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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
夏休みのできごと
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美少女、はじめてのデート③

第六十七話 美少女、はじめてのデート③




 食べ過ぎた……。

 甘いものは別腹とよく言うけど、そんなことはなかった。

 物には限度があるということ。食べた数を思い出せば、結構頑張ったようにも思う。ここのお店のスイーツが美味しかったというのもあるけど、お喋りを挟みつつ食べていたおかげで、楽しく食べられたって言うのも大きい。

 蒼井君は、色々な話題を僕に振ってくれて、僕の返答に対して本当に楽しそうにしてくれる。だからこそ人見知りが激しかった僕でもいい気分で話せるのだ。


「そろそろ時間かな」


 蒼井君が腕時計を見て言う。


「じゃあ、そろそろ出ようか」


 僕も彼に向かって頷く。

 恥ずかしい話なんだけど、あまり動きたくはなかった。食べすぎちゃって、動くのが結構つらい。

 しかしながら、時間は時間なのでいつまでもここにとぐろを巻いているわけにもいかない。

 蒼井君が席を立ったので、僕ものろのろと立ち上がると彼の背中についていく。食休みしたいなあ……。


「佐倉さん、この後どうする?」


「へ?」


 店を出た僕に蒼井君が問いかけるも、何も考えていなかった僕は言葉に詰まってしまう。

 そういや、スイーツ食べ放題にわくわくしすぎて、その後の話て何も考えてなかったっ! このままここで解散でもいいけど、それはそれでご飯食べただけって感じで、少しもったいないかな。

 ……何がもったいないんだろう。自分に問いかけるも、答えは出ない。

 ただ何となく……今日、このまま別れてしまうのがもったいないと感じた。

 

「もし、この後暇だったら映画でも見に行かない? ほら、今凄い流行っているのがやってるから」


「うん。いいよ」


 映画かぁ。実は僕は映画館で映画を見た記憶が殆どない。

 小さいころにアニメの映画を見にいったくらいだろうか。一人じゃまず見に行かないし、自分から主体的に映画を見ようとも思わないだろう。こうして誘ってくれた機会にしか見ることがないんだし、行ってみてもいいと思った。

 それに何より、映画館で座っていれば食休みにもなるんじゃないかという情けない理由もあった。

 二人きりで映画なんて、完全にデートだよね。うん、客観的に見たら間違いなくそう思うだろうなあ。でも、スイーツ食べ放題に行って色々お喋りしてたら、デートでもいいかなと思ってきた。デートと言う言葉で考えちゃうから変に意識しちゃうけど、要は友達と遊びに来てるだけなんだし……。

 一緒に遊んでて楽しければ何でもいいかなっ。

 

 そうやって割り切った僕は、蒼井君と一緒に映画館に入る。

 目的のチケットの発券をする。結構席が埋まっていて、結構前の方のしかも脇という微妙な位置しか空いていなかった。

 派手なスペクタクル映画でも見るのかなと思ったけど、どうやら目的の映画は戦時中の恋愛物のようだ。まさか恋愛映画とはっ。

 でも流行ってるみたいだし面白いには面白いんだと思う。映画を見たって話はみんなとも話せる話題になるし、流行ってる映画だと休み明けにクラスメイトとも話せそうだ。見ておいて損はない……っ!



「やっぱり人気なんだね。こんなに席が埋まってるとは思わなかったよ」


「そうだね。でも二人並んで座れたから、いいんじゃない?」


 僕が物販やパンフレットを見ているうちに、蒼井君はポップコーンとコーヒーを買ってきた。コーヒーは奢ってくれるらしい。本当はお金を払いたかったけど、頑なに断るものだから根負けしてしまった。

 っていうか、あれだけスイーツ食べた後にポップコーンってすごいよね。流石運動部……!

