美少女、夏休みの宿題をして、お泊り会もする②
第六十話 美少女、夏休みの宿題をして、お泊り会もする②
一通りの宿題を終え、良治と東吾は晩御飯前に帰路に着いた。
一方、萌香ちゃんや桜子ちゃんは、そのまま僕の家に残る。ここからがお泊りの始まりなのだ。
いきなり箪笥とか漁られそうになった時はどうしようかと思ったけどね……。危うく良治や東吾の前で下着をぶちまけられるところだったよ。
部屋の中でみんなで遊べるテレビゲームをやったりして遊ぶ僕ら。弟がいるおかげで、僕の持っているゲームでも二人以上でプレーできるゲームがそこそこあるのだ。
「そろそろご飯の時間だね」
僕は時計を見て二人に呟く。
「ご飯はどうするの? みんなでつくる?」
うーん……。桜子ちゃんはみんなで作るのも楽しそうっていう感じの顔をしている。
僕は僕で、みんなに本気の料理を披露したい、なあんて思ってたりもした。いや、まあ披露する相手が女の子で、しかも同性だからあまりプラスにはならないと思うんだけど。
そしてややこしいことに、うちのママも何故かやる気になっているのだ。
みんながみんなそれぞれ思惑を持っている状態。かといってうちの台所は一つしかないし……。
「あらー、萌香ちゃん。お料理上手なのねー」
台所にママの声が響く。
結局のところ、もうみんなまとめて四人で料理するっていう方向に持っていった。しかしながら頑として、お客さんをもてなしたいと言い張るママの発言には負けてしまい、ママがメインで作って、僕ら三人はオマケ的な感じになってしまった。
軽快な包丁さばきでサラダに入れる野菜を切っている萌香ちゃんに、ママは感心したようだ。
「ありがとうございますー」
萌香ちゃんも褒められて嬉しいのか、にへらと顔が綻んでいる。
「桜子ちゃんも萌香ちゃんも、二人ともお料理上手でいいわねー。アユミちゃんももっと頑張らないとだめよ?」
「むー。僕だって頑張ってるもん」
僕だって毎日お料理してるし、美味しくだってなってきたと思うよ。そりゃあ、バイト先と比べたらまだまだだけどさっ。
「私たちの部活ではアユミちゃんが先生なんですよー」
桜子ちゃんがさり気なくフォローしてくれる。
そんな様子にうちのママはくすくすと笑っている。
「あらあら。アユミちゃんが先生なら、もっとママも厳しく教えないとだめかもねっ」
「えええ、今より厳しくされたら死んじゃうよっ」
僕は思わず大きな声を上げてしまう。
萌香ちゃんも桜子ちゃんもそんな僕を見て声を出して笑っていた。
大げさだと思ってるなっ! うちのママは家事とか料理に関しては本当に妥協しないんだぞっ。
「でもでも、アユミちゃんの料理はすっごい美味しいんですよっ。おばさんの直伝なんですよねっ」
「そうよー。うちの味を全部教え込むつもりよっ」
萌香ちゃんが料理を褒めてくれているのが嬉しいのか、ママの機嫌も凄くいい。こんなに和気藹藹とした台所は久しぶりかもしれない。ふふふ、いつもはもっと殺伐としているからね……。楽しくないわけじゃないんだけど、ワンミスすら許されないゲームをやってるみたいな楽しさっていうか……。
「アユミちゃん、すっごいいいお嫁さんになりそうですね」
「お、およ!?」
桜子ちゃんに話を振られ、僕は素っ頓狂な声を上げる。
僕がお嫁さん!? そ、そうか。女の子だった! いやでもつまりその、ウェディングドレス着るのか。当然相手はお婿さん!? そりゃ当たり前かっ。うわー、何か想像したら恥ずかしいやら違和感やらが凄くてよくわかんなくなって来ちゃった。
「あっ、アユミちゃん照れてる。可愛いっ」
「照れてないっ!」
僕は自分の思考を振り切るように萌香ちゃんの言葉を否定する。結構強く否定しちゃったんだけど、萌香ちゃんは「かわいいー」としか言っていない。まったく、最近の女子は「kawaii」しか単語を知らないのっ? ってそんなことはどうでもいいよっ。
やばい。女の子として生きるってことは、つまり将来結婚して子供が……うわぁあああああ。
っていうか僕って子供生めるの? じゃなくてっ!
