美少女、モデルになる?②
第七十四話 美少女、モデルになる?②
駅で桜子ちゃんと別れて、僕と芳乃さんは二人で電車に乗っている。
扉の前に陣取っている僕ら二人。平日の昼間なので電車の中は人もまばらだ。
……まばらなわりに、何故か凄い視線を集めているように感じる。芳乃さんがいるし仕方ないのかな。スマートフォンに意識を集中させようとするも、何だか周りが気になってしまう。
「アユミさん、あんまり気にしちゃだめよ」
ソワソワしている僕にそっと囁く芳乃さん。
「アユミさんがあんまり可愛いから、ついつい見ちゃうのよ」
ふふっと茶目っ気を込めた笑いをする彼女だけど、僕からしてみればどう見ても視線を集めているのは芳乃さんの方だと思う。
でも今日はお化粧もしてるし、僕も視線を集められているのなら、ちょっと嬉しいかも。
そう思ったことに対して僕はあれ? と思う。人に見られるのをあんなに嫌だと思ってたのに、今はちょっと見てほしいなんて思ってる。心境の変化に自分でも少し驚いてしまった。
まあ折角オシャレしたのに誰にも見てもらえないっていうのも、ちょっと寂しいしね。とは言え、視線は気になる。嫌と言うより、恥ずかしいかな。
目的地の駅に到着し、車内から外に出る。
もうすぐ九月になるというのに未だに暑い。車内の冷房が効いていた分余計に暑く感じる。強い日差しを浴びて、一瞬ふらついてしまう。
「気を付けてね」
芳乃さんに肩を支えられる。
「待ち合わせの場所は駅からすぐだから、もうちょっと我慢してね」
改札から外に出て、少し通りを歩くと待ち合わせ場所の喫茶店が見えてくる。
古風な印象を受ける店で、なんていうか第一印象は「高そう」だった。
通り沿いの面はガラス張りになっており、中の様子が見える。綺麗な白いエプロンをした女性がコーヒーを運んでいる。よくあるチェーン店では、コーヒーを席に持っていくのは自分の場合が多いけど、ここはわざわざ店員さんがコーヒーを運んでくれるようだ。
それを見てさらに「高そう」と感じてしまう僕。
「大丈夫よ。今日は向こうのおごりだから」
そう言った芳乃さんは微笑を浮かべている。
うう、こんな値段気にしてる恥ずかしいところを気付かれてしまった。僕は恥ずかしくなって彼女から顔を逸らす。みっともないところを見せてしまった。
「入りましょうか」
芳乃さんがお店の扉を開けると可愛らしい鈴の音が店内に響く。
お店の中は落ち着いた雰囲気をしている。騒がしいお客さんもおらず、ゆったりとした時間が過ごせそうだ。調度品も
店員さんに待ち合わせだと伝え、芳乃さんは店内を少し見渡す。待ち合わせの相手を見つけたようで、僕に目でついてくるよう合図する。
窓際の席で読書をしている女性の前まで進み、その女性に芳乃さんは声をかける。
「おはようございます」
「あら、早かったわね。おはよう」
その女性はピシッとしたスーツに身を包み、レンズが四角いメガネをしている。目つきは鋭く、第一印象は厳しそうな人だった。口元もきゅっと引き締まっているし、仕事している女性のイメージそのままな感じだ。
「あら、その娘が前言ってた娘なのかしら?」
「ええ、そうです」
スーツの女性は僕に気付いたみたいだ。じろりと僕を見やると、頭の上からつま先の先までゆっくりと視線を動かす。
そんな彼女の様子に僕は緊張してガチガチになってしまう。
別に今日は僕の品定めをしてほしいわけじゃなくて、もっとお仕事見学的なノリなんですっ。
と、心の中では叫んでいるものの、実際に出ているのは冷や汗だけで、僕はその場で棒立ちだった。
あ、そうだ……! 挨拶はしないと……! いくら緊張してるからって、何も言わずに立っているのはダメだよね!
