美少女、モデルになる?①
第七十三話 美少女、モデルになる?①
それは突然のことだった。
いつものように洗濯物を干して、暇を持て余していた要と対戦ゲームをしてまったりしていると、突然スマートフォンの着信メロディが部屋に鳴り響く。
着信に気付いた僕は、ゲームのコントローラーを置いてもそもそとスマートフォンを取りに動く。
また良治か、萌香ちゃん達かな。それとも蒼井君……? と思ってスマートフォンを手に取ってみる。メールの着信で、差出人は……えっ?
僕は意外な差出人に驚く。
その人物は、芳乃さんだった。
「珍しいなあ」
僕はひとり呟く。
弟の要はそんな僕の様子を見て首をかしげている。
メールの中身は……えぇっ!? 本日二度目のびっくりだ。
『明日雑誌のインタビューを受けるのだけど。良かったら来てみないかしら?』
「ふぇ?」
全く予想していなかったことに、変な声が出てしまった。
隣でゲームをしていた要が怪訝な目で僕を見ている。
何でまた急にこんなお呼び出しがかかるのだろう。これは一体……?
僕は自分の中の記憶をたどる。よく思い出してみれば、こんな感じのお誘いを受けたかもしれない。
そうだ……ゴールデンウィーク辺りに桜子ちゃんの家に行ったとき、一回モデルやってみないか聞かれたような気がする。でもあれは冗談だと思ってた。
芳乃さんが如何にファッション雑誌で人気のモデルさんだとしても、一介のモデルさんが紹介したところでハイ撮影なんてことにはならないだろうし。
だからインタビューの時に一緒に連れて行くってことなのかな?
……いやいやいやっ! そもそも僕がついて行ってどうなるっていうのっ。そりゃ、雑誌のモデルだと可愛い服とかいっぱい着られるんだろうし、ちょっとやってみたいかもと思わなくもないよ。でも写真撮られるのは嫌だし……。
でも芳乃さんのお仕事はちょっと興味がある。大学生にして雑誌で人気のモデルさんだもんなぁ。こういう機会でもなければ、一生関わることがない仕事だろう。そう考えると付いていくのもやぶさかではない。
『行ってみます。僕で大丈夫ですか?』
と返事をした瞬間に、メールが返ってきた。何という速い文字入力速度。これが女子高生からさらにレベルアップした大学生の力……。
なんてくだらないことを考えてる場合じゃなかった。僕は新着メールを開いてみる。
『大丈夫よ。ちょっとだけオシャレしていきましょうね』
それはまた難しいことを仰りますね。オシャレってどうすればいいんだろう。アクセサリはもらったネックレスしかないし、お化粧は自分でしたことないし、何をどうすればいいのか。
『オシャレってどうすればいいですか?』
わからなかったら聞けばいいと思い、そのままメールで芳乃さんに聞いてみることにした。
わからないまま行って芳乃さんに恥をかかすわけにもいかないし、ここはしっかり聞いておこう。
『じゃあ明日、ちょっと早くうちに来てもらえるかしら』
******
そんなわけで、今日は朝から桜子ちゃんの家にやってきている。
もう何度か来ているのに、いまだに道を覚えていない僕は、わざわざ桜子ちゃんに迎えに来てもらい、ようやく彼女の家に着いたところだ。
桜子ちゃんの家に着いた僕は、そのまま芳乃さんの部屋に案内される。彼女の部屋はパッと見可愛らしいというよりもカッコイイ部屋だった。白を基調としており、窓からの陽光を受けて部屋全体がとても明るく見える。家具自体もとてもモダンなもので固めてあり、統一感がとれている。
「アユミちゃん、お姉について行くの!?」
芳乃さんは今日のことを桜子ちゃんには言っていなかったようで、なんで芳乃さんの部屋に案内されたかを知るなり、驚きの声を上げる桜子ちゃん。
僕は彼女の言葉にうなずく。
桜子ちゃんは僕の返事を見て、芳乃さんの方へ歩み寄る。
「アユミちゃんが行くなら私も行きたいなー」
「だめよ。桜子は今日はおつかい頼まれているでしょ?」
桜子ちゃんのお願いは、あっさり断られてしまう。
どうやら彼女は今日、別件でやることがあるようだ。
「あれは今日じゃなくてもいいじゃん。そんな急ぎでもない内容なんだし」
「でも今日行くって、お母さんに言ったんでしょ? 嘘はいけないわ」
何とかしてついて行こうとするも、やっぱり断られてしまう桜子ちゃん。僕も桜子ちゃんと一緒の方が緊張も薄れそうだけど、家庭の用事に対しては何も言えないので黙って見ている。
桜子ちゃんと芳乃さんは暫くあれこれ言い合っていたけど、やがて桜子ちゃんがぶーたれながらも引き下がることとなった。
「ごめんアユミちゃん。私も一緒に行きたかったんだけど、お姉の頭が固すぎて……」
桜子ちゃんが手を合わせてゴメンネのポーズをする。
「いっぱい写真撮ってきてね!」
……今日は別に写真を撮るわけじゃないと思う。
そんな会話をしているところに、芳乃さんが僕を手招きする。
「じゃあ、ちょっとだけおめかししましょうか」
僕が見たことがない小瓶やら、クリームやらが大量にドレッサーの上に置かれている。
「アユミさんは素材がピカイチだから、前に一度したみたいに、透明感の出るナチュラルなメイクでいきましょう」
前みたいにただただ為すがままにされるのではなく、どうやってやるのかを聞いておこうとして、あれこれ質問をする。
芳乃さんはその質問一つ一つに丁寧に答えてくれる。っていうか、こんなに色々やらないとだめなのか……。
ベースメイクから始まり、アイライン、アイブロウ、リップにチークに、って全部化粧品そろえるだけでもお金が凄い飛んでいきそう。自転車とか買ってる場合じゃなかったかもしれない。
「お化粧の道具っていっぱいあるんですね。どれを買ったらいいのか迷っちゃいそうです」
僕の言葉に、芳乃さんはくすくすと笑う。笑い方ひとつとっても上品なところが凄い。僕が目指す理想の女性かもしれない。ただ……外見は絶望的にスタイルの差がある。だから内面を目指そうっ!
