美少女、文化祭に向けて動き出す①
第七十五話 美少女、文化祭に向けて動き出す①
九月一日から二学期が始まった。
久しぶりに制服に身を包むと、身が引き締まる思いだ。
実は九月一日が金曜日で二日は土曜日なので今週は一日だけ学校に行けばまた休みになってしまう。どうせなら九月一日もお休みにしてくれればいいのに、って多分みんな思ってると思う。
二学期初日と言うこともあって、身だしなみも普段より気を付けた。……まあお化粧とかは流石にしないけどね。
朝ごはんも食べたし、今日は午後までないのでお弁当はいらないし、持ち物は全部持ったし、準備万端。
外で自転車を出して良治を待つ。
下着が見えるんじゃないかと良治に言われ、ちょっとどうしようかと迷っちゃったけど、結局自分の自転車を使うことにした。多分大丈夫、立ち漕ぎしなければ多分大丈夫!
やがて良治が自転車に乗ってやってくる。
僕が自転車を出して待っているのを見ると、何故か嫌な顔をする。別にいいじゃん、良治にとっては荷物が減るし万々歳でしょ。下着が見える見えないも、良治が心配することじゃないし。まあ良治に見せたいわけじゃ勿論ないし、誰にも見せたくはないんだけどさ。
朝の澄んだ空気の中を自転車で颯爽と走る僕ら二人。
「やっぱり自分で走る方が気持ちいいね」
「そうか? いつでも後ろに戻ってきていいんだぞ?」
そう言いながら、良治はチラチラと僕の方を見る。自転車に乗ってるんだから、ちゃんと前見て走らないと危ないというのに。
なんて良治の心配をしたところで、彼の視線がどこに向かっているのかがわかってしまう。
「良治、ちょっと前走ってね」
「お、おう」
僕は良治の自転車の後方に回る。
だって良治が僕の脚とかスカートをチラチラ見てるんだもん。そりゃぁ、男の子の時の僕が良治の立場でも気になるとは思う。でも今は女の子だし、ああいう視線はブロックしたいところだ。
駅の駐輪場で自転車を停める。地面に足をつくと、少しだけふわふわしたような奇妙感覚を感じる。
うーん、やっぱり自分で漕ぐと結構疲れるなあ。
駅までの距離は全然大したことないけど、いかんせん体力がないのと、久しぶりに自分で漕いだのとで結構くたびれてしまった。
駅構内に入り、夏休み前までいつも使っていた時間の電車に乗る。車内は学生でいっぱいだ。その様子を見ると、学校が始まるんだなと言う気分になる。
始業式自体は特にこれと言った話もなく、校長先生のありがたいお話を聞くだけで終了した。
始業式後のクラスは夏休みの出来事をお喋りする場となり、とても騒がしい。
「アユミちゃん、久しぶり!」
萌香ちゃんが僕に手を振ってくれる。久しぶりと言っても、実際は一週間くらい前には会ってるし、そもそも毎晩オンライン上ではメッセンジャーアプリを使って会っているんだけど。
「やっぱりアユミちゃんの制服姿は一味違うわね」
そんな萌香ちゃんの隣には桜子ちゃん。僕の姿を見てうんうんと頷いている。
「アユちゃん、おひさしぶり」
東吾も僕らの会話にまじってくる。東吾とこうして対面で会うのは本当に久しぶりかもしれない。とは言え東吾もメッセンジャーアプリで萌香ちゃん達と同じ会議チャットにいるので、そんなに久しぶり感はない。
良治もみんなに挨拶をしている。
僕らもクラスのみんなと同じように、夏休みの話に花を咲かせる。
「アユミちゃん!」
料理同好会の面々でお喋りをしていると、クラスメイトの女の子が後ろから僕に声をかけてくる。
僕が首をかしげると、彼女は手に持っていたものを僕の前に広げる。
「これってアユミちゃん!?」
よく見ると、その子の後ろにも結構な数のクラスメイトが控えていた。
彼女が広げたのは、僕の写真が載った雑誌だった。八月の終わりに写真撮影して、丁度夏休みの終わりごろに発売されたものだ。
「う、うん」
「きゃーやっぱり! みんな、やっぱそうだって!」
急にわいわいと騒ぎ始めるクラスメイト達。
「絶対アユミちゃんだと思ったよねー」「むしろ雑誌に載るの遅いっていうか」「これはもう決まりだよね」「うんうん、もうアユミちゃんしかいないよね」
何だか僕のいないところでどんどん話が進んでいるような気がする。
俄かに不安になる僕。
「あの、どうしたの?」
僕はワイワイ騒いでいるクラスメイトに尋ねてみる。
「この雑誌ってあんまりメジャーじゃないんだけど、アユミちゃんの写真が載った時だけすっごい勢いで売れたんだよっ」
「そうそう。ネットに雑誌の写真の一部が掲載されてて、それを見た人がこぞって買ったらしいの!」
「そ、そうなんだぁ」
僕はどういう顔をしていいのかわからず、曖昧な返事をしてしまう。
僕の写真が載ったから売れたわけじゃないと思うんだけど、尾ひれがついたような話で盛り上がってしまっているクラスメイトを止めるの無理そうだ。しかしまさかクラスメイトにまで買われているとは……。