「お、おひゃようございますっ! 初めましてっ。佐倉歩です」
舌が上手く回らなかったところもあったけど、何とか言いきってお辞儀をする。
そんな僕の様子を見て、スーツの女性は軽く微笑んでくれた。
良かった、怖い人じゃなさそうだ。
「……これは、勝てる! 勝てるわ! ああもう詰まんない占い記事とか隅に追いやって、何ページか写真載せたいくらいよっ! 凄いわ芳乃ちゃん。」
「でしょう。アユミさんは本当に可愛いんですよ」
突然鼻息を荒くしたスーツの女性と、それを見てくすくすと笑う芳乃さん。
見た感じ二人とも仲は良さそうだ。スーツの女性は……思ってたより怖くはないけど、ちょっと違った意味で怖いような気がする。 彼女は席を立ったかと思うと、僕の方に詰め寄ってくる。意外と身長が高いので、迫られると緊張が高まってしまう。
「ねえ、アユミさんと言ったかしら? アユミさんはどこの雑誌にも写真載せてないのよね!? そうなのよね」
「は、はひ」
肩を掴んでガクガクされる僕。頭の上に星が見えますっ。
「これはすごいわ! うちが初出でこんな逸材の写真を載せたら大手雑誌にも勝てるわっ!」
彼女に肩を掴まれたままの僕はどうしていいのかわからない。芳乃さん、たすけてっ!
芳乃さんに視線を送ると、彼女はこくりと頷いてくれる。
「芹沢さん、アユミさんが困ってますよ。それにお店の中ですから」
その一言で、スーツの女性はトランス状態から落ち着きを取り戻す。
どうやら彼女は芹沢さんと言う名前のようだ。その芹沢さんは僕を解放すると、元いた席に座り直す。
この感じ、どこか似ている人を知っている気がする……。そんな気がしてちょっと考えてみると、割とすぐに頭に思い浮かんだ。ああ、桜子ちゃんかっ。芳乃さんが桜子ちゃんのあしらい方が上手いのは、ただ姉妹だからというだけでなく芹沢さんの影響もあったりとか……ね。
「ごめんなさいね。二人とも座ってくださいね」
僕ら二人は彼女の向かい側に座る。
芳乃さんに彼女が「芹沢さん」だと改めて教えられる。とあるファッション雑誌の編集者らしい。雑誌の名前も聞いたけど、僕には聞きなれない雑誌だった。芹沢さんは首をかしげる僕に、「うちの雑誌は大手じゃないからね」と言って、ちょっぴり残念そうに笑った。
芹沢さんのところの雑誌を知らないんじゃなくて、本当はファッション雑誌全般を知らないんだけどね……。
「芳乃ちゃんのお友達にこんなに可愛い子がいるなんてね。あとで写真撮らせてくれないかしら」
「だって、アユミさん。どうする?」
芹沢さんと芳乃さんが僕を見つめる。
えっと、どうしてこうなってるんだろう。今日は芳乃さんのインタビューというか、そういう記事を書くために来たのではっ。
僕なんかただのおまけだし、芳乃さんの方がスタイルもいいし、それに多分女の人として完成されてるし……。
「その……僕より芳乃さんの方が……」
「まあまあ、謙虚な子なのねっ。でもね、芳乃ちゃんは他の雑誌にも出てる売れっ子なのよ。だから、うちみたいな小さな雑誌に出ても、ちょっと売れ行きは伸びるけど新しさには欠けちゃうのよね」
僕が言葉を言いきる前に、一気にしゃべりまくる芹沢さん。
一息つくために、一口コーヒーを飲んでさらに続ける。
「だからね、アユミさん! 貴女のような、まだどこにも出てない子が必要なのよっ! お願い! 写真撮らせて! お礼はするからっ!」
「折角だからやってみたら? アユミさんならきっと大丈夫よ」
芳乃さんはニコニコしている。芹沢さんが僕の事で上機嫌なのが嬉しいようだ。
やってみたらと言われても、今日の僕は多少おめかしはしているにしても、大した服は着ていない。
でも雑誌に載るのか……。嫌って思う気持ちもあるけど……。なんだろう、ちょっぴり憧れてしまうような気持ちもある。
それに、こんな経験はもう二度とないかもしれない。そう思うと、このチャンスを無下にしたくない気もする。
「芳乃さんがそう言うなら……」
僕がそう答えると、芹沢さんはぐっとテーブルの上に身を乗り出して、僕の両手を掴んだ。
「ありがとう! もう今日は何でも頼んで! パフェでもなんでもいいわ!」
