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ある日突然女の子になった僕の生活  作者: ひまじん
夏休みのできごと
57/103

美少女、花火大会にて④

第五十七話 美少女、花火大会にて④




 花火大会終了の花火が上がる。

 ああ、これで終わりなんだ……という寂寥感が訪れる。

 あれだけ華やかだった夜空も、煙だけが残っているだけとなり、河原にも再び夜の暗闇が訪れる。

 花火を見に来た人々も、徐々に河原から駅の方向へと歩きはじめる。ものすごい数の人が移動しているため、帰るのも一苦労だろうな。

 花火が終わって少しの間、桜子ちゃん達と感想をしゃべっていた。やがてスマートフォンがぶるぶると震える。

 

『コンビニの前で待っているので、時間が空いたら来てね』


 蒼井君からのメールだ。この周辺にコンビニは一つしかない。即ち僕らがお菓子を買ったコンビニとなる。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるね」


 僕は皆に声をかける。

 

「うん」「……ああ」


 と桜子ちゃんは頷き、東吾はちょっとすねたような声を出した。皆が盛り上がってる時に抜けるからなあ、水を差された感じなのかもしれない。


「どこ行くのっ? 今人でごった返しちゃってるけど」


「ちょっと蒼井君に挨拶してくるの」


「えーっ! 来てるのっ?」


 驚く萌香ちゃん。よく見ると後ろで良治も驚いた表情をしている。

 そういえばここに帰るなりすぐ花火が始まってしまったので、良治や萌香ちゃんには話していなかった。

 僕はざっと簡単に説明だけする。


「アユミ、お前はそれでいいのか? 嫌じゃないのか? 誘われたから何となくでいってるわけじゃないよな」


 良治が注意してくれてる……んだと思う。何だかちょっと強い口調だったのでびっくりしてしまう。


「う、うん。それは大丈夫だけど……」


「そ、そうか。悪い。なんかきつく言ってしまった」


「ううん気にしないで」


 良治は僕が女の子として生きるのかどうかを悩んでいたことを知っている。それを解決したてのところで、こんな風に誘われた僕を心配してくれてるんだと思う。ちょっと言い方がきつかったのが怖かったけど、多分本当に心配してくれてるんだろう。

 

「大丈夫だよ良治。ちょっと友達に挨拶に行くだけだから」


 そう言うと良治は「わかった」とだけ言った。まだ何だか難しい顔をしていたけど、一先ず納得はしてくれたみたいだ。


「じゃあアユミちゃんが帰ってくるまでこの辺にいるねっ」


「うん。ごめんね」


 待たせてしまうのだから早く戻らないといけないよね。

 僕はみんなのもとから離れると、できるだけ急いで待ち合わせ場所へ向かう。

 コンビニは人の帰る流れとは真逆の方向のようで、人気が少ない。僕が小走りに走る音に合わせて下駄のカラコロという足音が周りに響く。


 目的地のコンビニに着く。はぁはぁと息を切らす僕。額にはうっすら汗がにじんでしまった。ハンカチで額を軽く拭う。身だしなみをきちんとしておかないとダメなのに。

 辺りを見回すと、駐車場の脇に蒼井君の姿を発見した。既に待っていてくれたようだ。一人でいるところを見ると、向こうも友達と一旦別れてきたんじゃないかな。


「ごめんなさい。待たせちゃったかな」


 僕が声をかけると、蒼井君も気づいて手を挙げて挨拶してくれる。


「いや、こっちこそごめんね。急に呼び出しちゃって」


 本当に申し訳なさそうに、頭の後ろに手をやって軽く頭を下げる蒼井君。


「ううん、それはいいよ。でも友達を待たせちゃってるから、ほんのちょっとだけねっ」


 僕がにこりと微笑むと彼は少し頬を染めた。


「浴衣、凄い似合ってるね」


「うん、ありがとう」


 彼はこうやって直球で褒めてくれる。初めはそれにドギマギしてしまったり照れてしまったりしたけど、今は若干余裕ができた……気がする。まあどもったりしない程度には……。心臓はバクバク言ってるし、全然平気ではないのだっ。


「今日は前に言ってた同好会の友達と来てたの?」


「うん、そうだよ」


「仲いいんだね」


 彼は少しだけ笑う。その笑顔が少しだけ寂しそうに見えたのは、光の当たり方のせいだろうか。


「うん。みんないい人だし、僕の自慢の友達だよ」


 僕はニコニコして答える。なんだかんだ言って、あの四人と遊んでいる時が一番楽しい。まあ一学期は恥ずかしい目にあったりもしたけどさっ。


「正直、佐倉さんと一緒にいられる同好会の人が羨ましいよ」


 彼はぼそりと小さな声でつぶやく。

 僕にもしっかり聞こえてしまっているんだけど、僕から見たらどう返事していいのかわからないので、敢えて聞こえないふりをする。


「蒼井君も今日は部活の人ときたの?」


「俺? ああそうだよ。男ばっかりのむさいグループだったけどね」


 彼は苦笑する。僕もそれにつられて笑う。


「佐倉さんのところは、みんな女の子だったの? 料理同好会だし」


「えっ? いや男の子二人と、女の子二人だよ」


「料理同好会に男子がいるんだ……」

 

