美少女、ショッピングモールでお買いものする②
第六話 美少女、ショッピングモールでお買いものする②
「アユミちゃん、そこでくるっと回って」
何でそんなことを、と思うこともなく、言われたままに機械的に回る僕。
薄桃色のフレアスカートがふわっとして、少しまくれる。
「アユミちゃん、いいわ! ちらりと見える太もももグッド」
「あゆねーちゃん、今回もすごくいいよ」
「じゃあこれも買いましょう」
「そうですか。そうですね……」
キャッキャとはしゃぐ母さんと要。その一方で僕は疲れ切っていた。一体何度この会話をしたのか。あとどれくらい、これが続くのか。
時計は十五時を回ったところだ。
僕はまだお昼も食べていない。
下着を買った後、僕たちは様々な服屋を梯子し、たくさんの服を買った。
もう母さんの玩具だったよ。あれが着せ替え人形の気持ちかぁ。世の少女たちに、無闇に着せ替えるなと言い聞かせたくなるな。しかも女性用の下着店には入らなかった要まで服選びに加わったから余計にたちが悪い。
あれやこれやと着せ替えさせられた上に、結局のところそれら殆どすべてを購入するのだから、当然お金も足りない。
最終的にクレジットカードまで持ち出して、とにかく買った。しこたま買った。
いくら服がないからって、買いすぎだろ!
そんなこんなで、幾度となく着せ替えさせられ、僕の服の買い物が終わった時には、既に僕はグロッキーだった。
「いやあ、あゆねーちゃんの色んな服がみられて、俺は幸せだなあ」
「幸せだからって抱きついてこないでよ。すっごい目だって恥ずかしかったんだからな」
「その恥ずかしがってる様子もまた美味しいんだよ。抱きついて一回美味しい、恥ずかしがらせて二回美味しい、みたいな」
なるほど、わからん。
「さて、ママはこれから夕飯の材料を買いに行きます」
「え、ここって食材も売ってるの?」
ショッピングモール「ママポート」は、みたところ衣服や靴、雑貨とかの店ばかりだ。あ、映画館もあるようだけど。
「ここじゃなくて、ママポートの外よ。そこにスーパーがあるのよ」
「ふーん。っていうか、夕飯の材料も何も、僕らお昼ご飯も食べてないじゃん」
「俺はハンバーガー食べたけど」
そう、要は僕がブラを試着してる時に、ハンバーガーのチェーン店でまったりとハンバーガーを食べていたのだ。
裏切り者! 僕があんなに恥ずかしい目にあってたのに……。
まあ、それは要とは全く関係ないんだけど…。
「ママはね、アユミちゃんの可愛い姿いっぱい見られたから、もうおなか一杯なのよ♪」
「見てるだけでおなか一杯って、仙人より高度な気がするね」
「アユミちゃんも、いずれこの高みに来られるわ!」
母さんはそう言うと、財布から三人の野口さんを取り出して、僕に渡した。
まだお金あったんだ……。って夕飯の材料買いに行くって言ってたから、あるに決まってるか。
「お母さん、まだお金もってたんだね」
要が僕と同じことを思っていたようだ。
「ふふふ、今まで使ってたのは、パパがアユミちゃんに渡した十万円と、パパのへそくりと、パパの財布から抜き取ったお金とクレカよ」
どんだけ父さんから巻き上げてるんだよ!
流石に可哀想だろ! 父さん無一文じゃん! 月曜から会社で昼ご飯とかどうすんの!
