表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
夏休みのできごと
61/103

美少女、応援に行く①

第六十一話 美少女、応援に行く①




 その日は夜明けとともに目が覚めてしまった。

 布団をめくりもそもそと体を起こす。そしてそのままベッドから降りて鏡に向かう。髪の毛があちこち飛び跳ねてるし、パジャマのズボンも少しずり落ちている。

 頭はぼーっとしているのに、胃がぴくぴく痙攣している。今日は蒼井君の剣道の試合の応援に行く日だ。応援に行くだけだし、それに友達と一緒だし、と思ってても緊張してしまう。

 良治以外の男の子に誘われてどこかに行ったことはない。その良治にしたって、たまたま僕の昔からの友達ってだけだし、多分僕のことを異性だとは思ってないだろう。僕自身も良治のことを異性として意識することはあんまりない。

 良治を除外してしまうと、これが初めての試みということになる。面識はあるとはいえ、お互いをよく知らない男女でって話だ。我ながら凄い誘いに乗ってしまった。

 でも本当に萌香ちゃん達を誘ってよかったよ。僕一人だったら緊張してガチガチだっただろうし……。

 それに桜子ちゃんの言うとおり、彼が僕のことを本当に好きだったら……。確かに人に好かれるのは嬉しい。でもっ……。

 そこから先を考えてしまいそうになったので、僕は頭を振って無理やり考えるのをやめた。気づけば、鏡に映る自分の顔もほんのり赤くなっていた。余計なことを考えてしまった。

 僕はまだ彼のことを全然知らないし、好きとかそういう気持ちはない。それなのにこんな調子じゃ、雰囲気とかノリに流されちゃうぞ。しっかりしないとっ。

 

 熱いシャワーを浴びて目を覚ますと、僕はクローゼットから服を取り出す。

 ……わざわざ応援に行くんだから、あんまりいい加減な恰好じゃ失礼だよね。かといって、あんまり気合入れすぎてもね……。ただの友達の応援なんだし……。でもうちのママに聞いたら多分「女の子はどんな時でも百パーセントの自分を見せなさい」なんて言われるんだよなあ。いつも百パーセントは疲れると思うんだけど、世の中の女の子は大変なんだなあ……。

 今日は淡い水色のミニワンピースに黒のショートパンツにしよう。このワンピースは風通しもいいし、何より色合いが可愛いのだ。ミニワンピースというだけあって、丈もかなり短い。そこに合わせて履くのがこのショートパンツだ。ワンピースの裾からちらりとショートパンツが見える感じになる。なんだか脚が長くなったように見えるから、とてもいい組み合わせだと思っている。スカートも可愛いと思うんだけど、やっぱり動くと気になるからねっ。その点ショートパンツは楽でいい。

 僕は手早く着替えて、再び姿見の前に立ち、自分を映す。

 うん、悪くない……はず。よし、あとは朝ごはんの準備だっ。

 僕は階下に降りていく。

 

 

 

「アユミちゃん、おはよう!」


「おはよー」


 蒼井君の剣道部の試合は僕の高校でも愛君の高校でもない別の県立高校の体育館での行われる。

 僕と桜子ちゃん達はその最寄駅で待ち合わせをしていた。


「今日もアユミちゃんは可愛いねー。心なしかいつもより気合が入ってる?」


 桜子ちゃんが僕の頭を撫でる。

 別に気合は入ってない……と思う! そう、ちょっと身だしなみにちょっと気を遣っただけ……。

 僕らは駅の改札を出ると、案内板を見る。

 

「駅から結構近そうだねっ」


「迷わなそうでよかったあ」


 目的地は駅から結構近く、さらに大きな通りを歩くだけで着く。流石にこれなら迷わなそうだ。

 歩いてみると、僕らと同じ高校に向かう学生の姿も結構あった。恐らく部活動か何かかな。

 高校の前に到着する。ここまで来て気づいたんだけど、私服でも大丈夫なのかな……。あたりをきょろきょろ見回すと、選手の身内なのだろうか、結構私服の人も中に入っていた。僕らもその人たちに合わせて二階席に移る。

 できれば試合前に挨拶したかったけど、試合前は集中してそうだしダメかな。とりあえず見に来たってことだけをメール書いて送信する。

 