 意外という顔をする彼。

 確かに料理関係の部活動に男の子が入ることって少ないかも。まあ東吾や良治もなんとなく入った感じだから、料理がしたいっってわけでもないんだけどね。最近はちょっと手伝ったりして、食べる専門から変化してきたけど。実はその変化がちょっと嬉しかったりもする。やっぱりワイワイみんなで作る方が楽しいし。

 彼は少し考え込むような仕草をしている。

 そんなに気にすることでもないと思うんだけどなあ。

 暫くして彼は頭を軽く振る。この話題はやめようってことなのかな。


「佐倉さん、海で会った時と少し変わった?」


 唐突な質問に僕はきょとんとしてしまう。


「あ、変な質問でごめん。あの時、凄い悩んでるみたいだったからさ。今はなんだか少し雰囲気が違うかなって思って」


 僕は海で彼と話した時の事を思い出す。

 あの時の僕は、自分が男なのか女なのかで苦悩していた。その悩みはまだ完全ではないにしろ、大分吹っ切れたと思う。あの時の僕の様子を見て、彼が何を思ったのかはわからない。


「うん。あの時は色々悩んでて。嫌な気分にさせちゃったよね」


「いやいや、いいよ。本当に辛そうだったから、心配してたんだよ。それに悩みを聞いてあげられなかったのが悔しかっただけだから」


 会って間もない時だったのに、そんなに心配してくれたのか。僕はちょっとだけ嬉しくなる。


「心配してくれてありがとう。でも、おかげさまで大分吹っ切れたかなっ」


 だから僕は素直にお礼を言う。そして「もう大丈夫」ってことがわかるように、気合を入れて――っていうのも変だけど――笑顔を見せる。

 彼はそんな僕を見て、少し照れた顔をしたように見えたが、やがて彼も僕に合わせてにっこりとほほ笑んだ。


「ねえ佐倉さん。前に言ってた、俺の剣道の試合さ……もうすぐあるんだけど、見に来てくれないかな」


 剣道の試合か……。前は友達と一緒ならって答えたんだっけ。それは今も変わらないかな……。

 一人で応援にって言うのは心情的に少し難しい。だって緊張しちゃうし……。知らない人ばかりだしね。

 と、ここまで考えて重大なことに気付く僕。


「えっと、いつだっけ」


「あっ、そう言えば日付と場所言ってなかったね」


 彼はしまったという顔をして、誤魔化すように笑う。そして日程と場所を僕に教えてくれる。

 お互いどこか抜けているようで、僕も思わず口が緩む。


「うん。僕は大丈夫だと思うよ。友達に一緒に行けるか聞いてみるね」


 その日は丁度アルバイトもお休みの日だし、何も予定はない。

 後はみんなの予定を聞いてみないとなあ。そもそも一緒に来てくれるのだろうか。蒼井君と直接面識があるのは、かろうじて萌香ちゃんと藍香ちゃんくらいだし。他の人に至っては顔すらよくわかってないはず。そんな人の応援に行くって言ってついてきてくれるかなあと少し心配になる。


「ありがとう。来てくれると嬉しいな」


 彼はそう言って僕の目を見つめる。あんまり人の目を見ることに慣れていない僕は、緊張して体を硬くする。

 友達をと言ったものの、僕が友達と言えるのはあの四人と、その姉妹くらい……かな。芳乃さんや藍香ちゃんは友達って言っていいよね、多分っ。

 良治や東吾は誘ってもいいのだろうか。だめかなぁ、やっぱり。そもそも男子剣道の試合を応援に行くって言って、あの連中がついてくるっていうかな。女子剣道ならまだしも……。

 蒼井君としても、男を連れてこられても嬉しくなさそうだし……。

 桜子ちゃんや萌香ちゃんをまず誘ってみようかな。


「あっ佐倉さん。時間大丈夫?」


 僕はスマートフォンで時間を確認する。九時を少し回ったところだった。

 花火大会が終わったのが八時半過ぎだったから、三十分くらい話し込んでたことになる。そろそろ戻らないと、いくらなんでもみんなを待たせすぎだよっ。

 

「ごめん、そろそろ戻るねっ」


「うん、俺もそろそろ戻るよ。またメールするから」


 僕は頷くと、踵を返してコンビニを後にする。

 やれやれ、動きにくい浴衣なのに、今日は色々と急いで移動することが多いなっ。

 