 

「しかもキャラメル味の方のポップコーンなんだ……」


「あはは。こっちの方が好きなんだよね」


 僕がつい漏らしてしまった言葉に対して、彼は照れくさそうに笑った。

 彼はポップコーンをうっとりした目で見ている。しかし片手にコーヒーを持っているので、映画館の席に座るまでは手が付けられない。


「さっき食べたのによく食べられるね。太らない?」


「うーん。まあ家じゃもっとたくさん食べてるからなあ。お菓子じゃないけど。剣道部も結構筋トレとか多いからね」


 そういえば、うちの剣道部も学校の外周を走ったりしてたなあと、一学期の様子を思い浮かべる。

 あれを毎日やっていれば、そりゃ太りはしないかも。


「筋トレかあ……。僕腕立て伏せとか全然できないよ」


 自慢じゃないけど十回もできない。

 高校生女子として、これでいいのかと思い悩みすらする回数だ。おかしいな、男だった時も非力ではあったけどもう少しできたと思う。女の子になって筋力的なものが全て亡くなったような気がする。


「佐倉さんあんまり力ないしね」


「うっ……そうだよね」


 ズバッと言いきられると、それはそれで辛い。

 全く持って本当のことで、ぐうの音も出ないのだけれども。


「でも大丈夫、そっちの方が女の子っぽいし可愛いと思うよ」


 落ち込んだ僕を見て、軽くフォローしてくれる蒼井君。


「そ、そうかな」


「そうそう」


 そうやってフォローしてくれるのが、ちょっとだけ嬉しい。

 何故だろう。蒼井君の言う「可愛い」にはちょっとだけ特別な響きを感じるんだよね。上手く言葉にできないけど、ジーンと来るっていうか、心地よさがある。

 だから「可愛い」って言われたいなあと思ってしまうし、言われると嬉しくなってしまう。

 今もきっと顔がにやけてしまってるんだろうなあと思い、僕は慌てて彼から顔をそむける。

 

「そろそろ中に入ろうか」





 座席は殆ど満席だ。

 僕と蒼井君も自分の席を探す。端っこだから、見つけるのはたやすかった。


「ごめんね。こんな席で」


 そうやって謝る蒼井君。

 スクリーンに対してかなり前方の席でしかも端っこというのはかなり見づらい席だ。まあだからこそ最後まで残ってたんだけどさ。 程なくして辺りが暗くなる。ざわついていた館内も静かになっていく。

 僕の視線も自然にスクリーンに向かう。

 

 結ばれるはずだった恋人が戦争に赴く話。主人公の男の人は、女の人と恋人同士になって、これからという時に戦争がはじまり別れてしまう。別れのシーンはとても切なくて、僕はもうそれだけで泣きそうだった。涙腺弱すぎるだろと、涙目になりながら一人心の中で突っ込みを入れる。

 それからは目が離せない様なシリアスなシーンの連続。戦場のカットは本物さながらだ。本物がどうかはわからないけどさっ。

 迫力のある画面で思わず息をのむ。

 思わず目を覆いたくなってしまうくらいハラハラする部分の連続だった。

 そんなシーンが一息ついて、ようやく穏やかなシーンに映る。

 はあ……すごい迫力だったなあ。主人公だから、こんな物語の途中じゃ死なないと思うんだけども、本当に見ててハラハラしてしまった。

 ふう、と一息ついて僕は肘掛に手を置く。

 ……あれ、片手に違和感がある。少し暖かいような、うーん?

 僕は暫く手の下の物を握ったりしてみた。そしてあることに気付く。

 ……これは、蒼井君の手!?


「あぁっ、ごめん!」


 僕はすぐさま手を離す。

 僕は気づかぬうちに蒼井君の手の上に自分の手を重ねてしまっていた。それもそのはず、この映画館で両方の腕を肘掛におけるかというと置けないのだ。椅子の両サイドには肘掛がついているのだけど、それがそのまま自分の物ってわけじゃない。両サイドの椅子と共用になっているため、両手を乗せちゃおうとすると今みたいなことが起きる。