「メール送ったの?」


 桜子ちゃんが僕のスマートフォンを覗き込む。

 「うん」と僕は頷く。


「それで蒼井君も気合十分だネッ」


「あはは。そんな単純なっ」


「いやいや、案外男の子なんて単純なもんだよっ」


 そうだったかなぁと自分が男の子だった時を思い出したりしてみるものの、そもそも中学時代は携帯すら持ってなかったので、女の子からメールを貰うとか以前の問題だった。

 ちょっと間をおいて、メールの返信があった。

 内容は、『どの辺にいるの?』というものだった。僕はスマートフォン片手に、二階席の最前列から少し身を乗り出す。剣道の試合とは言えまだ始まっていないので頭の防具はつけていない。会場を見回すと、ちょっと遠いところに蒼井君の姿を確認した。

 この距離じゃ向こうからは見つからないかも、と思ったところで不意に蒼井君が顔をこちらに向ける。軽く手を挙げてくれたので、多分僕に気付いてくれたんだと思う。僕もちょっと手を振りかえす。

 

 試合は間もなく始まった。

 正直剣道の試合を見てもいまいちルールはわからないんだけど、その緊迫感は伝わってきた。試合中、しんと静まる会場。そしてお互いの切っ先を軽く弾きあい、隙をうかがう両者。

 一瞬の隙を突き、踏み込む。

 あんなに激しく打ち込んだりして、相手は痛そうだなあ……と完全素人の僕は思ってしまう。


「ねえねえ、次が蒼井君みたいだよっ」


 蒼井君と相手が向かい合う。一礼をし、そのまま三歩ほど進む。剣を構え、その場でしゃがむ。あとに聞いた話では「そんきょ」というらしい。言葉を聞いてもよくわかんないんだけどね。

 やがて審判の声とともに試合が始まる。

 お互い見合い、一歩近づく。互いの切っ先が触れる。竹刀を軽く弾きあう。蒼井君も相手も動きは最小で、隙を伺っているように見える。

 剣道って、もっと激しく動くものだって思ってた。中学の体育でやった時は、こんな感じじゃなかったような……。まああれは暴れたい人が暴れてたのもあるか……。

 試合は暫くこう着状態が続いた。お互い切っ先を払い、後ろに下がったりを繰り返していたけど、決まるときは一瞬だった。

 わずかに動きを乱した蒼井君に相手からの痛烈な小手が入る。早すぎてよくわかんなかったけど、あれで一本らしい。二本先取で勝ち、時間いっぱいまでなら一本取ってるほうが勝ちなので、蒼井君はかなり不利になったと言える。

 頑張ってほしいな。折角応援に来たんだし、勝ってるところが見たい。

 僕は知らぬ間に手に拳を作っていた。開いてみるとジワリと汗をかいている。試合の空気にのまれ、一緒に緊張してしまっていたようだ。一秒たりとも目が離せない、そんな張りつめた空気がある。

 剣道のルールなんてわからないから、なんて思ってたけど、僕はいつの間にか真剣に応援していた。

 しかし、そんな思いも届かず、果敢に攻めた蒼井君だったけど時間内に一本取ることができず、結果として負けてしまった。

 再び礼をして退場する両名。

 

「残念だったねー」


 萌香ちゃんが本当に残念そうな声を上げる。

 

「うん……」


 僕もそれに同調してしょんぼりしてしまう。

 

「でも迫力あったわね。一緒に緊張しちゃったわ」


 桜子ちゃんは結構楽しんでいたようだ。


「うん。そうだね。緊迫感もあったし、かっこよかったと思う」


 僕はそんな桜子ちゃんに合わせて感想を言う。

 

「ふっふっふー。アユミちゃん。どう? 蒼井君はかっこ良かった?」


「えっ? うん」


 僕の返事に何故か嬉しそうな萌香ちゃん。


「そっかそっかー! 本人に言ってあげたらきっと喜ぶよっ」


 本人にかあ。竹刀を振るう蒼井君は確かにかっこよかったと思う。でも実際本人の前で言うのは恥ずかしいな……。

 

 

 

 *******

 

