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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
夏休みのできごと
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美少女、はじめてのデート①

第六十五話 美少女、はじめてのデート①





「ふんふーん♪」


 余所行きの服を着た僕は上機嫌で部屋の中をくるくる回る。

 ちょっと目が回ってしまったので、そのままベッドにダイブして、ぬいぐるみのお腹に顔をうずめる。

 しばらくぬいぐるみのお腹をもふもふしたところで、起き上がる。危ない危ない、あんまり暴れるとスカートにしわが寄ってしまうよ。

 今日の僕は茶色のタンクトップの上に、黒いタンクトップを重ね着し、下は赤と黒のチェックのプリーツスカートにしており、長い黒髪も相まって全体的に黒い。姿見の前に立ち、スカートを手で軽くのばして、形を整える。

 今日はスイーツ食べ放題に行くのだっ。

 二人きりだよ、うわーどうしよう……と不安な気持ちも勿論ある。

 しかし今の僕の頭はスイーツでいっぱいなのだった。行くことに決まった当初は、別に行きたかったわけじゃないもん、とか言ってた僕。でもその後にお店のウェブサイトを眺めていたら段々惹きこまれていき、最終的には楽しみで仕方がなくなってしまった。

 だって、すごいんだよっ。見たことないようなケーキや、お菓子の類が食べ放題! どうせよくわかんないムースとかゼリーばっかりなんでしょ? とか思ってたら、これがまたちゃんとしたケーキが多いんだよっ。おかげで今日の朝ごはんは抜いちゃったよ! 万全の態勢で挑みます。すきっ腹で行っても大して食べられないのが残念なところだけど。

 しかも、女性は割引。これだよ。凄い、女の子凄い! ずるいっ。初めて女の子で良かったと思っちゃったよ。

 初めは桜子ちゃんにしてやられた、なんて思っちゃったけど、いいお店を紹介してくれたと考えればむしろ良かったかもしれない。今日はたまたま男女ペアの日だけど、今度は普通の日にでも行こうかなっ。

 おっと、我ながらはしゃぎすぎてしまった。時間を見るともう出発しないといけない時間だ。

 僕は小さなバッグを片手に家から飛び出す。今日もいい天気だ。煮えたぎるような暑さの中、僕は軽快なステップで駅まで向かう。今日はいい日になりそうだ。

 

 

 

    ******

 

「ねえねえ、君、暇?」


 僕は三十分くらい前に「いい日になりそうだ」と思った自分を呪っていた。ははは、最悪だよ。

 金髪のお兄さんに絶賛からまれ中の僕。日焼けした浅黒い肌と、金色に輝くピアス。オレンジ色のタンクトップに白いハーフパンツ。これでガタイも結構いいし身長も高いのだから、そばに寄られると結構怖い。


「あの、待ち合わせしてるので」


「えー、いーじゃーん。こんなクソ暑い中女の子待たすような奴ほっとこうよ」


 うう、僕が時間より大分早く来ちゃっただけなのに。


「一緒にカラオケでも行こうよー」


 必死に首を横に振ったりして拒絶をするも、なかなか退散しない金髪男。

 言葉だけでは連れ去れないと判断した男は、今度は僕の腕を掴んでくる。そしてそのまま引っ張ろうとする。やばい、このままじゃ連れて行かれる。前にプールに行ったときも怖い思いをしそうになった。あの時は良治や東吾が助けてくれたけど、今は誰もいない。

「いやっ」


 渾身の力を込めて、自分の腕を引っ張り強引に男の手から逃れる。


「あぁ?」

 

 どうやらその態度が気に食わないらしい。

 さっきまで終始薄ら笑いをしていた男の顔が怒りに歪む。その気迫に何も言葉が出せなくなる。恐怖に足がすくんでしまう。逃げたいけど逃げられない。

 道を歩く人は関わり合いになりたくなさそうに、足早に去っていく。誰か警察でも呼んでくれたら……。

 

