美少女、文化祭に向けて動き出す②
第七十六話 美少女、文化祭に向けて動き出す②
二学期早々に文化祭でミスコン参加と言う余り嬉しくないプレゼントをもらった僕だったけど、ホームルームはまだ続いていた。
肝心の文化祭で「何をするのか」が決まっていない。
ミスコン優勝者を選出したクラスには、商品券が配られるため、何とか僕を目立たせようとクラスのみんなは悩んでいるようだ。
本当にそういうのいいからっ。僕の文化祭じゃなくて、みんなの文化祭なのに、果たしてそれでいいのか。
そうやって問いただしたい気持ちはあるんだけど、みんな凄い楽しそうにあれやこれと議論しているので言い出せないでいる。
楽しそうならいいかなあ……。ってそれじゃあ、僕が目立たせられるんだよね。文化祭はいろんなお店とか廻って遊びたかったんだけどなあ。
ま、まあ、みんなに嫌われてないだけでもいいよねっ。
中学の頃は完全にその他大勢の中にいたから、こういう状況でどうすればいいのかわからない僕。だから暫くみんなの意見を聞くことに徹することにする。
「メイド喫茶がダメならお化け屋敷とか?」
ああ、よくあるよね。漫画とかだとメイド喫茶とお化け屋敷は鉄板だよね。
「お化け屋敷はアユミちゃん全然目立たないでしょっ」
暗いし、仮装しちゃうから確かに目立たない。でもむしろそれでいいんだけどね、僕としては。
人を脅かすのはちょっと楽しそうだし。
「私はアユミちゃんに脅かされたら、暗がりなのをいいことに抱き着くわよ」
待って待って! 桜子ちゃん、クラス委員として教壇の前にいるのに、何を真顔で言ってるの! 横にいる文化祭実行委員も引いて……あれ、頷いてる!?
なにこの「あるある」的なノリはっ。このクラス、妙に団結してるよね僕以外。
「それに文化祭でお化け屋敷って、定番なようでショボイから客に受けないだろ」
クラスの後方から出てくるお化け屋敷否定意見。確かに、漫画とかだと結構気合の入ったものになったりしてるけど、あれを実際手作りで作るのは難しいと思う。衣装もそうだし、オブジェを作るのも結構大変そうだ。
「いっそアユミちゃんトークショーでもやればいいんじゃね? 毎回違う衣装着てもらえば、客も何回も来るかも」
それはもうクラスの出し物じゃないよっ!
ただの素人で一般人オブ一般人の僕が話したからってどうなるっていうの。お客さんぽかーんだよ。完全にお客さん不在のイベントになるって! 内輪受けオンリーのイベントはつまんないよ。
これは流石にやめようって言わなきゃと思い、言葉が喉から出かかったところで萌香ちゃんや東吾が先に口をはさむ。
「ねえねえ、それは私たちはいいけど、アユミちゃんが大変だし可哀想だよ」
「そうだなあ。アユちゃん一人に負担をかけるのはどうもな」
えっと、気遣ってくれるのは嬉しいんだけど、問題の本質は違うよね。だけど、二人のおかげでとりあえずトークショーはなしになったからもういいか。
残念、しょうがないという空気の中、こっそりと良かったと安堵の息を漏らす僕。
しかし、こうなってくるとクラスでやれるものというのがなくなってくる。出し物の内容も行き詰ってきている。
「佐倉さんは何かやりたいものある?」
クラスメイトの誰かが僕に意見を求める。
一気にクラスの注目を集める僕。そんなみんなの視線が辛いです。
心の中とは言え、みんなの意見を否定しまくってる以上、僕も何か意見を出すべきだと思う。否定ばかりしてノープランじゃ、いかにも都合がいいし……。
かといって何かやりたいことはあるのか……。
料理同好会で何か出店してみたらいいんじゃ。そうすればクラスの出し物で恥ずかしい思いをしなくて済む? いやいや、五人でお店を回すのは結構大変そうだ。料理できるのは僕含めて女の子の三人。良治は簡単なものなら作れそうだけど、店番でみんな殆どつきっきりになっちゃう。それじゃあ文化祭が楽しめない。
正直なところ、僕は喫茶店でも良かった。でもクラスでやらない方向なのに、今更蒸し返すのもなあ。
じゃあ展示とか? それこそ地味かな。しかも展示する内容については思いついてないから、意見としては弱い。
