美少女、ショッピングモールでお買いものする①
第五話 美少女、ショッピングモールでお買いものする①
僕と要は、母さんの運転する軽自動車の後部座席に乗っていた。
父さんからせしめたお金で服や下着を買いに行くらしい。
ちなみに何故要がいるかというと、ただの荷物持ちです。父さんは家で留守番だ。どうも午後に宅配便が荷物を届けにくるらしく、受け取るために留守番となった。
一緒に行けないと知った時、父さんから血の涙が流れていたのを僕は覚えている。
服や下着なんて、適当に母さんが買って来ればいいだろうと思い、全く気が乗らなかった。だって何故かサイズも熟知してるんだし、僕の出る幕はないと思う。
では何故ここにいるのか。
絶対に家から出るもんかとソファーにかじりつく僕を、母さんはあっさりと引っぺがした。
そしてお姫様抱っこで車まで運ばれた後に後部座席に放り込まれてしまったのだ。そして今に至る。
「たくさん可愛いお洋服買いましょうね」
「可愛いお洋服なんていらないから!」
「まあまあ♪ きっとどんな男の子もイチコロにできるようになるわよっ」
よその男をイチコロにする前に、僕の心が死んでると思う。
とは言え、車に乗せられてしまった以上、もう目的地に着くまでは降りられない。
僕は諦めて景色を見ることにした。
だけど景色より気になることがあった。
「……ねえ要?」
「なに? あゆねーちゃん」
「近すぎない?」
「だって軽だもん。後ろ狭いじゃん、しょうがないよ」
「そ、そっか」
要の体が僕の腕にぴったりくっつくくらいに寄ってるから、変だなと思ったけど、確かに軽の後部座席は狭いし仕方ないか。
僕は、また窓の外に目を向ける。
すると今度は僕の手をゆっくりと握ってきた。
「あのさ、要」
「あ、ごめん。当たってた?」
「うん。謝んなくてもいいけど」
当たったとかそういうレベルじゃなかったと思うけど。まあ狭いんだし、仕方ないか。
僕は、また窓の外を見やる。
すると今度は、スカートが短いために剥き出しになった太ももに要の手が乗った。
僕は抗議の声を上げようとするが、それよりも早く要の腕は太ももの内側に滑り込もうとする。
「ちょっ! 要!? くすぐったいからやめて」
「うわー、あゆねーちゃんの太もも、超柔らかいんだけど! すべすべしてる」
ゆっくりと太ももを撫でる要を引き離そうと押し込むが、全くと言っていいほど効いてない。
シートベルトもしてるし、逃げることもできない。
要は調子に乗ってきたらしく好き放題太ももを撫でている。
「ひゃっ! もうやめてよ……」
一方で僕はというと、逃げ場もないし抵抗しても敵わないので、その場に縮こまるしかなかった。
「はーい、要君。それ以上私の可愛いアユミちゃんを弄んだら、対向車線に放り込むわよ~」
「はーい。せっかくいいところだったのになあ」
「もう! 気持ち悪いやらくすぐったいやらで大変だったんだから。悪ふざけしないでくれよ」
「あれだけ好き放題されて、悪ふざけで許しちゃうあたり、アユミちゃんはちょろいわね。ママ心配よ」」
「ちょろいって何がさ」
「さあね~」
釈然とはしなかったけど、母さんが助け舟を出してくれたおかげで、要の手は引っ込んだ。
はあ~助かった。母さんグッジョブ。
それにしても、女の子の肌は敏感なんだな…。男だったら、ちょっとくすぐったいだけだろう。
……そもそも男が太もも撫でまわされる状況なんてないか。あれ、女の子でもそういう状況ってあるか?
「ところでまだつかないの?」
もうかれこれ四十分は車に乗っている。
てっきり近場のユニク○とか行くのかと思ってたけど、思ってた以上に遠くにきてしまった。
車で四十分の距離だと、もう逃げ出しても徒歩じゃ帰れないな……。
********
僕を乗せた車が着いたのは、大きなショッピングモールだった。確か名前は「ママポート」という。
僕と母さんと要は車から降りて駐車場を出た。
凄い大きいな。
勿論中学時代に交友関係がほとんどなかった僕は、こういうショッピングモールに友人と遊びに来るとかそういう話もなかった。
ちょっとわくわくしてきたぞ!
