美少女、応援に行く②
第六十一話 美少女、応援に行く②
「午前中の試合、惜しかったよね」
言い終わると僕はお弁当のポテトをお箸でつまみ口に運ぶ。
お弁当でもホクホクさせたままにするには一体どうすればいいんだろうか。若干べちゃってなってるのが残念。
「折角見に来てくれたのに、かっこ悪くて恥ずかしいったらないな」
「まったく直樹はだらしねーな」
「うるさいな。お前がたまたま勝ったからって」
間に僕を挟んでの言い合いは勘弁してほしいなっ
それに負けることは恥ずかしいことじゃないと思う。……スポーツはからっきしダメな僕が言っても負け惜しみにしか聞こえないかもだけど! いやまあ負け惜しみなんだけどさっ。
「佐伯さんは勝ったんだ?」
「おう! 佐倉さんに全く覚えられてない試合なのが残念だっ!」
仕方ないじゃん。蒼井君以外は元々名前知らないんだし、いつが誰の試合かなんて覚えてないよ。
僕の記憶にないことをいいことに、彼は何やら誇張して試合の展開を話し始める。
「それで、相手に隙ができたからよ。そこでレーザービームですよっ」
……一体何の話をしているのか。
身振りに手振りを加えて楽しそうに話す彼。ついていけないので、薄ら笑いを浮かべるだけで、どう反応すればいいのか迷う僕。
「おい、孝雄。佐倉さん困ってるだろ」
「あはは……」
「あ、悪い。つい熱が入っちゃって」
佐伯君はとっつきやすいし話しやすいんだけど、元々コミュニケーション下手な僕は、こういうノリに苦手意識があったりする。
聞いているだけならいいんだけど、時々話を振ってくるから困ってしまう。
「あー。もうすぐ時間か。午後からはまた学校に戻って練習だろ? 疲れちゃうよなー」
スマートフォンで時計を確認した佐伯君が、さもだるそうに足をぐっと伸ばす。
彼らはコンビニで買ったそばをもう食べ終えており、僕だけが一人お弁当を食べている状況だ。
「ごめんね。食べるの遅くて」
「いや、いいよ。ゆっくり食べて」
蒼井君が優しく微笑んでくれる。
この優しいところが、居心地の良さに繋がっていると思う。なんていうか、甘えられそうなんだよね。こんなナリしてしまっているけど、元々長男だった僕は、実は上の兄弟が欲しかったのかもしれない。だから桜子ちゃんのお姉さんの芳乃さんも羨ましいと思うし、蒼井君みたいなお兄さんがいればいいなあなんて思ってしまったりもする。
やがてお弁当を食べ終わった僕は、元の包みに綺麗に包んでお弁当箱をバッグにしまう。
うん。今日のお弁当も美味しくできてた。話の流れで蒼井君とかにも食べてもらっちゃったけど、美味しいって言ってくれたし、よくできてたよね。
気づくと顔が綻んでしまっていた。いけないいけない。何もないのに一人でにやついてるなんて、変な子だと思われてしまう。
「……ごちそうさまっ」
そう言って、僕はにやけた顔を元に戻す。
ふと、蒼井君も佐伯君も黙ってしまっていることに気付く。色々考えながら食べてた割に、話しかけられなかったどころか、二人の間の会話もなかった。
どうしたのかと思って二人の顔を伺う。
目が合ったとたん、二人とも気まずそうに目をそらしてしまう。二人とも黙ったまま僕を見てたってこと? あんまり見て楽しいものでもないし……。
「どうしたの? ひょっとして僕に何かついてる?」
僕は自分の頬や顎を手で確かめる。まさかご飯粒とかついてたりて。
「あ、いや。何もついてないよ。ただ、嬉しそうににこにこしてたから見惚れちゃって」
蒼井君が照れくさそうに頬をかく。
うわぁ。にやけてたところをしっかり見られてたよ。
「ああ、なんか壊しちゃいけない空気を感じたから、そのまま鑑賞してましたっ!」
佐伯君が座りながらびしっと敬礼をする。どうしてさっきまで空気読めてない状態だったのに、そこは読むのかなっ!