パフェ!? パフェがあるんだ。こんなオシャレなお店だし、きっとさぞかし美味しいんだろうなあ。
「ハイ、アユミさん」
芳乃さんがメニューを渡してくれる。
ぱらぱらめくってデザートのページを見ると、凄く美味しそうな苺パフェの写真が載っていた。わぁ、これはすごい。アイスもいっぱいだし、イチゴソースがいっぱいかかっててフルーツもいっぱい乗ってて。贅沢なデザートになっている。写真だというのに本当に美味しそうで思わず見とれてしまう。
「はぁ……なんて可愛いのかしら。果たして写真でこの子の可愛さが全部出せるのか不安になるわ」
「そこはプロカメラマンの腕を信じれば大丈夫ですよ」
二人が僕の方をじっと見ているのに気付いて、僕は恥ずかしくなってメニューで顔を隠した。
また変なところを見られちゃった。
メニューで隠してるのに、さらに見られている。うう、どうしてこんなに恥ずかしい目に合うの。別にいいじゃん、甘い物すきだって。
「あ、あの……。芳乃さんへのインタビューしないとダメじゃないですかっ?」
「あら、そうね。まずは今日の目的を果たしておきましょうか」
うまく意識を逸らせたみたいで僕はほっと一息を吐く。
そのまましばらく二人は芹沢さんが質問して芳乃さんがそれに答えるという形をとる。僕はと言うと、暫くしてやってきたパフェをおいしくいただいていた。はぁ、やっぱりパフェは美味しいなあ。冷たいアイスに生クリーム、あんまり食べると太っちゃいそうだけど、やっぱり美味しい。まだまだ時間がかかりそうだし、ゆっくり食べよう。
「……アユミさん、このケーキも食べてみる?」
「へ? あ、はい」
芹沢さんがチョコのケーキをくれたので、それも美味しくいただくことにする。生クリームの甘さとは異なるほろ苦いチョコの味。甘いものは何を食べても飽きないなあ。
「アユミさん、こっちはどうかしら」
今度は芳乃さんがアップルパイを差し出してくれる。それもまたいただくことにする。リンゴのほのかな甘みが美味しい。
……って、なんでみんな僕に何か食べ物をくれるのっ。なんか餌付けされてる……?
「あなた本当に可愛いわねえ。見てるだけで幸せになるわ」
そして芹沢さんから謎の高評価をいただく。
ただ食べてるだけなのに……。っていうか、もう話終わったの? 口に物が入っている状態なので、もぐもぐしながら首をかしげて言いたいことを伝えようとする僕。
そしたら、何故か二人に頭を撫でられた。
全然伝わってないっ! でもなんだか凄い優しく髪を撫でてくれるので、気持ち良くて思わず目を細めてしまう。
アップルパイの一口分をごくんと飲み込むと、僕は言いたいことをようやく伝える。
「もう終わったの?」
「うん。終わっちゃったわよ」
芳乃さんは僕の目を見てニコリと笑う。
もう終わっちゃってたのか……。
正直パフェとかケーキの見た目や味にばっかり意識がいっちゃってて、二人が何を話したのか全然聞いてなかった。折角どうやってインタビューしたりしてるのかを見られるチャンスだったのに、僕ときたら食べ物に夢中だったなんて……。
どういう仕事なのかワクワクして来ておいて、甘い物の誘惑に負けてしまった。その事実にちょっとしょんぼりしていると、芹沢さんがプリンのお皿を僕の前に置いてくれる。
いや、あの……。別にまだ食べたいわけではっ……! でも折角なのでいただくことにする。今日は夕ご飯食べられないかな……。
「さてと。そろそろ仕事に戻らないとね」
芳乃さんに対しての芹沢さんのインタビューが終わっているのなら、いつまでも喫茶店で管を巻いているわけにもいかない。
芹沢さんはぐっと一回伸びをすると席を立ちあがる。
「行くわよ、アユミさん」
「へ?」
「写真を撮りにスタジオに行くわよ!」
僕は芹沢さんに手を引かれて立ち上がる。
そうだった。この短時間の間に忘れてしまってたけど、僕の写真を撮ることになっていたのだった。
でも本当に僕なんかでいいのかなあ……。芳乃さんと比べたら大分華がない気がする……。ちょっぴり不安になって芳乃さんと目を合わせる。すると芳乃さんは右手をぐっと握って「ファイト」と言ってくれた。
何だかやる気が出てきたぞっ!
