美少女、初日を終える
第7話 美少女、初日を終える
家路についた僕らは、渋滞に捕まっていた。
なんでも数キロ先で事故が起きたらしく、本来二車線ある道路が、片側一車線になっているようだ。
うつらうつらと寄りかかってくる要に肩を貸してあげながら、僕は寝られないでいた。
はい、トイレに行きたいです。
考えてみれば朝から一回もトイレに行っていない。
朝はパニックになっていたので、それどころではなかったし、昼は羞恥プレイに耐えることで精いっぱいだった。
それらも終わり、ほっと一息ついて緊張の糸が切れてしまった。ファミレスの「デヌーズ」のドリンクバーで粘ったのもよくなかった。
今僕は猛烈にトイレに行きたいです。
「かあ……マ、ママ」
「どうしたの?」
「トイレに行きたい」
「えぇ!? 我慢できない!?」
「家まではちょっと無理かも」
「車の中じゃなければ、そのまま焦らしてお漏らしさせちゃうんだけど、車の中じゃまずいわね」
何さらっとトンデモナイこと言ってるんだよ。
十五歳にしてお漏らししたら、きっと立ち直れないよ。
「困ったわねえ。この辺には、コンビニもないし」
母さんがあたりをきょろきょろするが、コンビニはおろか、店すらない。
車は遅々として進まないし、僕は僕で脚を何度も組み替えたりして必死に我慢するしかなかった。
「あら、あそこに「デヌーズ」があるわね。入りましょうか」
またかよ! と思ったが、我慢の限界も近いので入ってもらうことにした。
要を起こして店内に入ると、中は混んでいて、待機列ができていた。
「サクラ」と苗字を書いて、母さんたちは待機列の後ろに並ぶ。
僕は、案内をしている女性店員のところに駆け寄った。
「まあ、どうしたの?」
女性店員は突然そばに寄ってきた僕を不思議そうな目で見上げる。
「あ、あの! トイレ借りてもいいですか!」
僕は恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。
「ええどうぞ。あちらの奥にございます」
「あ、ありがとっ!」
僕はお礼を言うなり早足でトイレに向かった。
後ろでさっきの女性店員が他の店員に「すっごい可愛い子がいたわ♪」とか話してるのが聞こえた。
仕事しなくていいんですか!
さて、トイレについた。
男性用、共用、女性用とある。
男性用は恐らく、小便器だろうから問題外。流石に僕でもこの格好で立ちションはないってことはわかってるんだからね。
となると共用トイレ一択。
ガチャ、鍵がかかっている。
「はいってまーす」
中から野太い声が聞こえてきた。
くっそー、見りゃわかるわ!
ここでまさか「でてきてくださーい」とは言えない。
これは詰んだ。
いや……まだある。女性用トイレが!
見たところ鍵がかかっていない。つまり空いてる! やったー!
って女性用トイレはだめだろう。僕は男でしょうが! 今日散々着せ替えられて、ちょっと気にしなくなってたよ!
男性用トイレにはおばちゃんが入ってくるのに、女性用トイレには男が入れない理不尽さ!
そんなどうでもいいこと考えてる場合ではなかった。
ああ、もう! 見た目は女の子なんだから、入ってもいいよね。中身男の子でも性別女だからいいよね!
緊急事態だからいいよね。もう入るぞ!
僕は女性用のトイレの扉を開けて、凄い勢いで中に入り鍵をかけた。
だ、だれにも見られてないよね。
無事トイレを済ませて、待機列に戻る。
意外と早くお客さんが入れ替わったのか、もうあと少しで席に入れそうな感じだ。
ぶっちゃけた話、トイレも済ませたので「デヌーズ」に用はないんだけど、さすがにトイレだけ借りて帰るわけにもいかないよね。
「アユミちゃん、ちゃんと手洗った?」
「洗ったよ」
「汚さないで、ちゃんとできた?」
「あーもう! 恥ずかしいな! トイレくらいちゃんとできるって」
嘘です。正直男と勝手が違いすぎて、結構四苦八苦してました。
母さんに痛いところつかれて、僕は真っ赤になってしまった。
十五にもなって、周りに少なからず人がいるところで「トイレちゃんとできた?」 って聞かれたことも恥ずかしい。
まさか、トイレがこんなに難易度高いとはね。
男と女は違う生き物なんだなぁって、こんなところで改めて認識する羽目になるとは。
洋式のトイレだからよかったものの、和式トイレだったら色んなところに引っかけてたかもしれない。
ま、まあ結果的に汚さずにはできましたよ? うん。ちゃんと拭いたし。
「恥ずかしがってるあゆねーちゃんは本当に可愛いよなあ」
「そうね~」
母さんと要は、僕を見てニヤニヤしている。
完全に玩具にされている。こっちとしては、いい迷惑なんだけどな。
その内飽きてくれるだろうと思っている。今は女の子になった僕が珍しくてからかっているってだけだろう、多分。
「デヌーズ」では、フライドポテトを軽くつまむだけにし、僕たちは再び帰路についた。