「じゃあまた今度一緒に買いに行きましょうか。桜子も買いたがっていたし」
僕は「はい」と返事をする。それまでにまたお金貯めておかないと……。
学校では、高校生と言うこともあって、まだメイクをしていない子も多い。一方でメイクをしてきている子もいる。
芳乃さんくらい慣れていても、二十分から三十分くらいメイクに時間をかけているというので、単純に朝起きる時間がそれだけ早くなる。仮に僕が慣れない感じでやったら一時間くらいやってそうだ。高校があるときは、毎朝お弁当を作ってるから結構早く起きている。お化粧をするってなると、四時半起きとかになるんじゃないだろうか。もうおじいちゃんじゃん!
……女性の朝は大変なんだね。
高校にお化粧して行くっていう気にはならないけど……将来働いたりすると、毎朝するわけでしょ? まあ男の子だって髪の毛のセットとかで時間かかってるから、どちらがいいともいえないんだけど……。
そもそもナチュラルメイクって、直訳すれば自然な感じのお化粧っていうことじゃんっ。自然ってことはすっぴんっぽい感じに見えるってことだよね。すっぴんっぽく見せるメイクでありながら、この手間のかかりよう……。メイクとは奥が深い。
「どうかしら」
お化粧が終わり、僕は改めて鏡を見る。
自分の顔が、自分じゃない様な感じに見える。別人とまでは言わないけど、凄いレベルアップしている!
「やっぱりお姉はメイクうまいよねー。アユミちゃん、凄すぎ。何か心の奥から込み上げてくるわね……理性がやばいわ」
桜子ちゃんが鼻を押さえながら、荒い呼吸をしている。何か身の危険を感じるけど、今日は芳乃さんがいるから大丈夫!
僕はもう一度鏡を見る。化けるとはよく言ったものだ。学校の裏サイトで「姫君」と勝手にあだ名が付けられていたのは嫌だったけど、今の僕は本当にお姫様みたいだ。自分の顔なのにドキドキして見惚れてしまう。
こらこら、自惚れがひどいぞアユミちゃん! と自分で自分に突っ込みを入れるも、鏡に映る顔がにやけている。
もともと肌は白かった方だけど、光の浴び方を考えてメイクをすることで、その白さが健康的な美しさになっている。ほんのりピンク色に染まった頬は、その白い肌と相まって可愛らしさを引き立てている。
唇も艶が出ていて瑞々しい。唇ひとつで、リップクリームにリップコンシーラー、リップカラーにリップグロスと一体どれくらい化粧品用意するんだってくらい重ねただけはある。
「凄いですね……僕、別人みたい」
「元々アユミさんが可愛らしいから、そうやって可愛くなるのよ? 私もメイクのしがいがあったわ。今のアユミさんはお姫様みたいね」
芳乃さんは僕の髪の毛に優しく櫛を通している。何から何までやってもらって、ちょっと申し訳ないかな。
メイク一つでこんなに変わるなら、僕も是非是非その技術を覚えたいなっ。ふふ、メイクして良治の前に立ったらなんていうかなっ。蒼井君だったら素直に褒めてくれるかな。
「さてと、それじゃあそろそろ行きましょうか」
芳乃さんは姿見の前で自分の身だしなみを確認し、小さなバッグを手に取る。
「うう……こんな可愛いアユミちゃんと並んで歩けるなんて、お姉羨ましいよ……。だからせめて写真撮らせて!」
一方で桜子ちゃんはスマートフォン片手に僕に懇願してくる。本当に土下座でもしそうな勢いなので、思わず勢いに負けてOKしてしまう。
カシャカシャカシャカシャとカメラの音が部屋に響く。って、カシャカシャ言いすぎだよっ! 何枚撮ってるの!
「待って待って! 撮りすぎだから! そんなにいらないでしょ」
「ダメよっ! ここは目いっぱい行くわ! SDカード16ギガバイト分目いっぱい行くわ!」
慌てて止めに入った僕に対して、一向にやめる気配のない桜子ちゃん。何時間かかるんだよっ!
「桜子。アユミさんが困ってるからやめなさい」
「はーい」
結局何枚撮ったんだろう……。変なところに拡散されなければいいんだけど……。体育祭の時の写真みたいに、気づけばみんな持ってたなんてことは避けたいけど……。
「じゃあ、そろそろ出ましょうか」
芳乃さんが僕の方を見る。僕は目を見て頷いた。
「あ、待って! 私も途中まで一緒に行くから!」
桜子ちゃんはバタバタと自室に戻っていく。
これから雑誌のインタビューか……。まあ僕はオマケでついていくだけなんだけど緊張してきたっ。
行った途端、「誰? 帰ってください」ってなったらどうしよう。芳乃さんが誘ってくれたから、そんなことにはならないと思うけど……。
ここでまさかのGWの時の話の続きでした。
芳乃と歩の二人組というのは初です。桜子も今回はいたので、厳密には二人ではないですが……。
何時でも持ってこられる話だと思って置いておいたら、こんなところまで置いておかれてしまったという話。
芳乃と一緒になると、彼女にかなり影響を受けるので、女の子化が進むような気がします(笑) 書いてて楽しいかもしれません。話の安心感も何故か増します。