他にはライブとか漫才とか色々浮かんだけど、どれもクラスでやるというよりは部活動でやるものかなと思う。そもそもクラスで四十名くらいいるのに、みんなが上手く稼働するような出し物っていうと結構厳しい。
人数が多くても、みんなが役割を持てて、それでいて達成感があるもの……。それは……、何か頭にピンと来た気がする。
「劇とか?」
僕はぽそりと呟く。
その言葉を拾ったクラスメイトのみんなは、はっとした顔をする。
「「「「それだっ!」」」」
満場一致で賛成となり、クラスの出し物は劇となった。次は劇で何をやるかを決めたいところだったけど、お昼になってしまうので今日のところはお開きとなった。帰宅部の子はお弁当を持ってないし、部活をやってる子は午後に練習があるので、いつまでも拘束することはできない。
担任の山中先生は出し物を決め始めたところで既に退室していたので、そのままなし崩し的に解散になった。果たしてこの監督しなさっぷりはいいのだろうか。
徐々にクラスメイトも教室から減っていく。みんなこの後
僕はちょっとだけ部室に寄っていこうかな。休み中でほこりがたまってそうだし、軽く掃除だけしていこう。
教室を出ようとすると、萌香ちゃんに後ろから声をかけられる。
「アユミちゃん、一緒に帰ろっ」
「僕は、ちょっと部室の掃除だけしようかなって」
「じゃあ私も手伝うよっ」
萌香ちゃんに続いて、桜子ちゃんも東吾も、そして良治も手伝ってくれると言う。結局全員で部室に行くことになってしまった。
「みんな先に帰ってもいいのに」
みんながお昼ご飯を持って来ていないのはわかっているので、掃除を手伝わせてしまうのも何だか悪い気がする。
みんなが使う部室だからっていうのはわかるけど、僕が勝手にやろうとしてたことだし。
「アユちゃん一人に掃除はさせらんないっしょ」
「そうそう」
僕たちはぞろぞろと職員室に向かう。
流石に高校の部活では生徒に鍵の管理はさせないようで、部室の鍵は一括して職員室にあるのだ。僕らの部室の場合は部室と言うより特別教室の一つのようなものなのだけど、一応同じように部室の鍵として職員室に置かれている。
「失礼します」
職員室の扉をそっと開け、中に入る僕。流石に五人がぞろぞろ入るわけにもいかないので、僕一人で入る。
一瞬職員室中の視線が僕に注がれる。この空気はいつまで経ってもなれないなあ。先生とは言え、ジロジロ見られるのは余りいい気分ではないし、何より緊張する。何か間違ったかなと思ってしまう。クラスメイトの子たちは一部の先生と仲良くなって話したりしてるし、僕も一年生を受け持ってもらっている先生なら普通に話せると思う。でも職員室って全然知らない先生もいるわけで、そう言う先生って結局知らない大人の人っていうカテゴリに入っちゃって、要するに結構怖かったりする。
「おー、佐倉。終わったのかー?」
自席でカップラーメンを食べている山中先生。しかも食べているのはカレー味で、辺りにはカレーの匂いが立ち込めている。
冷房を効かすため、閉め切っている職員室で匂いのきつい物を食べるなんて……。女の先生は嫌だったりしないのかなあ。
「はい、一先ず出し物を何にするのかは決まりました」
「ほー? 何やるんだ?」
「劇です」
「ほほー。そりゃ面白そうだなー。まあ、佐倉は大変になると思うけど頑張ってくれな」
「はぁ……」
劇をやるんだから、クラスみんなが大変になると思うんだけど、なんでまた僕を名指しなんだろ。
まだ何の劇をやるかも決まってないし……。まあ何をやるにせよ、僕は裏方か、もしくはその辺の木の役がいいな。セリフなんて言えるわけないし……。仮にそう言うセリフがある役になっちゃったら、全力で断ろうっ。
「俺、昼にカップラーメンばっかり食ってんだけど、料理同好会で飯つくってくれんか?」
「だめですっ」
僕が拒否するとしょんぼりしている山中先生。
そもそもお昼には活動をしてないし、誰かに食糧を供給するためにやってるわけでもない。
「あら、佐倉さん。部室の鍵を取りに来たのかしら」