 皆のところに戻ると、暖かく迎えてくれた。遅いって怒られることもなかったのでほっと一安心だ。

 花火大会の会場付近はまだ人が多く残っていた。と言うのも、花火を見に来た人が多くて、まだ捌けきれてないからだ。

 これからお喋りと行きたいところだったけど、あんまり夜遅くなるのもまずいので結局帰ることにした。うう、ちょっとだけ残念だなぁ。でも遅くに出歩いているところを補導とかされたくないし、仕方ないかなあ。


「アユミちゃん、残念って顔してるねっ」


 駅への帰り道で、僕の顔を見て萌香ちゃんがくすりと笑う。

 また顔色を読まれちゃったよっ。どんだけ僕の顔ってわかりやすいんだろうか。本当に顔に書かれてるんじゃないかってくらい簡単に読まれてしまうよ。

 

「う、うん。みんなともうちょっとお話したかったなあ」


「あれっ、そっちなんだ。私はてっきり……」


 てっきりなんだろうと思っていると、良治が口を挟んでくる。

 

「それなら明日とかに遊びに行くか? ゲーセンとかカラオケとか」


「明日はだめかなー。バイトがあるし」


 まだトレーニング期間のアルバイト。徐々に接客を覚えてきて、僕もウェイトレスとして修行を積めてきている、と思う。色々で着ることが増えてくると、結構楽しくなってくるものだ。お客さんもいい人が多いので僕としては安心して働ける。

 

「ああ、たまご銀座か。じゃあ明日みんなで見に行くか」


「さんせーっ」「いいわね」「俺も行くぞっ」


「えっ!? ちょっと待って待って! 来なくていいからっ!」


 思わぬ展開に僕は慌てる。言うんじゃなかったっ!


「でもプリン美味しいんでしょっ?」


「うん。すっごいおいしいよっ」


 僕は一番初めに食べたプリンの味を思い出す。あれは本当に美味しかったなあ。バイトしてると、時々店長がくれるのが本当に嬉しい。ひょっとすると時給もらえるより嬉しいかもしれない。

 水羊羹が好きだったけど、思わず浮気してしまうよっ。あのとろけるような卵とカラメルソースの甘さ。何度思い出してもうっとりしちゃう。思い出すだけで思わず顔がにやけてしまう。


「うわーっ。こんな幸せそうなアユミちゃん珍しいよっ。写真撮っとこっ♪」


 パシャッというスマートフォンのカメラの音で正気に戻る僕。


「ちょ、写真だめだってっ。消して消して!」


「もうパソコンと共有しちゃったから消しても無駄だよ~」


 ぐぐぐ……僕には到底わからない高等なテクニックを使ってっ。

 萌香ちゃん侮りがたしっ。

 

「そんな美味いのか。興味出てくるな」


 東吾もますます乗り気になってしまった。


「雑誌に載ってるくらいだからね。アユミちゃんの様子を見たら、ますます行きたくなってくるわね」


 うう、みんな凄い来る気満々だよ。もうこれじゃあ来ないでともいえないじゃん。

 良治を睨む僕。良治は眼を逸らして口笛を吹く真似をする。どうせできないくせにっ!

 

「そこのお店の衣装って可愛いんでしょっ?」


「そ、そんなことないと思うけどなあ」

 

 これは嘘だ。実は結構可愛いと思ってるし、僕もちょっと気に入ってたりする。やっぱりどうせ着るなら可愛い方がいいかなって、最近ちょっと思ってる。でもここでそう言うと益々いじられそうだし……。

 

「あー、これこれ。すっごいアユミちゃんに似合うと思うよっ」


 萌香ちゃんがみんなにスマートフォンを見せている。

 うわぁ、僕のお店のウェブサイトだー。うわー、店内風景で店員さんが映ってるぞ―。ってこれ、矢崎さんじゃん。よく写真オッケーしたね。

 っていうか、こんなに簡単に衣装ばれちゃうなんて、情報化社会めぇ……! ギリギリと歯ぎしりする僕をよそに、萌香ちゃんのスマートフォンに群がるみんな。


「へえー可愛いわね」


「うん、可愛いな」


「これは行くしかないねっ」


 もう好きにしてちょうだい。僕は抵抗をあきらめた。何から何までやられっぱなしで、抵抗のての字もなかったような気もする。


「来てもいいけど、お客さん少ない時間に来てね」


 みんなは口をそろえて「はーい」と返事をする。返事だけはいいんだからなあ……。まあ流石にバイト中に邪魔はしてこないと思うけど。

 蒼井君の剣道の試合の話は、また明日にでも萌香ちゃん達にメッセージか何かで聞いてみよう。


読んでくださってありがとうございますm(_ _)m


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