僕ら一行は喫茶店を出る。今日はなんだか沢山甘いものを食べられて幸せだったなぁ。
駅前の駐車場に停めてあった芹沢さんの車に乗りこむ僕ら二人。芹沢さんの車はシルバーの可愛らしい軽自動車だった。一応社用車ということで、私物ではないとのことだったけど、クッションやらぬいぐるみやらが沢山転がっていて、ほとんど私物化されていた。
見た目がクールな芹沢さんだけど、ぬいぐるみが好きなんだ。なんか意外だった。それに僕とぬいぐるみの趣味が合う。
そんな芹沢さんの車に乗って、僕らは芹沢さん御用達のスタジオへ向かう。車に乗る前に一応電話を入れたようなので、行った先で「おひきとりください」と言う話にはならないだろう。
本当に写真撮っちゃうんだ……。スタジオで写真を撮るなんて、七五三以来なんじゃないかな。ええまあ、七五三のスタジオとは全然違うのはわかってますよ。
やがて車は小さな四角い建物の前に停車する。コンクリートのうちっぱなしの壁の建物だけど、どこかモダンな造りを感じる。広さははそこそこ、二階建てくらいの高さはあるようだ。
屋外でも写真を撮ることを想定しているのか、一面に綺麗に芝生が張られている。植木も綺麗に切りそろえてあったり、花壇に花がいっぱい咲いていたりしていて、美しい庭園となっている。
こんなところでお昼寝したりしたら気持ちよさそうだなあ、なんて僕は思いながら、その庭園の前を横切る。
ガラス張りの扉を開け、室内に入る。中は吹き抜けとなっていて、天井も高い。
僕らは芹沢さんの案内で中まで進む。
「佳代ちゃん、こんちゃっす」
「ごめんなさいね、急に来ちゃって」
奥から出てきたのは、日焼けした筋肉質の男性だった。
芹沢さんを名前で、しかもちゃん付けで呼ぶあたり、なかなかに親しい仲なのか、それともこの男性が単純にそういう性格をしているのか。いずれにしても、僕はちょっとやりづらい感じがする。
「いやー、いいっすよ。どうせ暇なんで。それより、佳代ちゃんのお眼鏡にかなったのはその後ろの娘っすか?」
日焼け男……と心の中で呼んでしまうのも悪い気がしたけど、名前を知らないので勝手にそう呼ぶことにする。
それで、その日焼け男は、僕の方をやたらとジロジロとみている。
「うはあ、いいっすねえ。こりゃすごいよ。よくこんな子見つけられたっすね」
「すごいでしょー。芳乃ちゃんが連れてきたのよ」
「はあ、やっぱり美人の周りには美人が集まるんすかねー。衣装はどうします? うちにあるの適当に着せます?」
うん、日焼け男だけど、美人と評価してくれたのは嬉しい。
誰でも褒められれば嬉しくなっちゃうよね。特に今まで美人って言われたことはなかったから、凄く嬉しかったりする。
思わず顔もにやけてしまう僕。
美人かぁ。子ども扱いとかはよくされるけど、美人っていうと大人っぽいイメージあるよねっ! 見た目が大人っぽくないのはわかってるんだけどさっ
ほら、わかっちゃいるけど大人っぽく見せたいっていうか! うう、スタイルが良くなりたい。でももう高校一年生なんだよね。女の子の場合、ここからぐっと成長ってあんまりしないかも……。