僕たちは、左に母さん、真ん中に僕、右に要という形で並んで歩いていた。
途中で案内板のマップを見ると、めちゃくちゃに広い。店もめちゃめちゃに多い。
もうこれは、一つの街だよ。
それにしても気になるのは、さっきから道行く人がやたらとジロジロ見てくることだ。
「ねえ、かあさ……ママ。僕って変かな」
危ない危ない。母さんが何故か異常にこだわってる「ママ」という呼び方、これをしないとおしりペンペンなのだ。
ペンペンのダメージとかよりも、十五にもなってペンペンされるのが余りにも恥ずかしい。
冗談だろ? と初めは思ったけど、今僕が「母さん」と呼びかけた時の目はマジだった。
「今のはセーフにしてあげるわ。それでどうしたの?」
「なんか皆見てるような気がするんだけど」
ぼっち特有の自意識過剰なのかな。変かと言えば男が女になっているのだから、間違いなく変ではあるのだけど。
「あらぁ。可愛い子がいれば誰でも振り返るくらいするでしょ?」
「可愛い子って誰だよ」
「あゆねーちゃん、マジで自覚しようよ」
確かに鏡で見た自分は、整った顔だった……かもしれない。
ただ、自分の顔だと思うと、可愛いとか可愛くないとかそういう話ではなくなってしまう。むしろ今までの顔じゃないという喪失感が大きすぎて、顔の良し悪しなんかに意識が向かなくなっていた。
それになんというか、男としては可愛いという言葉そのものに反発したい。
何もしてないのに視線だけ集まる。中学時代、モブキャラに徹していた僕は、注目を浴びるのは苦手だ。
時々「かわいー」とかそういう声も聞こえる。やばい。なんか恥ずかしくなってきた。
やっぱ家から出るべきじゃなかった。
僕は顔が熱くなるのを感じて、思わずうつむいた。
「はぁはぁ……。アユミちゃん、その萌えポイントを的確に押さえた仕草を自然にできてしまうのが素晴らしいわ」
結果、周りの人間をより一層喜ばせただけであった。
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周りの人たちの視線を気にしながらも、やっとの思いでたどり着いた店。
そこはなんと女性用下着の店だった!
母さん、僕はもう限界です。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、店員がにこやかに声を挨拶をする。
あ、もちろん要は店の外だよ。今頃適当にハンバーガーでも食べてるんじゃないか。
「ふふふ、アユミちゃん。スポーツブラだけじゃなくて、もっと可愛い下着も買いましょうね」
「かあさ……ママ、僕もう帰っていいかな」
「何を言ってるの? ここがママとアユミちゃんのサンクチュアリだというのに!」
可愛い下着とかどうでもいいだろ。どうせ見せることもないんだし。大体、女性の聖域に僕がいて良いわけがない。
この店のファンシーな空気と、可愛らしい女性下着は目に毒すぎる。
よし、出よう。僕もハンバーガーでも食べよう。
くるりと入口に向かって歩きはじめる僕だったが、首根っこを掴まれて一歩も進めない!
「ママからは逃げられないわよ」
あんた大魔王か何かかよ……。
結局のところ、僕は試着室に入れられた。いや、放り込まれたというのが正しい。自分で選ぶのだけは勘弁してほしいと懇願したら、母さんが選んでくるのをつけるだけでいいことになった。
「本当にいいのね、後悔しないわね?」と言われたのが凄く恐ろしい。
母親と一緒にキャッキャウフフしながら下着選びするとか、息子に生まれて十五年生きてきた僕には拷問に等しい。
まだ試着室の中で着せ替えおもちゃになっている方がましだと思っての選択だったが、間違いだったかもしれない。
しばらく試着室の中でぼーっとしてると、母さんが何着か下着を持ってきた。
どうでもいいし、着たことにして――、
「あ、ちゃんと着たら言うのよ? 色々見るから」
望みは途絶えた。
母さんから受け取ったそれらを壁のフックにかけ、そのなかから適当なのを一着手に取る。
うーん。ブラジャーと言ったらこれという感じだな。
淡いピンク色をしている上にリボンがあしらってあって、デザイン的にも可愛らしい。