「あんまり人の顔をじろじろ見ないでねっ。恥ずかしいんだから!」
「わかったよ。ごめんね佐倉さん」
素直に謝る蒼井君。
「怒った顔も可愛いなあ。もっと叱られたい!」
一方で佐伯君はもうだめだと思う。
「佐倉さんってさ、どこで直樹と会ったの?」
僕が食べ終わっても、ベンチに腰かけたままの三人。
萌香ちゃんや桜子ちゃんも隣のベンチに座ったままだ。二人はスマートフォンをいじって遊んでいる。こっちは結構大変だし、僕もいっぱいいっぱいなのに気楽なものだよっ。
「高校も違うし、部活でってこともないし、直樹はバイトしてないからバイト先でってこともないでしょ?」
蒼井君はバイトしてないんだ。なんて全然関係ないことを考えている僕。旅館の仕事の手伝いだけで手いっぱいってことだよね。大変だなあ。
……おっと、どこで会ったかだっけ。
「えっと……旅館で、かな」
僕はそう答えた。
ほんとは駅前の本屋なんだけど、あの時はあれっきりだと思ってたし。
「ひょっとしてこいつの家の旅館に泊まったの!?」
「そ、そうだけど」
凄い勢いで聞いてくる佐伯君。旅館に泊まるのがなんだっていうのか。
「マジかよお! もう自宅にお泊りする仲なの!?」
「え? えっと?」
その発想はなかった。
そうかあ、お泊りなのか……。かあっと顔が熱くなってくる。そういう考え方もあるんだね。僕がよく知らない男の子の家に……。
……って、その発想は間違ってるよっ。そんなんだったら、蒼井君の家に一体何人お泊りしてるんだよっ。老若男女さまざまな人とお泊りする仲ですってそんな訳ないでしょっ!
「孝雄、お前もう帰れよっ」
「あはは悪い悪い」
頭をポリポリかいて謝る佐伯君。二人とも仲がよくていいことだと思う。
そんな二人に挟まれると、何だか気を遣ってしまって、気疲れしちゃう。二人とも僕に構ってくれるのは嬉しいんだけどね。蒼井君だって優しくしてくれるし。
今日が終わってしまえば、会う機会はあんまりないのかな。僕はそんなことを考える。
考えてみれば、僕って自分から誘って蒼井君に会ったことってないんだよね。遊びに行くのを誘うのもいいとは思うんだけど、それは僕が男だったら何の気兼ねもなくできるってだけで、女の子から誘ったらもう完全にデートだよね。それはどうなの? って思う。
かと言って、このままどちらも次へ繋げなかったら、多分そのままお互いの生活からフェードアウトしちゃうんじゃないかなあ。それはそれでちょっと残念にも思う。
遊びに行くってだけならいいけど、デートという言葉に置き換わるとNGっていう感じが自分の中にある。この何とも言えない微妙な心境に、僕はどうしたらいいのかよくわからなくなってしまった。
僕が一人で勝手に戸惑っていると、僕のスマートフォンがぶるぶると震える。メールがきたみたいだ。
「ごめん、ちょっとメールが来ちゃった」
僕は二人に断りを入れて、スマートフォンを操作する。
差出人は萌香ちゃん。なになに……?
『そろそろデートの約束したっ?(目がキラキラした絵文字)』
僕はがっくりと首を垂れる。
『しませんっ!』
メール送信っと。
本当にあの二人は僕の状況を見て楽しんでるなっ。萌香ちゃんの方を見ると、届いたメールを見てがっかりしている様子だった。何を期待してるのやら。
すると、さらにメールが届く。またかいっ。
『これとかどう? アユミちゃん好きでしょ?(以下URL)』
URLをタップしてみると、どこかのお店のホームページに画面が切り替わる。
パステルカラーをふんだんに使った、とても可愛らしいウェブページだ。お店はスイーツ専門店の食べ放題バイキングのようだ。
どうもキャンペーン中のようで、「和と洋の様々なスイーツが食べ放題っ!」なんて謳い文句が見出しになっている。食べ放題とかじゃ普通ないのに、まさかの羊羹とかまで置いてあるっ。それに他のケーキとかも美味しそうだ。
……で、これがなんなんだろう。好きでしょ? と言われたら、水羊羹は大好物だし、普通の羊羹も好きだし、ケーキも好きなんだけどさ。それをいまさら確かめても仕方ないでしょっ。
と思いつつも画面を下までスクロールしてみる。すると、ああなるほど……と思うようなキャンペーンの告知が。
「夏休みも終盤の平日に、スイーツ食べ放題! ただし男女のペアのみの入場に限ります」だそうだ。カップル向けの企画なんだろうなあ。……これに行けと? 無理無理っ。
「佐倉さん、それ行きたいの?」
佐伯君が僕がスマートフォンを持ったまま固まってるのに気付いて聞いてきた。人のスマホの画面見ないでほしいよっ。
「どうしたの?」
それに呼応して蒼井君も僕に聞いてくる。
厄介な感じになってしまった! どうやって切り抜ければ……。僕はスマートフォンを持ったままおろおろしてしまう。
「スイーツ食べ放題だって! 男女ペアでしか入れないらしいぞ、どうよ直樹」
「どうよって、何がだよ」
「バカだなあ! 佐倉さんが行きたいけど、男女じゃなきゃ入れないから困ってんだろうが!」
いやいやいや! 待って待って! 困ってないッ、困ってないから!