「まあ、そんな話は置いといて、アユミちゃんはそのお金で何か食べてなさい」
僕は頷いて、軍資金三千円を財布にしまう。
黒い革の二つ折りタイプの財布は、男の時に使ってた奴から変わっていないため、今の僕には少しアンバランスな感じだ。
「あ、ちなみにそのお金は、佐倉家の生活費です。無駄遣いしないように」
さんざん散財した母さんが、それを言うのかよ。しかも人の財布の金でやったくせに。
父さんが少し可哀想な気がした。帰ったら慰めてやろうか……。
「じゃあね」と軽く手を挙げた母さんは、猛然とした勢いで走って行った。二児の母で既に三十路後半だというのに元気だな。
「あゆねーちゃん、何が食べたいの?」
「うーん。なんでもいいかなあ」
「デヌーズでも行く? 俺が一人でうろついてる時に見つけたよ」
「ふーん、じゃあそこに行こうか」
デヌーズはファミリーレストランだ。ちょっと値段設定は高いけど美味しいイメージがある。
この時間なら混んでなさそうだし、休憩もできそうだ。
「あれ、そういや母さんとどうやって連絡取ればいいんだ?」
僕は携帯を持っていない。どうやって母さんと合流すればいいんだろうか。
「あ。俺携帯あるよー」
「えっ!? 要は携帯持ってるの? 僕持ってないのに」
衝撃の事実だった。
まさか小学生の要が持ってるのに、今度高校生になる僕が持っていないなんて。
しかもスマートフォンだった。黒いボディがカッコイイ。
どうせかける相手もいないからいらないと強がっていた結果がこれだよ。
僕も買ってもらえないかなあ。
**********
デヌーズは、十六時前という中途半端な時間でも結構賑わっていた。
でも空席もあるようなので、僕ら二人は入ることにする。
「いらっしゃいませー。デヌーズへようこそ」
軽やかな挨拶とともに、男の店員が僕らの方にやってきた。
「何名……何名様でしょうか」
男性店員は、僕の顔を見たときに一瞬固まった。気が付けば、入り口付近のお客さんも、ちらちらと僕を見ている。
そんなに目立つ顔してないだろ……。外国人っぽい顔でもないと思うし、髪の毛の色も黒い。そこまで注目される要素はないと思うんだけどな。
「二名です」
僕は適当に愛想笑いを浮かべながら答えた。居づらいから早く案内してください。
すると男性店員は満面の笑みを浮かべて「こちらです」と言って先を歩き始めた。
案内された席は窓際の席だった。
ちなみにこの店は全面禁煙のようで、喫煙席はない。
「あーやっと座れるよ」
僕は、椅子に座って荷物を置くなりそう言った。
「今日は疲れたね!」
要も僕の前に座った。
まあ僕が疲れた原因は、要にもあるんだけどね! 母さんと一緒になって、あれ可愛いこれ可愛いと服持ってきちゃって。
「それで、あゆねーちゃん何食べるの?」
「待って、今決めるから。要はもう決めたの?」
「俺ハンバーガー食べちゃったし、おなかいっぱいだからドリンクバーだけでいいよ」
「そっか」
僕はメニューを広げて中を見る。
うーん、すっごいおなか減ってるし、がっつり行っちゃうぞ! 店内もいい匂いで満ちているから、さらにおなかも減ってきた。
「このハンバーグにライスとスープを付けて、ドリンクバーにしよう」
「あゆ姉ちゃん、ほんとに食べられるの?」
「え、いつもこれくらいは食べてたじゃん?」
僕はそう言うと、店員を呼ぶボタンを押して、さっさと注文してしまった。
やってきた女性店員も、僕の方を見ると一瞬目を丸くしたが、無事にオーダーはとれたようだ。
注文が終わると、特にやることもないので、窓の外から人の往来を見ていた。
「こうやって二人でいると、デートみたいだよね♪ あゆねーちゃん」
「いやいや、それはないから。どうみても立派な兄弟(姉弟)だから」
「いやいや、そうは見えないよ。だってあゆ姉ちゃん、身長も俺より低いし、俺と同い年くらいって言っても全然平気だもん」
「僕って小学生に見える?」
「うーん、ギリで中学生って言える感じかな!」
僕は春から高校生なのに、ギリで中学生なんですか……。
男の時から童顔ではあったけど、さすがに小学生みたいと言われたことはなかった分ショックだ。
「ねえ、要。僕ってそんなに目立つかな」
席に座ってからもチラチラと視線を感じる。
「うん、多分凄い目立っていると思うよ? なんていうか、オーラがすごいもん」
オーラってなんなんだよ。戦闘力的な何かか?
僕はケンカはめちゃめちゃに弱いと思うよ。ケンカしたことないけど。
父さんがオーラ纏ってそうっていうならわかる。主に戦闘力的な意味で。だけど、一般人の僕にはそんなものないと思う。
「なんていうか、芸能人的な感じ? 後姿だけ見ても、「あ、この子絶対可愛い」ってわかるような」
言われてもいまいちピンとこないが、とりあえず目立つんだなってことはわかった。
そんなんだったら、母さんに選択を任せないで、もっと目立たない服とか買うべきだった。
そんなことを考えているうちに、注文した品々がやってきた。
鉄板プレートに乗ったハンバーグは、じゅーじゅーと、美味しそうな音を立てている。
凄いおなかが減ってたから、思わず笑みが零れる。
「いただきまーす」
そう言うなり、ハンバーグを一口。
美味しい~♪
もう一口。
美味しい♪ 空腹は最高の調味料だ!