ちなみにパンツもセットになっていて、同じデザインになっている。
「で、これどうやってつけるんだ」
適当につけて何とかなった今着用しているスポーツブラとは形状が異なるため、つけ方がわからない。
ホックしめた後にかぶるってのは、ちょっとなさそうだよな。
「アユミちゃん、つけ方わかる?」
母さんが外から聞いてきた。
「わかるわけないでしょ」
「そうよねー、入るわよ?」
「えっ! いや、いいって、もう帰ろうよ」
「まだ始まったばかりじゃないの、貴女の女坂は」
そんな坂ないわ! と思ったが、もう母さんは試着室に乱入してきてしまった。
「まずは上を脱いで。下着もよ」
嫌だ。とは言えない雰囲気に、仕方なしに僕は上を脱ぐ。
あられもない女の子の裸が鏡に映る。
やばい恥ずかしい。
僕は羞恥心から体が熱くなるのを感じて、思わず手で胸を隠した。
「むっはあ! やばいわこれ。動画に撮っとくべきだったわ!」
それは犯罪だろ! 暴走した時の母さんは何をしでかすか本当にわからないから怖い。
「ああ、本当にアユミちゃんは肌綺麗ね。見とれてしまうわ」
「かあ……ママ、早く教えて早く出て行ってよ」
ママって呼ぶの全然慣れないな。
大体、中学を卒業する年にもなって「ママ」って呼ぶのはどうかと思うんだけど。世の女の子たちは違うのだろうか。
「そうせかしなさんな。で、どれをつけるの?」
「これ……」
僕はさっき手に取ったブラを見せる。
「おお、お目が高い。ママもそれを一押しよ。まあここにあるの全部買うんだけど」
「えっ、買うなら試着いらなくない?」
「ばかね。ママの眼力にミスはないけど、念のためサイズがあってるか確認するのよ」
「ふーん……」
眼力でサイズわかるとか、なんて無駄な特殊能力なんだろうか。才能の無駄使いではなくて無駄な才能である。
そこから母さんのレクチャーを受ける。一回聞いてしまえば、どうしてつけ方がわからないと思ってしまったのかがむしろわからなくなるほど簡単であった。
「ちゃんと自分のサイズ覚えとくのよ? 一人で買いに行くときは、できれば採寸してもらいなさい」
「サイズ?」
「そ、65のBだから」
65か…。世の中に出回ってるグラビアアイドルとかの数字と比べると、いかにも小さい。
べ、別に負けたからどうだって話じゃないんだからね!
「アユミちゃん、すっごい小さいと思ってない?」
「は、なぜそれを」
「あらやだ、可愛らしい悩み。もう立派な女の子ね♪」
ぐっ! 不覚……。母さんに思ってたことを見透かされた挙句、胸のサイズで悩むという女の子くさいことを考えてしまった自分が恥ずかしい。
「でもブラのサイズは、アンダーバストで言うのよ。スリーサイズはトップバストね。で、ブラのカップはトップとアンダーの差で決まるのよ。
アユミちゃんの場合はスリーサイズのバストで言うと、ちょうど78くらいかしらね」
なんだ、そんな小さいわけでもないのかと、ほっとした。
ってなんで、ほっとしてるんだよ僕は! 胸なんかあろうがなかろうが関係ないだろうがっ。
「結局そんなに大きくないけどね」
ふん、大きければ大きい程いいわけでもないんだから、ほっといてくれ。
……あーもう、なんで胸の大きい小さいで僕が一喜一憂してるんだよ。しっかりしてくれよ僕!
「じゃあ、つけ方はわかったみたいだから、ママは出るわね~。ガンガン持ってくるから、どんどんつけましょう!」
結局二十回以上も着せ替えさせられた挙句、そのほぼすべてを購入する羽目になった。気前がいいので、店員もホクホクだっただろう。
ちなみにパンツの方は、買ったブラジャーに合わせる形でそのまま買った。試着は不可だそうだ、ってあたりまえか。もとよりする気もない。
下着そのものはそんなに値段が張らないものをチョイスしたみたいだったが、いかんせん数が多いので父さん提供の諭吉さんがかなり天に召された。
下着ばっかりこんなにあってどうすんだよ。
女性用下着の店を出た時には、僕はもうぐったりしていた。
まだこれから回るのか……。まだ肝心の着る服がないからなあ。はぁ……気が重い。
続きます。
思った以上に沢山の方に見ていただけでいるようで、うれしいです!
もうちょっとで入学式前の話は終わらせる予定です。