「本当は色々準備したかったんだけど、今日はこの子の服のままで行くわ。街であった娘のファッションチェックみたいなコーナーでねじ込むから」
そう言って芹沢さんは僕の腕を引いて、スタジオの奥まで向かう。
「わわっ」
結構ぐいぐい引っ張られて僕は思わずバランスを崩しそうになる。
「気を付けてね」
芳乃さんが後ろからふわりと支えてくれる。彼女は不安そうな僕を見て、軽くウィンクしてくれる。
「今着ている服で大丈夫……?」
そりゃ今着ている服だって、頑張って選んできたよっ! でも高いブランドっていうわけでもないし、カメラで撮って映えるのかなあ……。ちょっと心配。雑誌で私服を晒した挙句に叩かれたりしたら、本当に泣いちゃいそう。
「結構いいセンスしてるし、その服でも高みへ行けるわっ」
高みってどこ!?
綺麗な服とかを着られると思っていた僕としては、このままの服でっていうのはちょっと残念だったりもする。雑誌の女の子が着てる服って可愛いし……。普段着られない様な服が着られるかなーって。
でもこんなところでわがままを言うわけにもいかないので、渋々了承する。
メイクルームに案内された僕は、芳乃さんに軽くメイクを整えてもらう。
準備万端になってスタジオに出ると、そこには重厚なカメラをもった日焼け男の姿がっ。この人がカメラマンだったのか……。ちょっと心配になったりしたのは内緒だ。
そこから先は思っていた以上に大変だった。
まず、日焼け男。この男の人は普段の会話は軽いけど、カメラを構えた時の注文は凄まじく多い。しかも、案外手厳しい。
「はーい、アユミちゃん。顔がかたいよー。もっと笑って」
僕はぎこちなく笑う。カメラを向けられた状態で笑ってと言われても、緊張してなかなか笑えないよっ。
「ノーノー! かたいかたい! そんなんじゃ、雑誌見た人もがっかりだよっ」
うう……。どうやって笑えばいいっていうの。
「さっきの甘い物でも思い出してみたらー?」
日焼け男の後ろで芹沢さんが声を上げる。甘い物かあ。
いやいや、流石に甘い物でも緊張は覆せないよ!
「うーん、素材はいいけど、まだまだカタイっすねー。でも慣れてくれば生き生きした写真になるっす」
にかっと白い歯を見せて笑う日焼け男。フォローしてくれたみたいだ。
日焼け男は、写真には妥協するつもりはないけど、案外優しい。
「楽しかったことを思い出せばいいんじゃないかしら」
芳乃さんがアドバイスをくれる。経験者の談なのだけど、緊張して頭がぐるぐるの状態ではパッと思い出せない。
「ふーん。たとえばデートとか?」
「でっデート!?」
顔が爆発したのかと思うくらいに一気に体温が上昇する。最近そういう雰囲気が多かったせいで、さらりと流せばよかったのに思いっきり反応する。
『パシャッ』
「あっ!」
「いやあ、今の顔いいっすねー。今までで一番いい顔だったっす」
「と、撮っちゃだめだからっ!」
しかし日焼け男はシャッターをきるのをやめないっ。
あれ、この流れ今朝もどこかで……。デジャヴ?