 うう、まさか自分から手を重ねて、しかも触っただけじゃなくて握ったりまでしちゃうなんて。

 蒼井君の方を見ると、彼は僕の方を少し照れた顔で見ている……ように感じた。暗がりで表情までは見えないけど、顔をこちらに向けているのはわかった。

 そんな風に見つめられると、ますます恥ずかしくなっちゃうじゃないかっ。僕は椅子の上で小さくなってしまう。

 心臓の鼓動も激しくなっている。暗がりで助かった……。多分顔も凄く赤くなってる。

 落ち着こう! そうだ素数でも数えよう……二、三……五十九、六十一……あれ思ったより数えられるじゃんっ! 僕冷静だなあ。

 いやいやいや、素数数えても意味ないからっ。やっぱり冷静じゃない。

 僕はコーヒーを一気に飲み干す。

 よし、映画に集中しよう。

 僕は頭を強制的に切り替えて、再び映画の画面に集中していくのだった。

 

 

 映画が終わりを迎える。

 映画の中の主人公は、最後まで生き残り無事に恋人の下へ戻ることができた。多くの物を失いつつも無事生き残り結ばれたところで、深く胸を打たれた。

 ああ、映画っていいもんだなあ。そう感じた。やっぱりいい映画はちゃんと流行るもんだね。今日見た映画は同好会のみんなにも薦めよう。

 場内が明るくなり、お客さんも徐々に退席していく。


「いい映画だったねっ」


 僕は妙に高いテンションで蒼井君に話しかけた。

 映画の興奮冷めやらぬ状態だ。


「そうだね。評判通り、いい映画だったよ」


 蒼井君も僕に同調する。

 僕の方に顔を向け、そして驚いたように目を見開いた。

 どうしたんだろうか、と僕は首をかしげる。

 

「佐倉さん、泣いてたの?」


「えっ?」


 僕は慌てて顔に手を当てる。

 ほ、ほんとだ。いつの間にか頬には涙が伝った後が残っている。

 うわっ、泣いた後の顔なんて恥ずかしくて見せたくないよ。きっとむくんだ顔になってるし、腫れぼったい目をしてるんだろうな……。それを思うと益々恥ずかしくなってしまう。

 僕は慌ててバッグの中からハンカチを探す。

 

「あ、拭いてあげるよ」


 そう言うと、蒼井君は僕の顔をハンカチで優しく拭ってくれた。


「ご、ごめん。ありがとっ」


 少しだけど、ドキドキしてしまった。

 彼の顔を見つめていられなくなってしまう。

 

「ご、ごめん。この年で泣くなんて、恥ずかしいよね」


 僕は椅子の上で縮こまって俯く。


「そんなことないよ。感受性が豊かなのは、人の気持ちがわかる良いことだと思うよ」


「そうかなあ」


 僕がまだ半信半疑な様子なのを見て、彼は大きく頷いてくれる。

 何だか今日は蒼井君にフォローされてばっかりだ。いや、彼と会うといつもそんな気がする。彼の方が年上だからというのもあるかもしれない。

 僕が一方的に甘えてしまって、迷惑をかけてしまっていないだろうか。僕が毎回フォローされたり助けられたりしてるけど、僕って何かしてあげてるのかな。

 うーん……何か少しでもしてあげられたらな……。

 

 映画館から出ると、既に夕方になっており、辺りは茜色に染まっていた。

 そろそろお別れかな。


「そろそろ帰ろうか」


 彼も同じことを考えていたようだ。

 少しだけ名残惜しい気がしたけど、僕も頷く。駅までの道を一緒に歩く。夕暮れの中、一日が終わるという寂しさから、二人とも言葉少なげだ。

 駅までついてしまう。ここでお別れか。


「それじゃあ、またね」


 彼は僕に軽く手を振る。駅からの電車の道のりは二人とも別方向なのだ。


「うん、またねっ」


 僕もそれに元気良く手を振って答えた。

 彼は僕に背を向けて、隣のホームへ向かう。僕はそんな彼の背中を目で追っていた。

 二人きりって言うのを気にしてたけど、今日は結構楽しかったな。これなら、また一緒に遊びに来てもいいかな。

 僕は帰りの電車で顔がにやけてしまっているのに気付いて、一人慌てるのだった。


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