そんな僕と山中先生のやり取りの中に、最上先生が入ってくる。僕が唯一自分の学年以外の先生で知ってる先生だ。あんまり活動中に顔を出さないけど、料理同好会の顧問なのだ。
「そうです。ちょっとみんなで掃除しようと思って」
「あら、えらいわねぇ。それじゃあ後でちょっとだけ差し入れ持っていくわね」
「ホントですか!? ありがとうございます」
このおっとりした二年生の古典の先生は殆ど怒らないし、僕達が片づけで遅くなってもちゃんと最後まで付き添ってくれる。調理中ずっと監督ということはないけど、包丁を使うところや火を使うところには必ずいてくれる良い先生だ。
一方で一年の古典の先生は、多分十年くらい前からおじいちゃんなんじゃないかと思うくらいのおじいちゃん。でもこちらも温和な先生で、殆ど怒らない。古典という昔からの文化を学んで来た人は、こうして穏やかな人になるんじゃないかと思ってしまう。
職員室で鍵を受け取ると、僕は廊下に戻る。
「なんか最上先生と話してたけど、何かあったのか?」
「ううん、なんにも。あとで差し入れ持って来てくれるって」
「差し入れかあ。甘いものかねぇ」
「流石最上先生、やさしいわね」
「これはますますお掃除に気合が入っちゃうねっ!」
お腹も結構空いてきてるし、差し入れのためにみんな頑張る気満々だ。
部室の鍵を開け、およそ一か月半ぶりに部室の中に入る僕。夏休み中は、良治や東吾は補習の帰りにちょっと寄ってゲームしてたりしたらしいけど、女子陣は一回も来ていない。
「うーん。久しぶりね」
桜子ちゃんが中を見回す。すると彼女は何かに気付いたようだ。部屋の奥へ進み、机の上に置いてあった本を手に取る。
「これ、良治君か東吾君の持ってきた本?」
桜子ちゃんがさっと表紙を見せる。そこには水着の女性の写真がでかでかと載っていた。
グラビア雑誌か何かだろうか。女の子が来る部室に、隠しもせず放置っていうのは良くないよね。
「げっ!」
びくっと肩を震わせる東吾。ああ、東吾が持ってきた本か。
「あのね、アユミちゃんがいるんだから、こういう本は残しておかないことっ!」
「ぐっ。夏休みに男二人だったから、その本でいろいろ議論していたのに……」
「おい、吉川。俺をさり気なく混ぜるなよ」
「おう多川。お前もばっちり読んでただろうがぁ! 一人だけ逃げんなよ!」
どちらにせよ東吾が一人で読むだけなら部室には持ってこないよね。
僕は元々男の子だったが故に、良治や東吾がグラビアを見たりしてることに抵抗感はなかったりする。普段からしょっちゅう恥ずかしがったりしてるせいで、桜子ちゃんに変な気遣いをさせてしまったようだけど、僕は全然平気ですっ。
いや、まあ女の子になってから見ると、少しだけ違和感はあるけどさ。
それに昨今の漫画雑誌でも水着の写真くらいは載ってるんだし、そう目くじら立てなくてもいいと思う。
「もー、アユミちゃん、見ちゃだめだからね」
萌香ちゃんまで僕の目をかばう。彼女たちの中の僕は、想像を超えるほどピュアなようだ。
「あはは、僕は大丈夫だよ」
「とにかくっ、これはさっさと持って帰ること!」
部屋の奥にいる桜子ちゃんが本を長机の上に置く。そしてそのまま机の上を滑らせようと勢いをつける。
「あっ! 相川やめ……っ」
東吾が止めようと試みるも、桜子ちゃんは机の上にある雑誌を、部屋の入口に固まっている僕らの方へ向かって滑らせる。
その拍子にぱらぱらと中のページがめくれる。自然と中のページに目を落としてしまう。
えっ? これって。
僕の目に映った雑誌の中の女性は、あられもない姿というか、生まれたままの姿と言うか、要は裸で……。
えええええ! これって、これって……!
もともと男の子だったとはいえ、こんなエッチな本は見たことがなかったし、その……見せられても困ってしまう。自分じゃないのになぜか恥ずかしくなってくる。あ、あんな写真撮る女の人もいるんだ……。
どうしても自分の撮った写真を思い出してしまう。いやいや、あんな裸の写真なんてっ! 僕が撮ったのと全然違うからっ! でもあっちの裸の女性の方がスタイルいいし……。それに引き替え僕ときたらっ。違う違う!