だけど思いっきり騒いだおかげで、大分緊張もほぐれた。後半もなかなかダメだしは多かったけど、何度も何度もリトライを繰り返し、ようやく何枚かの写真が生き残った。
芹沢さんも写真には厳しかった。雑誌の編集者なだけあって、載せる写真には一種のプライドがあるようだ。
「うーん、こっちの方が可愛いわね。でも雑誌にには合わないから、これは私のSDカードに頂戴ね」
前言撤回。プライドではないようだっ。
「佳代ちゃん、公私混同はよくないっすよー」
日焼け男も良いことを言う。
変な写真は全部削除しておいてほしい。
そんなこんなでいったい何枚の写真を撮ったのだろう。
写真を撮り終わったころにはもう日が暮れてしまっていた。勿論その間慣れない被写体となっていた僕は疲労でへとへとだった。
うう、顔の筋肉が引きつりそう……。芳乃さんの仕事って大変だったんだなぁ……。僕にはとても出来そうにない。
「それじゃあ、雑誌ができたら芳乃ちゃんに送るから」
「は、はい……」
駅まで送ってもらった僕ら二人は、芹沢さんに挨拶をして別れる。
今日学んだことは……、ファッションモデルはつらいってことだねっ。
興味本位で踏み込んでいい世界ではなかった。もうこれっきりにしよう……。まあ楽しかったと言えば楽しかったし、普段できない経験をしたのは間違いないんだけど……。
聞くところによると雑誌の発売は八月の三十日と、夏休みもほぼ終わるころらしい。
どんな写真が載るのかちょっと楽しみだ。ホントのところ、写真を撮りすぎてどれが採用されるのかわからないから……。
******
ベッドの上で寝転がりながら、雑誌をぱらぱらめくる。芳乃さんのインタビュー記事も結構面白かったし、ファッションチェックとかのコーナーも参考になりそうだった。そしてその後に自分が「街で見つけた素敵な子」とかいうコーナーが用意されており、自分の写真が掲載されていた。
自分が雑誌に載ってるのはなんかこそばゆいね。僕はベッドの上で足をパタパタして一人悶える。
あの日焼け男――そういや名前教えてもらわなかったな――は、写真の技術は大したものがあるようで、紙面の上の僕は、とても綺麗に映っていた。これ、現実の僕より綺麗に見えるな。すごいっ!
雑誌の中の僕は、とてもいい顔で笑っていた。よくこんないいところをカメラで撮れたなあ。あの時カメラを向けられていた僕は、こんな風に笑ったことは殆どなかったと思う。もっとぎこちない笑いばかりだったはず。そのわずかなポイントをしっかり押さえて写真に残すというのはなかなかのものだ。
もう一度ファッションモデルにっていうのはちょっと遠慮したいけど、今回もらえた雑誌は僕の中の宝物になった。
夏休みの最後のいい思い出になったと思う。
後で聞いた話だけども八月三十日に発売されたこの雑誌は、始めこそ出足が鈍かったものの徐々にインターネット上で騒がれ始め翌日には店頭から消えたらしい。
もともと大きな書店でしか置かれていなかったらしいけど、ほとんどすべての書店から姿を消して幻扱いされていたようだ。
雑誌の重版というなかなかに珍しい出来事に芹沢さんも思わず嬉しくなって僕に電話をかけてきたくらいだ。
「あなたのおかげよ! 本当にありがとう! またよろしくお願いするわ!」
その時芹沢さんはこう言っていたのだけど、僕としてはもうファッションモデルはいいかなっ。
それに雑誌が売れたのは僕のおかげじゃなくて、芳乃さんのインタビューの記事のおかげだと思うんだよね。僕の写真なんて所詮は誰だかわからない町娘Aって感じだし。芹沢さんが無理やり数ページ割いたとは言え、そんなに大きく出てるわけでもないし、見ない人の方が多そうだ。
僕は芹沢さんから一部いただいたので書店に行かずにして入手できたので、そんな話があったなんて全く知らなかった。
芹沢さんも喜んでたし、いいことだよねっ。
後半かけあしになってしまったので、近い内に加筆修正したいと考えていたりもします。
//2013/11/02 後半部分を3000文字分くらい加筆修正。