なんで女の子になるって決めた時に、全く先のこと考えてなかったんだろっ。僕は昔の自分のことばっかり気にしてたよっ。そしてそれがすっきりしたら、なんかこうやりきった感が出ちゃって……。
ま、まあ、つまり何も考えてなかったわけなんだけどねっ。男の子を好きになるのかなーなんて、表層的な部分しか見てなくて、もっと生々しいことは脇に置いたままだったよ。
……うん、まあなるようになるしかないんだけどね。今更騒いでも男になりたいわけじゃないし、自分で決めたことは信じないとねっ。
「なんか表情がころころ変わってて面白いねっ。アユミちゃん」
屈託のない笑顔を見せる萌香ちゃん。
あんまり見ないでほしいっ。今ちょっと僕の心の中は暴走状態。
「おばさん、私がお嫁さんに貰ってもいいですか?」
いやいやいや、それはどうあがいても無理でしょっ。
「うーん。本人次第ねっ」
えー、ママ的には僕が良ければいいんだー。体育祭の時に真剣に選べば性別は問わないって言ってたけど、本当なのね……。
「だって! アユミちゃん」
ママの発言を受けて、僕の方に向き直る桜子ちゃん。
「えっと……! ごめんねっ」
そんなに期待を込めた眼差ししたって、ダメなんだからっ。
「ガーン。振られちゃったよ萌香―」
大げさなジェスチャーで、萌香ちゃんに報告する桜子ちゃん。
「桜子ちゃんはがっつきすぎだからねー」
「萌香……そんな真面目に返さなくてもいいじゃない」
台所に笑い声が響く。みんなで何かするのは、やっぱり楽しいなあ。
ちなみにみんなで作った料理は、どれも美味しかった。
「さて、お待ちかねのお風呂の時間ですっ」
ごそごそと自分の持ってきた荷物を漁っていた萌香ちゃんが、タオルと着替えを手に立ち上がる。ぬいぐるみをいじって遊んでいた桜子ちゃんも目を輝かせて準備を始める。
そんなにお待ちかねなの? 普通の家風呂だよ。
「うん。それじゃあ先に入ってきていいよ」
余程お風呂が好きなようなので、一番初めに入れてあげようと考えた僕は、そう提案する。
すると萌香ちゃんは指を左右に軽く振る。
「アユミちゃん! 勿論一緒に入ろうねっ」
「へ?」
「勿論私も一緒に行くわよっ」
「な、なんで!?」
「それがお泊り会だからよ」
そうなんだ……。って全然関係ないじゃん。別にいいけどさ、一緒にお風呂くらいっ。海水浴の時だって一緒だったし、今更どうってわけでもないけどさっ。
「でも、狭いよ……。三人で入ったら」
そう。女の子とは言え三人で入れば、流石に狭い。二人くらいなら結構余裕あるから、取り立てて狭いお風呂ってわけでもないんだけど……。
「狭いお風呂で、アユミちゃんと密着……」
ゴクリと生唾を飲む桜子ちゃん。
僕はそのまま少し後ろに下がる。
「あっ、ごめん! 今のはなしで! お願いだから離れていかないでっ」
「桜子ちゃんは本当にしょうがないなあ。アユミちゃん、気にしないでねっ」
どうしたら気にしないでいられるのだろうか、と思ったけど、桜子ちゃんが必死にごめんなさいをしているので何も考えないことにした。
桜子ちゃんはまだ結構危険だなっ。お風呂では萌香ちゃんを桜子ちゃんの間に挟むようなポジション取りをしよう……。
体を洗う僕と、湯船につかる二人。
やっぱり三人は狭いなあ。と思いながら、髪の毛をゆっくり丁寧に洗う。
「アユミちゃんの髪の毛って本当に綺麗よね」
「同じシャンプー使ったら私の髪も綺麗になるかなっ」
「あはは。萌香ーそりゃないない。市販のシャンプー使ってアユミちゃんの艶々な髪なのよ? あのシャンプーで艶々になるなら、今頃街中は艶々な髪の毛だらけよ」