でも気になることが一つ。
「ねえ要。そんなに見つめられると、凄い食べにくいんだけど」
「あ、おきになさらず」
「気にするよ! なんで食べてるところをそんなに見つめてるのさ。 ほしいの?」
「いやあ、美味しそうだなぁって」
「はあ。欲しいなら、ちょっとあげるけど」
なんで僕の方を向いて「美味しそう」って言うのかよくわからないけど、ハンバーグが欲しいならあげないこともない。
僕はナイフで一口分のハンバーグを切り取り、フォークで刺して要に差し出した。
「はい」
「こ、これはあゆ姉ちゃんと間接キス!」
「兄弟でそんなこと言うかな普通。変なこと言うとあげないけど」
「いえ、いります! 食べさせて! できれば「あーん」もお願いします!」
「あんまり調子にのらないこと。ほら」
要は少し残念な顔をしたが、差し出したフォークにパクついた。
「どう? 美味しいよね」
「うん、すごく満たされた気がする」
要の言うことは、時々よくわからないことがある。
僕が女になった今日は特に顕著な気もする。
暫くハンバーグやライスを黙々と食べる時間が続く。
「おなか一杯になってしまいました」
そこには三分の1くらい残ったライスと、同じく三分の一くらい残ったハンバーグがあった。
なぜだ! あんなにお腹が減ってたのに、一人前すら食べきれないなんて!
「だから言ったじゃん。あゆねーちゃん、体小っちゃくなってるから食べる量も減ってるんだよ」
「そういうことか。全然気づかなかったわ」
「じゃあ、その残り食べていい? いいよね」
「え、いいけど。要もお腹減ってきちゃったの?」
僕はハンバーグプレートを要の前に差し出す。
「ううん、あゆねーちゃんの残りだから欲しいの」
「ま、待って! やっぱりあげない! なんか嫌な響きを感じた!」
「もう返しません~♪ あゆ姉ちゃんの唾液にまみれたフォークで、食べ残したご飯をいただきます」
「その表現やめろよ! すっごい変態に聞こえるって!」
僕が男だった時は、こんなんじゃなかったのに。
何がどうなったら、こんなにバグってしまうのか。ただ僕をからかってるだけだと信じたい。
言い方はアレだったけど、要は僕の残したハンバーグやご飯をきれいに食べてくれた。
う、うん。食べ物を粗末にしたらいけないよね……。くそう。ちんちくりんじゃなければ、弟にからかわれることもなかっただろうに。
食休みをしつつ、ドリンクバーで時間をつぶしてると、要の携帯に母さんから連絡が入ったので、僕らはデヌーズを出た。
店を出ると、もう日も暮れていて、おしゃれな意匠の街灯が柔らかや光であたりを照らしていた。
合流した母さんは、食材を車にしまってきたようで手ぶらだった。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「うん」
「アユミちゃん、今日は楽しかった?」
「えと、全然?」
「ママショックだわ~。そこはママと一緒にお買いものできて嬉しいって言ってくれないと」
「お母さん、俺はすっごい楽しかったよ!」
「あらあら、あとでどんなお楽しみ時間だったのか、ママにも教えなさいよ?」
やっと帰れるのか。
さんざん恥ずかしい目にあったものだ。今日という日は僕の中では屈辱な一日だった。普段お目にかかれない様な気持ちのいい金払いっぷりは、なかなか壮観ではあったけどね。
長い一日だった。考えてみれば、今朝女の子になって、その日のうちに女の子の服を買っている。しかも、ちゃんと女の子の格好をして、ブラジャーまでつけて。
僕、順応しすぎなんじゃないか? 変態か? 否と言いたい。仕方なかったんだ……。不幸な事故みたいなものだよ。
僕たちは、母さんの運転する車に乗って帰路につくのだった。
お買いもの②といいつつ、お買いものを全くしていない後編でした。
あと1回分で初日が終わる予定です。その後は、もう少しイベントを起こしつつ、高校生活へと進みます!