「佐倉さん、大丈夫!?」


 僕の後ろから駆け寄る足音。ちょっとの間しか一緒になったことはなかったけど、声は覚えている。


「蒼井君っ」


 今の僕は本当に泣きそうだったと思う。

 駆け寄ってきた蒼井君は僕の前に立ち、金髪男と対峙する。蒼井君も結構身長あるんだよね。金髪男と同じくらいの身長で、ガタイも同じくらいの大きさ。

 一対一で喧嘩すれば自分もただじゃ済まない、そう思ったのか金髪男は舌打ちをして、その場から立ち去っていく。

 助かった。

 力が抜けてしまい、思わずその場にへたり込んでしまった。蒼井君はそんな僕に手を差出し、立ち上がらせてくれる。

 

「ごめん佐倉さんっ。怖い思いさせちゃって」


 蒼井君は僕の前で両手を合わせて謝罪する。


「いやいや、僕が早く来ちゃっただけだし。蒼井君のせいじゃないよ。むしろ助けてくれて嬉しかったよ」


 時間だと思って飛び出したら、電車の乗継が思った以上に上手くできちゃって、待ち合わせの三十分前に到着してしまったのが全ての原因。蒼井君の到着は待ち合わせ時間の十五分前だったし、全然遅くないのだ。

 やっぱりあれだね。待ち合わせには遅れて行くべしという、テンプレートを守ったほうが良かったんだね。今度から気を付けよう……。


「でもまさか、待ち合わせ場所に来てすぐ絡まれるなんて……」


 僕はぼそりと呟く。

 僕が待ち合わせ場所についたのが今からおよそ二十分前。スマートフォンを取り出して時間を確認したところで、いきなり話しかけられたのだ。そのタイムラグは一分もない。


「それはほら、佐倉さんが魅力的だから」


「ふ、ふつーだよっ。全然そんなことないから」


 凄い良い笑顔で言ってくる蒼井君。ただでさえ照れちゃうような言葉なのに、お世辞ではなさそうだから猶更だ。


「そうかな。さっきの奴は悪い奴だとは思うけど、佐倉さんに話しかけたくなっちゃう気持ちはわかるかな」


「なにそれっ。ホントに怖かったんだから」


 僕の方を見て微笑む彼に対し、僕はぷいと顔をそむける。

 ガラの悪い男の人って、自分の性別が女になると余計に怖いよ。毎回何とか助けてもらえてるけど、バイト帰りとかに絡まれたらと心配になってしまう。良治が頻繁に来て、僕がバイト上がるまで待っててくれたりするのって、実は結構ありがたい話なのかも。


「ごめんね。次はもっと早く来るようにするよ」


 蒼井君は本当に申し訳なさそうに僕に謝る。別に蒼井君のせいじゃないんだけど……。

 いや、早く来なくていいと思う。三十分前から待つって結構面倒くさいと思うし……。お互いが相手を待たせたくないと思って早く来はじめて、いたちごっこした挙句に明け方に集合とかになっちゃったらどうしよう。

 まあそんなわけないか。

 何か次もあるみたいに思っちゃったけど、僕から誘うことは……ないんだろうなあ。

 とりあえず蒼井君とは合流できたし、今日はスイーツをたくさん食べて気を取り直そう! 僕が拳を握り、心に密かに闘志を燃やしていると、

 

「きゅー」


 ……お腹が鳴った。

 誰のって、そりゃ僕のだよっ……。僕はちらりと蒼井君の顔を伺う。彼はちょっと驚いた顔をしたけど、すぐにいつものようにニコニコ顔に戻った。

 うう、恥ずかしい。朝抜いてくるんじゃなかった……。でも、朝食べちゃうと、きっとほとんど食べられないと思うんだ。でもお腹が鳴るなんて。


「佐倉さん、ひょっとして朝抜いてきたとか?」


「うっ……。ち、違うよっ! そんなことしてないっ」


 図星を指されて慌てて否定する。

 食べ放題だから、めっちゃ張り切ってきましたっなんて恥ずかしくて言えない。


「きゅー」


 しかし無情にも僕のお腹は、ひたすらに僕を裏切る。

 背信的すぎるよっ。自分の体のくせに!