「うう……。そうだよねー」
僕は頭からお湯を浴びながら、二人の会話を聞いている。
本当に二人ともにぎやかだなあ。仲がいいのがよくわかるし、ちょっとうらやましかったりもする。
「ねえねえ、アユミちゃん」
今まで二人で盛り上がっていた萌香ちゃんが、僕に話を振ってくる。
「アユミちゃんって、好きな人とかいるの?」
「ぇえっ!?」
またしても予期せぬ問いかけに変な声が出る。何か今日は変なこと聞かれることが多いなっ。
「まさか、アユミちゃん……」
桜子ちゃんがにやりと笑う。
「いやいや、いないからっ! 好きな人なんてっ」
変な誤解を生みそうだったので、慌てて否定する僕。
桜子ちゃんが少し意外そうな顔をする。
「えー、そうなの? 良治君とかは?」
「へ? 良治? なんで?」
「うわー……そんな真顔で聞かれるとは……」
「良治はないよっ」
……そもそも良治は僕が男だったことを知ってるわけで、彼の心情的にも僕を選ぶのはありえないんじゃないかなって思うんだけど、そこは言えないので適当に誤魔化す僕。
「そう? でも今日の勉強会もそうだけど、結構家に呼んだりもしてたんでしょ?」
「うっ。それはそうだけど。だってそれは友達だし……」
桜子ちゃんは妙に食いつきがいい。萌香ちゃんにヘルプの視線を送るも、彼女の方も好奇心に駆られてしまっているようだ。
「女の子は友達の男の子を家にあげたりはしない気もするけど……」
「ま、まあ良治は昔からよく来てたから、その流れがあってっ」
「アユミちゃん! アユミちゃん! 赤くなってるよっ」
「な、なってない!」
もー! なんなんだよーっ。違うって言ってるじゃん。良治は、ちょっと……いやかなりエッチだったりするけど、気のいい友達でそれ以上でもないんだよ。なんでこういう話になるかなあ。
「良治とは友達なのっ! それ以上はないのっ」
勝手に騒がれちゃ、良治としてもいい迷惑だろうし。事実無根の火種は何としてでも否定しておかないとっ。
「うーん。それはそれで良治君可哀想な気も……」
「なんで?」
僕が聞きなおすと、桜子ちゃんは少し考えるそぶりを見せた。
やがて思い直したかのように、
「ううん、なんでもないわ」
とだけ言った。
「じゃあさっ、じゃあさっ! 東吾君は?」
萌香ちゃんがバスタブから身を乗り出してきた。
「東吾? 友達だけど……?」
萌香ちゃんはしばらく僕を眺めていたけど、
「東吾君、ドンマイっ!」
とこの場にいない東吾を励ましていた。どういう流れなのかさっぱりわからないんだけどっ。
「東吾君押しが弱いからね」
「っていうか、押してるの見たことないしねー」
僕以外の二人はわかってるようなので何だか悔しい僕。のけ者にされたみたいだよ……。
「それじゃあ、アユミちゃんの本命は蒼井君?」
「それもないんだけどっ!」
僕が首をぶんぶん横に振ると、萌香ちゃんが驚いた顔を見せる。
「えー! じゃあ誰が好きなのっ!?」
「だから好きな人なんていないんだって……」
僕はガックリと首を垂れる。
「つまりまだ白紙の状態なのね……。面白くなりそうだわっ」
あのね……。と言いたくなったけど、僕はぐっと言葉を飲み込んだ。
まあ、女の子が恋愛話を好きなのはしょうがないよね。でも萌香ちゃんや桜子ちゃんの恋愛話ってまるで聞かないんだよねー。二人に彼氏とかできちゃったら……と思うとなんかもやっとする。友達を取られたっていうのと、そして何故かでてくる敗北感がね……。