 午前中の日程が終了し、お昼休みに入る。

 僕らはみんなお弁当を持ってきたので、屋外で食べる場所を探す。


「ねえ、お昼休みは蒼井君も自由なんでしょ? ちょっと行ってみない?」


 桜子ちゃんが僕の顔を伺う。僕はちょっと迷ってしまう。

 だって部活の他の人と一緒にお昼食べたりしてるんでしょ。あんまり目立ちたくないなあ。

 そんなことを伝えると、桜子ちゃんはお気に召さない様子だ。


「試合も全部終わったみたいだし、お昼終わったら蒼井君達って、自分の高校に戻っちゃうんじゃない? 折角応援に来たのに、一回もまともに話せないのってつまらないじゃない」


 まあ、それはそうなんだけど。

 応援に来たのに応援対象と全く話せず、本当に見に来ただけで終わりじゃイマイチ消化不良というものだ。

 そんなやり取りをしていると、僕のスマートフォンにメールが届く。差出人は蒼井君。

 

『お昼、一緒に食べない?』


 ううん、タイミングがいいなっ。

 

「おおー。向こうの方が動いてくれたねっ。アユミちゃん、一人で行く?」


「えっ!? みんなも来てよっ。僕一人はちょっと……」


 そもそも一人で彼と会うのが引っ掛かるところがあるから、みんなにも来てもらったのだ。ここで単身で向かうとなれば、みんなに来てもらった意味がない。


「しょうがないわね」


 桜子ちゃんはやれやれと言った顔をする。

 もう、萌香ちゃんも桜子ちゃんも、なんで僕と蒼井君を二人きりにしたがるのさっ。他人のそういう話が面白いのはわかるけど、僕はそんなつもりないのにっ。

 

 

 

 

 蒼井君の指定した場所に着くと、そこには蒼井君の他にも一人男の子が待っていた。


「こ、こんにちはっ」


 知らない人がいるので、人見知りの僕はガチガチに緊張してしまう。


「こんにちはー」


 蒼井君も一緒にいた人も同時に挨拶してくれる。恐らくは蒼井君の部活の友達なんだろうと思う。

 

「俺、直樹の友達の佐伯って言います。よろしくねー」


「あ、はい。佐倉歩です。よろしくお願いします」


 桜子ちゃんと萌香ちゃんも僕に続く。

 佐伯君が僕たちと蒼井君を交互に見る。

 

「直樹が呼んだっていうのは……どの子?」


「あ、私です」


「マジ?」


「マジです」


「本当に本当?」


 何がそこまで信じられないのか、佐伯君は何度も聞いてくる。

 

「嘘……だろ? いつの間にこんなかわいい子と知り合ったっっていうんだよおおおお。俺達は部活馬鹿だっただろおお!」


 彼はガックリと膝をついている。突然のことに戸惑う僕ら。

 

「ごめんね、佐倉さん。こいつちょっと変だから」


「う、うん」


 蒼井君がちょっとだけ申し訳なさそうに苦笑する。


「変じゃねー! ちょっとだけ羨ましくて死にたくなっただけだ」


 がばっと起き上がる佐伯君。コロコロと忙しい人だな。

 

「えっ、だって直樹がこんなうちの学校にいないような可愛い子と知り合いで、しかもメールもしてて、しかもしかも試合の応援にまで来てもらえる? 一方で俺は家で漫画読んでグラビア雑誌を見てにやついてるだけ。なんだこの差……」


「こいつのことはちょっとほっといて良いから」


「あ、うん……」


 何だかよくわからないけど、悪い人ではなさそうだ。

 僕ら五人は場所を移動し、中庭のベンチに腰掛ける。僕の右隣りには蒼井君が、そして左隣には何故か佐伯君が陣取る。萌香ちゃん達はもう一つ隣にあったベンチに腰掛ける。

 こんな席順になってしまうとは思わなかった僕は、視線で桜子ちゃん達に助けを求めた。しかし返ってきたのは「頑張れっ」というメールだった。

 うう、どうしてこんなことに……。そもそも三人がけのベンチなのが悪いっ。女の子二人と男一人だと、もう一つのベンチが二人きりになっちゃうし、女の子三人で食べれば、ベンチの位置的にお互いのグループが話す機会がほとんどなくなって、一緒に食べる意味がなくなる。