 二回も鳴っちゃ、もうごまかしようもない。

 

「うう……。実は朝抜いてきたんだ。やっぱりその、甘いものって楽しみだから」


「あはは。俺も実は朝ごはん抜いてきたんだよ。折角の食べ放題だからね」

 

 なんだ、蒼井君も朝を抜いてきたのか。良かったあ、僕だけ張り切っちゃってると思われると恥ずかしいけど、二人とも同じならいいかな。

 

「それにしても、本当に甘いもの好きなんだね」


「うん。大好きだよ」


 蒼井君に向かってにっこりとほほ笑む。

 元々甘いものは好きだった。男の子の時でも水羊羹はいくらでも食べたかったし、誕生日にケーキを買ってくれるのが嬉しかった。

 でも女の子になってから、それがさらに勢いを増していると思う。クレープも食べたし、パフェも食べた。あんまり男の子の時は食べなかった甘いものに触れ、どんどん甘味の世界にはまっていく。

 ま、まあ太らないように気を付けないといけないんだけど……! もともと食べる量が少ないから、大丈夫かなっ。

 蒼井君が黙ってしまったので、気になって顔を覗き込む。彼はなんだかぼーっとした様子で僕を眺めていた。

 

「どうしたの?」


「えっ? ああ、なんでもないよ」


 僕が問いかけても、彼は笑ってはぐらかすのだった。

 何だかうまく逃げられたみたいで、少し気にかかった。


「でもそんな甘いもの好きだったおかげで、こうして一緒に行けたんだし、俺としては凄く嬉しいよ」


 彼は僕の目を見て話す。本当に嬉しそうな顔をしている。

 

「う、うん」


 ふと見つめ合ってしまっていることに気付いて僕は眼を逸らす。

 なんて答えて良いかわからなかったから、適当な返事になってしまった。それでも彼は嬉しそうだった。一緒にいるときに嬉しそうにしてくれると、僕も嬉しくなるな。

 僕たちはゆっくりとお店への道を歩く。お店が近づくにつれて、道を歩くカップルが増えてきたような気がする。

 みんな仲睦まじく、腕を組んだりして歩いている。

 蒼井君はどうなんだろうか。僕と腕を組んだりして見たいのかな……。いや、まさか、それは流石にないかっ。

 それに組みたいと言われても、僕は戸惑っちゃうし。


「結構並んでるんだね」


 お店の前まで来たところで蒼井君が呟く。

 物凄い行列、とまではいかないけど、お店の周りには結構な列ができていた。


「結構待ちそうだね。ごめん、もうちょっと早い時間に待ち合わせにすればよかったね」


 待ち合わせの時間や場所を指定したのも僕だった。まあだからこそ遅れないように早く出たわけなんだけど……。

 お昼時ど真ん中な時間に来てしまったのが敗因だった。もうちょっと早めか、むしろもうちょっと後の時間帯にするべきだった。


「いや、いいよ。並んでる間に佐倉さんと話せるしね」


「そ、そうだね」


 今日の蒼井君は、結構アグレッシブに僕に絡んでくるみたいだ。

 迷惑じゃないんだけど、どう答えていいのか詰まってしまうことが多い。

 列に並んでからも主に蒼井君が話題を振って、それに僕が答えるという流れになる。うう、僕も話題を探してるよ。でもだめなんだよね、元々半ぼっちみたいな状態だったし、趣味とかあんまりないし。

 食べ放題は時間制なので、列がなかなか進まない。暑い中、屋外で待機するのは大変だ。

 僕は持っていた日傘をさし、ペットボトルのお茶を一口飲む。


「あ、傘持つよ」


 蒼井君が手を出してくれたので、僕は傘を渡す。

 相合傘!? と思ってドキリとしたけど、日傘は小さいので僕を陰に入れようとすると蒼井君は傘には全く入れない。これじゃ相合傘にもならないかな。傘も持たずに済むし、楽ちんだ。

 僕たちは長い長い待機時間を、並んで過ごす。

 お腹すいたなあ。早く入れればいいんだけど。

 


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