うう……男の子だったら、そういうエッチな本も読むのはわかる。僕も元々男の子だったし。でも女の子になった今だと、身近な男の子が、ああいうエッチな写真を見ていたという生々しさが受け入れがたいっていうのもある……。
ってそうじゃないっ! 僕の気持ちとかはこの際どうでもよくてっ。そ、そもそもこんな本を学校に持ち込むのが悪いっ!
僕は良治をきっと睨む。すると彼は決まり悪そうに眼を逸らした。続いて慌てて雑誌を鞄にしまっている東吾を睨む。
「ご、ごめん」
東吾は凄く申し訳なさそうに謝ってくる。
でもここはきちんと言わないとダメだ。一応料理同好会の会長ってことになってるんだし。最上先生が先に部室はいってたら活動停止になってたかもしれないしっ。
「こういう本は学校に持ってきちゃダメッ! いい!?」
「「は、はいぃ」」
二人ともピンと背筋を伸ばして返事をする。
「今度持ってきたら、もう口きいてあげないからっ!」
今度は返事がなかった。二人を見てみると、背筋を伸ばしたまま固まっていた。
そ、そんなにショックなのかな。言いすぎちゃった?
「おおっ。アユミちゃんが怒ってる……」
萌香ちゃんもびっくりしたようだ。僕も実はびっくりしている。あんまりこうやって怒ったり注意したりしたことってなかったから。
あんまりにもしょんぼりしてしまった男二人を見ていると、少しだけ可哀想になってくる。
い、いや、でもああいう本を持ちこむのは良くないしっ。ここはびしっとしてないとダメだよねっ。
隅で落ち込んでいる二人を一先ずはそのままにして、僕は掃除用具を手に取る。萌香ちゃんや桜子ちゃんもそんな僕を見て慌てて掃除用具を手に取った。
うーん……。やっぱり気まずい。いくら良治達が悪いことをしたとは言え、重い空気は僕も辛い。それに、ぶっちゃけた話、ただ単にエッチな本を置き忘れただけの些細な出来事だ。心情的にはどうあれ、折角楽しい部活の時間なんだから、やっぱり楽しくしたい。
「ねえ二人とも」
落ち込んでいた二人はのろのろと僕の方を見る。
「もう持ってこないなら、いいよ。その……あんまり気にはしてないから」
内心は気にしてないわけはない。
まず第一に、中学生の時はあそこまでエッチな本は見たことがなかったから衝撃的だった。男の子の時だったらそのまま僕も読んでたかもしれないって思うくらいの理解はあるくせに、何故か嫌だと感じてしまった。そしてさらに、良治があんな本読んでるっていうことを知った時に、何か残念に思った。残念というか、もやっとした何かを感じたんだよね。良治だって男だから、ああいう本くらい読んでてもおかしくはないのに。
そんなことを言っても、持ち込んでしまったものはどうしようもないし、謝ってはくれてるわけで後に引きずるものでもない。
「その、すまん……アユミ」
良治が申し訳なさそうに、さらに謝ってくれる。
彼らしくないように感じた。夏休みの終わりから、少しずつ良治の僕への態度が変わってる気がする。気のせいなのだろうか。女の子として生きていく、なんて言っちゃったものだから、良治も僕との距離感がつかめていないのかもしれない。
「あはは、もういいよ」
良治の態度のことはさておき、エッチな本の件についてはそんなに深刻に考えるようなことでもないので、僕は敢えて笑って見せる。ぎこちなくならないように気を付けたので、多分大丈夫のはず!
「そうか? よし、それじゃあ掃除するか。なあ吉川」
「お? お、おう。そうだな。掃除で汚名を少しでも返上しないとな!」
何はともあれ、一応二人は立ち直ったようだ。
二人が落ち込む原因を作ったのも二人なわけで、なんで僕が二人を立ち直らせてるんだろう……そう思わないこともないけど、まぁいいよね。
僕たちはその後掃除を進め、部室は埃もなくなり綺麗になった。
最上先生が差し入れに買ってきたシュークリームを美味しくいただいた頃には、また騒がしい部室に戻っていた。