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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
夏休みのできごと
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美少女、アルバイト先で

第五十八話 美少女、アルバイト先で




「いらっしゃいませー。お客様は何名様でしょうか?」


 お昼時の忙しい時間帯に、僕もお店の中をあっちこっち動き回る。後ろにまとめた髪の毛が歩くたびにぴょこぴょこ動いている。

 お店がそんなに個人経営でかつ大きくないのと、人手が少ないのとが合わさって、僕の研修期間は殆どなかった。一回二回練習したら即実践といった感じで、現在もお昼時の忙しい時間帯に投入されている。

 今日は同好会のみんなが襲撃する予定なので、バイトが始まる直前まではそわそわしてしまってたけど、始まったら忙しくてそれどころじゃなくなってしまった。


「佐倉ちゃん、四番のテーブルの片づけお願いねっ」


「はいっ」


 実戦投入されているとは言え、先輩の矢崎さんとではこなせる仕事量に大きく差が出てしまう。それがちょっぴり悔しかった。

 四番のテーブルに速やかに向かい、お盆の上に空いた食器を乗せる。

 

「すみません、注文良いですか?」


 片づけ始めたところで、スーツ姿の男性に呼ばれる。お客さんに呼ばれたら、何よりも優先して向かうこと、と言いつけられているので、一通りの食器をお盆の上に乗せると、それをテーブルの上に残してお客さんのところへ向かう。

 オーダーを取って、店長に伝えたところで、片付けに戻る。

 働くって結構疲れるんだなあ。と僕はひしひしと感じていた。

 しかしそんなことをぼーっと考えている時間なんて、お昼時の戦場にはない。学生はみんな夏休みでおやすみの時期だけど、仕事をしている人にとっては、いつもと変わらぬ平日に過ぎない。そのため、お昼時は、ここ「たまご銀座」もかなり混み合っている。それを矢崎さんと二人で回すのだから、僕の方はもうてんてこまいだ。


「佐倉ちゃん、六番に新規のお客さん通してねっ」


「は、はいっ」


「佐倉ちゃん、私が六番オーダー取るから、一番にお料理運んで。運ぶときに他のテーブル見て、お冷ついで回ってね」


「はいぃっ」


「佐倉ちゃん、そろそろ二番にデザート持っていいか聞いてきて」


「りょ、了解っ」

 

 矢崎さんはどこに目がついているんだろうって思うくらい、フロアの様子を熟知していて、僕に指示を出してくれる。忙しくない時は基本的に僕の考えに任せるっていう感じなのだけど、忙しいときにそれをやってしまうとテンポが悪くなってしまうため、こんな形なっている。しかも指示を出しながら、僕よりも仕事をしているんだから凄い人だ。

 

「佐倉ちゃん、お会計お願いっ」


 二番のテーブルのお客さんにデザートを運び終えた僕が戻ってくるなり、矢崎さんはそう指示してきた。その矢崎さんはというと、僕に指示を出した後すぐに、両手にお料理を持ってホールに出て行った。うーん、凄いスピードだなあ。

 僕もそんな矢崎さんに刺激されつつ、急いでレジへ向かう。


「お会計、千百円になりますっ」

 

 さっき僕がオーダーを取ったお客さんがお会計に来ていた。こうやって最初から最後まで担当したみたいな形になると、何だかやりきった気分になる。営業向けではなく、自然な形で笑みが零れる。

 スーツ姿の男性は財布を取り出す手を止めて、少し顔を赤らめた。

 ……あれ、僕なんか失敗したかな。

 

「はい。頑張ってるね。また来るから」

 

 お客さんはそう言って微笑み返してくれた。

 褒められたっ。僕は思わず嬉しくなる。お客さんから褒められると本当に嬉しい。


「ありがとうございましたっ」


 バイトを始めた時は、僕なんかにできるのかちょっと不安だったけど、こうやって上手く仕事ができるようになってくると楽しくなってくる。

 

「佐倉ちゃん、頑張ってるねっ」


 心なしか矢崎さんも嬉しそうだ。


「実は、佐倉ちゃんがお昼にいない時に、「佐倉ちゃんいないのか」って時々聞かれるんだよねー。まだ入ってもらった回数少ないのに、凄いことだよっ。佐倉ちゃんのおかげでお客さんアップだよ」


「あはは、それは言いすぎです」


 お世辞でも嬉しくて思わず口元が緩んでしまう。

 

「あーっ本当に可愛いわー。こんな子が後輩とか、超恵まれてるわっ。人で足りなくなってもやめなくてよかったー」


 矢崎さんは割と思ったことを何でもいうタイプだ。

 しかし仮に矢崎さんがバイトやめてたら、このお店のお昼って店しめるしかなかったんじゃないかな……。今は僕以外にもお昼のシフトに入れる人が何人か雇われたみたいだけど、僕が来たときは本当に矢崎さん一人しかいなかったからなあ。よく回せてたと思うよ。