「あ、そうだ。蒼井君と言えば、今度の週末に剣道の練習試合見に来ない? って誘われたんだけど……」
「おおーっ! 彼はなかなかアグレッシブなのね」
再び桜子ちゃんの目が輝き始める。
「行くのっ? 行くのっ?」
萌香ちゃんも右に同じという感じだ。興味津々でワクワクが抑えきれない感じがヒシヒシとする。
「う、うん。行こうかなって思うんだけど、二人にも来てほしいんだ。だめかな」
「私たち? お邪魔じゃない?」
萌香ちゃんが首をかしげる。
「いや、その……。さっきも言ったけど、僕は蒼井君が好きな人ってわけじゃないから……。あんまり二人きりっていうのもどうかなって」
「なるほど。まあ確かに、二人きりとか、ソロで応援にっていうのは難しいかもしれないわね。いいわよ、私もついていく」
「じゃあ私も~。アユミちゃんのヘルプだからねっ! 絶対行くよ」
良かったあ。これでダメって言われたら断るかなって思ってたんだ。
好きってわけでもないのに、あんまり深く付き合うようなことをしない方がいいかなとも思うんだけど……でもやっぱりなかなか断れもしないし。蒼井君がいい人なんだなっていうのはわかるから、どうにもね……。
「でも、こうやって、会う機会をあげるあたり、アユミちゃん的にも結構いいと思ってるんじゃないの?」
僕は桜子ちゃんの言葉を聞いて、少し考える。
「さぁ、どうだろうねっ」
そして結局、はぐらかしてしまった。
僕の頭の中には、良治、蒼井君、そして東吾が交互に映っていた。まだ、好きになるとかそういうのはよくわからないな。
思ったより心っていうのは難しいなぁ。
「もう、僕上がるからっ」
「こらこら、ちゃんと浸からないとっ」
うう、桜子ちゃんが両手でカモンとポーズを作ってる。
僕はしぶしぶ湯船につかるのだった。やっぱりちょっと狭い。
僕の部屋に戻ってからも、一向に恋愛話はやむ気配はない。
「えーっ! アユミちゃん一回も彼氏作ったことないの!?」
そりゃそうだよっ。僕が前に彼氏作ってたら完全にホモだよっ!
これは僕の魂の叫びだ。今でこそ女の子だけど、昔は完全に普通の男の子だったと主張したいっ。
「萌香ちゃん達は、彼氏いたの?」
「え? いないよ?」
なんだよっ、自分たちもいないんじゃん! 僕の時だけ信じらんなーいって顔しないで欲しいよ!
「だって、アユミちゃんくらい可愛ければ引く手数多かなって思うじゃない。ほら、ラブレターだっていっぱい貰ってたでしょ?」
「そうそう!」
ラブレターを貰うどころか女の子ですらなかったわけなんだけどね……。
「でも彼氏作ったことないっていうのはわかるかも。アユミちゃんって男慣れしてるっていうか、むしろウブすぎて危なっかしいから……」
「そんなに危なっかしいかなあ」
なんとなく釈然としない。
僕だって結構頑張ってるつもりなんだけどなぁ。そんなに常識から外れた天然とかでもないし。
「うん、本当に危なっかしいから、何かあったら相談してねっ」
「そ、そう。わかった、ありがと」
自分では危なっかしいつもりなんてなかったんだけど、物凄いにこやかに断言されてしまったので、そうなんだと思ってしまった。本人は認識できてないけど、周りの人から見たら……ってこともままあるし、素直に受け止めておこうと思う。
僕はちらりと時計を見る。もうすぐ日付が変わる頃合いだ。みんなにそろそろ寝ようと提案する。
今日は一日が早かったな……。布団にもぐってそんなことを考えていた。あ、ちなみに布団はみんな別ですからっ。
こんな感じでワイワイできるなら、またお泊り会はしてもいいかな。