 

「佐倉さんは今日はお弁当作ってきたの?」


「うん、そうだよ」


 蒼井君の聞いてきたことに答えると、僕はバッグからお弁当の包みと水筒を出した。


「ええええ、料理もできるの? パーフェクト美少女じゃん。どうして直樹がこんな子と……」


 もう片方の隣は騒がしい。美少女と評価してくれるのは嬉しいんだけど、それをド直球で言葉に出されると恥ずかしくて困る。


「蒼井君や佐伯君はお弁当じゃないの?」


 僕は二人の顔を交互に伺う。


「いやお弁当だけど、俺達はコンビニのだよ」


 そう言って彼らは持っていたビニール袋からコンビニのざるそばを取り出す。

 この二人の体格からして、ざるそばなんかじゃ足りないんじゃないかと思うんだけど……。

 

「よかったら少し食べる?」


「えっ? いいの?」


「うおおおおお! マジか! 羨ましい!」


「えと。佐伯さんもどうぞ?」


「うおおおおお! 直樹と友達で良かったああああ!」


 僕はお弁当の包みを解いて、蓋を開ける。

 今日のお弁当は自信作だ。小さいハンバーグとポテト、ポテトサラダにベーコンとほうれん草のソテーや唐揚げも入れてある。これらはお弁当だけの分を作ると面倒くさいので、結構な量を作った。今頃ママや要の昼ごはんにもなっていると思う。


「佐倉さん、本当に料理うまいんだね」


 蒼井君は素直に感心したみたいで、僕のお弁当を褒めてくれる。

 

「俺にもこんなお弁当を作ってくれる彼女が欲しい……」


 一方で佐伯君は何故か打ちひしがれていた。

 僕は彼女ではないんだけどな……。

 

「唐揚げ、どうぞ?」


「ありがとう」


 蒼井君にお弁当を差出す僕。彼は本当に嬉しそうに笑ってくれる。

 うん、お弁当作ってきてよかった。今度こういう機会があったら、蒼井君の分もつくってきた方がいいかなあ。あ、ついでに佐伯君の分もつくるか。どうせ二人分も三人分も大して変わらないし。


「うん、凄く美味しいよ」


 唐揚げを一つ食べた蒼井君はご満悦の表情だ。

 そうやって素直に褒められると凄く嬉しいし思わず照れてしまう。

 

「なんという女神のような子なんだ……。直樹と俺で、どこで差がついた……」


 一方で隣の佐伯君からは溢れんばかりの負のオーラが出ている。

 どこか良治に似てる気がする。

 

「あの、佐伯さんもどうぞ」


「マジで!? 本当にくれるの?」


 僕が頷くと、彼は嬉々としてコンビニの割り箸を割って僕のお弁当からからあげをつまむ。

 そしてそのまま口に運んで一口。

 

「うめえええええ! 直樹はやめて、俺のとこにお嫁に来てくれませんか」


「えぇ!?」


 一瞬驚いちゃった。

 すぐに冗談だとはわかったんだけど、やっぱりいきなり言われるとびっくりするよね。


「もう。冗談はやめてくださいね」


 僕は佐伯君に軽く微笑んで忠告する。


「ああ、いいなあ。佐倉さんいいなあ……」


「やっぱ孝雄を連れてくるべきじゃなかったなあ」

 

 蒼井君はため息を一つ。佐伯君の名前は孝雄というようだ。


「ごめんね。本当に変な奴で。悪い奴じゃないんだけど」


「あはは。気にしてないよ。面白いから大丈夫」


 初対面の相手だけど話しやすい分、大分救われているとは思う。ただちょっと騒がしいけどっ。

 ふと桜子ちゃんや萌香ちゃんの方を伺うと、二人ともキラキラした目でこっちを見ていた。

 ああ、あれ楽しんでる。絶対楽しんでる……。お昼終わったら文句の一つも言うんだからねっ。

きりが悪いんですが此処までにします('A`)

次回はもう少しお昼を楽しんで、そこからの話はこれから考えますorz

直樹というのは蒼井君の名前です。海の回の一回しか出てきてないと思うので念のためまでに。


//2014.5.25 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