 

 お昼の混雑な時間帯が終わり、店内はがらんとなる。お客さんがいない内に軽くゴミを掃除して、席に置いてある調味料も補充する。

 そんな落ち着いた時間帯に、彼らはやってきた。

 お店の外に人影が四つ。本当にくるんだ……。僕はそんなこと思っていた。一体何が彼らをここまで駆り立てるのか……。プリンなのかな? 確かにここのプリンは美味しいし、僕も大好きだけど、何も僕がいるときに食べに来なくてもいいじゃん。あっ、いや食べてるところを見てるのが羨ましいとかじゃなくてっ。……時々お客さんが食べてるプリンをついつい見ちゃったりして怒られたこともあったなあ……。

 

「や、矢崎さんっ」


「ほいよ。どしたの?」


 彼女は突然話しかけてきた僕に驚いた様子を見せたけど、調味料をつめていた手を止めて、僕の言葉を待つ。


「そ、その……。もうすぐ知り合いがくるんで……接客お願いしてもいいですか……?」


「えぇー? 佐倉ちゃんの友達なら佐倉ちゃんがやったほうがいいんでない?」


「だってその、恥ずかしいから……」


 思わず恥ずかしくなって顔が熱くなる。赤くなった顔を隠すように頬に手の平を当てる僕。


「うおぅ。その顔はマジできゅんとくるわ。おねーさんをそっちの方に目覚めさせないでねっ」


 そっちってどっちなんだろう?

 僕に背を向けて深呼吸をしている矢崎さんを見て僕は思う。

 

「でもわかったっ。佐倉ちゃんがそう言うなら、お席への案内はおねーさんがしましょうっ。ただオーダーくらいはとってねー。多分お友達も働いてる佐倉ちゃんが見たいんでしょ?」


「うっ……。わかりましたぁ」


 できれば全部お願いしたいところなんだけどなあ。

 でも先輩に対して「全部やれ」なんてとても言えないし、むしろ矢崎さんの方が僕より忙しいのに、お願いを聞いてくれただけでも感謝しないと……。


「お客さんいないし、軽く話すくらいなら大丈夫だかんね。お客さん来たらダメだけど」


 そう言うと矢崎さんは手に持っていた調味料の瓶を置いて、入口の方へ向かって準備する。

 僕もお冷の用意をしておく。

 ドアがゆっくり開かれる。入ってきたお客さんは……予想通り良治達ご一行の四人だった。

 矢崎さんが対応をして、席へ案内してくれる。良治は矢崎さんの知り合いでもあるわけなんだけど、全く動じないで普通に接客している矢崎さん。良治は僕がシフトに入っている時にも何回か顔を出してたけど、どうしても接客すると恥ずかしいんだよね。普通のお客さんは見知らぬ他人だからむしろ恥ずかしくないんだけど……。

 

「佐倉ちゃん、三番に案内したからよろしくねー」


「はっ、はい」


 矢崎さんが戻ってきたので、僕もお冷をお盆に乗せてホールへ向かう。

 あー、なんでだろう。普通のお客さんに持っていくよりも緊張するよ。

 三番テーブルは窓に面したテーブル席だ。席に近づくと、通路側に座っていた萌香ちゃんが僕に気付いて手を振ってくる。それを見て同じく通路側に座っていた桜子ちゃんも、後ろを振り返り僕に手を振る。


「いらっしゃいませ」

 

 僕は軽く会釈をしてテーブルにお冷を一つずつ置いていく。

 四人からの視線を物凄く感じる。思わず笑顔が引きつりそうになるし、お冷のグラスを持つ手も少し震える。

 

「ご注文お決まりになりましたら、お呼びくださいっ」


 何とかお決まりのセリフを言い終えて、ほっとする僕。さて、そのままUターンして戻ろう……と思った矢先に、萌香ちゃんが僕を呼び止める。


「アユミちゃん! アユミちゃん! こんにちはー」


 話しかけられてそのまま無視もできないのが辛いところ。

 矢崎さんもお客さんがいなければ、少し話すくらいなら大丈夫と言ってたし、ちょっとだけ……。

 

「う、うん。こんにちはっ。……みんな本当に来るんだもんなあ」


「そりゃあ、こんなに可愛いウェイトレスさんを見られるんだもの。是が非でも来るわよ」


 桜子ちゃんが満面の笑みで僕の言葉に返す。


「その、あんまり見ないでほしいな。恥ずかしいから」


 あんまりにもみんなが僕をジロジロ見るので、どんどん恥ずかしくなってくる。

 見られたくないという思いから、持っていたお盆を抱きしめて顔を隠す。

 

