に参加するなんて言わなきゃよかったかも……。僕の周りの愉快な人たちの様子を見て、少しそう思ってしまった。
リアルの生活が大変です……。
でもがんばりたひと思います。