心の中で叫ぶけども、声には出せない僕。ああ、なんて臆病なのだろうか。自分の意思くらいちゃんと伝えたいところだけど、話が進んじゃうとどうしても何も言えなくなっちゃうんだよね。……まあそもそも自分の意見がはっきり言えてたら、中学生時代に良治しか遊んでくれる友達がいないなんて寂しい事態になってなかったよ。
「そうなの?」
「あー、えっと……」
どう答えるべきか。「違います、ただ見てただけです」って言うのは有りなのか。
……なしだろうなあ。そもそも他の人と一緒にお喋りしてる時にスマートフォンいじるのもマナーとしてどうなんだろうと思うところがあるのに、行くつもりもない、行きたくもない場所のページを見てましたって答えた日には、どれだけ会話がつまんないと思ってるんだって思われても仕方がない。そんなつもりはないのに……。
じゃあ桜子ちゃんが送ってきたから見ましたって言う? でも男女ペアのキャンペーンを見てたっていう情報が先走ってしまった今の状態で、それを言ったところで何か意味があるのかな。あんまり事態が好転しそうな感じがしない。
「バカだな、直樹は! 行きたくない場所のページなんてわざわざ開いてないだろう。部活がない日っぽいし、行ってあげたらどうだよ」
佐伯君がガンガン突っ走ってしまっていて、最早独走態勢だ。
このままじゃ……。
「え? 俺は一緒に行くのは全然かまわないんだけど、佐倉さんはそれでいいのかなって」
二人そろって僕の顔を見る。
うう……。この状況で「いいえ、行きません」って答えられるわけがないじゃん。
「うん……いいよ」
一緒に行くのは良くないなと思いつつも、それが悟られるのもまずいと思ったので、精いっぱい笑って見せる僕。
嫌だとか受け付けないとかそういうわけじゃないんだけど……どこかでブレーキをかけたほうがいいと思っちゃうんだよね。それが何を要因として生まれる考えなのかはよくわかっていない。元々男の子だったことが後を引いてこうなっているのか、それとも何かほかの、僕が考え付かない何かが心の奥で引っかかっているのか……。
蒼井君はそんな僕を見て、少しだけ口元を緩めた。彼が何を感じたのかはわからない。でも、何だか思わぬ方に進んでいきそうで、少し心配だった。
「直樹……羨ましすぎるぜ。お前なんて、風呂場でシャンプーとボディーソープ間違えちまえばいいんだ!」
「なんだよ、その微妙なのは……」
スマートフォンで時間を確認する蒼井君。
「佐倉さん、そろそろ時間だから」
そう言って蒼井君はベンチから腰をあげる。それを見て佐伯君も立ち上がった。
「うん、またね」
僕は軽く手を振る。
蒼井君と佐伯君もそれに応じて手を振ってくれる。そして体育館の方へ走って行った。
ああ、佐伯君には振り回されたなあ。一つの失敗から大変なことになってしまった。
「ねえねえ! どうなったの!?」
萌香ちゃんがとことこと走り寄ってくる。
ええ、もう大変なことになりましたよ。
「結局スイーツ食べ放題は行くようになったのかしら」
桜子ちゃんも興味津々といった感じだ。
僕は仕方なく頷く。
「あれ? 嫌だった? スイーツは嫌い?」
「嫌いじゃないし、絶対嫌ってわけでもないんだけど……」
僕は何とも歯切れの悪い答えを返す。
そんな僕の様子を見た萌香ちゃんが代わりに答える。
「桜子ちゃん桜子ちゃん! 二人でって言うのが引っ掛かってるんだよ」
「ああ。それは深く考えなくてもいいと思うわよ? 軽く遊びたい、甘いもの食べたいからってことにしておいて、深い意味を持たせないようにしておけば問題ないわっ」
うう、桜子ちゃんだって付き合ったことないって言ってたのに、どこからこの自信は来るのだろうか。
ああ、美人のお姉さんの影響か……。
深い意味を持たせないかー。うん、そういうことにしておこう。一緒に行きたいから誘った、ではなくて、甘いものが食べたいから一緒に行ってくれる人を探してたってことにすれば、そこまで意味を持たせないで済むんじゃないかな。そうしよう。
はあ……女の子って大変だなあ……。
当初予定していた剣道の応援よりも、むしろその後の方が大変になるなんて思ってもみなかったよ。
「アユミちゃん、頑張ってね!」
「ファイトっ!」
そして何故か身内に応援されている僕。
とりあえず帰ろう。帰ってシャワーでも浴びてすっきりしよう。