「待って! 待って! その仕草は反則だからっ! ほら東吾君なんて意識落ちてるからっ」


 何が反則なのかよくわからないけど、見ると東吾は僕の方を見たまま口をぱくぱくさせたまま固まっている。


「アユミ、百点満点だ!」


 良治は親指をぐっと立てて笑顔を作る。白い歯がきらりと光ったような気がした。

 何が百点なんだよっ。


「じゃあ、もう行くからっ。みんな注文が決まったら、僕か先輩の人を呼んでねっ」


 これ以上いると、本当に恥ずかしくてどうにかなりそうだったので、僕は一息にそう言うと一目散に逃げ出したのだった。

 矢崎さんの下へ戻ると、彼女はにやにやしながら僕を迎えてくれた。

 

「いい反応だったわねー。多分お友達も喜んでたんじゃない?」


「むー。喜んだっていうか、からかわれましたっ」


 矢崎さんはそんな僕の様子を見て大げさに笑う。


「あっはっは。まあ佐倉ちゃん可愛いから、りょーじやその友達がいじりたくなる気持ちもわからんでもないよっ」


「矢崎さんまでっ。もうっ」


 僕はぷいっとよそを向く。

 

「うーん。こういう仕草を素でできる上に嫌味じゃないのがすごいところだよねぇ」


 矢崎さんは矢崎さんで何か感心しているようだった。

 するとそんな僕らの騒ぎが聞こえていたのか、店の奥から店長が出てきた。


「なんだ? いつものアイツ以外にも佐倉ちゃんの友達が来てんのか?」


 ちなみにいつものアイツというのは良治のことだ。僕がバイトに来る前から割と頻繁に通っていたため、良治は店長にも顔を覚えられている。

 

「そうですよー、店長。佐倉ちゃんの勇姿を見るために、わざわざ来てくれたんですって」


 説明する矢崎さんの言葉を聞いて、店長は軽く頷く。

 

「それじゃあ、オーダー取ったらちょっと休憩入っていいぞー。それで友達とちょっと話したりしてきたらどうだい? ああ、勿論着替えてからな」


「え? いいんですか?」

 

 僕はちらりと矢崎さんの方も見る。

 僕だけ休憩に入っちゃうのは良くないと思う。矢崎さんの方が働いているのに。

 

「ああ、私? 佐倉ちゃんの休憩終わったら休むから気にしないでいいよ」


 先に休憩に入るのは申し訳ないと思ったけど、結局言葉に甘えることにした。

 そこまで話したところで、丁度店員を呼ぶボタンが押されたので僕は再びみんなの下へと向かう。

 

「ご注文お決まりですか?」


「店員さんのスマイル一つ」


 良治がまたしても親指を立ててにやりと笑う。

 

「ご注文お決まりですか?」


 ……が、僕はスルーした。こんな風ないじりには付き合ってあげないんだからっ。

 

「アユミちゃん、プリン四つお願いっ」


「うん、わかった」


 萌香ちゃんがみんなに代わって注文を言ってくれる。

 やっぱりプリンだよねっ。ここのデザートは、プリン以外にも何種類かある。店長が結構奢ってくれたりするので全種類制覇してしまった僕だけど、やはりおすすめはプリンだ。他のデザートも美味しいけど、卵料理専門店の本領が遺憾なく発揮されているのは、間違いなくプリン。

 流石常連の良治が一緒にいるだけはあって、みんないい選択をしたねっ。

 僕はちらりと東吾の方を見る。さっきは意識があるのかないのかよくわからない状態だったけど、今は普通にしている。あっ、目があった。

 

「あ、アユちゃん。……よく似合ってるよ」


「うん。ありがとっ」


 あまりにも素直に褒めてくれたので、なんだか少し照れてしまった。


「あ、そうだ。みんなのオーダー伝えたら、ちょっと休憩に入れるんだけど、みんなの席に来てもいいかな?」


「是非是非っ♪ じゃあプリン五つにしないとだめだねっ」


 萌香ちゃんはいつものようにニコニコ笑っている。


「じゃあ、ちょっと待っててね」


 僕はそう言って、一旦みんなの席から離れて店の奥へ戻る。

 店長にオーダーを伝えて、矢崎さんに休憩に入る旨を伝え更衣室へ。

 みんなの席で座ったところで、矢崎さんがプリンを持って来てくれる。その際に「これ店長がおごるって」と言い、彼女はウィンクした。それを聞いてみんなは大喜びだ。店長は太っ腹だなあ。

 

「あ、でも今回だけだかんねっ」


 そんな僕らの様子を見て、矢崎さんは慌てて付け加えるのだった。


少し日常的な回が続いた後に、剣道部の試合を見るイベントに移行しますっ。

夏休みに入ってからの話も、そこそこ長くなってしまったのですが、もうあと数個のイベントとそれに関係するお話を作れたら二学期に移ろうかなと思っています。

二学期は大きくお話を動かせたらなあと考えていますが、何分行き当たりばったりで作ってるので、少し不安は残ります。ひょっとすると、ある程度固まるまでお休みするかもしれません。書いてるうちに何となく行けそうだったらそのまま行きます(笑)。

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