相変わらず道は混んでいた。家まではまだまだかかりそうだったので、トイレも済ませてすっきりした僕は寝ようと思っていた。
そしたら、「デヌーズ」で車を降りるまで寝てた要がなぜか覚醒してしまっていて、やたらと話しかけてきて全然寝られなかった。
まあ、退屈しなかったからよかったけど。
家に帰ると父さんが玄関で待っていた。
「あら、お父さん。お迎えありがとう」
母さんがにこやかにお礼を言い、家の中に入る。
僕も要もそれに続く。
「アユミ、ただいまのキスはないのか?」
「え? なんで?」
素で聞き返したら、父さんは凹んでいた。
あとで聞いた話によると、「父さんが娘にしてもらいたいことリスト」という謎の台帳の上位にあるものだったらしい。
そういうのは母さんとやっててくれ。
「じゃあ、アユミちゃん。夕ご飯の準備するから手伝いなさいね」
家に帰ってきた。今日は疲れたなぁ。夕ご飯まで部屋でごろごろしてよう! そう思っていた僕に、母さんから容赦ない一言。
「え、僕が手伝うの!? なんで」
「女の子は料理のひとつくらい出来ないと、将来笑われるわよ! どんな男でも胃袋一発抑えちゃえば、軽く落とせるんだからね」
僕が男を落とすなんてことは起こり得ないだろ。僕本人に付き合う気がまるでない。だって男だし。
じゃあ女の子と付き合うのかといわれると、それも今の姿を思えば微妙にも思える。うーん、わかんないや。まあこの辺はもうなるようになるだろ……。
疲れてるからか、思考も実に短絡的だ。
「料理なんて別にできなくてもいいじゃん。コンビニだってあるんだし」
「じゃあ、アユミちゃんのご飯はこれから毎日コンビニ弁当ね♪」
「お料理手伝います、ママ!」
僕は即答した。
いや、だってさ、確かにコンビニ弁当があれば生きては行けるさ。
でも要や父さんが美味しい美味しい母さんの料理を食べてるのに、一人だけコンビニ弁当って考えられないでしょ。
「はい、エプロンはこれね」
母さんからエプロンを渡される。
これも今日買ってたのか。
ピンクが基調となっていて、ところどころに花柄が刺繍してある、可愛らしいエプロンだった。
「うわー! スカートにエプロンって、すごくいいね!」
要が僕を見て歓声を上げる。
僕思うんだ。この弟は、本当に小学生なのかと。弟は弟で、ある日突然体が縮んでしまって小学生になったんじゃないのかと。
小学生にしては、だいぶ間違ったほうに進んでいる気がする。
「うむ。実にいいな。ちょっとカメラを持ってくるから、待っていなさい」
「あ~、やっぱり娘はいいわね。 エプロン姿のアユミちゃんは激萌えだわ! あ、お父さん、カメラは一眼の方にしてね」
父さんがあわただしく部屋に戻る。母さんは僕に抱きつき頬を摺り寄せている。
要が変なのではなく、この家族の中にいたら自然とああいう性格になるのかもしれない。
この家でまともなのは僕だけだ。
僕はその後、母さんの料理を手伝うことにしたのを後悔する。
母さんは、女の子になった僕に甘い。そう思っていた時期が僕にもありました。
料理に関しては、本当にスパルタだった。
「違う! 包丁の持ち方が、人を刺す時のものになってるわ!」
「ちゃんと左手は猫の手にしなさい! 不器用なんだから指を切るわよ!」
「切り方が不揃い。もうちょっときれいに切りなさい!」
「きゅうり繋がってるわよ。ちゃんと切りなさい!」
「見た目も料理の一環なのよ。美しく切り、美しく盛ることを考えなさい」
などなど……。
なんか怒られてばっかりだ。料理とはこんなに難しいものだったのか。毎日作ってくれている母さんには、もっと感謝しなければならないな。
まさかサラダだけ作るのに十回も怒られるとは思わなかった。
野菜切るだけじゃん、と思ってなめてかかったのがいけなかったようだ。
僕がサラダを作ってる間に、母さんは、お米を研いで炊飯器に入れ、お肉の下ごしらえをしながら、味噌汁のだしを取っていた。
豆腐って手のひらの上で切るんだ。すげー。怖くないの?
テキパキ効率的に動いているのを見ると、なんだかかっこよかった。
これが台所を守る主婦か。主婦にはなる気ないけど、料理はちょっと楽しいかもしれない。どうせ明日からも手伝わされるんだし、頑張ろうかな。
「今日のサラダは、アユミちゃんが作ってくれたのよ~」
夕ご飯の支度が済み、みんなが居間のテーブルを囲んで座ると、台所でのスパルタぶりが嘘のように母さんが笑顔で言った。
「ほお。それは楽しみだな」
父さんもうれしそうだ。
僕の作ったサラダは思いのほか好評で、僕は嬉しくなった。
自分が作ったものが「おいしい」と言われると気分がいいね! ようし、明日からもっと頑張るぞ。
こうして僕の長い長い一日は終わりを迎えるのだった。
ようやく初日が終わりました!
次はようやく新キャラを出せそうです。家族外の人人をようやく出せる…!
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