と、そこへ教室の扉がガラガラと開く。
「おーう。ホームルームやんぞー」
担任の山中先生が、相変わらずやる気のなさそうな感じで入ってきた。
しかしそのおかげで、がやがやしていたクラスも徐々に沈静化していき、皆は席につく。
「まーあれだ。特に話すこともないから、文化祭でやることでも決めとけー」
相変わらず説明が全然ないところからの無茶振りである。
と言うか僕達一年生だから、文化祭ってどういう物かも知らないんだけどっ。と、多分みんながそう思ってるであろうことを心の中で叫んでいると、前からプリントが回されてきた。
おお、文化祭の説明資料だ。
僕らはそこに書いてある内容を黙々と読み始める。要点をまとめると、こういうことらしい。
一、文化祭は十月二十八日土曜日から二十九日日曜日に行う。
二、各クラスでなんらかの出し物を行う。
三、部活動などでも参加可能。
四、最優秀団体には特典あり。
まだ一か月以上も先じゃん。今から決める必要があるのだろうか。
「はい、それじゃあ出し物を決めようと思います」
文化祭実行委員の男女が教壇の前に立ち、クラスメイトに意見を求める。
出し物って言っても、定番だと焼きそばの屋台とかになるんじゃないの。
「はーい! メイド喫茶がいいです!」
クラスの中から声が上がる。あー、そういうのもあるよね。でもメイド服は着たくないよなあ。体育祭の時でこりごりだよ。
可愛い服は着たいけど、明らかに恥ずかしい服はあんまり……。体育祭の時はチアガールの衣装よりは布面積もあったし、メイド服のがましだったからまだ着られたけど……。
「待って待って! メイド服は体育祭の時にアユミちゃんが着てるのを見たから、別の衣装が見たいよ」
萌香ちゃんがメイド服に異を唱える。唱えてるんだけど、僕が着たって基準で反対されても困るよっ! 別に他の人が着ればいいじゃん! いくらでも着てもらってかまわないよ!
「なるほど。確かに」「でもメイド服も見たい!」「うーん、別の衣装か」
いやいやいや! 何でクラスメイトは納得する雰囲気なのっ! 僕個人のクラスじゃないでしょ!
「でも簡単に手に入りそうな衣装で、いいのってなかなかないぞ。それに、喫茶店じゃアユミ個人は目立たないからな」
良治が萌香ちゃんに続いて喫茶店にも反対する。
いやいやいや、違うでしょ! 僕個人を目立たせるって話じゃないから! おかしいでしょクラスの出し物なのに。
「その……僕は目立たなくていいから。後ろで調理してるだけでもいいから……」
うちの料理同好会のメンバーが勝手なこと言って本当に申し訳ない。そんな思いで、やんわりと話を終わらせようとすると、
「「「「だめっ」」」」
何故かクラス全員に否定された。どうなっているの……。
「佐倉さん、だめだよ! ミスコンも出なきゃいけないんだから、目立たないと!」
「へ?」
みすこん? 頭の上に盛大にクエスチョンマークが踊る僕。急いで文化祭の資料を読み直す。
美川高校ミスコンが文化祭と同時に開催されるようだ。ミスコンへの出場は各クラスで一名のみ。ミス美川高校に選ばれた場合、旅行券がもらえる上に、選出されたクラスには商品券が配られるという、公立高校にしてはやたらと気前がいい。
やたらと気前がいいのはわかったけど、何故僕が出ることになっているのか。
「あの、僕、ミスコンとか出ないけど」
「「「「NO」」」」
クラスから全力でダメだしされてしまう。
うう、なんかみんなが怖い。
「アユミちゃん、みんな期待してるのよ。雑誌にも載ったし、アユミちゃんが出れば勝てると思ってるの」
桜子ちゃんが僕に向かって優しく微笑む。
雑誌に載ったって言っても、あと二か月先じゃみんな忘れてるし意味ないよっ。
「お願い佐倉さん!」「クラスのためを思って!」「応援するから」
どうしてこうなったんだろう。
完全にクラス対僕の状態になってしまっている。クラスを見回すと、期待の表情でみんな僕を見ている。
こんなのってないよ……。この状態で「出ない」って言えるだけの勇気なんて僕にはなかった。
「わ、わかった。出るよ」
「「「「YES!」」」」
もうどうにでもなって。
確かに雑誌に写真が載ったけど、それはほら、別に本人がジロジロ見られてるわけじゃないから……。でもミスコンってそうじゃないんでしょ? やっぱり恥ずかしいな。できれば辞退したいけど、このお祭り騒ぎの空気じゃ無理そうだ……。
やだなぁ。参加しても多分ボロボロに負けちゃうよ。
僕がため息をついていると、良治が僕の方を向いて親指をぐっと立てる。
ほんっとにわかってないヤツっ!
僕はぷいっと良治から顔をそむけた。
二学期早々にとんでもない爆弾を貰ってしまったなあ。
二学期が始まりました。
多分この文化祭が大きな山になると思います。
あとがきで書くのがいいのか悪いのかわかりませんが、明日から二日間私用につき投稿できません(多分)。